人生に対する子どもの障害の意味づけの特徴
本研究では,HFPDD児・者をもつ母親における,自 己の人生に対する子どもの障害の意味づけの特徴に基づ き類型化を行った。その結果,「成長・肯定型」「両価値 型」「消極的肯定型」「自己親和型」「見切り型」「希薄型」
の6つの類型が抽出された。本研究は従来の障害受容研 究に,近年の新たな悲嘆理論の知見を取り入れることで,
障害のある子どもをもつ親がその経験をいかに人生に意 味づけているのかについて,その特徴をより明確に捉え ることができたと考えられる。また,これらの知見は臨 床的な示唆を与えるという意味で,有用な知見といえる
だろう。以下に,各類型の特徴の重要な側面であると考 えられる「自己の成長への価値づけ」「障害の位置づけ」
の2点から考察を行う。
「希薄型」を除いた5つの類型では,子どもの障害に よって自己の変化や成長あるいは通常では経験しがたい ものがもたらされたとして,いずれも子どもの障害に よって肯定的なものが得られていることが語られた。こ れらは有益性発見(Gillies & Neimeyer, 2006)や障害児 の親の人間的成長(牛尾,1998;目良・柏木,1998;田 中・丹羽,1990)と同様のものと考えられる。また,母 親がアスペルガー症候群の子どもを育てる経験から有益 性を見出すことが適応的な方略であることが示唆されて おり(Samios et al., 2009),HFPDD児・者の母親が子ど
Table 3 意味づけの類型における子どもの障害の捉え方に関する語りの内容(続き)
意味づけ カテゴリ 語りの内容例
消極的 肯定型
他の子どもと比べてしま う(3)
"すぐに結果が出るものではないから,特に他のお子さんと比べるのはいけないのだろう
けど,やっぱり比べてしまう (3)
どこまで求めるかを葛藤 する(3)
目に見える障害ではないし,いかに普通の人に近付くようにさせないといけないけど,
でもやっぱり自分のできないところを認めさせないといけない。すごく難しい (3) 感情が抑えられない(14) 親だとどうしても感情的にもなる。勉強しているときも,やっぱり感情的になって「も
ういい!」みたいになってしまう (14)
自己親 和型
かわいそうなもの(1) 良いところはすごくあるけど,やっぱり今の日本で生きていくのにはちょっとかわいそ う (1)
感情が抑えられない(1) 私が強く言い過ぎる面がある。それが子どもによくないことは分かっているけど,止め られない。やっぱり指示が通りにくいので,一日中イライラしている感じ (1)
障害だと思わない(5) 子ども自体のことについては,障害とは思っていない (5) 社会に貢献できる可能性
をもつもの(5)
エジソンなりアインシュタインなり色々いますよね。そのポジティブに捉えるというか。う まく環境整えてあげればすごく社会に貢献出来る子や人たちなのになという思いがある (5) 障害の社会的意義の見出
し(5)
精神的に進化しているというか。その代わり物質的な処理がほんとに苦手で全然ダメだ けど,そういう部分にこれからの文明というのは発達しないといけなくて,それは先駆け として生まれて来たのではないかなと思う (5)
見切り 型
障害や発達へのあきらめ
(10)
やっぱり子どもの出来ない姿を見て,何をやってもダメなのではないかなって思うこと もある (10)
限界の認識(10) 大きくなると,本当に出来ない部分というのはもう残っていくのだなぁって思うように なった。そこで初めて本当に障害を認めたのかなぁっていう感じ (10)
感情が抑えられない(10) 自分が出来て欲しいところまでいかない時とかに,子どもに当たることもあるし,あぁ 当たってしまったなぁって思う (10)
治ることへの期待(10) 何かを教えてこちらが思った以上に出来る時は,チラッと思う。治っちゃうかもしれな いなって。それで勢いつけて勉強を教えてみたりする (10)
希薄型
普通の発達を期待する
(15)
やっぱり普通というか色々な面での成長だとか,発達だとかが普通に伸びていくのをやっ ぱりどこかで期待してしまう (15)
どこまで求めるかを葛藤 する(15)
色々なできるところをいっぱい増やしてあげた方がいいけど,どうしたらいいのかなっ て思う。だけど,今できていることもできないとダメだし,どこでOKにすればいいのかなっ て思う (15)
注.( )内の数字はインフォーマント番号を示し, 内は調査協力者の語りを示す。なお,語りの内容は個人が特定できないように内 容を損なわない範囲で表現を変更している。
もの障害によって自己に何らかの変化や利益がもたらさ れたものとして意味づけることは,障害のある子どもを もつ経験を自己の人生に受け入れる際の適応的な対処の 方略であると考えられる。
また,「自己の成長への価値づけ」がみられた類型では,
その意味づけの内容に質的な差異がみられた。「消極的 肯定型」の母親では,視野の広がりや人間関係の広がり などの通常では得がたい経験がもたらされたとして意味 づけていたが,「成長・肯定型」「両価値型」「見切り型」
の母親は,それらに留まらず価値観の変化や自己の強さ などの人間的成長がもたらされたことをより明確に意味 づけている。特に,「成長・肯定型」では,生き方の変 化がもたらされたことを見出している母親もみられ,自 己の内面や人生に肯定的影響がもたらされたものとして 意味づけている点が他の類型と異なっていた。このこと
はHFPDD児・者をもつ母親が障害のある子どもをもつ
経験の中から見出す有益性の内容は,得がたい経験の獲 得や新しい人間関係の構築などの有益な何かを獲得する レベルから,人間的成長や生き方の変化などの自己のあ り方を立て直すレベルに至る,多様で幅があるものと考 えられる。また,このような母親の実感されている成長 感は子どもの障害における経験だけでなく,母親自身が 人生経験を重ねることによる成長も影響している可能性 も考えられる。この点については今後検討していく必要 があるといえよう。
「障害の位置づけ」については,すべての類型の母親 において該当する語りがみられた。前盛(2009)は,重 症心身障害児・者の母親のいずれもが障害児をもつ経験 を意味のあるものとして自己に主体的に位置づけている ことを報告している。本研究の結果からはHFPDD児・
者をもつ母親においても同様の意味づけが行われ,障害 のある子どもをもつ経験を自らの人生に位置づけている ことが考えられる。人は自己や世界を理解するための想 定世界を保持し,これに基づいて将来の予測や様々な出 来事の解釈を行うが,喪失や逆境的体験はこの想定世界 を脅かし,意味づけの再構成を迫るとされる(Neimeyer,
2002 / 2006)。母親は障害のある子どもをもつことで意味
の再構成を迫られ,子どもやその障害に対して自らの人 生における新たな意味づけを見出していることが考えら れる。再構成された新たな意味づけによって喪失や逆境 的な経験による苦痛は軽減される(Gillies & Neimeyer, 2006)ことから,母親の人生に対する子どもの障害の意 味づけは,自己の人生に位置づけることで,その経験を 受け入れようとする適応的な方略とみなすことができる だろう。
各類型の「障害の位置づけ」の特徴をみると,「成長・
肯定型」の母親は自らの人生に不可分なもの,成長をも たらしたものとして肯定的な意味づけが行われているの
に対して,「両価値型」の母親は障害に対する肯定的な 側面だけではなく,障害の存在を望まないという否定的 な側面も前面に意識されていた。また,「消極的肯定型」
の母親は,子どもの障害に対するあきらめの感情が根底 にみられ,否定的な意識をもちつつも人生に子どもの障 害を肯定的な方向へ意味づけようと努力しているものと 考えられる。喪失を経験したものは,決して望むことは ない出来事からであっても,それに伴う悲嘆や苦痛とは 別に,時にその経験から有益な何かを得ることができる
(Janoff-Bulman & Berger, 2000)。しかし,「成長・肯定型」
のように子どもの障害を人生に肯定的に位置づけること のできる母親がみられる一方で,「両価値型」や「消極 的肯定型」のように子どもの障害を通した経験から何か 得るものを見出しながらも,やはり決して望むことので きない経験として意識されている母親もみられるといえ る。このように,障害のある子どもを育てる経験を自己 の人生に位置づけることの困難や葛藤を経験する母親が 存在することは,HFPDD児・者をもつ母親を理解する 上で臨床的に重要な視点であろう。
また,「見切り型」「希薄型」のように,子どもの障害 を自己の人生に位置づけることに見切りをつけている母 親や子どもの障害に対する意味づけ自体が希薄な母親も みられた。喪失や逆境的体験に対して意味を求めない適 応的な人々が存在することが指摘されており(Stroebe
& Schut, 1999),また,意味を探し求めたがそれを見出
すことができなかった時により不適応に陥るという指摘
(Neimeyer, 2000)があることから,本研究においても 障害のある子どもを育てる経験の意味を積極的に探し求 めない母親の存在がうかがえる。また,死別などの喪失 に関する研究では,喪失に対する意味了解や喪失を通じ た学びや気づきが常に探求されるのではなく(Neimeyer, 2000),死別の意味を探し求めずに生活の立て直しなど の現実生活の対処に没頭する回復志向的な対処方略をと る人もいる(Stroebe & Schut, 1999)。このような障害の ある子どもを育てる経験に意味を求めない母親は,子ど もの障害によって生じる育児や生活上の問題に対処する ことや,子どもの発達を促す活動に積極的に従事するな どして,困難な状況への対処可能な感覚や統制感を得て,
適応を保っているのかもしれない。また,そもそも意味 を再構成する必要のない母親の存在の可能性も考えられ る。これらの点については今後も検討していく必要があ るといえよう。
さらに「自己親和型」の母親は,子どもとしてでは なく自己の特徴としての障害に対して意味づけを行っ ていた。この障害に対する意味づけのあり方は,自己
のHFPDDに対する捉え方や自己受容が関連している
と考えられる。自己の障害を肯定的に捉えている母親 は,子どもの障害に対しても同様に肯定的な意味づけを