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  1では、現行厚生年金制度および健康保険制度において採用されている標準報酬について説明した。

厚生年金および健康保険のいずれの制度においても賞与は標準報酬には含まれてはいない。その代わ りに標準報酬に基づいた保険料とは別に、特別保険料を徴収することとされている。しかし、その料 率は標準報酬に基づく保険料よりも低い。

  そのため、労働への対価としての報酬を標準報酬として捕捉される月々の給与という形態ではなく、

保険料率が低めの賞与という形態で支払った方が事業主・従業員の双方にとって社会保険料負担が小 さくなる。このように、現行制度では事業主が報酬の支払形態を変えることによって、保険料負担を 免れることができる。また、60歳から64歳までの在職者の場合には、標準報酬月額に応じて年金の 支給停止額が決まるため、賞与を増やして月給を抑え、年金の支給停止を免れることもできる。この ように、負担能力が大きくとも賞与形態で多くの報酬を得ている者は社会保険料負担を免れることが できるのに、負担能力が小さくとも月々の給与という形態で報酬を得ている者は社会保険料の賦課ベ ースをしっかりと捕捉されていることは公平上問題なしとは言い難い。現行標準報酬制度が賞与を含 めていないことによって生じてくる前記のような問題点は年金審議会においても指摘されている12。 それらの問題点を解決する方法として、社会保険料の賦課ベースとして総報酬制の採用を提言してい る13

  そうした年金審議会の提言を踏まえた上で、厚生省年金局(1999)において「総報酬制の導入(2003(平 成15)年4月実施)」が、次のように書かれている14

  「厚生年金制度において、賞与等を一般の保険料の賦課対象とするとともに、給付に反映させる仕 組み(総報酬制)を導入する。

  (1) 保険料総額や給付総額が総報酬制の導入により変動しないよう保険料率と給付乗率を引き下げ る。

保険料率     17.35%  →     13.58%

給付乗率  1000分の7.125  →  1000分の5.481

  (2) 賞与等を一般の保険料の賦課対象(1,000 円未満切り捨て)とすることとし、賦課対象額に上限 (150万円)を設定する。

        損失の金額を前年に繰り戻すことができる。

11 役員が住宅の提供を受けている場合には取り扱いが異なる。

12 年金審議会(1998a)、22頁を参照されたい。

13 年金審議会(1998a)、22頁を参照されたい。

14 厚生省年金局(1999)、5頁を参照されたい。 

 

  (3) 年金額の計算においては、総報酬制の導入以前の被保険者期間については従来どおりの方法で 計算し、総報酬制の導入以後の被保険者期間については、標準報酬月額と保険料賦課対象とな った賞与額を基に、新給付乗率を用いて計算する。」

  さらに、「改正案大綱」の参考資料では、次のような説明がなされている15

[負担の在り方]

総報酬制導入前 総報酬制導入後 月給 (標準報酬月額) に対する保険料率(労使折半) 17.35% 13.58%(注1)

標準報酬月額の上限及び下限 上限  620,000円 同左 月 給

(平成12年10月の引き上げ後) 下限  98,000円

ボーナスに対する保険料率(労使折半) 1%

(給付には反映しない)

13.58%(注1) 賦課対象となるボーナスの上限及び下限 上限及び下限 上限150万円(注2) ボ

ー ナ ス

ともになし 下限  なし     (注1)被用者年金全加入者の月給に対する平均ボーナス支給割合(0.3)から算出

[  (17.35%×1+1%×0.3) / (1+0.3)=13.58%  ]

    (注2)標準報酬月額の上限の月給を得ている者の平均的な年間ボーナス額の2分の1に相当

  [給付のあり方(報酬比例部分の計算方式)]

  年金額=イ)総報酬制導入前の期間分+ロ)総報酬制導入後の期間分   イ)部分の計算式

再評価後の平均標準報酬月額×給付乗率(1000分の7.125)×加入期間   ロ)部分の計算式

   (再評価後の平均標準報酬月額+再評価後の平均ボーナス)     ×新給付乗率(1000 分の5.481(注3)  )×加入期間    (注3)新給付乗率=総報酬制導入前の給付乗率/1.3」

  以上に引用されている総報酬制についてまとめておこう。総報酬制は前記したような現行標準報酬 制度のもとで賞与を標準報酬に入れないために起きている問題を解決しようとする目的から賞与を社 会保険料の賦課ベースに含めようとするものである。引用した表の中に記してあるように、総報酬制 導入後の保険料は、従来 (現行) の標準報酬で捕捉される月給・賞与に対して、等しい13.58%で賦 課されることになっている。13.58%という料率は、引用した表の欄外(注1)に記してあるように、現 在の被用者年金全加入者の月給に対する平均賞与の支給割合(0.3)から導き出している。

  従来 (現行) 制度では、標準報酬で捕捉される月給に対して 17.35%の料率が賦課されているが、

賞与に対してはそれよりも低い 1%が賦課されている。一方、被用者年金加入者の平均で見て、月給 に対する賞与の支給割合は0.3となっている。この平均の個人で計算した場合、月給に賦課されてい

る17.35%の保険料と賞与に賦課されている1%の保険料の合計額を賦課ベース全体、つまり 1+0.3

での料率に直したものが13.58%である。

  平均の個人の場合には、総報酬制になっても、月給と賞与のどちらにも同一の料率が賦課されてい        

15 厚生省年金局(1999)、参考資料、7頁を参照されたい。

るが、徴収される保険料の総額に変わりはない。しかし、これまで賞与に対する保険料率が低いこと を利用して、報酬を月給という形態で薄く、賞与という形態で厚く受給していた個人は、平均の個人 と同一の保険料となるため、総報酬制の導入により多くの保険料を支払うこととなる。

政府管掌健康保険・厚生年金保険の標準報酬・保険料月額表

(単位:円)          健 康 保 険   厚   生   年   金   保   険          保  険  料(事  業  主・被  保  険  者  負  担 = 折  半) (任意継続)        料  率  85/1000  173.5/1000 191.5/1000 199.2/1000 200.9/1000 173.5/1000 

標   準   報   酬  政府管掌  第1・2 種  第  3  種  日本たばこ  旅客鉄道  第 4 種  等級  月 額  報  酬  月  額  健康保険  男子・女子 船員・坑内員  産  業  会 社 等  被保険者 

92,000  95,000 未満  3,910.0  7,981.0  8,809.0  9,163.2  9,241.4  15,962.0  2 98,000  95,000 以上 101,000 未満  4,165.0  8,501.5  9,383.5  9,760.8  9,844.1  17,003.0  3 104,000 101,000 以上 107,000未満  4,420.0  9,022.0  9,958.0  10,358.4  10,446.8  18,044.0  4 110,000 107,000 以上 114,000未満  4,675.0  9,542.5  10,532.5  10,956.0  11,049.5  19,085.0  5 118,000 114,000 以上 122,000未満  5,015.0  10,236.5  11,298.5  11,752.8  11,853.1  20,473.0  6 126,000 122,000 以上 130,000未満  5,355.0  10,930.5  12,064.5  12,549.6  12,656.7  21,861.0  7 134,000 130,000 以上 138,000未満  5,695.0  11,624.5  12,830.5  13,346.4  13,460.3  23,249.0  8 142,000 138,000 以上 146,000未満  6,035.0  12,318.5  13,596.5  14,143.2  14,263.9  24,637.0  9 150,000 146,000 以上 155,000未満  6,375.0  13,012.5  14,362.5  14,940.0  15,067.5  26,025.0  10 160,000 155,000 以上 165,000未満  6,800.0  13,880.0  15,320.0  15,936.0  16,072.0  27,760.0  11 170,000 165,000 以上 175,000未満  7,225.0  14,747.5  16,277.5  16,932.0  17,076.5  29,495.0  12 180,000 175,000 以上 185,000未満  7,650.0  15,615.0  17,235.0  17,928.0  18,081.0  31,230.0  13 190,000 185,000 以上 195,000未満  8,075.0  16,482.5  18,192.5  18,924.0  19,085.5  32,965.0  14 200,000 195,000 以上 210,000未満  8,500.0  17,350.0  19,150.0  19,920.0  20,090.0  34,700.0  15 220,000 210,000 以上 230,000未満  9,350.0  19,085.0  21,065.0  21,912.0  22,099.0  38,170.0  16 240,000 230,000 以上 250,000未満 10,200.0  20,820.0  22,980.0  23,904.0  24,108.0  41,640.0  17 260,000 250,000 以上 270,000未満 11,050.0  22,555.0  24,895.0  25,896.0  26,117.0  45,110.0  18 280,000 270,000 以上 290,000未満 11,900.0  24,290.0  26,810.0  27,888.0  28,126.0  48,580.0  19 300,000 290,000 以上 310,000未満 12,750.0  26,025.0  28,725.0  29,880.0  30,135.0  52,050.0  20 320,000 310,000 以上 330,000未満 13,600.0  27,760.0  30,640.0  31,872.0  32,144.0  55,520.0  21 340,000 330,000 以上 350,000未満 14,450.0  29,495.0  32,555.0  33,864.0  34,153.0  58,990.0  22 360,000 350,000 以上 370,000未満 15,300.0  31,230.0  34,470.0  35,856.0  36,162.0  62,460.0  23 380,000 370,000 以上 395,000未満 16,150.0  32,965.0  36,385.0  37,848.0  38,171.0  65,930.0  24 410,000 395,000 以上 425,000未満 17,425.0  35,567.5  39,257.5  40,836.0  41,184.5  71,135.0  25 440,000 425,000 以上 455,000未満 18,700.0  38,170.0  42,130.0  43,824.0  44,198.0  76,340.0  26 470,000 455,000 以上 485,000未満 19,975.0  40,772.5  45,002.5  46,812.0  47,211.5  81,545.0  27 500,000 485,000 以上 515,000未満 21,250.0  43,375.0  47,875.0  49,800.0  50,225.0  86,750.0  28 530,000 515,000 以上 545,000未満 22,525.0  45,977.5  50,747.5  52,788.0  53,238.5  91,955.0  29 560,000 545,000 以上 575,000未満 23,800.0  48,580.0  53,620.0  55,776.0  56,252.0  97,160.0  30 590,000 575,000 以上 605,000未満 25,075.0  51,182.5  56,492.5  58,764.0  59,265.5  102,365.0  31 620,000 605,000 以上 635,000未満 26,350.0 

32 650,000 635,000 以上 665,000未満 27,625.0  33 680,000 665,000 以上 695,000未満 28,900.0  34 710,000 695,000 以上 730,000未満 30,175.0  35 750,000 730,000 以上 770,000未満 31,875.0  36 790,000 770,000 以上 810,000未満 33,575.0  37 830,000 810,000 以上 855,000未満 35,275.0  38 880,000 855,000 以上 905,000未満 37,400.0  39 930,000 905,000 以上 955,000未満 39,525.0  40 980,000 955,000 以上  41,650.0   

※ 政府管掌健康保険は平成9年9月、厚生年金保険は  平成8年10月から適用(平成12年3月現在)

※ 第4種は事業主の同意がない場合  表II‑1 

[ ワークショップでの質疑応答およびコメント ]

  本研究では、研究報告を発表するにあたり、平成11年12月8日に八田達夫 (東京大 学空間情報科学研究センター教授)、醍醐聰氏 (東京大学経済学部教授) をコメンテーター に迎えてワークショップを開催した。質疑応答およびコメントは以下のとおりである。

  ただし、時間の制約があったため、ワークショップではすべての質問に対する答えは行 えなかった。したがって、ここに記す答えのうちの一部は、各質問に対して後から追加し たものとなっていることを、八田先生、醍醐先生および読者におかれては了承頂きたい。

八田達夫氏

●Q&A

Q 1. 今回の政府の改革案は、実は 2100 年くらいに完全積立が達成される内容である。

政府の重大な政策変更 (積立方式への移行) を示すものであり、その重大性を指摘す べきである。それに関する言及がない。

A 1. 今回の改正案の内容については、私たちも報告書の中で若干言及はしている。しか し、その改正内容が実施された場合に、2100年くらいに完全積立が達成されるかどう かは私たちとしてはまだ確認してはいない。しかし、新しい改正内容に基づいて将来 推計することは興味深く、重要な事柄であると理解している。

Q 2. 年金である以上「長生きのリスク」をカバーするのは当然であり、殊更に議論す るようなことではない。

A 2. 公的年金制度は「長生きリスク」への対応を当然に果たすべきという考え方もあり

うる。しかし、それとは異なり、2 階部分については「長生きリスク」に対しては各 個人の責任でよいと考え、公の関わりを完全に否定する見解を持つ人々もいる。私た ちが公的年金制度のあり方を検討する論点の1つとして、「長生きリスク」への対応を いれたのは、そのような見解をもっている人々を意識していたからである。

Q 3. 基礎年金は租税方式、ミーンズテストなし、賦課方式ということだが、それだと公 的扶助でも保険でもないものとなり、存在意義がすっきりしない。そのあたりの論理 的説明が不十分のように思われる。

A 3. 説明が不十分であるという点については、書き方がまだ十分でなかったかもしれな

い。これまで1階部分 (基礎年金) についての考え方としては、(1) 租税財源に基づ く公的扶助方式、(2) 従来の保険方式、という 2 つの方式があったが、私たちが提案 した方式はそれらに次ぐ第 3 の方式として意義がある。租税財源に基づく公的扶助方

式であると、ミーンズテストがあるため、人によっては給付が制限されてしまう。一 方、従来の保険方式であると、拠出−給付関係に基づくため、給付の有無と額が保険 料拠出の有無と額によって定められてしまう。私たちが提案した方式は、この 2つの 点を改善するものである。租税方式でありながらも、公的扶助でもなければ、保険で もないことになるが、そこにこそ存在意義がある。

Q 4.基礎年金の財源を租税とした場合、消費税と所得税のどちらがよいかという判断は、

基礎年金にどの程度の所得分配機能をもたせるかという価値観の問題に属するため、

報告書で結論を出すのは不適当である。むしろそれらのもつ効果を明らかにする分析 を中心にすべきである。

A 4. 報告書をそのように捉える見解もあるが、私たちのスタンスは若干異なる。私たち

は資源配分の効率性と所得分配の公平性という規準に立ち、当該問題を考察し、とく に「公平性」という基準から提言すべきことがあれば盛り込むべきだと考えた。した がって、課税ベースの比較に関する検討においても、「公平性」の規準に立ち、少々価 値観に足を踏み入れて検討を行っている。

Q 5. 個人単位がよいか家族単位がよいかについての判断はここでは必ずしも必要ではな いだろう。1階部分 (基礎年金) を租税方式にすることがそのまま個人単位になるこ とにはならない。租税方式にすることには賛成だが、それは個人単位にするためでは ない。

A 5. 私たちも、財源方式をどうするかということと、年金の基本単位をどうするかとい

うことは、問題を分けて把握している。1 階部分 (基礎年金) の財源を租税方式 (所 得税) に切り替えたとしても、所得捕捉に際しての単位問題は依然として残る。した がって、それに関しての結論は示さなかったものの、課税に際しての単位問題は別途 解決しなければならないと理解している。また、私たちも、個人単位にするために租 税方式への切り替えを提案しているのではない。

Q 6. 報酬比例部分について、どの程度のリスク対応が必要かという点から論じているが、

政策判断についての分析でなすべきことは公私のそれぞれでどの程度のリスク対応が 可能かを整理することである。報告書では判断基準が不明確である。

A 6. 一応私たちなりに整理を行ったつもりではあるが、その記述が不十分であったかも

しれない。その際の政策判断や判断基準に関しては、Q4に関する質疑応答の場合と 同様に、少々価値観に足を踏み入れて検討を行っている。

Q 7. 年金純債務の処理に関しては、全部処理する必要はない。元金は返す必要はない ものである。仮に返すとした場合、原則としては、その財源は一般会計から出すのが

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