• 検索結果がありません。

ガストロノミーの現代的意義

1.はじめに

英語のガストロノミー gastronomyは日本語では「美食学」や「美味術」と訳さ れているが、一般に普及している言葉とは言えず、料理界の一部によって使用され ているだけである。「美食」の意味とされる「美味しいものばかりを食べること、

又、贅沢な食べ物」(「大辞林」、1989)を文字通りに取ると、ガストロノミーの概念 の意味を理解することは容易ではない。なぜなら、ガストロノミーとはその古代ギ リシャ語の語源―gustは胃袋を、nomyは法則の意―のごとく胃袋にかかわる法則 であり、人が食べること・飲むことに関わるおよそ全てのことを指す思想的概念だ からである。

ガストロノミーは古代ギリシャに誕生したのち、ローマ帝国に伝えられたが、中 世ヨーロッパにおいてどこでどう使われたかは定かではない。「古代から近代の曙 まで、ガストロノミ(ママ)はとくに貴族か、あるいは少なくとも自分の厨房とロ ースト係や皿洗い係のチームに支えられた料理人とをかかえる金持や富裕な人々 の、住居で行われていた」(ヴィトー,J., 2007 p.9.)。そして、フランス革命後の19 世紀初頭のフランス人の詩人ベルシュウと美食家のブリア・サヴァランによって近 代によみがえった。あるいはその時代にガストロノミーというフランス語が創られ たとも見られている。サヴァラン(Savarin,B)は『美味礼讃』にこう記している。

「人はギリシア語の中からガストロノミーという語を復活した。それはフランス人 の耳に優しく響いた。その意味はよく理解されなかったとは言え、ただその語を発 音するだけで、あらゆる人の顔の上にはいかにも楽しそうな微笑が浮かんでくるの である」(Savarin,B,関根・戸部訳1967 p.8.)。食べることと飲むことはわれわれの生 命維持に関わる日常生活の重要な行為であるが、食べること、飲むことについてそ の生理的、社会的、文化的、経済的意味について思いを巡らすとき、われわれはガ ストロノミーの概念を抜きにして話を前に進めることはできない。食材と料理術、

飲食と快楽、食べ物と文化・社会・政治など、今日、人と食の関係はかってないほ

42

ど複雑化している。食の安全と安心から始まり、食糧自給率、地産地消、食育、遺 伝子組み換え食品、食品添加物、孤食・共食、無形文化遺産、そして人類の食糧危 機まで、飲食は現代人のライフスタイルと社会、経済、文化に深くかかわっている。

こうした現代社会において、ガストロノミーとは何かを問うことは、食の規範とで もいうべきものを求めることであるともいえる。日常における食習慣のみならず、

観光と食の関係を考えるとき、ガストロノミーの現代的意義が重要な概念となる。

ツーリズムの持つ移動性と、移動によって意識される相対化のもたらすガストロノ ミーの発見は、ある種必然的な関係にあるようにも思える。

2.ガストロノミーの語源と意味

(1)語源と意味

ガストロノミーは英語でgastronomyであるが、『オックスフォード英語辞典』に よると「美味しい食事の技法と科学The art and science of delicate eating.」(1989、p.391) と簡潔に記されている。1801年にフランス人のベルシュー(Joseph de Berchoux) の詩のタイトルとして初出した仏語のガストロノミーから派生したものであり、ア テナイオス(紀元後2世紀)の『食卓の賢者たち』に引用されているアルケストラ トスの詩篇のタイトルのガストロノミアに基づいている。古代ギリシャ語でガスト ロは胃腸を意味しノミアは法則を意味し、さらに最古の使用例としては、1814年の ウィルソン卿という人の私用日記からの一節である<宴会は完璧なガストロノミ ーの法則すべてに則っていた>を引用している。そしてまた、ガストロノミーはそ の語源において、アストロノミア(英語のastrogy:天文学)のアナロジーであると していることは興味深い。

米国で出版された『The New Encyclopædia Britannicaニューエンサイクロペディ ア・ブリタニカ』(1988,p.141,拙訳)ではガストロノミーは「美味しい食べ物を選択 し、準備し、給仕し、楽しむ術」と記載し、続けて「先史時代の人間は食べ物を料 理するために火を使ってガストロノミーの開発への大きな一歩とした。初期のガス トロノミーの二つの中心は、ローマと中国であった。」に始まり、世界五大陸の主

43

要な料理に触れながら、フランスのルイ王朝の美食、エスコフィエによる仏料理体 系化、世界の多様な伝統料理、現代の冷蔵保存と航空輸送の影響、食品加工技術に よるガストロノミーの変化を総論して「ガストロノミーの技術は料理の複雑な方法 において無限である。」「異種の要素を全体的な訴求、味覚の感覚的楽しみ、調和と バランスの称賛、微妙なニュアンスの認知と称賛に混ぜ合わさった達成感はすべて、

食卓の娯楽を高める。」と締めくくっている。このように、ガストロノミーは人類 の歴史と現代の社会と生活に深く関係する概念であるということができる。本章は、

ツーリズムを通してガストロノミーを考察しょうとするものである。サヴァランが

『味覚の生理学(邦題:美味礼讃)』に書き連ねたガストロノミーに関する思想は、

それから200年を経た今日、新たな現代的意義を有し始めていると思われる。

(2)古代世界の料理術

古代ギリシャ文明をさらにさかのぼる紀元前3000年~1500年頃のエーゲ海に栄 えたミノア=クレタ文明の食文化を知るには、クレタ島のクノッソスやその近郊か ら出土した飲食の調理や食事に関わる陶器や青銅器から想像するしかない。それら は水差し、杯、ソース入れ、大鍋、鉢類、大甕などであり、その多くは墳墓や宮殿 からの出土であるため祭祀に使われたものと思われるが、肉の焼き串台、パン焼き オーブンまでもが出土しているのには驚く。写真1,2,3はそれらの一部である。ソ ース入れからは高度な味覚が、大鍋からは華やかな宴会が、又、大甕からは穀物や 油などの豊かな調理が想像される。

写真 1 ミノア=クレタ文明の飲食の調度品、写真2 青銅器、写真3 陶器

(出典:シンクレア・フッド著・村田数乃亮訳『ギリシア以前のエーゲ世界』創元社、1970、

左から写真1p.51.、写真2p.100.、写真3p.83.)

44

このように見ていくと、高度な料理・調理文化があったからこそ芸術といえるこ のような飲食の調度品が創られ、ガストロノミー誕生の素地はおそらくギリシャ文 明以前のエーゲ海にあったであろう。古代ギリシャ時代(BC600頃)に入ると、例 えば、ホメーロスの『イーリアス』の饗宴の場面の一節は神々の饗宴を次のように 描写し、当時の食に関わる風景を今に伝えている。

さて人々は祈祷をすませ、定式の割麦を振り撒いてから

まずまっ先に贄牛の頭をひき上げ、喉を切り裂き皮を剥いで、

両腿の骨を切って取ると、その上に脂身を二重にかさね、

覆いかぶせてから、またそれに生肉の片を、並べて置いた。

ついでそれらを 葉の落ちた焚木のはしで 焼きあげた後、

贓物を串につき刺し、ヘーパイストス(が火)の上にかざした。

さてそれから、腿肉が焼けあがって 臓物も頒け賞味してから、

余のところを細かに刻み、串のまわりにつらぬきとおし、

念入りによく灸りあげてから、残らず火から取り降ろした。

さてこうした仕事が終わり、馳走の用意がすっかりできると、

一同は食事にかかった、して十分な饗宴に望みのかけるところはなかった。

(呉茂一訳,1978 p.71)

叙事詩のこのような描写からは、当時の美味というものが伝わってくる。加茂儀 一によると、「ホメロス時代のギリシャ人がさかんに食っていたものは、右に述べ たような野菜類(注、ソラマメ、エンドウ、ヒラマメ、キャベツ、タマネギ、オリ ーブ、果物、その他にキノコ類、チサ、アスパラガス、西洋大根、ニラネギ、カブ ラ)、パン、ブドウ酒、チーズ、オリーブ、魚肉そして豚肉である。」(加茂,1957 p.52) であり、食材からも当時の食の豊かさが感じとれる。魚肉やとくに狩猟の肉に味つ けするため各種のソースが工夫されていたようで酢、ブドウ酒、塩、カラシ、ニン ニク、タマネギ、ハッカ、マヨラナが調味に用いられた。

45

(3)漫遊詩人アルケストラトス

紀元前4世紀中頃、古代ギリシャの植民都市であったシチリア島のジェーラある いはシラキューズに生まれたアルケストラトスは詩人であり、地中海の美食を求め て漫遊し、長詩『ガストロノミア』(BC330)を著したといわれている。しかし、

その詩編そのものは残されていないため作品の正確な題名、執筆時期と全容は不明 であり、アルケストラトスという人物についても多くのことは分かってない。彼の 詩編は創作当時アレクサンドリアの図書館に収納されていたと思われるが、何度か にわたった戦禍や地震によりその所蔵は失われた。

アルケストラトスは詩人であり、料理人であったともいわれているが、当時、料 理人の身分は低く彼は料理人ではなかったという説(Wilkins & Hills,1994 p.15)と、

当時、既に料理そのものが芸術にまで高められていたので料理人でもあったという 説がある。確かなのは、乾燥した土地のギリシャ本土に比べ湿潤なシシリー島の風 土は食材が豊かで、シラキューズやジェーラがいわばエーゲ海・地中海の食の都で あったことは間違いないようだ。何よりもアルケストラトスはたぐいまれな食通家 として知られ、その名は古代ギリシャから古代ローマの哲学者、医者、文筆家や詩 人を経て紀元後のローマにまで伝わっていた。

紀元3世紀にアテナイオスは800編の戯曲と1500の著作から成る長大なアンソ ロジー『デイプノソフィスタルム』(邦題『食卓の賢人たち』)を出版した。そこに アルケストラトスの詩篇からの引用である62の断片とその文脈から、その詩人の 作品と人物を垣間見ることができるのである。『食卓の賢人たち』は紀元後2世紀 のローマで催された宴会の有様を著者のアテナイオスが彼の若い友人に報告した 手紙の形式を取り、前菜から始まって、次々に出される料理を楽しみながら、五夜 にわたってその料理の材料や料理法や食器や食べ方等々について、この宴に招かれ た客たちが薀蓄を披露するという全5巻から成る。例えば、下記のような一節があ る。

<アルケストラトス(前四世紀)は『美味めぐり』と題する詩の中で大麦の食品 とパンのことをこう歌っている。

関連したドキュメント