第 3 章 教師の信念に影響する社会文化的背景
第 1 節 フィリピンの教育改革史
本節では、現在のフィリピンの教育に至る歴史的経過を辿る。まずスペイン統治以後 の普通教育を振り返り(3-1-1)、次にグローバル化という視点から、第1期 アメリカ統 治時代からEFAまで(3-1-2)、第2期 EFA(3-1-3)、第3期 K to 12 教育改革(3-1-4)に分け、各期における教育改革の歴史をまとめ、教師の信念に影響を与えるであろう間 接的要因を導出する。
3-1-1 普通教育の開始
フィリピンはスペインの統治(1565~1898)に始まり、アメリカの統治(1898~1941)、
日本の統治(1942~1945)という 3カ国の植民地支配を経験してきた(表22)。スペイン 統治時代は、主に布教のための修道士による、首長の子どもたちに対するスペイン語によ るキリスト教教育が行われていた。その後のアメリカ統治時代には、「友愛的同化」政策の もと 1901 年に初等義務教育制度がはじまった。これはアメリカ人教師の、アメリカの教 科書を用いた、英語による全教科の教育であった(鈴木,1997,p.149)。しかし翌年の 1902 年の公立小学校のアメリカ人教師の割合は21.7%(691人)、フィリピン人は78.3%(2496 人)、そして 1908 年以降は 90%を越えるフィリピン人教師による教育がなされ(市川,
1999,p.26)、早期にフィリピン人教師による英語による授業が行われていたことがわか る。これはフィリピン人の教師の必要性からフィリピン人をアメリカ本土で学ばせるプロ グラムなど導入したことから促進された(Estioko,1994)。また 1946年の独立時の就学
経験者は80%をこえている状況をみると、他の途上国に先駆け普通教育と呼べる学校制度
を保持してきたといえる(市川,1997)。
表22 歴史的背景と教育
年 主な出来事 教育に関する歴史
1521
1571 ス ペ イ ン 統 治 時代
マゼラン隊フィリピンに到着 マニラ陥落
スペインのキリスト教を中心 スペイン語によるキリスト教教
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とした統治 育が行われる 1898 ア メ リ カ 統 治
時代
米西戦争
アメリカ統治開始
1901 初等教育義務教育制度始まる
アメリカ人教師540名到着
1925 モンロー調査実施
1935 独立準備政府(コモンウェル
ス)発足
1936 コモンウェルス調査実施
1942 日本統治時代 日本軍政開始 英語の使用を中止し日本語を学
習する
1946 フィリピン共和国独立
鈴木(1997)を基に筆者作成
本節ではこのようなグローバル化という歴史的背景から開始された普通教育を以下の 3
期(表23)にわけ、教育改革と教師教育の変遷の成果と課題に着目し、現在の教師の日々
の活動に影響するであろう事実を考察する。
第1期 アメリカ統治時代からEFAまで(1901-1990)
第2期 EFA(1990-2010)
第3期 K to 12教育改革(2010-現在)
表23 教育改革に関する歴史
年 期 教育改革に関連する調査・政策
1925 第1期
(1901-1990)
ア メ リ カ 統 治 時 代~EFA
モンロー調査
1936 コモンウェルス調査
1949 ユネスコ調査
1960 スワンソン調査
1967 再スワンソン調査
1970 大統領委託委員会教育調査(PCSPE)
1972 国家10年開発計画
1973 保護者地域教師による教育経営 (IMPACT)
1976 初等教育成果に関する調査(SOUTELE)
1982-1989 脱中央集権化教育のプログラム (PRODED)
新小学校カリキュラム(NESC)の実施 1988-1995 第2期
(1990-2010)
EFA
中等教育開発プログラム(SEDP)
1989-1992 フィリピンーオーストラリア理数科教師プロジェクト
(PASMEP)
1991 議会委託教育委員会(EDCOM)設立
1994 日本援助によるフィリピン理数科教師訓練センタープ
ロジェクト(SMEMDP)
1996-2001 基礎教育プロジェクト(PROBE)
1998-2006 第3回初等教育プロジェクト(TEEP)
2000 大統領委託教育改革委員会(Presidential Commission
on Educational Reform,PCER)による改革の提言
2000 フィリピンEFA アセスメント
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2002 新初等教育カリキュラム(BEC)実施
2002-2007 ミンダナオ基礎教育援助 Basic Education assistance
for Mindanao (BEAM)
2005 ビサヤ教育実施強化Strengthening Implementation of
Visayas Education (STRIVE)
2006 フィリピンEFA2015年計画Philippine Education for
All 2015 Plan
2006 基 礎 教 育 セ ク タ ー 改 革 ア ジ ェ ン ダ Basic Education
Sector Reform Agenda (BESRA)
2012 第3期
(2010-現在)
K to12の開始
2011-2016 フィリピン開発計画2011-2016
2015 ミレニアム開発目標MDGs 2015
2016 SDGs
UNDP(2009,p.67)をもとに筆者作成
3-1-2 第 1期(アメリカ統治時代1901~1990,表24参照)
第1期では、主に国家レベルでの問題点の指摘が多く、外国から移入された教育の実施 方法に関する提言が多い。具体的には、フィリピンに適した教科書と教材の必要性、教師 教育の必要性、教授言語に関する問題、初等中等教育を10年から12年への延長の要請な どが報告されている(Magno,2010)。この時期の課題は、ドロップアウト、教師の質、子 どもの低学力、教授言語、不適切な教材、行き過ぎた中央集権化、財源不足などが挙げら れているが、それらは植民地時代と何ら変わっていない(United Nation Development
Programme,以下UNDP,2009,p.68)。それは1967年の再スワンソン調査の報告にあ
るように、まだ制度的な面において教育省が機能していないことが一つの要因であった。
そこで 1970 年大統領委託委員会教育調査会では、高等教育局・ノンフォーマル教育局・
教育プロジェクト実施タスクフォース・国家人材若者機関を新たに設置し、組織的充実を はかった。
教育改革に影響を及ぼしたのは、1975 年に行われたフィリピンによる初めての独自調
査SOUTELEである。これは教育局(DepEd)の前身である教育・文化・スポーツ局(DECS)
による小学生を対象とした学力調査で、基礎学力が身についていない実態を明らかにした。
そこで新小学校カリキュラム(NESC)では、読み・書き・計算(3R’s)の基礎的技術の習 得に力が入れられた。また教科書や補助教材(数え棒・位取りポケットチャートなど)、教 師用指導書、子ども用小黒板が配布され授業に活用された(NISMED,2000,pp.34-35)。
この時期の教員研修は、頻繁ではないが 1960 年に州、地域、学校レベルにおける教員 研修、1974年、1976年に夏季研修が行われ、指導技術の向上に努めている(ibid,p.40)。
しかし、1960年代の教師たちは、新しく導入された積集合や和集合、様々な記数法、交換 法 則や 結合 法則 の指 導を 行い 、四 則演 算の 方法 など は教 えな いと いう 問題 点が あっ た
(Nebres,1988)。
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<まとめ>
このように第1期では、外部からの調査をもとに指摘されてきた問題点は、ほとんど解決 されず、その原因と考えられる教育機関や制度の確立が中心的な取り組みであった。また 教師の質的課題は指摘されながらも具体的な改善策は示されていないが、トップダウン的 な単発の教員研修は行われ始めた。また後半、読み書き計算を重視したカリキュラム改善 と教具・教材の活用に取り組んだ。
表24 第1期の教育改革
調査・教育改革 内容
モンロー調査(1925) ・教科書や教材をフィリピンの生活に適応させる 必要がある
・95%の教師の専門的教育を受けていない
ユネスコ調査(1949) ・初等・中等教育を10年から12年への延長すべき である
・教師教育の更なる強化が必要である
・教授言語に問題がある
・コミュニティスクールは重要である スワンソン調査(1960) ・文化的少数派の教育に問題がある
・海外の教育実践の受け入れに問題がある
再スワンソン調査(1967) ・教育省はこれまでの提言について取り組んでい ない
大統領委託委員会教育調査 PCSPE(1970 )
・教育組織の再編成の要求する 10 年 間 国 家 開 発 プ ロ グ ラ ム
(1972)
・教師の再教育の必要がある
・カリキュラム・教育環境などの改善 教育の脱中央集権化プログラム
PRODED(1982-1989)
・教科書・補助教材・指導書・児童用小黒板の配布
・科学・テクノロジー・数学・読み書きのカリキュ ラムの改善
・「黒板を見せて(show me boards)」というドリル 方法が盛んに実施される
新小学校カリキュラムNESC
(1984)
・読み書き計算を重視する 中等教育開発プログラム SEDEP
(1988-1995)
・PRODED を引き継ぎ、子ども中心主義の教育、
コミュニティと繋がるカリキュラム改革を提案す る
注:Magno(2010);NISMED(2000)を基に筆者作成
3-1-3 第 2期(1990~2010,表25参照)
近年の教育改革に最も大きな影響を及ぼしたのは、1990年の世界教育宣言「万人のため の教育(Education for All,以下EFA)」である。そこで第2期は国際的なEFAの取り組 みとともに記述する。EFAはユネスコ、ユニセフ、世界銀行、国連開発計画の主催により
「万人のための教育世界会議」において決議されたもので、初等教育の普遍化、教育の場 における男女の就学差の是正等を目標としている。しかしながら、その後10年を経て「万 人のための教育」の達成には程遠い状況であることから、2000年に「世界教育フォーラム」
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が開催され、6 つの目標(就学前保育・教育の拡大及び改善、すべての子どもが無償で質 の高い義務教育を受けられる、すべての青年・成人の学習ニーズが満たされる、成人の識
字率の50%の改善、男女の平等、読み書き計算能力の成果の達成)が示された。
これに対してフィリピンは、まず1990年にフィリピン国家行動計画EFAⅠ(1991-2000)
を作成し、就学前教育の制度化、質の高い初等教育の普及、非識字者の根絶、継続的な教 育と開発の規定を目標に教育改革に取り組んだ。また教師の専門職化の動きも見られ、
1994年にフィリピン教師専門職化法が制定され、2004年に小学校の教師は学士の学位を 有することが決定された(Congress of the Philippines,2004)。
こ の 期 間 に 大 き な 影 響 を 及 ぼ し た 機 関 は 、1991 年 に 設 立 さ れ た 議 会 委 託 委 員 会
(Congressional Commission on Education, 以下 EDCOM)である。EDCOMは教育シ ステムの三焦点化を行い、基礎教育は教育局(Department of Education,以下 DepEd)
の管轄下となった(UNDP,2009,p.69)。このような教育機関の効果的な再編成のもと、
DepEd は EDCOM と 1998 年に設置された大統領委託教育改革委員会(Presidential
Commission on Educational Reform,以下PCER)とともに教育改革に取りくみ、脱中央
集権化やカリキュラム改革、指導方法に至るまで広範囲にわたる枠組みを示している。し かし教育省が行う教育改革は、中途半端な地方分権化の影響などからうまく進まなかった
(ibid, p.70)。そこでDepEdの行う改革の成果を高めるために、2006年に基礎教育セク ター改革アジェンダ(Basic Education Sector Reform Agenda, 以下BESRA)という政 策パッケージが、オーストラリア国際開発庁やユネスコ、JICA など多くのドナーの協力 により開始された(DepEd,2005)。理数科教師の内容理解の乏しさや最新の科学的知識 の習得の必要性(Gonzalez,2000)などが指摘される中、ミンダナオ基礎教育援助(Basic Education Assistance for Midanao, 以下BEAM)と日本が関わった第3回初等教育プ ロジェクト(Third Elementary Education Project, 以下 TEEP)が実施された。例えば、
BEAMでは平面図形の指導法の研修が行われ、多角形の包含関係やアクティビティシート の活用法を学んでいる。これらは学校ベースの運営(School-Based Management, 以下
SBM)により行われ、学力テスト(Natinal Achievement Test,以下NAT)ではパイロッ
トスクールの成績が優位であることが示された(UNDP,2009)。このようにSBMは一定 の成果を収め、第1期で課題とされてきた中央集権化に対して、脱中央集権化による効果 的な改善へと導いたといえる。
DepEdは、BEAMやTEEPがパイロット校のみを対象にするのに対して、独自でフィ
リピン全土にわたる教育改革に取り組んだ。まず 2002 年の新初等教育カリキュラムの実 施に伴う教師教育では、2006年に能力ベースの教師スタンダード(National Competency-
based Teacher Standards,以下NCBTS)が発行され、教授の定義・教師の知識・教授の
方法・効果的な教授のそれぞれについて従来の伝統的な教授との相違点が示され、学習者