5.1 主要な結論
高波浪に対するハード・ソフト一体の減災体制の確立を図るため,ハード減災対策として高波浪 に対して粘り強い海岸堤防の構造を提案するとともに,ソフト減災対策として,安全な避難を促す ための高波浪による家屋倒壊危険範囲の推定方法を提案した.
第2章では, 高波浪時の堤防被災の特徴や粘り強い構造技術の現状の整理から,高波浪による堤 防陸側の損傷が堤防決壊の一因となることや,津波と同等の粘り強い構造では過大設計となる可能 性があるため,高波浪の特徴を踏まえた構造の検討が必要であることを示した.これらを踏まえて,
高波浪に対して粘り強い海岸堤防の陸側構造について縮尺1/30の水理模型実験を行った結果,海岸 堤防の陸側が損傷受ける原因は裏法尻付近の洗掘であり,最大洗掘深は越波流量の 1/2 乗に比例す ることを確認した.また,堤防陸側の粘り強い構造としては,洗掘深よりも深く根入れを行う構造
(矢板工,被覆工根継ぎ,段積みブロック)や,越波水塊を跳ね上げて洗掘深自体を浅くする構造
(異形根留工)が効果的であることを確認した.これらの構造は,津波越流に対して粘り強い構造 に比べて小規模な構造であり,高波浪に適した粘り強い構造を提案することができた.
第3章では,高波浪時の堤防被災の特徴の整理から,高波浪による堤防海側の被災が堤防決壊の 一因になることを示した.これを踏まえて,高波浪に対して粘り強い海岸堤防の海側構造について 縮尺1/30水理模型実験を行った結果,海岸堤防の海側の損傷を受ける原因は,吸出しと表法先付近 の洗掘であることを確認した.また,堤防海側の粘り強い構造としては,吸出しに対しては構造の 隙間の止水措置で対応できることを確認し,洗掘に対しては基礎工付近の洗掘深よりも深く根入れ を行う構造(矢板工,被覆工根継ぎ,段積みブロック)が効果的であることを確認した.なお,上 記の根入れを確保する方法は,波浪が長い時間作用する場合に洗掘が進行することから,根入れ以 外の方法として,堤防前面に養浜する方法(堤前養浜工)の実験も実施した.その結果,堤防前面 に養浜する方法(堤前養浜工)については,安定した勾配と十分な養浜量があれば,バーの形成に より波の作用を弱め,被覆工根継ぎや段積みブロックと同等の堤防損傷の軽減効果があることを確 認した.これらの構造は,津波越流に対して粘り強い構造に比べて小規模な構造であり,第2章と 同じく高波浪に適した粘り強い構造を提案することができた.
第4章では,高波浪による家屋被災の特徴や,海岸におけるソフト減災対策の現状の整理から,
堤防決壊が無くとも越波によって家屋が倒壊する危険があり,安全な避難の観点から高波浪による 家屋倒壊危険範囲の推定・周知が必要であることを示した.これらを踏まえて,水理模型実験の波 浪測定データを数値的に再現した数値波動水路を用いて海岸堤防の背後にある家屋に作用する波圧 を家屋の位置を変えながら計算した.そして,この結果をもとに作成した海岸堤防背後の家屋の位 置に応じた作用波圧(水深係数)の図と,木造家屋の倒壊・滑動限界の図とを比較することで,家 屋倒壊危険範囲を推定する方法を示した.同手法による推定結果は,2008年の下新川海岸の高波災 害での家屋被害範囲とも概ね整合したことから,高波浪における家屋倒壊危険範囲の推定方法とし ての有効性を示すことができた.
これらの成果によって,高波浪に対して,ハード減災対策としては堤防損傷の軽減や浸水範囲の 減少等の減災効果を発揮する粘り強い海岸堤防の構造設計が可能となるとともに,ソフト減災対策 としては高波浪による家屋倒壊危険範囲の推定により,堤防決壊が無くとも越波によって倒壊の危 険性のある家屋の住民に対して安全な場所への避難を促すことが可能となり,もって,ハード・ソ フト一体となった高波浪時の減災体制が実現するものと考える.
93 5.2 今後の課題
本研究で得られた結論を踏まえると,今後の課題として以下の事項を挙げることができる.
(1) より現地に近い地盤条件下での洗掘状況の把握
本研究結果は,1/30 縮尺の実験によるものであり移動床は現地換算で中礫(中央粒径 6 mm )相 当で造られているため,実際の現場では洗掘深が大きくなる可能性がある.このため,より現地条 件に近い大規模な模型実験を行うこと等によって,洗掘深がどの程度大きくなるかの確認が必要と 考える.
(2)より越波流量の大きな波浪条件に対する粘り強い海岸堤防の構造
本研究結果は,越波流量が現地換算で0.05〜0.1m3/s/m ( 一部0.2m3/s/m )の条件下に基づくもので あるが,想定される波浪条件がこれを上回る場合については,構造の工夫が必要と考える.例えば,
本研究で示した各手法を単独ではなく複数組合せる(例:堤前養浜工と根入れ系の手法の組合せや,
水塊を跳ね上げる方法との組合せ等)ことが考えられる.
(3) 木造家屋以外の倒壊・滑動限界の推定
本研究結果は,洪水の家屋倒壊危険範囲の推定方法で用いられる木造家屋の倒壊・滑動限界を参 考に検討したが,例えば,コンクリート構造の建築物の倒壊・滑動限界が分かれば,よりきめ細や かな危険範囲の推定や適切な垂直避難に役立つものと考える.ただし,様々な構造の建築物が世の 中には存在することから,建築分野の専門家とも連携した取り組みが必要と考える.
94 謝辞
本研究の実施に際しては,研究の構想段階から九州大学大学院工学研究院海洋工学システム専攻 の橋本典明教授のご指導をいただきました.大変ご多忙な中,私の研究のために時間を割いていた だき,的確なご指導をいただきました.厚く御礼申し上げます.また,九州大学大学院工学研究院 海洋工学システム専攻の矢野真一郎教授,九州大学大学院工学研究院都市環境システム工学専攻の 塚原健一教授におかれましては,論文のとりまとめに際して貴重なご意見をいただきました.深甚 なる謝意を表します.
2. 高波浪に対して粘り強い海岸堤防の陸側構造及び3. 高波浪に対して粘り強い海岸堤防の海 側構造における水理模型実験では,一般財団法人土木研究センター,日本ミクニヤ株式会社の協力 を得ました.4. 高波浪による家屋倒壊危険範囲の推定方法における数値計算では,株式会社エコ ーの協力を得ました.ここに記して謝意を表します.
本研究の多くは,国土交通省国土技術政策総合研究所で取り組んだものです.天野邦彦河川研究 部長,加藤史訓海岸研究室長,福原直樹研究官などのご指導,ご協力のもとで研究を進めることが できました.ここに記して謝意を表します.
95 参考文献
1 中央環境審議会 地球環境部会 気候変動影響評価等小委員会: 日本における気候変動による影響 に関する評価報告書,pp.233-252, 390, 2015.
2 中央防災会議: 東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告, pp.10-11, 2011.
3 農林水産省農村振興局長,水産庁長官,国土交通省水管理・国土保全局長,港湾局長:「海岸保 全施設の技術上の基準について」の一部改正について,平成 27(2015)年2月.
4 社会資本整備審議会河川分科会 気候変動に適応した治水対策検討小委員会: 水災害分野におけ る気候変動適応策のあり方について〜災害リスク情報と危機感を共有し,減災に取り組む社会へ
〜中間とりまとめ」,p.20, 2015.
5 国土交通省:「水防災意識社会」の構築に向けた緊急行動計画」, p.10, 2017.
6 加藤史訓,野口賢二,諏訪義雄 : 海岸堤防・護岸の被災に関する実態調査, 土木学会論文集 B3(海洋開発), Vol. 67, No.2, pp.I_7-I_12, 2011.
7 竹下哲也,加藤史訓,五十嵐竜行,小泉知義,宇多高明: 越波に対して粘り強い海岸堤防の構造 に関する実験的研究,土木学会論文集 B2(海岸工学), Vol. 73, No. 2, pp.I_1093-I_1098, 2017.
8 気象庁: 中心気圧が低い台風,http://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typhoon/statistics/ranking/
air_pressure.html, 参照 2018-04-06.
9 気象庁: 台風による災害の例,http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/6-1.html, 参照 2018-04-06.
10 竹内俊雄,福岡正巳,細井正延,吉川秀夫,土屋昭彦,木下武雄,冨永正照,三井宏: 伊勢湾台 風による高潮と被害の特性,土木研究所報告,pp.21-40, 76, 1961.
11 National disaster risk reduction and management council, Philippines: FINAL REPORT re EFFECTS of Typhoon “YOLANDA” (HAIYAN), pp.3, 4, 2013.
12 有川太郎: 海岸構造物等の被災と避難,フィリピン台風Haiyan高潮災害に関する報告会,p.32, 2013.
13 Jeremy D. Bricker, Shuichi Kure, Erick Mas, and Carine J.YI: “5. IRIDeS fact-finding mission, Hazard and Damage Evaluation Team”, INITIAL REPORT of IRIDeS Fact-finding mission to Philippines, International Research Institute of Disaster Science (IRIDeS), Tohoku University, pp. 28, 39, 2014.
14 海岸保全施設技術研究会: 海岸保全施設の技術上の基準・同解説,pp.2-24, 2-63-2-64, 3-19-3-21, 3-24-3-61, 平成16 (2004) 年6月.
15 国土交通省: 土木・建築にかかる設計の基本, p.2, 2002.
16 竹下哲也,加藤史訓: 海岸堤防(盛土を含む構造)の耐震性能照査に関する技術資料,国土技術 政策総合研究所資料 第977号,2017.
17 佐藤昭二,田中則男,入江功: 直立壁堤脚部の波による二元的洗掘実験,第13回海岸工学講演 会講演集, pp.156-161, 1966.
18 椹木亨: 海岸堤防基部の洗堀機構に関する研究(その1) ,第14回海岸工学講演会講演集,
pp.329-335, 1967.
19 農林水産省農村振興局防災課長,水産庁防災漁村課長,国土交通省水管理・国土保全局海岸室 長,港湾局海岸・防災課長通知:設計津波の水位の設定方法等について,2011.
20 農林省,水産庁,運輸省,建設省:海岸保全施設築造基準解説,pp.62,63, 1960.
21 農林省,水産庁,運輸省,建設省:海岸保全施設築造基準解説,p.105, 1972.
22 農林水産省,水産庁,運輸省,建設省:海岸保全施設築造基準解説,pp.69-86, 1987.
23 合田良實: 増補改訂 港湾構造物の耐波設計 波浪工学への序説, p.127, 1990.
24 農林水産省農村振興局整備部防災課長,水産庁漁港漁場整備部防災漁村課長,国土交通省水管 理・国土保全局砂防部保全課海岸室長,国土交通省港湾局海岸・防災課長通知: 海岸堤防等の粘 り強い構造及び耐震対策について, 2011.
25 Kato, F, Suwa, Y, Watanabe, K, and Hatogai, S: “Mechanisms of Coastal Dike Failure induced by the Great East Japan Earthquake Tsunami”, Proc, 33rd Conf. on Coastal Eng., 1(33), structure 40, 9 p, 2012.
26 加藤史訓,諏訪義雄,鳩貝聡,藤田光一 : 津波の越流に対して粘り強く減災効果を発揮する海 岸堤防の構造検討,土木学会論文集B2(海岸工学), Vol. 70, No.1, pp.31- 49, 2014.
27 中尾秀之,佐藤愼司,Harry Yeh: 津波の越流による海岸堤防の破壊メカニズムに関する研究,