6. おわりに
6.2. 結論と今後の課題
現在の企業結合会計基準は図表20で明らかにしたように、会計方法の適用による類型が 単一であることを出発点として経済的性格に基づいて会計処理方法を適用するアプローチ を取った結果としてパーチェス法一本化の会計処理を導いている。しかし、経済的性格に 基づいて会計処理方法を適用するアプローチに則れば、今までの議論のように3つの経済 的実態を適用すべきである。つまり、現代の企業結合会計は、会計方法の適用による類型 が複数でなく、単一であるという事実に比重を置いて会計処理をしていることとなる。
この単一の方法によって提供される会計情報は、特定の企業結合から生じるキャッシ ュ・フローは同一であるため、異なる方法を用いるべきではない(G4+1(1998),para.156) といったような異なる経済的実態に異なる会計処理方法を適用するという前提を違えてい るものから、試算方法が明確でない表現の忠実性を重視した信頼性よりも単一の会計処理 方法を使用したほうが費用対効果に優れる(G4+1(1998),para.159)という理論である。
しかし、先述のようにG4+1のポジション・ペーパーは、SFAS141やIFRS3に大きな 影響を与えており、この単一の方法によって提供される会計情報の優位性についても近年、
「フレッシュ・スタート法」と同様に議論の対象とされなくなった。
万代(2004)も表現の忠実性、比較可能性は同じような経済的実態に対して複数の会計処 理が認められてしまうことが、財務諸表の比較可能性を損なう可能性は指摘しているが、
同時に「異なる経済的実態を有するものは、異なって写像されなければならない。さもな ければ、表現の忠実性は保たれない。取得と持分の結合で経済的実態は異なるのであるか ら、それらが同じように写像されれば、財務諸表の比較可能性は損なわれることになる。
むしろ、異なるように写像して初めて、財務諸表の比較可能性は保たれる。」としている。
この主張は、フレッシュ・スタート法も「新企業創設」という経済的実態があるため、
その実態を写像するフレッシュ・スタート法についても同様の結論を導くことが可能であ る。つまり、「新企業創設」についても「取得」や「持分の結合(真の合併)」と同様に実 態を写像する会計処理を適用する必要性があると考えられる。
第2章からの検討を踏まえて、フレッシュ・スタート法の適用可能性について再度検討 する。本論文は、先行文献から企業結合において重要とされる2つの概念として「持分」
と「支配」の概念を推察した。そして、「持分」と「支配」のどちらの概念を重視しても
「取得」、「持分の結合(真の合併)」、「新企業創設」の3つの経済的実態が導出する ことができることを明らかにした。
本論文の「新企業創設」とは、結合当事企業のうちいずれの企業も支配が継続していな い場合またはいずれの企業の株主の持分が継続していない場合の経済的実態である。その ような場合は、新たな企業実体による支配または、新たな企業の株主の持分の再投資が行 われていると解している。
先行文献でも「持分」と「支配」の概念を整理して導かれたわけではないものの、企業 結合会計において、フレッシュ・スタート法を適用するような経済的実態が存在する可能 性については提示されてきた。概して、そのような企業結合には、「実質的な変更」が生 じる必要があるとされていた。この「実質的な変更」を直接捉えることは困難であり、ま た、そもそも「実質的な変更」の定義が不明確であることが問題となり、フレッシュ・ス タート法の適用に関する議論が先送りになった背景がある。
また、「持分」と「支配」の概念から導かれる「新企業創設」の経済的実態についても 株主のリスクが著しく変更する場合や企業の資産に対する支配が著しく変更する場合など についても、具体的にどのようなケースが該当するか不明確である。よって「新企業創設」
の経済的実態に限定してフレッシュ・スタート法を適用するとしても、「支配」や「持分」
のどちらにおいても「実質的な変更」を認識する識別基準が必要である。
「実質的な変更」を認識する識別基準は、現行会計の枠組みに沿う形での設定が困難で ある。なぜなら、「実質的な変更」が生じるような経済的実態は、既存の会計責任の基礎 の意味が希薄化していることが前提となり、会計の枠組みにおいて、重要視される利益測 定の見地で特に大きな問題を引き起こす可能性が高いとされているからである。
よって、現行会計の枠組みを超えたニュー・ベイシス会計に「実質的な変更」が生じた 結果としてフレッシュ・スタートが生じるような特定事象の具体例を求めた。ニュー・ベ イシス会計は現行会計上で制度化されていないものも多いものの、「実質的な変更」が生 じたと想定するケースを従来よりも拡張している点において検討の対象として優れていた。
検討の結果としては、ニュー・ベイシス会計の適用条件、つまり「実質的な変更」の課題 が浮き彫りとなった。その課題の1つは、ニュー・ベイシス会計を適用するような「実質
的な変更」が「支配」の変更を条件としても、その支配の主体が企業であるか株主である か定まっていないことである。もう1つは、ニュー・ベイシス会計には、株主の投資自体 に変更はないのにかかわらず、第三者との重要な取引においてその見積もりが信頼に足り うるのであれば当該第三者の評価を反映するという考え方が根底にあるので、現行会計の 会計で表現すべき情報という一般的な制約と整合しない面があることである。
そのため、ニュー・ベイシス会計の見解に則って「実質的な変更」を捉えるには、現行 会計のより一般的な部分を無視して企業結合会計単独の検討で結論付けることは難しかっ た。確かにニュー・ベイシス会計が認められるならば、企業結合会計においてフレッシュ・
スタート法を適用することもできるかもしれない。
しかし、その適用は第3章で検討したような経済的実態を導いて、「新企業創設」に限 定してフレッシュ・スタート法を適用する考えとは異なっている。ニュー・ベイシス会計 を単純に適用すれば、おそらく、多額の借入取引の例に代表されるように、企業結合取引 の第三者の企業価値の評価される取引という点に着目して、「持分」や「支配」の概念に 着目することなく、全ての企業結合取引にフレッシュ・スタート法を適用する見解になる だろう。それは、企業結合を概念から異なる経済的実態を導出して、それぞれに適切な会 計処理方法を適用する見解と相違している。これが後述のニュー・ベイシス会計の検討で 導かれた問題点に結びついている。
第5章では、今までと視点を変えて、企業結合取引のフレッシュ・スタート法の会計処 理方法について検討した。公正価値プーリングと相互パーチェスの新企業創設にプロセス の相違がある。すなわち、公正価値プーリングは、新企業創設を現物出資するまでのプロ セスであるのに対して、相互パーチェスは、出資して設立した新企業に既存の企業が取得 されるプロセスである点である。
また、のれんの計上の有無については、のれんの会計処理について検討しなければ、公 正価値プーリングののれんの会計処理が明らかにならない場合があることが判明した。
最後に、本論文で残された課題について、すなわち企業結合会計基準において、フレッ シュ・スタート法が適用されるために残された課題について概説する。
第1に、企業結合会計基準が、会計処理方法からアプローチする形式で、かつパーチェ ス法に一本化される方向で策定されている。それは、経済的実態を区分して適切な会計処 理方法を適用するアプローチと見解を異にしている。このアプローチの差がある限り、経 済的実態に適した会計処理を採用することが困難であると考えられる。現在の国際的潮流
を見る限り容易なことではない。しかし、企業結合会計基準に限定されず、様々な会計基 準に起こりうる問題として、この問題について検討する必要があるだろう。
第2に、のれんの計上に代表されるようにフレッシュ・スタート法の会計処理について まだ検討が足らない点が残っている。もっともこの点に関しては先述のように未だ
第3に、第1と第2の課題が解決しても、「持分」と「支配」の概念より導かれる「新 企業創設」にフレッシュ・スタート法を適用する見解において、「実質的な変更」を識別 基準の設定が課題として残っている。
先述のように「実質的な変更」については、より一般的な議論に依存している事実があ るため企業結合の検討のみ留まらないと推察される。しかし、この課題を解決すれば、「新 企業創設」の経済的実態にフレッシュ・スタート法を採用する余地も生じるだろう。
したがって、今後は、「実質的な変更」について検討していく過程で、ニュー・ベイシ ス会計の特定事象または企業結合の新企業創設を導くとされる事象が本当に企業を新実体 として生まれ変わらせているかどうか具体例に引きつけて検討していきたい。