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    B=98121106     C:98120301

G:99032602 D:99032601 H:99010401 E:99010508 h99010501 F:99032609

」:99032608

    a:98121005

K:99010504

    b:99032612㎜L:99040104

M・9812111・灘鑑

ア:98120202−02e:98120306 イ:98120201   f…98120904co血gL

g:98120204 h:98120307 i:99040103

F Lt

図29:砂岩のモード組成

59

Type I Type E

Type亜

石英の量 普通

o

多い 普通

O

Qp/全Q 大きい

O

やや少ない やや少ない

石 英

波動消光及び

@ 圧砕作用

著しい 殆ど無い X 殆ど無い X

斜長石 やや多い

o

やや少ない やや少ない

酸性火山岩 多い

o

少ない X かなり多い

酸性深成岩 多い

O

少ない X 少ない ×

岩 石 片

泥岩 やや多い

O

やや少ない 多い

O

生物源砕屑物 稀にあり

tス 潟i,コケムシ,ウミ

?梶A小型有孔虫

ネど

無い X 無い X

岩石名(基質) 石質アレナイト多い 石質ワッケ

キ石質アレナイト ネど様々

石質アレナイト

分級度 悪い 良好 普通一良好

表4:砂岩のType別特徴

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VI.産出した放散虫化石とその年代

 調査地域に分布する地層から産出する放散虫化石に関する報告は2つある。豊原・

村田(1986)は、ペルム紀の放散虫が産出したと述べるにとどまり、豊原(1992)で は、放散虫化石の産出地点と産出種が記述されているだけで、詳しい産出種や写真も 載せられていない。豊原(1992)は、坂本村与作谷〜馬廻谷付近で

動JZ冨。灘。麗伽∬ 加伽かご鵬R肥π師ω5鵬14伽πZε伽鰐撒καろ

口碑40α伽∫ZZε伽 z加〃め。 加霜πωm, R Jo〃昭伽吻,及びR醜g碗∫の6種が産出し、

前期ペルム紀〜後期ペルム紀前期を示すことを報告している。

 そこで今回、調査地域において、できるだけ多くの泥岩のサンプリングを行った。さら に、調査地域外においても、豊原・村田(1986)を参考に小崎層が分布されていると 考えられる約三十数地点でサンプリングを行った。総計100個の泥岩試料を採取し延 べ350回のフッ化水素酸処理を行った。

 放散虫化石殻を抽出するための処理は、次の通りである。

 ①試料の表面をブラシでよく洗い、泥などのゴミをよく洗い流す。

 ②試料をJcm程度に細かく砕き、500mlポリビーカーに入れる。

 ③ドラフト内にて、ポリビーカーに396HCI溶液を試料が浸るまで入れ、室温で24    〜48時間放置する。

④48meshと250meshの疑いを用いて、試料を水洗いしながら飾う。

 ⑤250meshの飾いに残った残渣を、蒸発皿に回収する。

 ⑥蒸発皿に入った放散虫化石殻が沈むのを待ち(10秒程度)、上澄みの水を静    かに捨てる。

 ⑦蒸発皿を摂氏60度程度に保った恒温器の中に入れ、水分がなくなるまで乾燥

   させる。

⑧乾燥後、面相筆を使って、シャーレに保管する。

⑨シャーレ内の残渣を双眼実体顕微鏡で観察する。

⑩48meshの飾いに残ったた試料を再度ポリビーカーに入れ、3%HF溶液に数時    間〜24時間程度浸す。

 *溶け残った試料を浸す溶液は、296HF、2%HF+1.596HC吸び1.5%HF+

  1.5%HCIなど、濃度、薬品の組み合わせ、浸す時間を変化させる。

⑪④に戻る。

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 試料処理の結果、いずれの試料から産出する放散虫化石も保存が悪いものも少な くなかった。しかしながら、板ノ平地区、馬廻谷地区、渋利地区及び調査地域以外の渋 利〜中鶴林道沿いの11サンプルから、年代決定可能な放散虫化石が産出した。調査 地域での産出地点を図30に示す。産出した放散虫化石は、表5の通りであり、同定は 竹村厚司助教授及び竹村静夫博士による。表では、種が同定できた放散虫化石にお いては、上欄から下に向かって、時代の古い順に並べてある。

 Alb副leH繍ri謎亜目に限っていえば、 Pgε磁。α伽π1ε〃α属では、

A8π40α必α∫〃ε〃αC£η040∫α, R 5加μα, R∫Cαψ7α如, jR c£Jo〃枷伽∫α,

加〃め。魏07αcα魏,P;a任Joπgた。磁∫の計6種が産出し、.41肱∫〃2πα属では、

濯ゐαπZ8〃αsp. A,.4鰐〃卿観 ∫αろん伽臨∠. cfか伽8麗1α爵の計4種が産出し、及び 掬〃∫C駕配点5属では、動〃∫C曜〃〃粥ρor78伽亀E謡曲0 0卿中隔Ecfc加7Wπ∫の計 3種が産出した。これは、豊原(1992)の記述より新たに10種の種を追加したことに

なる。

 産出した放散虫化石の年代を把握するために、Ishiga(り986)によるレンジ・チャ ートを、表6に示す。表6によると、本調査で産出した放散虫化石の年代は次の通りで

ある。

 石炭紀後期を示す放散虫化石として、P∫朋doα伽認ε〃αC£〃040∫αが産出した。し かしながら、この種と同定された化石が1個であることや、この試料周辺のいくつかの 試料から決定された年代は、ペルム紀前期であることから考えると、この年代を信頼す るには疑問が残る。産出地点は、板ノ平南部地域の珪質泥岩〜珪質シルト岩からであ

る。

 ペルム紀前期を示す放散虫化石として、露例4侃伽 1zε〃α3伽ρ敏,且5c吻ノ磁,

P酌。〃め。魏07αcα如,Rcf勿〃翅伽鵡.4伽∫ZZ81Zαsp. Aが産出した。産出地点は、板 ノ平南部地域と渋利〜中鶴林道付近の2地域であり、珪質泥岩〜珪質シルト岩(写真 33)から産出した。

 ペルム紀中期を示す放散虫化石として、オ伽∫〃ε素謡㎜纏冠αみ

み朋伽α伽 ZZε伽af毘伽gたor鳩が産出した。この産出地点は、板ノ平南部地域の珪 質泥岩〜珪質シルト岩と馬廻谷地区の泥岩から産出した。

 ペルム紀後期を示す放散虫化石は、」恥肋〃。〃伽5c£c加アv2垢Eρoア7εα面 魂ゐ観飽〃8c£∫磁η8翼Zα瘤ゑ 飢なである。産出地点は、馬廻谷地区の泥岩と泥岩ノ

ジュールから産出した。

 以上のことより、小崎層はペルム紀前期、中期、及び後期の堆積物であることがい

62

える。

 馬廻地区と渋利地域で産出した放散虫化石の地層の層準は分かっているので、こ の放散虫化石の産出層準を図31に示す。なお、板ノ平南部地域と渋利〜中鶴林道付 近で産出した放散虫化石は、ペルム紀前期の年代を示すが、層準は不明である。図3 1によると渋利ルートの礫岩間の薄い泥岩層からPsp.と!先sp。が産出した。馬廻谷ル ートの礫岩の上位の泥岩ノジュールからE乳sp.が産出した。馬廻谷入ロルートの泥 岩からは、ペルム紀中期から後期の年代を示すE戚。加〃鴫Rpor78c伽亀

R吻醇ocoπvα鵬Raff伽g菰ω醒酌の計4種の放散虫化石が産出した。馬廻谷支谷 1ルートからは、泥岩ノジュールからペルム紀後期の年代を示す.4 ε傭と

オ.c五認伽8麗伽おの2種が産出した。その産出地点の上位からは申生界の放散虫が 産出した。

 以上のことから、小崎層上部層は、ペルム紀後期の地層であることがいえる。

小崎層中部層と小崎層下部層に関しては、種まで特定するには至らなかったので詳細 な年代は確定できない。しかしながら、本研究で小崎層中部層とした地点から、豊原

(1992)によると、!妨α肋伽αワ側廊αが産出するとされるので、小崎層中部層 は、主にペルム紀中期の地層であると思われる。小崎層下部層においては、層準不明 の地域の地層の年代がペルム紀前期を示すので、小崎層下部層にペルム紀前期を 示す地層が存在するのは間違いないと思われる。

 また、小崎層上部層で、今回発見されたゑ醐απg麗伽15群集は、Kuwahara(199 8)によると、1鞄侃伽靴伽ρρ伽昭群集帯にあたり、これはペルム紀後期のなかでも 後期を示す。よって、小崎層の上部層には、従来よりも新しい年代の地層が重なること が明らかとなった。

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o 蔭

●ペルム紀放散虫化石

■中生代放散虫化石

●年代未詳放散虫化石

×放散虫化石未産出

99051008

99032

r

板ノ平 98081011

98081010

9 5

8

罵写     レ 奪豊・身尊瞳・評・醜命、

》炉争Φ》輸砂・き

x

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