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1.はじめに

本章は第1章で述べた観光と食の関係性とフードツーリズムの概念図を通じて先 行研究をレビューすることにより、フードツーリズム研究の発展と成果を総覧して 本研究の意義を明確にする。観光分野の基礎的研究は1960~70年代に集中的に行 われたが、1980年代中ごろに国際観光における外食産業への注目とともにフードツ ーリズム分野の研究が1990年前後に始まった。観光と飲食の関係に基づいた観光 現象を示す用語がワインツーリズム、ワイン&フードツーリズムに始まり、フード ツーリズム、カリナリーツーリズム、あるいはガストロノミックツーリズムという 用語で展開し始めたのは2000年前後になってからである。これは学術のみならず 一般メディアにおいても同様であり、それ以降、フードツーリズムとカリナリーツ ーリズムが多用されている。先行研究においてもこれら両方の用語が使われている が、その違いは図2 (第1章p.23)に基づいて識別できる。しかしながら、微細に こだわらない限り観光行動上、これらの用語は同一の観光形態を意味するものとみ なすことができる。

先行研究レビューは萌芽期(1986~2001)、基盤期(2002~2011)、発展期(2012

~)とそれぞれのエポックメイキングな学会、出版、レポートにより区分した。日 本のフードツーリズム研究は90年代に食によるまちづくりに始まり、2000年に入 ってから食文化研究者による郷土料理や地元食材の商品開発と観光開発に関わる 論文が先行して始まった。日本でガストロノミーの概念がフードツーリズム研究に 現れるのは2010年頃になる。こうした論文レビューの中で本論の主題となるガス トロノミーと観光の関係は2000年以降に国際的に個人研究、共同研究、そして

UNWTOのような公的機関において著しい展開が見られる。

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2.萌芽期(1986~2001)

フードツーリズム研究の嚆矢となったのは1986年にスイスのモントルーで開催 された国際観光科学専門家協会(AIEST:International Association of Scientic Experts in

Tourism)の第36回国際大会であった。AIESTはその創立起源を1941年にさかの

ぼる観光学系国際学会であり、その時の大会テーマは「観光におけるケータリング と料理」と題され6本の論文が報告された。この研究大会を皮切りに食と観光の関 係の研究は学際的にな領域を広げていく。AIEST以外ではドゥフェール(Defert,P., 1987)はガストロノミーを食の娯楽と幸福の源泉として捉え、観光の重要な要素と した点で同様に先駆性があったと言える8

1990年代は80年代に続いて観光研究の基礎理論につながる主要論文が続出した 時期であるが、食に関わる観光研究が徐々に見られ始めた。同時に1970年代から の食文化研究の知見も活用されて食の社会的意味が問われる中で地域における食 文化の持続可能性、地域経済との相互関係、農村地域での場所の味覚の開発などが 議論された(Reynolds,P.C.,1993; Telfer,J.D.& Wall,G.,1996; Bessière,J.,1998 ; Westering,

J.v.,1999)。一方、ツーリズム論はマスツーリズムの時代を経てオルタナティブ・ツ

ーリズムやサスティナブル・ツーリズムに関するものが主流となり、フードツーリ ズムはマスツーリズムからニューツーリズムの流れの中で徐々にその一端を成し ていった。

レイノルズ(Reynolds,C.Paul)は「食」の社会的意味の研究がそれまで社会人類 学者と社会歴史学者にまかされてきたことを指摘し、観光地における観光客の需要 と伝統料理の保護の面からインドネシアのバリ島(サヌール)のレストランと観光 客、地元住民の調査により現地の食文化の持続可能性を検証した。食は観光客にと って真正性の最後の分野であるとした上で、調査の結論は伝統料理のメニューがレ ストランで減少している一方で観光客はバリ島独自の料理を欲していることを示 しているとした。レイノルズの研究は観光デスティネーションにおけるレストラン の郷土料理の調査を通して、文化的環境の保護と持続可能な観光文化について問題

8 Defertの論文は、英文のアブストラクトによるとガストロノミーが観光の重要な要素であり、観光研究にガ

ストロノミーをいかに統合すべきかを示すものである。

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提議した(Reynolds,P.C.,1993 pp.48-54)。一方、地域経済の視点から観光と食との関 係を検証したのがテルファー(Telfer, J. David.)とウォール(Wall,Geffrey)であった。二 人はインドネシアのランボック島の高級リゾートホテルが地元の漁民から仕入れ る魚介類を通じ、観光における地産地消と地域経済の活性化を検証して、観光開発 は地元経済に貢献するものでなければならず、同時に環境保護と共生・共存するも のでなければならないと主張した。この頃はまだフードツーリズムという概念は登 場していなかったが、観光開発に伴う食文化の持続可能性と地域経済の持続可能性 が調査研究により論じられている(Telfer,J.D.& Wall,G.,1996 pp.635-653)。ビシィェー

ル(Jacinthe Bessière)は農村地域の観光における遺産、記憶、アイデンティティ、ガ

ストロノミーの概念を論じ、遺産は伝統とモダニティの相互作用において形成され るとした。フランスの南西部地域を事例に取り上げ、手づくりを継承するローカル チーズ、オーブラック牛、カリナリー遺産がブランドによる内発的開発を導いてい るとした。これに加え、それらの食べ物が全フランスを通じて傑出したものである ことを「100の場所(味覚の顕著な場所)」の施策において実証した。伝統的食文化 遺産の観光的活用による農村地域でのアイデンティティ形成を扱い、新たな領域を 開発したといえる。食べることは食の中身を吸収し、文化の一部となって知覚され ることができると要求されてきた。つまり、旅行者にとって、ローカルフードを食 べることは訪問した特別な地域の自然、文化とアイデンティティを適切に使うこと を意味する(Bessière,J.,1998 pp.212-34)。食に関わる地域資源をビシィェールはカ リナリー遺産と呼び農村観光形成の重要な要因と位置付けた。これらの論文からは 観光と食文化の関係が観光開発と食の供給における持続可能性と地域経済の活性 化に焦点が当てられ、さらに食文化に特有な真正性、遺産、アイデンティティ、ブ ランドとの関係性へと拡大していることが分かる。同様に観光とガストロノミーを 90年代以降の旅行者ニーズの変化に着目して展開したのがウェスターリング(Jeske

van Westering)である。彼はニューツーリストの観光動機がガストロノミーとヘリ

テージの関係性に深くかかわり、観光体験の質を高めるきっかけとなっていること を文化観光の視点から検証した。ローカルの人々とローカルなセッティングで体験 するローカル料理は真正性との最も近い出合いを提供し、ガストロノミーは決定的

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な役割を演じることができることをガストロノミーとニューツーリストを対比さ せて論じることで示した。ここでガストロノミーに内在する真正性が明らかにされ た(Westering,J.v.,1999 pp.75-81)。このように萌芽期においてフードツーリズムの用 語そのものはまだ登場してなかったものの、観光研究の分野で観光における食文化 あるいはガストロノミーと融合した研究領域が1980~90年代の社会状況と深く関 連して成長を始めた。

3.基盤期(2002~2011)

21世紀に入り、観光と食の関係性は事例研究の増加とともにフードツーリズム研 究の基盤となるガストロノミーの概念が益々重要性を増してきた。2002年にフード ツーリズムに関する初の専門書であるヒャラガー(Annne M.Hjalager)とリチャー ズ(Gregg Richards)編集のTourism and Gastronomy (2002, Routledge)が出版された。

この出版の契機となったのはヨーロッパに本部を置き70カ国に会員を擁する「観 光とレジャー教育協会9(ATLAS)」の特別研究部門「ガストロノミーと観光研究グ ループ」の発足(2001)と翌2002年にポルトガルのアルト・ミンホで開催された 第1回専門家会議であった。Tourism and Gastronomyはその学会での研究報告を編 集した学術書であり、その後のフードツーリズムの代表的な文献となった。これを 機に、食と観光の関係を取り上げる研究者と論文が欧米とオセアニアからアジア、

東欧へと拡大した。同時期に出版されたホール(C.Michael Hall)とシャープルズ(Liz Sharples)その他編集のFood Tourism Around the World (2003,Elsevier)は3章からな る理論編と15章からなる事例編で構成され世界のフードツーリズム事例を豊富に 紹介している。全般的に食と観光に関わる地域開発、及び消費者行動とマーケティ ングに主力が置かれている。随所でコラム的に紹介されているフードツーリズの事 例も豊富である。その翌年出版された.Culinary Tourism(2004,Kentucky)は民族学者で あり文化人類学者であるロング(Lucy Long)が監修をした。食文化と食体験を民 族学の視点から分析するとともにカリナリーツーリズムの真正性、アイデンティテ

9 ATLASThe Association for Tourism and Leisure Education1991設立)

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ィ、エスニシティを論じている。これらの学術書の出版とならんでワインツーリズ ムの分野ではHall.C.M., Wine,Food,and Tourism Marketing(2003,The Haworth

Hospitality Press)がある。学術専門書の相次ぐ出版により観光研究の領域としての

フードツーリズムの研究基盤が築かれた。理論的構築が進展するとともに、2005 年以降事例研究からマネジメント論やブランド論に関わる論文が顕著になり始め た。キベラ(Jaska Kivela)とクロッツ(John C. Crotts)は旅行者のデスティネーシ ョン体験にガストロノミーがいかに影響して決定するかについて香港での事例に より考察した。ガストロノミー観光客は固有なマーケット・セグメントを形成して いるか、そしてガストロノミーはデスティネーションの観光体験の質へ寄与してい るかを検証するため香港のレストランの観光客に対して観光客の文化的な意識、旅 行の動機、香港のガストロノミー・イメージ、食の質、満足、旅行者の再訪の意思、

そしてそれらの関係におけるガストロノミーの効果などを調査・分析した。結果か ら、彼らはユニークで多様なガストロノミーが都市にはあるという立場を取り、都 市の体験にはガストロノミーが非常に重要であるということを導いた(Kivela,J.&

Crotts、J.C.,2006)。キベラとクロッツ.の研究結果は、ガストロノミーの理由での旅

行動機が有効な構造であると提案する証拠を示した。また、データー分析の結果は ガストロノミーがデスティネーションを体験する方法において主要な役割を演じ ることを明らかにし、ある旅行者たちはそのユニークなガストロノミーを味わうた めに同じデスティネーションを再訪するであろうことを示した。そうした結果は、

地元香港のDMO10への提言としてまとめられた。

一方、農村におけるフードツーリズム研究としてシムズ(Rebecca Sims)は「ロー カル」な食べ物と飲み物が持続可能な農業実践を奨励し、ローカルビジネスを支援 し、より多くの訪問者と投資を引きつけることから地域に利益をもたらすことので きる「ブランド」を構築することによって観光事業と農村のホストコミュニティの 両方の経済と環境の持続可能性を向上させることができると論じた。ローカルフー ドが休暇体験における真正性に対する訪問者の欲求へ訴求するため、持続可能な観 光体験が重要な役割を演じることができると述べ、食は多くのレベルにおいて持続

10 DMO:デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーション

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