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11・伽

ペルム紀

中期後半〜

  後期前半

□泥岩□砂岩■礫岩圏砂岩泥岩互層國含礫砂岩

■レンズ状砂岩を含む片理の発達した泥岩[コ葉理の発達した泥岩 翻石灰岩またはレンズ状石灰岩

囲古期岩類(花尚岩)

昭葉理のある石灰質泥岩

図31:調査地域での放散虫化石の産出袖判

WI、考察

1.年代について

 放散虫化石の同定の結果、板ノ平南方に分布する地層群から、ペルム紀前期の年

代を示す1}k編0α伽∫ZZε伽5ま〃ζρ」偶P56ψ7α鶴R7加〃め0 加7πCα鶴Pl CUO徽2 伽施,

.41ゐ観』2伽sp. Aが産出した。これらの地層群は.岩相Aの特徴を示さないが、放散虫 化石の結果から、小崎層下部層であるといえる。さらに、小崎層下部層〜小崎層上部 層の下部から、ペルム紀中期の年代を示すん鰐〃励 αろRaf巴伽8Jco卿属∫を産し た。岩相Cを示す小崎層上部層からは、ペルム紀中期後半〜ペルム紀後期前半の年 代を示す動〃属。πc配伽畠cfc加〃鵡Eρ07 8伽∫、及びペルム紀後期の年代を示す ん。£師αη8麗伽紅A如おを産出した。なお、今回新しく発見したペルム紀後期の年代

を示す種は、Kuwaharaε α1,(1998)による飽。励認ZZ8伽ρ誠㎜群集帯を特徴づけ る種であり、ペルム紀後期後半を示す。

 フズリナ化石による年代決定(勘米良、1961)と本研究で産出した放散虫化石によ る年代を比較してみよう。勘米良(196可)によれば、小崎層下部層から産するフズリナ 群集が、秋吉石灰岩のP邸ψ銅伽α肋εガ擁zεπ爵帯下部の群集と類似し、小崎層中 部層から産出するハセ。βc伽αgε㎡πα5碗ρ」{鵬距め8ε窺㎜!Ψ加67αなどの種は、岐阜県 赤坂石灰岩のNn帯(瓦5∫脚」εκ)に対比され、この群集帯の年代は、ペルム紀中期にあ たること、さらに、小崎層上部層から産する}励伽αg励05α等は赤坂石灰岩の£

g励。∫α帯(Ng帯)の要素と共通し、その一部(おそらく下部)であることを述べている。

尼8励05α帯は、ペルム紀中期後半を示すものであり、放散虫化石群集が示すペルム 紀後期とは年代がずれることになる。

 今回の調査でペルム紀後期の放散虫・望伽 ZZε伽 師伽g〃勉冠5群集を産出した馬廻 支谷1ルートであるが、勘米良(1961)の模式柱状図には、このルートは使用されて いないと思われる。このルートでも石灰岩礫は存在し(転石であるけれども)、フズリナ 化石も確認している。本研究では、この石灰岩申のフズリナ化石の種の同定は行って いないので、転石ではない石灰岩層を発見し、含まれるフズリナ化石を同定する必要 がある。ペルム紀後期の群集帯を示すLβが三三α胤z撫p如伽帯やム1㎞臓ε鵬誌帯 を指示するフズリナ化石群集の産出が期待されるからである。

 いずれにせよ、小崎層は、放散虫化石によれば、フズリナ化石に基づくペルム回申

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期というよりも、ペルム紀前期〜ペルム紀後期の堆積物である。更に、小崎層上部層 には、従来の研究よりも新しい地層が重なっていると考えられる。

2,球磨層との対比について

 球磨層は、フズリナ化石群集により、ペルム紀後期であることが知られている。球磨 層から産出する放散虫化石もペルム紀後期を示し、フズリナ化石による年代と調和的 である。球磨層の岩相は、小崎層と極めて類似し、礫岩や石灰岩レンズなどを含み、

礫種や礫の形状なども小崎層のそれと類似する点が多い。従って、球磨層と小崎層は 従来小崎層の上部が球磨層の下部と一部重複するものとして対比されてきた。

 今回の調査で小崎層から放散虫化石が産出したので、球磨層との対比を考えてみ

る。

 球磨層から産出する放散虫化石に関して、宮本ほか(可985)、Ishiga and

Miyamoto(1986)、杉山・小澤(1989)、宮本ほか(1991)の報告をまとめると、

乃砺6〃。㍑伽56加7Ψ鵡E5cゐ。伽ガα隅Eゐψα三二亀渥三三8∬αム8w鵬!生醐α〃9麗1厩5 が産出しており、いずれもペルム紀後期を示す。

 小崎層から産出した化石種と比較すると、小崎層上部層から産出するペルム紀後 期を示す放散虫化石と類似していることが分かる。特に、球磨層から産出する放散虫 化石で、ペルム紀後期の中でも一番新しい時代の群集である三二二三 師侃gぬ爵 群集は、今回の調査で初めて小崎二上三層で確認できた。つまり、球磨層から産出す る放散虫化石で最も新しい時代の化石種と、小崎層上部層から産出した化石種が同じ ということである。このことは、従来のように小崎層の上部の一部が球磨層の下部の一 部と対比できるのではなくて、小崎層上部層が球磨層に対比されるということを示して

いる。

 宮本ほか(1997)は、従来球磨層とされていた地層の一部から、放散虫化石の 偽ε妬。α伽鵡εzα∫ ψ7α鵡Rα娩㎜砥オ二二鰯ααワ三三α等の産出を報告し、こ れらは、ペルム紀前期を示すので、ペルム紀後期の球磨層と区別するために鶴木三 層 (Tsurukoba Fomlation)と命名した。この層の岩相は、球磨層の岩相と類似してい るが、酸性凝灰岩を挟在する点が異なる。

 この鶴木場層は、小崎層のどの層準に対比できるであろうか。本調査で明らかにし たように、小崎層下部層から小崎層中部層にかけて酸性凝灰岩層が存在しており、鶴

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木場層と似ている。この層付近でも、渥必鵡観Z8鰐〃吻漉αなどが産出し(豊原、19 92)、鶴木場層から産出する種と同じである。つまり、鶴木場層は、小崎層下部層に対 比できる可能性が大きいと思われる。

 従って、九州申西部に分布する黒瀬川構造箇中のペルム系のうち、整然相とされる 地層の大部分は小崎層であって、球磨層は小崎層上層に、鶴木場層は小崎層下部層 に相当する地層であるということができる。

3.小崎層の堆積場と後背地について

 小崎層の礫岩中の火成岩類の礫、並びに砂岩の石英粒は著しい圧砕作用をうけて 波動消光を示す。これは、黒瀬川古単蹄類の花崩岩や閃緑岩などの石英粒の特徴と 同じものである。小崎層より新しい中生界砂岩の石英粒には、そのような影響は、ほと んど認められない。また、小崎層は、黒瀬川下期岩類を不整合に覆っており、砂岩の 鉱物組成では、酸性〜中性深成岩片が多いという事実がある。従って、小崎層の礫岩

・砂岩を構成している砕屑物の供給源を黒瀬川古田岩類の酸性〜中性深成岩体に求 めることができる。

 砂岩の鉱物組成の測定結果に基づくと、小崎層の砂岩は、中生界の砂岩に比べ石 英の多結晶の割合(Qp/全Q)が高く、斜長石(圧砕作用目立つ)が多く、岩片が極め て多い。岩片は、酸性深成岩片や酸性〜中性火山岩片が大部分を占める。この酸性

〜中性火山岩片の多さは、当時の火山活動の活発さを反映しており、この岩片の割合 と砂岩のタイプとの関連をみると興味深いことが分かる。酸性〜中性火山岩片は、ペ ルム系小崎層のType Iの砂岩には多く、三畳・ジュラ系のTypeロ砂岩には少ない。

さらに上位の白亜系川ロ層のType皿砂岩にも多く含まれる。このことから、ペルム紀 に活発だった火山活動は、三畳紀・ジュラ紀には沈静化し、白亜紀になってまた活発に なったことが推測される。

 堆積場を考察する材料として、レンズ状石灰岩並びに礫岩中の石灰岩三内にみら れる化石の種類があげられる。フズリナやウミユリ、コケムシ、小型有孔虫、巻貝、腕 足類などの化石がみられるが、珊瑚類の化石が確認されなかった。勘米良(「961)に も、珊瑚類の化石は稀に観察される程度と記されており、このことは堆積の場を考える 上で大事な要素といえる。即ち、珊瑚類の棲息が抑制されるような環境であったことは 間違いなく、例えば、水温のやや低い場所か、懸濁した水が常に供給される場所であ

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つたと思われる。

 石灰岩礫が数多くみられる衣領東谷ルートでは、石灰質マトリックスの泥岩と石灰岩 礫の境界が漸移して不明瞭になるのが観察される。これは、泥質マトリックスと石灰岩 礫が混じり合った結果形成されるものと考えられる。与作谷南部ルートでの礫岩には、

マトリックスが砂質から泥質に変化する際、三種の中に角礫泥岩がみられるようにな る。そして、小崎層の砂岩の分級度は非常に悪い。

 以上のことから、小崎層は、安定した堆積場で堆積したとは考えにくい。おそらく堆 積場は、不安定な二面であったと考えられる。

4.小崎層の層序及び構造に関わる残された問題点

 調査地域に分布する小崎層は、向斜構造をなし両翼部に分布していると思われる。

板ノ平南方に分布する小崎層相当層と与作谷南部ルートでみられる南部の小崎層が それに当たる。北部の小崎層相下層は、南部の小崎層とは岩相が異なるので、南部 の小崎層から確立された柱状のどの層準に位置するのか不明である。この北部の小 崎層相当層が分布する地域は、露頭の条件が悪く、露出範囲も狭いために、地層の 上下判定も困難である。しかしながら、珪質の泥岩もしくは珪質のシルト岩であるという 特徴がある。このような珪質の泥岩層は、球磨川左岸の地域でも見られ、北部の小崎 層相当層と同様に、ペルム紀前期を指示する放散虫化石を得た。

 従って、ペルム紀前期の年代を示す地層には、一部珪質な泥岩層の層準がある可 能性がある。本研究では、与作谷に分布する小崎層下部層から放散虫化石は産出し

なかったが、豊原(1992)は、ペルム紀前期〜中期の年代を示すオ伽∫π8伽

α砂㎜㈱たαを報告している。つまり、板ノ平南方に分布している小崎層相当層は、与 作谷に分布する小崎層下部層の同時異相の層であるとみなすことができる。

 あるいは、次のような別の解釈をすることができる。板ノ平南方の地層からは、すで に述べたように、1地点から、石炭紀後期を示す放散虫化石の必配吻α伽∫Z観Zαcf η0403α が産出した。周辺の地点から産出する放散虫化石群集は、ペルム紀前期〜

中期前半を示し、石炭紀後期と年代が異なる。従って、この板ノ平南方には、ペルム紀 前期〜中期前半を示す地層のほかに、石炭紀後期を示す地層が分布している可能性 がある。しかしながら、この産出地点の周辺は、下部ペルム系が分布するため、断層 関係で接していると推測される。

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