1.はじめに
前章に述べた庄内地域の検証から、庄内総合支庁による地産地消政策に始ま った食と観光の地域振興を契機とし産官学民のガストロノミー・ネットワーク が構築され、フードツーリズム開発の基盤づくりが形成されて来たことが分か った。ローカル・ガストロノミーの強化がフードツーリズム開発に寄与するこ とが期待されている。しかし、レストラン事業者と観光客へのアンケート調査 からは、「食の都庄内」の観光面での経済効果がまだ十分に表れてないことが 指摘されている。ツーリズムとガストロノミーの相関性が十分に発展してない ことが明らかとなった。おりしも、鶴岡市は2015年12月にUCCN 美食都市に 加盟が決定し、ガストロノミーによる創造産業都市を目指すことになった。
本章では「美食都市(ガストロノミー・シティ)」という新しい概念を都市政 策に導入することにより、ガストロノミーの創造性を都市観光に活かす方策を 検討する。美食都市は従来の食の都やグルメ都市とは異なり、ガストロノミー を基盤とした都市づくりを目指すものである。2010年以降のヨーロッパでの美 食都市政策の事例から美食都市の形成を論じる。「食の都」(フードシティFood City)や「グルメ都市」(グルメシティGurmet City)などの名称は旅行者を誘因 するキャッチフレーズとして有効であるが、その定義は一般にあいまいである。
概して食の都ランキングのソースはメディアにより発信されるものが多く、従 来から米国のUSAトゥデイ紙や旅行雑誌コンデナスト社の「トラベラー誌」、
オーストラリアのシドニーモーニングヘラルド紙などによるものが知られてい る。最近ではネットサービス会社によるものも多く、例えば米国のスリリスト 社20の食の都ランキングは評価の視点もそれなりにユニークである。それらの 評価の基準はさまざまであり、レストラン評論家や料理人界の経験識者による ものから読者の投票によるものなど評価方式もいろいろである。現在、世界的 にグルメ都市と言われているニューヨーク、パリ、東京、ロンドン、バルセロ
20 Thrilist:ニューヨークに本社を置く男性向けのニュースレター・サービスサイト。
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ナ、香港などはそれらのランキングの定番ともいえ、高級レストランの集積度、
世界トップクラスの味覚と食材の集散地ということでは高い水準を維持してい る。日本国内においても、食を観光ブランドにしている地域や都市を見ると海 産物・農産物の圧倒的に豊かな北海道、ユニークな郷土料理の多い沖縄、讃岐 うどんで有名な香川県、カニなどの海産物の北陸、ふぐの下関など特産物に結 びついている場合が多い。国内での「食の都」とは<旬の美味しいものを産し かつ提供している町>というイメージがあるようで、レストランの美食にそれ を求めるよりはむしろ場所と特産物のイメージに求める傾向がある。こうした 背景には「食の都」の名称がマーケットにどのように理解され、旅行先の決定 要因に関係しているかの問題が明らかでないということがある。本章はガスト ロノミーを基本概念とする美食都市の意味とその都市モデルを探求するもので ある。
2.メディアに見る食の都
(1)メディアの選ぶ食の都
1998年、米国の「フード&ワイン誌“FOOD & WINE”」9月号に<フード&ワ イン ベストフードシティーズ20>が特集され、その冒頭にこう書かれている。
「地球上にはかってひとつの食のメッカがあるだけだった、パリである。ある いは少なくとも、ほとんどのアメリカ人はそう信じていた。もちろん、パリは 食べることを愛する人々にとってパラダイスであったし、今でもそうである。
しかし、アメリカ人は最終的には世界中にすごい食べ物があることを理解して きた。そして、今日、私たちはすばらしいレストラン、市場、キッチン用品店、
ベーカリー、チョコレート店、そして料理教室を熱心に求めて世界一周へ出か ける。これから続くページに、ローマの最も軽いニョッキやボンベイのおいし いタンドリー・クラブ―世界有数の食のデスティネーションのベスト・オブ・
ベストを見つけるだろう。料理のベデカー21をめくって、世界へでかけるのだ
(Food and Wine、Hayes,J.,1998)
21 ドイツで 19 世紀半ばに出版された世界最初の旅行ガイドブック。
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この文章が書かれた1998年、パリは確かに世界唯一の美食都市ではなく、そ のひとつに過ぎなかったであろうし、当時から20年余を経た今日、美食の世界 はさらに広がった。今なおローマ、香港やニューヨーク、東京が世界の美食都 市の不動の一角を占めてはいるが、もっと違った都市や地域―例えばコペンハ ーゲン(デンマーク)やリマ(ペルー)、ジョージタウン(マレーシアペナン 島)、ケープタウン(南アフリカ)など新しい美食都市が出現してきた。それ らは従来になかった中小都市や新たな大陸の大都市だったりする。グローバリ ゼーションの世界で、われわれの味覚はよりローカルな料理へと研ぎ澄まされ ていくであろう。地方都市にこそオーセンティックな食べ物や飲み物の体験が ある。そして、都市間競争が増す中、ガストロノミーの多様性を活かした都市 を創造することが都市戦略として求められ始めてきた。これからの時代、現代 人の価値観や求めるライフスタイルに占める「食」と「味覚」の意味はますま す高まると思われる。つまり、われわれは都市を語るとき、芸術や音楽や商業 やエンターテインメントと同じように、都市のガストロノミーを語ることなく その都市の魅力を語ることはできない。
米国の著名な旅行雑誌である『コンデナスト・トラベラー誌Conde Nast
Traveler』は毎年、読者のインターネット投票により「世界のベストフードシテ
ィ」20都市(The World's Best Food Cities: Readers' Choice Awards 2014、2015)を選び発 表している。2015年4月に発表された2014年の結果には冒頭に次のように述 べられている。「旅行者は食べることが大好き―それが毎年のリーダーズ・チョ イス・アワード調査を行う理由です。私たちは読者に世界中のお気に入りの食 の街をランク付してもらいます。今年の結果は2、3のサプライズと同様いく つかの古いお気に入りの町、パリとローマを含んでいます。美味しそうな都市 の詳細をご覧ください(出所:Conde Naste Home Page)。
「世界のベストフードシティ」の20都市は上位からサンセバスチャン、パリ、
ケープタウン、フィレンツェ、ローマ、東京、香港、シンガポール、バルセロ ナ、ケベックシティ、シドニー、バンクーバー、モントリオール、リヨン、ボ ローニャ、京都、ウィーン、ブタペスト、マドリッド、メルボルンである。ト ラベラー誌の読者は、おそらく米国内に住む読者が多くを占めると思われるが、
少なくとも英語圏の旅行好きなあるいは旅行通であり食通である読者による
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「食べること」が人気の都市の最新の投票結果である。その評価の基準は設け られてないものの、これらの町がいずれもある種公平に選ばれた世界の「ベス トフードシティ」と呼ばれるにふさわしい都市であることに異存はない。この ようなグルメ都市のランキングは米国を中心とした各種メディアにより公表さ れているが、これまで、概して選ばれる都市の多くは定番化してきたきらいが ある。その背景となる理由のひとつが、都市規模である。20都市のうち9都市 は人口300万人以上(都市圏を含む)であり、7都市が人口100万人~300万人
(都市圏を含む)、残りの4都市のサンセバスチャン、フィレンツェ、ケベック シティ、ボローニャが人口100万人以下(都市圏を含む)である。美食都市と なる要因のひとつにレストランの集積があることは容易に推察できる。レスト ランの集積は、一般に人口に比例するものであり、その点人口100万人を超え る大都市にはレストランの集積が十分あり、美食的な価値も優位であることが 予想される。人口1000 万人のメガポリスともなると富の集中する巨大マーケッ トとして食材の集約、外食産業の集積、高級レストランから屋台までの多様性、
腕の立つ料理人、各種民族の料理、レストラン批評と情報の発達などが見られ、
美食都市となる条件がそろっていることが指摘される。
(2)グローバル都市と中小都市
米国内でも極めて特殊な都市であるといわれているニューヨークのような世 界の金融関係者が集まり、民族が集まり、映画スターやアーティストやミュー ジシャンが集まり、ジャーナリストや国連関係者が集まり、ファッションモデ ルやメディア関係者が集まる街に、世界の食材とやり手の料理人が集まるのは 動かしがたい経済原理である。つまり、ニューヨークは現在の繁栄を維持する 限り永遠の美食都市なのである。米国のペンシルバニア大学ローダー研究所ガ ストロノミーとグローバル都市チーム(2013)の調査研究によると、グローバ ル都市は美食の開発に有利であることが、サンパウロ、シンガポール、ドバイ の調査研究で明らかになっている。事実、ロンドン、ニューヨーク、パリ、東 京、香港などのグローバルシティーには英国の「ザ・レストラン誌」の主催す る「サンペレグリノ・トップ100レストラン」の上位に毎年名を連ねているレ ストランが多い。つまり、食べることもまた消費活動であるため、ヒト・モノ・
カネが世界中から集まるグローバルシティーに美食文化が開発される可能性は