第 3 章 弱電気魚の電気感覚システムの概要とその様々な知見 20
3.4 弱電気魚が受ける電気刺激
図3.6: 物体によるEODの振幅変調
図 3.7: (A)物体の半径と電位の変化の関係。物体の半径が大きくなるにつれて電
3.4.2 弱電気魚が受ける電気刺激の数値計算
弱電気魚は、発電器官により電気を発生し周囲に電界を作る。生体実験では、実 際の水槽内のすべての位置におけるポテンシャルを測定することは不可能である。
そのため、Heiligenberg [28]、Hoshimiyaら[31]によって、二次元平面における電 気魚の周囲のポテンシャルの計算が行われた。本研究では、彼らのモデルを参考 にし、三次元空間に拡張した。
弱電気魚がつくるEODによるポテンシャルを計算するために、本研究では、次 のようなモデルを提案する。図3.8に示すように弱電気魚がいる3次元の水槽を考 える。水槽内を多数の小さな区画に区切る(図3.9)。その水槽の中央に電気魚を配 置する。現実には、魚は流線型の形をしているが、計算を簡略化にするためここ では長方形としている。このモデルでは長さの単位として1L=0.1cmとしている。
弱電気魚は、内部と体表面とでそれぞれ異なる電気抵抗を持っており、また表皮の 電気抵抗は式(3.4)であらわされるように、頭部から尾部に行くにしたがって、抵 抗が小さくなっている。ここで、ρskinは皮膚の電気抵抗、ρfishは体内の電気抵抗を 示す。電気魚の発電器官として、(X,Y,Z)= (182,50,15)に−100p.u.(p.u.=potential unit)(X,Y,Z) = (209,50,15)に+100p.u.の双極子を配置する(1p.u. = 0.125mv)。周 囲の水は、3800Ωの電気抵抗を持っている[31]。また、シミュレーションの目的 によって、魚の周囲に物体を配置し、その物体にも電気抵抗ρobjを与える。
電場の計算方法
弱電気魚が発生する交流電場により周囲に一定の電場が生じる。水槽内の(X,Y,Z) にあるセルの静電ポテンシャルU(X,Y,Z)を求める。図3.10に水槽内の一部のセ ルを示す。セルの中心部のポテンシャルを計算する場合を考える。中央のセルの ポテンシャルは、隣接するセル(合計6個)のポテンシャルより計算される。各セ ルには、水・魚(内部・皮膚)・物体といった種類があり、そのセルの抵抗や電気 容量はそれぞれ異なる。図3.10に示す回路のよって求められる電流保存則(キル ヒホッフの法則)により、隣接する各セルから中央のセルに流入する電流の総和は 0になる。これをもとに、中央のセルと隣接する6個のセルの回路により、中央 のポテンシャルを求める。中央のポテンシャルは、式3.1、3.2、3.3によりもとめ られる。EODは時間的に変化する電場を与えるので、セル間には変異電流も流れ ることになる。ここで、U(X,Y,Z)は(X,Y,Z)に中心があるセルのポテンシャル、
図3.8: EODの計算に用いた系。水槽の奥行きX、横Y、縦Zはそれぞれ200mm、
100mm、30mmとした。その中の魚の長さ、横幅、縦幅はそれぞれ80mm、8mm、
16mmとした。
z y
fish tank head
tail fish
object
R(X,Y,Z)、C(X,Y,Z)はそのセルが持つ電気抵抗と電気容量である。(X, Y)セルが 水、物体、魚の内部・皮膚によってR(X,Y)、C(X,Y)の値は決まる。この方程式を 以下のような環境状況のもとで、初期解を設定してセルフコンシテントに解くこ とによりU(X,Y,Z)を求める。
図3.10: 中央のセルのポテンシャルを電流保存則により求めるための図。ここで、
U(x,y,z)は、(X,Y,Z)に中心があるセルポテンシャル、R(x,y,z)、C(x,y,z)は、そ のセルが持つ電気抵抗と電気容量である。(x,y,z)セルが水、物体、魚の体内、皮 膚によってR(x,y,z)、C(x,y,z)の値が決まる。
∑
Z=z−1,z+1 X=x,Y=y
∑
Y=y−1,y+1 X=x,Z=z
∑
X=x−1,x+1 Y=y,Z=z
(IC+IR)=0 (3.1)
IC = (C(X,Y,Z)+C(x,y,z))× d
dt(U(X,Y,Z,t)−U(x,y,z,t)) (3.2)
IR = 1
R(X,Y,Y)+R(x,y,z,t) ×(U(X,Y,Z,t)−U(x,y,z,t)) (3.3) 水槽の境界は魚の電場はそこまで影響しないと考え、水が無限に広がっていると いうことを仮定して、境界条件U(X,Y,Z)= 0を用いる。また、EODの発生源であ
る、双極子の場所(182, 50, 15), (209, 50, 15)のセルのポテンシャルは、U(x,y,z)= +100p.u.、U(x,y,z) = −100p.u.とする。アイゲンマニアの皮膚の電気抵抗ρskinは
Hoshimiyaらが用いたものと同様で式3.4 で与えられる [31]。水と魚体内の抵抗
ρwaterとρfishの値は、ρwater =3.8×102[Ω·cm]とρfish =10.0[Ω·cm]である。
ρskin =
12000 (60< x<108) 6150−45×x (108< x <132) 1000 (133< x <140),
(3.4)
シミュレーション結果
弱電気魚は物体などによるEODの変調を処理することで周囲の状況を知ること ができる。そこでまず、物体が存在しない状況と、弱電気魚の側方から4mmの場 所((X,Y,Z)= (80,58,15))に抵抗ρobj = 3.8×10−4Ωの一辺の大きさ4mmの立方体 の物体を配置した状況において計算を行った。そのときのEODの様子を図3.11、
3.11に示す。物体が存在しない場合(図3.11)と、物体が存在する場合(図3.11)と を比較すると、物体の付近のEODは歪んでいることが分かる。
図 3.13は魚の体表面z = 15における場所xに対するEOD強度の変化である。
x= 60が魚の先頭を表し、x = 140が魚の末端を表す。図3.13の破線と実線の値 の差が、物体によるEODの変調である。図3.14は物体により生じたEOD変調の 強度の体表面状における分布である。EODの変調は物体の位置に伴って移動して いく(図3.14,図3.15)。
-2 0 -4 -6
-8
[p.u.]
図 3.11: 物体が存在しない場合の電気
魚が生成するEODの様子。
0 -4 -2 -6
-8
[p.u.]
図3.12: 物体が存在する場合のEODの
様子。物体周囲のEODは歪んでいる。
dV [p.u.]
x [mm]
with no object with one object
図3.13: 魚の体表面におけるEODの強度。実線は物体が無い場合、破線は物体が
有る場合。この差が物体によるEODの変調である。弱電期魚はこの小さな変調を 電気感覚システムにより抽出している。
60 65 70 75 80 85 90 95 100 8
10 12 14 16 18 20 22
60 65 70 75 80 85 90 95 100 8
10 12 14 16 18 20 22
0 0.6 1.2 1.8
60 65 70 75 80 85 90 95 100 8
10 12 14 16 18 20 22
ZOO
[OO
ZOO
[ O O
ZOO
[ OO
図3.14: 魚が受けるEOD変調の体表面状での強度分布。上図は物体がx=70に存
在する場合。中央の図は物体がx=80に存在する場合。下図は物体がx=90に存
65 70 75 80
85 90 95 100 location x (mm) 0
100 200
300 400
500 600
700 800
time (mse 0 c)
0.4 0.8 1.2 1.6
EOD AM (p.u)
図3.15: 物体が5cm/sで移動するときの位置xにある受容器が受けるEOD振幅変
調の時間変化。
物体の情報とEOD変調の特徴 EOD変調は物体の側方距離や大きさ(図3.16)に 依存し変化していく[3]。本モデルを用い、様々に物体の大きさと側方距離を変え、
シミュレーションを行った。まず、一辺6mmの立方体がx= 75に存在するとき、
魚からの側方距離を2–12mmまで2mmごとに変えて計算を行った。その結果、物 体が魚の近くにあるときは、魚が受けるEOD変調は大きくなり、物体が遠ざかる につれてEODの振幅変調は小さくなっていくことが分かった(図3.17)。次に側方 距離6mmに物体を配置し、一辺の長さを2–12mmに2mmごとに変えて計算を行っ た。この場合、物体が大きければ大きいほどEOD変調は大きくなることが分かっ
た(図3.18)。これらの結果は、Bastianなどが測定した結果に合致する。さらに、こ
れらのEOD変調の半値幅と物体の特徴の関係を調べた。図3.19、図3.20はEOD 変調の半値幅を比べやすくするため、EOD変調を規格化したものである。その結 果、側方距離が大きくなるほどEOD変調の半値幅は大きくなる(図3.19)。また、
物体の大きさが大きくなるほど半値幅も大きくなる(図 3.20)。様々な側方距離と 物体の大きさでシミュレーションを行い、図3.21に距離と最大振幅、半値幅の関 係を、図3.22に大きさと最大振幅、半値幅の関係を示す。物体により引き起こさ れたEOD変調は、側方距離を大きくしていくと最大振幅は小さくなり、半値幅は 大きくなる(図3.21)。また大きさを大きくしていくと、EOD変調の最大振幅は大 きくなり半値幅も大きくなる(図3.22)。
EOD AM [p.u.]
x
distance=2mm distance=4mm distance=6mm distance=8mm distance=10mm distance=12mm
図3.17: 一辺6mmの立方体が位置75に有る場合に側方距離を変えた場合のEOD
変調の変化。物体が魚の近くにあるときは、EOD変調は大きくなり、徐々に物体 が遠ざかるにつれて、EOD変調は小さくなっていく。
EOD AM [p.u.]
x
size=2mm size=4mm size=6mm size=8mm size=10mm size=12mm
図 3.18: 側方距離6mm、位置75に有る場合に物体の大きさを変えた場合のEOD
変調の変化。物体が大きければ大きいほどEOD変調は大きくなる。
normalized EOD AM
x
distance=2mm distance=4mm distance=6mm distance=8mm distance=10mm distance=12mm
図3.19: 一辺6mmの立方体が位置75に有る場合の側方距離と規格化したEOD変
調の関係。
normalized EOD AM
x
size=2mm size=4mm size=6mm size=8mm size=10mm size=12mm
0.8 1 1.2 1.4 1.6 1.8 2
3 3.5 4 4.5 5 5.5 6 6.5 7 10 12 14 16 18 20
maximum amplitude Em (p.u.) half-maximum width σ (mm)
distance (mm)
Emσ
図 3.21: 一辺4mmの立方体により生じるEOD変調の最大振幅と半値幅の側方距
離に対する変化。
0.8 1 1.2 1.4 1.6 1.8 2
2 3 4 5 6 7
10 12 14 16 18 20
maximum amplitude Em (p.u.) hal f- maximum w idt h σ (mm)
size (mm)
Emσ
図 3.22: 側方距離4mmにある立方体により生じるEOD変調の最大振幅と半値幅
の大きさに対する変化。
まとめ
我々のシミュレーションの結果を解析することにより、物体の特徴はEOD変調 の最大振幅と半値幅で表されることが分かった。この結果は、これらのEODのシ ミュレーション結果はBastian [3], Von der Emdeら[47]の測定と合致するものであ る。特に、EOD変調がガウス分布関数で表されるとした場合、半値幅はVon der Emdeらが提唱した最大勾配という指標と、等価なものである。
しかし、一般的に物体によって生じる電場の変調は極めて小さく実験的に正確 に測定することは難しい。本章で述べたような数理モデルによるアプローチは、魚 の周囲に形成される電場の様々な知見を与えてくれる。また、本章で示したよう な物体の距離や大きさを反映するEODの振幅変調の特徴は、電気定位の神経メカ ニズムを解明する上で重要な手がかりを与えるものと考える。
本章で述べた魚が受けるEOD変調は元のEODの振幅に対し数%程度であり、そ の微小な変調をどのように抽出するかは問題である。さらに、物体により生じる EOD変調の特徴である最大振幅と半値幅をどのように抽出するか問題である。以 降の章でこれらのについて言及していく。