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結論

ドキュメント内 2007年4月 (ページ 51-57)

本研究においては、第1章において世界における陸上競技は五輪の開始当初から中心的な

競技として人気が高く、1983年からの世界選手権の開催や1970年代後半からの各大会の賞 金化を中心に、世界的な商業化が1980年代から本格的に定着してきたことを述べるととも に、日本国内における陸上競技はマラソンや駅伝、世界陸上の好視聴率に代表される「見る スポーツ」、年間約1500の大会が開催されるジョギング・マラソンを中心とする「するスポ ーツ」としても人気が高く、1978 年に行われた日本初の冠スポーツイベントである「デサ ント陸上」を機に、国内においても1970年代後半から商業化が起こっていることを紹介し た。

そして、「スポーツを通じて社会に何をもたらすのか」という経営理念に基づいて「勝利」

「普及」「市場」という3要素がお互いに影響し合い、拡大することがスポーツビジネスを 健全に進める上で重要であり、これが平田・中村(2006)が提唱した「トリプルミッション モデル」であると紹介した。

また、本稿の研究目的として、日本における陸上競技の「勝利」「普及」「市場」それぞれ の現在までの推移を明らかにすることを1つ目の目的に、また、どのような背景によって上 記3要素が推移してきたのかを明らかにするとともに、現在抱えている課題を抽出すること を2つ目の目的として掲げ、更に、現状の課題に即し、今後はどのような施策が望まれるの かを考察し、日本陸上競技界の更なる発展のためのプラン作成の一助とすることを3つ目の 目的として挙げた。

研究方法としては、第3章において、日本陸上競技界が「勝利」「普及」「市場」のトリプ ルミッション各要素において、それぞれどのような発展をしてきたのかという観点から、本 格的な五輪の商業化が始まったロサンゼルス大会が開催された1984 年から 2004年のアテ ネ五輪の間における各要素の変遷を以下の評価指標にあてはめて、各数値の推移を見るとと もに、推移の背景を説明した。

1)「勝利」:夏季五輪各大会における陸上競技の日本選手団の入賞点数と種目ごとの出場 選手数

2)「普及」:全国高等学校体育連盟における各年度の陸上競技高校生登録人員数 3)「市場」:各年度における日本陸連の収入金額

なお、「勝利」においては、陸上競技が様々な種目から成っていることから、どのような 種目で発展をしてきたのか見るため、日本にとって最初の近代五輪出場となった 1912年の ストックホルム五輪から 1980年のモスクワ五輪まで、「普及」と「市場」については2004 年以降の継続した変化を見るために「普及」は2007年まで、「市場」は2006年までの変遷 も調査した。

また、そのようにして得られたトリプルミッションの各要素を数値化した値を、1984 年 から2004年までの五輪開催年ごとに 1984 年を基準として数値化し、その数値の推移を三 角形の面積と折れ線グラフで示すことによって可視化した。

その結果として、「普及」は1984年を100としたときの他の年の指数の最高値が126(1992 年)、最低値が82(2004年)であった一方で、「勝利」の最高値・最小値は300(2004年)・

38(1988年)、「市場」は560(2004年)・100(1984年)と、変動が大きいことが明らか になった。

第4章では、1984年から2004年において特に変動の幅が大きかった「勝利」と「市場」

の関係について主に取り上げた。そして、日本陸連の収入の増加が陸連独自の強化指定選手 制度による支援や、長距離・マラソンにおけるナショナルチームの結成、そして各種目にお ける強化合宿の積極的な開催や、選手の海外への遠征補助につながり、それらの施策が効果 的な選手強化につながっていたことを述べた。

また、日本陸連の収入の内訳を紹介することで、上記のような選手強化策を可能にした収 入の増加は、主に大会主催によるスポンサー獲得によって達成されてきたことを考察として 得た一方で、そうしたスポンサーとの関係から、強化を進める上で弊害が発生している点も 考察した。

また、高校生の陸上競技登録人員数について、高体連全体の登録人員数と比較し、2001 年以降2005年まで特に他の競技と比べて減少していることを考察として得た。

また、第5章では 2004 年以降 2007年までの日本の陸上競技界における新たな取り組み として、日本陸連による「スポーツ支援制度」の導入などの更なる強化策を掲げるとともに、

民間によるクラブチームの発足を取り上げ、その意義と効果を考察した。

加えて、今後「勝利」「普及」「市場」の3要素を更に拡大させていくための施策として、

マラソンや駅伝などを除いたトラック&フィールドの大会の知名度を上げることの必要性 を挙げ、そのための施策として、国内リーグの創設の必要性を考察した。

また、日本陸連への登録システムを充実させることによって現在増加しているマラソン・

ジョギング人口を把握することは、陸上競技の「普及」・「市場」の実態を把握し、さらに拡 大させていくためにも急務であることを課題として挙げた。

以上のような論文構成によって、日本陸上競技界においては 1980年代後半以降、収入規 模が拡大していくことによって、選手強化への施策が可能となり、五輪や世界選手権での結 果の向上が達成されている一方で、そうした収入を支えているのは大会主催によるスポンサ ー収入であり、そうしたスポンサー収入の維持・拡大のために強化が滞っている側面がある ということ、また1980年代には増加を見せた高校生競技人口も、近年高校生全体の割合か らみれば増えてはいるものの、高校生の全体数の影響で絶対数では減少していることから競 技力の減衰も憂慮されており、その減少を補うためにもより強化・普及策を充実させていく 必要性があることが明らかとなった。

謝辞

本研究を進めるにあたっては、研究指導教員の平田竹男教授にこの場では感謝の念を表し きれないほどお世話になった。日本の陸上競技界の更なる発展を願っておられる同教授から のご助言によって、今回このような題目を研究するきっかけを得たばかりではなく、そのご 指導によって日本の陸上競技界における発展の歴史を振り返るという大きな論題について、

教授の持論であられる「勝利」「普及」「市場」からなるトリプルミッションの観点からまと め、その推移の背景と更なる拡大のための施策を得ることができた。一連の論文作成におけ るご指導だけでなく、今回の研究への礎ともなった、大学院入学前からの約2年半にも及ぶ 熱心なご指導に対し、この場をお借りして深く御礼申し上げたい。

また、中村好男教授にも、今回の修士論文の構成について多くのご指導を頂いた他、平田 先生と共に約2年半にわたって様々懇切丁寧にご教授頂き、論文作成における方法論の示唆 を頂いた。

同じく間野義之准教授にも、修士1年次の1年間にわたって演習の授業に参加させて頂き、

研究を進めるに当たって、論文の作成方法などをご教授頂いた。

以上の皆様に加え、平田研究室の皆様と一緒に大学院での2年間を学ばせて頂いたことに より、本研究にまで至れたことを最後に厚く感謝したい。

参考文献

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高橋義雄「7  スポーツ集団・組織のマネジメント」池田勝・守能信次編『講座・スポーツ の社会科学3  スポーツの経営学』所収、杏林書院、1999年

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長積仁「6章  スポーツ参加者を知る」原田宗彦編著『スポーツ産業論  第4版』所収、杏 林書院、2007年

平田竹男・中村好男『トップスポーツビジネスの最前線―勝利と収益を生む戦略』講談社、

ドキュメント内 2007年4月 (ページ 51-57)

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