• 検索結果がありません。

第 3 章 教師の信念に影響する社会文化的背景

第 1 節 総括

1-1 各章のまとめ

第1章:本研究は望ましい教師像を「カリキュラムメーカー」(積極的に意図されたカリ キュラムに働きかけ、指導案を作成し、実践をするプロセスから、実施されたカリキュラ ムを創り出す教師)とし、これまで明らかにされてきた一般的な実践的知識の特徴と数学 固有の実践的知識の特徴をまとめた。特にPCKのみならず教科内容知識(SMK)の重要 性が指摘され、文脈と信念が深く関係することが先行研究より明らかにされた。本研究の 新規性は、カリキュラムメーカーの教師の実践的知識の特徴を、翻案・授業・省察のつな がりに着目し、意図されたカリキュラムに関する知識と数学的地平である水平的内容知識 を新たに「カリキュラム知識」として定め、実践例においてその様相を示したことにある。

特に翻案段階で活用されたカリキュラム知識は、授業においても、授業後の省察におい て も影響を及ぼしていることを明らかにした。

以上のことから、本研究におけるカリキュラムメーカーとしての実践的知識の構成要素 を導出し、概念枠組みを構築した(図 18)。実践的知識の要素は「カリキュラム知識(カ リキュラムに関する知識、水平的内容知識)」、「内容・指導法・子どもの知識」であり、そ れらは独立して存在する知識ではなく、「子どもの学習状況の認知」に影響を受け「状況特 有の知識」を形成し活用される。また実践的知識は個人の経験や社会文化的背景に影響を うける「信念」との相互作用的関係にある。

第2章:調査の対象と方法を説明した。特に方法では、教師の日々の活動である翻案・

授業・省察過程と五層のカリキュラム(意図されたカリキュラム・教師が意図したカリキ ュラム・活性化されたカリキュラム・教師が認識した達成されたカリキュラム・達成され たカリキュラム)というマクロな視点を連携させ調査の枠組み(表19)を確立した。それ は各カリキュラム間の構成要素(目標・目的、指導・学習内容、指導方法)の差異を示す ことによって教師の実践的知識の課題を明らかにする調査の枠組みである。また実践的知 識の概念枠組みの構成要素(カリキュラム知識、内容・指導法・子どもの知識、状況特有 の知識、子どもの学習状況の認知、個人の経験、社会文化的背景、信念、翻案・授業・省 察のつながり)との関連に着目し、実践的知識の把握の可能性を考察した。そして事例研 究における質問紙等の調査者の意図を調査の枠組みと関連させて述べた。

第3章:フィリピンにおける信念に影響を及ぼすであろう社会文化的背景として、教育 改革の歴史と教師を取り巻く教育環境についてまとめた。前者からはアメリカからの影響・

計算の重視・新カリキュラムの実施・大規模教員研修、後者からはレッスンログ(略案と

128

授業記録)の義務化・一問一答式のテスト文化などが信念に影響する要因として導出され た。加えて、留意点として自国によるカリキュラム改革の歴史は浅く、新カリキュラムに は不適切な指導内容の配列があることを特記した。

第4章:事例研究1ではフィリピンの小学校教師6名を対象に、教師の問題点を同定し 実践的知識の課題を明らかにした。例えば教師Aの問題点は、教師の意図したカリキュラ ム(指導案)において指導内容を新たに加えたために、返って子どもの思考の混乱を招い たことであった。これは翻案段階において、実践的知識の要素である「カリキュラム知識」

と「信念」に課題があることが示された。また教師Bの問題点は活性化されたカリキュラ ム(授業)において、指導方法が子どもとのやりとり(discussion)が削除されたために、

技術の習得のみが行われることとなった。これは授業段階において「子どもの学習状況の 認知」に課題があることが分かった。教師Aと教師Bに共通する問題として、省察段階に おいて子どもは十分に授業内容を理解していたと自身の授業を評価していることであった。

つまり授業段階における「子どもの学習状況の認知」が不十分なために、省察段階でも「子 どもの学習状況の認知」が不十分で、「内容・指導法・子どもの知識」のうち「内容と子ど もの知識」である誤概念などの知識が生成されず、「内容と指導法の知識」の更新にはつな がらないことが予測できた。

事例研究2では、教師Bによる4時間分の翻案・授業・省察段階を対象に、教育的介入 による変容過程を記述した。結果、目的の記述に変容はみられなかったが、学習内容の焦 点化、グループ学習の活用、子どもの意見の活用において変容が観察できた。これらの変 容を促した要因として、教師Bが自分で立体の模型を作成する過程で空間図形の指導に関 する基本的知識(展開図の意味、空間図形の構成)を獲得したことである。一方残存する 課題として、子どもとのやりとり(discussion)における子どもの意見の活用があげられ る。教師Bは子どもの意見を取り上げていたが、一問一答形式で思考が深まる場面が少な かった。その背景には授業の各所にみられる図形に関する知識の不足(正確な展開図・見 取り図)による指導力の不足が指摘できる。

2 つの事例研究の分析・考察から、実践的知識はどのような教師でも実践の中で生成さ れるが、基礎的知識がない場合は、実践を繰り返しても生成されないこと、授業に満足す る教師は成功体験の積み重ねとなり、カリキュラムの差異をつくる授業をルーティーン化 させることが分かった。加えて外的要因である意図されたカリキュラムに課題がある場合 には、翻案段階で活用される高いレベルのカリキュラム知識がないと実践的知識の生成は 乏しいのではないか、という点を指摘した。

1-2 カリキュラムメーカーとしての教師教育への提言

カリキュラムメーカーの教師は構造化されたカリキュラム知識を保有しており、翻案・

129

授業・省察のすべての段階においてその知識は働いていた。そのような教師をめざした教 師教育への提言を、実践的知識の生成(又は更新)と活用という観点から論じたい。

前節において、各段階における教師の問題点として、翻案段階では目的理解の浅薄さ・

指導内容焦点化の曖昧さ・批判的解釈の欠如、授業段階では指導方法(道具的理解中心・

技術の習得・グループ活動の意義の理解不足)、省察段階では子どもの学習状況の認識の不 足や反省的に省察できないなどを指摘した。そしてそれらの原因には実践的知識の不十分 さがあった。翻案段階の問題点はカリキュラム知識の不十分さ、指導内容の概念的理解の 不足、授業段階の問題点は成功体験や社会・文化的背景に影響された信念、「内容・指導法・

子どもの知識」の不足、省察段階の問題点は、内容と子どもの知識の不足や評価テストに よる振り返りのルーティーン化(教師をとりまく環境)などの原因が考えられた。

これらの実践的知識の問題点の改善を実践的知識の生成(又は変更)・活用という観点か ら提言する。以下4段階で提言しているが同時に取り組むことは可能である。

第1段階:基礎的知識(指導内容自体の知識)を身に付ける

「基礎的知識」(指導内容自体の知識)とは、Ballらの教えるための数学的知識(図1)

の一般的内容知識(CCK)にあたると考えられる。彼らの説明では、一般的内容知識があ る教師は計算が間違ったりしていることに気付くこととしている。本研究の事例研究2で は、教師Bが立方体の展開図が描けない状態であったため、子どもの誤答に気付くことが できなかった。またこの知識は、翻案・授業・省察における特有の知識の基盤になるため、

まず指導内容自体の知識を身に付ける必要がある。ただこの知識はショーンの言う「行為 の中」での知の生成は期待できず、大学での教師教育や翻案前の教師の学習によって整え られると考える。

第2段階:指導内容の概念的理解を深める

指導内容の道具的理解が先行し概念的理解が不足している。ゆえに「内容と指導法の知 識」、つまり指導法のレパートリーが少なく計算技術の習得に多くの時間を費やす授業展 開となる。事例研究1より授業のルーティーン化が存在しているため「行為についての省 察」が必要となる。しかし厄介なことに長期的に影響を受けているテスト重視の学校文化 や個人の成功体験などから信念が形成されているため、実践的知識の更新は困難と推察す る。よって、現職教師教育では指導内容の概念的理解を図り、指導案を作成するなどの研 修を行うことが有効と考える。その際、評価テストは概念的理解に重きを置いた内容にす べきである。

第3段階:指導内容の系統性の理解を深める

担当学年に変化がないために、他学年の指導内容の知識に欠けている。そのためカリキ ュラム知識である内容の系統性の理解が不十分で、翻案段階において意図されたカリキュ ラムの深い解釈(又は批判的な解釈)ができない。特にスパイラル学習であるため何が新

関連したドキュメント