• 検索結果がありません。

   

第 6 章 結論 

近年,社会的課題の複雑さが増すなか,一部の専門家による取り組みや従来の組織の枠 組みでは解決できない課題が増加してきている.多くの社会的課題は,その範囲や関与す る当事者を明確には特定することが難しい.加えて,課題に関わる当事者が一つの組織に 限らず多岐にわたる.このような課題の解決には,一部の専門家や行政のみで取り組むの ではなく,課題当事者同士がコラボレーションすることによって解決に向けた活動を行う ことが重要になる. 

しかし,立場の違いなどから,課題の捉え方や解決方法が異なるため,当事者が自ら課 題解決に向けたコラボレーションを行うことは容易ではない.また,このようなコラボ レーションを支援する場合,目的や課題解決のための行動などが取り組む課題によって多 岐にわたる.そのため,既存のコラボレーション支援の仕組みを単純に導入することは困 難である. 

そこで,本研究では,特定の組織に限定されてない,様々な立場の当事者が関与する課 題に対し,当事者を起点とした課題解決に向けた自己組織的なコラボレーションを自発的 コラボレーションと呼び,その支援を目的とした. 

はじめに,コラボレーションの概念を整理した.コラボレーションの概念は多岐にわた り,それに対す明確なコンセンサスは得られていない.本研究では Gray や Schrage の概 念を参照し,コラボレーションを「課題を共有する複数のステークホルダが課題の解決に 向け,共通認識を作り出すために相互作用を行うプロセス」と定義した. 

コラボレーションに関する先行研究から,コラボレーション自体を計測するための理論 的研究と実践的にコラボレーションの成功因子を計測する研究,コラボレーションを支援 するグループウェアや CSCW に関する研究を概観し,コラボレーション支援における課題 の整理を行った.コラボレーションを支援するシステムの課題の多くが,システムの設計,

導入,運用というフェーズに対して,設計者や導入する側と利用者との間の認識の違いに より,利用者が適切に動機づけされていないという点にある.そこでコラボレーション支 援の仕組みを利用する中で,根本的な問題となる動機づけに関して,先行研究を整理した.

社会運動への参加の動機づけモデル,チームワークでの動機づけモデル,OSS 開発におけ る動機づけ,グループへの貢献モデルなどから,自発的コラボレーションの支援に必要と なる要件を確認した.これらの先行研究から示された要件は,コラボレーションの目的と ゴール設定を共有することの重要性,個々人の活動とグループとしての活動の一貫性を 持った活動の設計,そして,協業する他者との関係性である.  

加えて,自発的にコラボレーションを実施する事例として,Wikipedia に着目した調査 を行った.Wikipedia では,特定の組織ではなく,自発的に貢献する多くのユーザのコボ レーションによって 500 万にわたる記事からなる百科事典を生成している.記事編集を行 うコラボレーションの成功要因を,社会ネットワークの観点から分析した.その結果,複 雑な記事編集を短時間に達成するパフォーマンスの高いコラボレーションでは,参加者の 間に編集に携わる前からあらかじめ密な社会ネットワークが構築されていたことが明らか になった. 

これらの調査結果から,目的の共有,活動の設計と意味付け,社会ネットワークの構築 の 3 要素からなる自発的コラボレーションの支援モデルを提案した.その上で,具体的な 支援のために,目的の共有,活動の設計,活動の実施の各点における設計指針を示した. 

第 6 章 結論 

目的の共有に対しては,近年実践が進むホールシステム・アプローチに着目し,対話 ワークショップを行うこととした.活動の設計に対しては,課題解決活動の設計をゲーム ルールとして設計する参加型ワークショップを行うこととした.活動の意味付けは,設計 したゲームルールに基づき,活動とフィードバックから得られた得点を集計するゲーム化 機能を持つウェブシステムにより,分散・非同期環境での支援を行うこととした.  

これらの設計指針に基づき,4 章では実践が先行し,プロセスや支援方法が明らかに なっていないホールシステム.アプローチによる対話ワークショップの評価手法を検討し た.具体的には,実ケースとして,省電力をテーマとしたワールド・カフェ形式の対話 ワークショップを対象とした,参加者の発話量,ジェスチャ量に加え,社会ネットワーク の視点から,発話者間の発話順序から抽出したネットワーク指標を用いて対話プロセスを 評価する指標を提案した.提案指標により,従来調査票などで事後にしか評価できなかっ たワークショップを,そのプロセスから定量的に評価できる可能性を示した.これにより,

従来支援が難しかった対話プロセスを,定量的に把握し,支援することが可能になると考 えられる. 

5 章では,設計指針に基づき,活動を集計し得点化するゲーム化のアプローチにより活 動への参加を促進する支援方法を検証し,その結果を述べた.目的を共有し,活動の設計 と得点化のためのゲームルール作りを行う参加型の対話ワークショップと,ルールに基づ き活動を集計し得点化するゲーム化機能を実装したゲーミフィケーション・プラット フォームの構築を行った.ウェブサイトを通じて集まった参加者を対象とした実証実験に より,のべ 9 件の課題がゲームとして実装された.この結果から,課題を共有する参加者 同士が目的や目標を対話によって決め,課題解決に向けた具体的な行動や,行動に対する フィードバックの内容を含むルールを作成できることを確認した.そして,ユーザ同士が ゲームを通じてフィードバックを与えながら行動を持続させることができる可能性を検証 した.1 カ月以上行動が持続したゲームがある一方,いくつかのゲームでは行動を持続さ せることができなかった.これらの要因を,提案モデルに基づき考察した.参加者へのイ ンタビューから,参加型の対話ワークショップにより,参加者が目的の共有の段階から主 体的に取り組むことで活動内容への納得度合が高まったことがわかった.さらに,同じ課 題に取り組む参加者間で,互恵的な関係が見られる社会ネットワークが構築されているこ とが明らかとなった.また,個々の活動の設計と社会ネットワークを通じたフィードバッ クを行うゲームルールを作成し,ゲーミフィケーション・プラットフォームへの実装が行 えることを示した.さらに,ランキングといったゲームメカニズムが行動の動機づけとし て寄与することが明らかになった. 

以上から,異なる立場の人々が関与し,定まった解決方法が存在しない課題に対し,本 研究で提案した内発的動機づけに基づく支援モデルから導出された支援方法により,当事 者を起点とし,課題解決に向けて行動する自発的コラボレーションを支援できることが示 された. 

今後,ますますコラボレーションの重要性は増してくる.複雑化する社会課題に対し,

課題当事者が主体的に課題解決のために行うコラボレーションを包括的に支援する仕組み はまだ存在していない.一方で,課題の当事者が起点となり課題に共感する人々,課題を 共有する人々が出資するクラウドファンディングと呼ばれる取り組みなどが注目されてき ている.しかし,クラウドファンディングではテーマに共感したとしても,出資という関

第 6 章 結論 

わりのみしかできず,課題の当事者としてのコラボレーションには至らない.この先,課 題の当事者が,課題を共有する多くの人々と共に解決に向かうための手段として利用でき るコラボレーション支援システムの構築が不可欠であると考える.課題当事者が効果的・

継続的にコラボレーションを行えることで,より多くの課題に対して解決の糸口が見出せ るようになると考える.一部の専門家のみが関わるのではなく,社会に関わる多くの人々 がコラボレーションを通じて,より良い社会を構築するための支援が行えるよう,今後も 研究に邁進していきたい. 

 

謝辞 

 

 

謝辞 

本研究は非常に多くの方々のご支援,ご指導の元に実施することができました. 

 

本研究の主査であり,学部時代を含め計 5 年もの間ご指導賜りました,岡田謙一教授に 謹んで深い感謝の意を表します.常に厳しくかつ前向きなご指導により,研究を進めてい くことができました. 

また本研究の副査を務めてくださり,研究内容に関する的確なアドバイスと論文執筆の ご指導を賜りました,萩原将文教授,重野寛教授,櫻井彰人教授に心より感謝申し上げま す. 

 

世界中を飛び回る多忙な研究活動の合間を縫って,本研究のきっかけとなる議論に時間 を割いて頂いた,マサチューセッツ工科大学  集合知センターの Gloor 博士に心から感謝申 し上げます.Gloor 博士が体現しているコラボレーションの醍醐味は,研究者のあり方と して非常に刺激となりました. 

 

私がこの研究を進めることができたのは,在職博士課程への挑戦を会社として応援いた だいた,富士ゼロックス株式会社の理解があってこそでした.コミュニケーション技術研 究所の小林健一所長,増市博さん,大西健司さんに感謝申し上げます.上司の全面的なサ ポートがなければ,このような活動はあり得なかったと思います.本当にありがとうござ いました. 

また,同研究所の湯澤秀人さんにも感謝申し上げます.在職博士課程の先輩として,多 くのアドバイスを頂いたことに大変感謝しております. 

そして,研究活動を継続する上で,議論しアドバイス頂いた同僚,先輩,後輩,関わっ てくださった全ての方々に深く感謝致します. 

 

最後に,在職博士課程への挑戦を応援し,支え続けてくれた妻と,格別の笑顔と泣き顔 で応援してくれた娘に感謝します.そして,私が研究者を目指す原点を与えてくれた両親 に深く感謝します. 

 

2016 年 1 月    根本 啓一