本研 究では,高 齢者の予期 的な歩行調整方略 を簡便かつ詳細 に検討す る方法 と して,TUGの 歩行路 にポール状の障害物 を配置 した 『障害物TUG』 を実施 した.
障害物TUGを 二 つの課題設定(「 自由選択課題」,「強 制選択課題」)で 実施 し,そ の成績 を基 に高齢者の予期 的な歩行 調整方略の特徴 を分析 した.第1検 証では回 避軌道の選択傾 向 に着 目し,所 要時間 の短い軌道 を予期 的に選択でき るか を検 証 した.第2検 証 では,通 常TUGに 対す る所要時間の遅延 に着 目し,障 害物TUGに おける歩行調整 を比較,分 析 した.第3検 証では,バ ランス能力 に優 れた高齢者 における歩行調 整方略 を分析 し,障 害物TUGに よる予期的な歩行調整方略 の評価 の可能性 を検証 した.
第1検 証:回 避方 向の選択 と効 率性の検討(3章 第2節 第3節)
自由選択課題 にお ける回避方 向の選択 と,強 制選択課題 におけ る所要時 間か ら,高 齢者が 障害 物の位置 に合 わせて所要時間の短 い効率的な軌道 を選択できて いたのか を検証 した.結 果,高 齢 者は 回避方向の選択 と所要時間 に一定 した関係 性 は見 いだせず,効 率的な軌道 選択は 出来ていなか った.
一方 ,高 齢者 では若年者 と比 較 して外側回避 を多 く選択す るという特徴がみ ら
れ た.こ の外側 回避 について,高 齢者 にとって メリッ トが ある回避軌道で ある可
能 性を考 え,回 避 軌道 による歩行 調整 の違 いを分析 した.そ の結果,外 側 回避で
は歩行速度や歩 幅の変化が少な く,一 方で内側回避で は歩行速度や歩幅 の急激な
調 整が行われて いた ことがわか った.こ のことか ら,高 齢者は軌道 の選択 におい
て,安 定性 を優 先 して外側 回避 を多 く選択 して いた もの と考 えた.加 えて,高 齢
者 では障害物 回避 にお いて空間マー ジ ンを広 くとる ことも影響 した可能性が考え
隙 間 幅 に 対 して も 回 避 行 動 を 取 る こ と が 明 らか に な っ て い る(Hackney&
Cinelli,2011).特 に,ポ ー ル の よ う に 「隙 間 を 通 らな い 軌 道 」 が 選 択 で き る 環 境 で は,ポ ー ル の 外 を 通 る よ う な 非 効 率 的 な 軌 道 で あ っ て も 選 択 しや す く な る こ と が わ か っ て い る(Hackney&Cinelli,2013).こ の 傾 向 は 本 研 究 に お い て み ら れ た 軌 道 選 択 と 近 し い 傾 向 で あ る と い え る.以 上 の 点 か ら,高 齢 者 で は 緩 や か な 歩 行 調 整 と い う 点 と,空 間 マ ー ジ ン を 広 く 保 つ と い う 二 つ の 観 点 か ら,安 定 性 を 優 先 し て 外 側 回 避 を 選 択 し た も の と考 え た.
第2検 証:通 常TUGに 対 す る所要時間の変化(3章 第4節)
通常TUGと 障害物TUGの 所要時間の差を比較 した ところ,高 齢者では若年者 と 比較 して所要時間の差 が大き く,通 常TUGか らの割合で比較 して も遅延 の程度が 大 きい ことがわかった.こ の所要時間の差 に注 目し,障 害物TUGの どの場面で遅 延 して いるのか を探索する ことで歩行 調整方略 を検証 した.結 果,高 齢者では方 向転換や障害物回避に備 えて予期的に軌道 を調整す る ことは 出来て いたが,復 路 での着座動作が遅 くなる という特徴がみ られた.ま た,着 座 を開始す る地点 も通 常TUGよ りわずか に遅 くな ってお り,慎 重な着座動作 を行 って いた.こ の ことか ら,高 齢者は方向転換や障害物 回避 に対す る予期的な調整は行 えていたが,そ こ での認知的負荷の高 ま りによってその後の着座動作 に遅延が生 じた可能性が示 唆 された.
第3検 証:高 齢者のバ ランス能 力と障害物TUGの 歩行調整(3章 第5節) 包括的なバ ランス評価 テス トであるBOOMERの 点数 を基 に,満 点 を取得 し比較 的バ ランス能 力に優れた 「 満点群」 と,満 点 を取得で きなか った 「 その他群 」 に 高齢者 を群分 けし,2つ の検証 か ら得 られ た特徴 とバ ランス能 力との対応 を検証 した.ま ず,回 避軌道の選択 との対応 を検証 した ところ,「 満点群」 では 「 そ の
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他 群」 と比較 して外側 回避を選択す る割合 が多かったが,所 要時間については回 避方向 による差 を認めない結果 となった.こ れ らを考慮 す ると,「満点群」は調 整の容易な外側軌 道 を敢えて選択 していた可能性が考 え られ,回 避方向の選択 だ けでは予期的な歩行 調整能力が検討 しきれない ことが示 唆 された.
一方 ,所 要時間 につ いて比較する と,「満点群」で は課題 の所要 時間が短 く, 通常TUGと 比較 して も遅延の程度が 小 さく保たれていた.ま た,着 座動作の変 化
につ いて も,「満点群 」では通常TUGと ほぼ変わ らず に着座動作 を行 うことが 出 来て いた.さ らに,歩 数 について も 「 満 点群」では比較的少ない歩数で課題 を遂 行 して いた.こ れ らの点か ら,バ ランス能力が優 れた高齢者は障害物回避だけで な く,そ の後 の復 路 に至 るまでの予期 的な歩行調整が行 えてお り,調 整能力 に優 れて いた もの と考 えた.
以上の検証か ら,高 齢者のバ ランス能力 と,障 害 物TUGの 所要時間 と着座時間 の遅延 との対応 関係が示唆 され,障 害物TUGか ら予期的な歩行 調整能力が評価 で き るもの と考 えた.
今後 の課題 と展望
本研究では障害物TUGを 用いて高齢者 の予期的な歩行調整方略 を検証 した.そ の結果,所 要時間や着座動作,歩 数 な どの指標 を評価す る ことで,障 害物TUGが 予期 的歩行調整 を評価 し得 る可能性 を考 えた.こ こでは,障 害物TUGの 成績か ら 予期 的な歩行調整 を評価す るため に必要 な課題 を考察 し,今 後 の展望 につ いて考
えて い く.
まず,障 害物 の位 置を見越 した予期 的調整 の能 力を反 映するためには,課 題 の
実施方法 につ いて検討 の余地が ある.仮 説 の段階では,方 向転換前 の往路や方 向
転換 中に高齢者 の予期 的な歩行調整 の特徴が見 いだせ る と考 えて いた.し か し実
行調整 を行 えていた.こ れ につ いては復路 に差 し掛 かった位置 に配置 した ことで 比較的容易 に障害物の位置 を認識 できた ことで調整 できた可能性が あった.そ こ で,復 路側 に障害物の位置 をず らす ことで,障 害物 の位 置を視覚 的に捉 えるまで の時間を遅 らせ ることで,高 齢者 と若年者 の予期 的調整能力の差 をよ り明確 にで きる可能性 を考えた.ま た,こ れ とは別に復路 に も障害物を一つ配置 して復路 の 認知負荷 を高め る ことも有用 で ある と考えた.Lowreyら は足元 の障害 物を跨 い で歩 く課題 にお いて,高 齢者 では障害物 を二 つ設置 した場合,二 つ 目の障害物 と 跨 ぎ足 の距離が近 くな り蹟 くリスクが高 まる ことを示 した(Lowrey,Watson&
Vallis,2007).こ の ことを踏 まえる と,高 齢者では復路上 に障害物 を配置 し復路 の認知負荷 をさ らに高め ることで,衝 突や転倒 といった リスクが よ り顕在化する 可 能性が考 え られた.
課題 の実施手順 について も検討の余地が ある.今 回 自由選択課題で は4種 類の 障害物配置条件 を用 いたが,参 加者 の中には繰 り返 しの中で障害物位置 の見 当が つ いて しまい,回 避方 向を歩行 開始前 に決めて いた高齢者が数名 いた ことが,実 験後の聴取 にてわかった.さ らに,中 には回避方 向 を一意 に定 めてい る高齢者 も お り,歩 行調 整能 力 と結果が十 分に対応 して いない可能 性が考 え られた.こ の解 決 として,回 避方 向 による所 要時間の差 を認 めた 「1.35倍条件」 のみ行 うな
ど,課 題の繰 り返 しを避けた課 題設定 において,効 率的な内側 回避 を選択出来 た のかを検証す ることで調整能力 を検 討で きる可能性 を考 えた.
次 に,バ ランス能 力との関係 をよ り詳細 に見て い くた めに,バ ランス能 力をよ り細分化 して評価で きるバ ランス評価テス トの導入や,多 様な参加者 の設定が必 要 と考 えた.障 害物TUGを 臨床 に応用可能なスケー ル とす るには,転 倒 リス クが 高 い者や,バ ランス能 力が低 い者 における特徴 を抽 出 し,そ の関係性 を分析す る ことが求 め られ ている.本 研究 ではBOOMERに て天井効果 を認めたた め,満 点 を 取 得 した高齢者 とそれ以外 の高齢者 における違 いを検 証 した.こ れ によ りバ ラン
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ス能 力が優 れた高齢者 にお ける特徴は検証 できた ものの,能 力の高低 による方略 の変化 は言及 できな い.こ の点 を明 らかに してい くには,バ ラ ンス能 力をよ り細 分化 して検討 できるよ うなスケールの導入が必 要 と考 える.ま た,参 加者の募集 にお いて 「65歳以上,独 歩 が 自立 して いる,何 らか の疾患 による障害を有 して いない」 という,比 較的能 力が高い参加者が集 ま り得 る条件で募集 をかけた.そ のためバ ランス評価 において も偏 りが強 くな ったものと考えた.そ の点を考慮
し,安 全策 を整えた うえで転倒経験者や脳卒 中患者な ど転倒 リス クが高い者 での
検 討を行 う ことで,予 期 的な歩行調整能力が低 い者 における調整方略 を検証 でき
る もの と考えた.
ドキュメント内
修 士 学 位 論 文
(ページ 83-93)