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第五章 応用検討②(平均分子量の違いの評価)

5.3 結果と考察

5.3.1 TOF-SIMS測定結果01

PEG600・PEG2000混合試料の正二次イオン像をFig. 5.1に示す。二次イオン像には結晶状の塊

や粒子状の斑点が観察されたことから,このスペクトルイメージデータには複数の成分が含まれて いると判断した。

Fig. 5.1. Positive secondary ion image of a mixed sample of PEG600 and PEG2000.

100 m

47

PCAおよびMCRの適用に先立ち,PEG600,PEG2000のリファレンス試料およびブランク試料の スペクトルを比較し,PEG600の分子イオンまたはPEG600およびPEG2000のいずれかに特有のフ ラグメントイオンの有無を確認した。リファレンスおよびブランク試料のTOF-SIMS質量スペクトル

(正二次イオン)をFig. 5.2に示す。

リファレンス試料を比較したところ,PEG600では,481,525,569,613,657 uの二次イオンピーク が検出された。分子量が44ごとに変化していることから,これらの二次イオンは(CH2CH2O)nを単位 構造とするn = 11,12,13,14,15のPEG600の分子イオンだと推定した。そこで,当該二次イオン

群をPEG600に特有の二次イオンとし,RAWデータの質量抽出範囲は657 uのピークを含むm/z

10~700とした。なお,本測定条件では,PEG2000の分子量分布は確認できなかった。

48

Fig. 5.2. Positive ion ToF-SIMS spectra of (a) PEG600, (b) PEG2000 and (c) Si wafer acquired using Ga+ ions source.

00 3.5×10? 5

700

. .

Si (a)

450 0 120

700

. .

481 525 569 613 657

n=11 n=12 n=13 n=14

n=15

Mass, u

Intensity, counts

0 1.0×106

0 700

(b)

.

450 700

0 140

Mass, u

Intensity, counts

Si

00

700 1.4×104

(c)

.

450 700

0 160

Mass, u

Intensity, counts

Si

49

ここで,Region of Interest(ROI)の機能を用いて,結晶状の塊および粒子状の斑点で示された領 域からスペクトルを抽出した。結晶状の塊をROI 1,粒子状の斑点をROI 2として指定した領域を Fig. 5.3,指定した領域から抽出したスペクトルをFig. 5.4に示す。

ROI 1ではPEG 600の分子量分布が確認されたが,ROI 2ではm/z 450~700における二次イオ ンのピーク強度が小さかったため,PEG 600の分子量分布の有無は判断できなかった。

Fig. 5.3. The regions of ROI 1 and ROI 2.

Fig. 5.4. Positive secondary ion mass spectra extracted from (a) ROI 1 and (b) ROI 2.

ROI 1

ROI 2

12400

450

Mass, u

Intensity, counts

n=11 n=12

n=13 n=14

n=15

00

700 0

100

(a)

0 700

450 150

Intensity, counts

Mass, u 4200

0

0 20

(b)

50 5.3.2 PCA・MCR結果01

各データ前処理法により得られたPCAの主成分得点結果をFig. 5.5に示す。PLS-Toolboxによ る主成分数の推奨値はmean-centeringで3つ,auto scalingで2つ,Poisson scalingで2つであっ た。ここでは,比較のため第三主成分の得点まで示す。

PCAでは,データ群の重心を原点に変換するmean-centeringおよびauto scalingが,情報を効 果的に引き出すのに有効である。そこでまず,mean-centeringおよびauto scalingにより得られた得 点分布を比較したところ, mean-centering では第二主成分(PC2)の得点分布に類似した分布が auto scalingでは第一主成分(PC1)として得られた。また,それにともない,auto scalingでは第一主 成分の寄与率が0.89 %と極端に小さくなった。これは,auto scalingで各二次イオンピークの分散 の大きさをそろえたことにより,高強度である Siウェハ由来の二次イオンピークの影響が抑えられ,

相対的に低強度の二次イオンピークを発生するPEG成分の分散の寄与が大きくなったためだと考 えられる。また,auto scalingでは,第二主成分においてもPEG由来と考えられる結晶状の塊の一 部に正の成分が高強度に示されたことから,第一主成分に示されたPEG由来の成分とは異なる特 徴をもつPEG由来の成分の存在が示唆された。一方,Poisson scalingでは第二主成分の正の成 分として,結晶状の塊や粒子状の斑点,第三主成分(PC3)の正の成分として斑点状の粒子の輪 郭を強調した分布が得られた。

51

Fig. 5.5 PCA scores of scaled data. (a) Mean-centering, (b) auto scaling and (c) Poisson scaling.

次に,各データ前処理法により得られた PCA の主成分負荷量結果を Fig. 5.6 に示す。

Mean-centeringでは,第一主成分の正の成分としてSiウェハ由来のSi,第二主成分の正の成分と

してPEG由来のC2H5Oが示され,両主成分において基板と高分子といった特徴的な物質が明確 に分離された。これに対し,auto scaling では,第一主成分として PEG 由来の C2H5O,C3H7O,

C4H7O2,C5H9O2およびPEG 600に特有の分子量分布,第二主成分としてSiウェハ由来のSiや CH3Siの他,PEG由来のC2H5Oが示された。第一主成分および第二主成分のいずれにおいても PEG 由来の成分が高強度で示されたことから,本スペクトルイメージデータには異なる特徴をもつ

PC1 (73.03 %)

PC2 (7.69 %)

PC3 (5.68 %) (a)

PC1 (0.89 %)

PC2 (0.60 %)

PC3 (0.32 %) (b)

PC1 (90.78 %)

PC2 (1.43 %)

PC3

(0.45 %)

(c)

52

PEGが存在していると考えられた。一方,Poisson scalingでは,第一主成分として,Siウェハ由来の SiやCH3Siの他,PEG由来のC2H5Oが正の成分として示され,第二主成分として,SiウェハとPEG の差異が示された。また,mean-centeringおよびauto scalingで得られた第三主成分にはSiウェハ や高分子成分などの共通の要素に由来する成分が示されたのに対し,Poisson scaling では粒子 の輪郭を表す得点分布とともに,外部汚染由来と考えられるNaが正の成分として示された。これは,

mean-centeringやauto scalingでは,データ重心の原点への変換により,SiウェハやPEG由来の 二次イオンに比べて分散の小さいNaのピーク情報(化学情報)が埋もれてしまったためだと考えら れる。

以上の結果から,mean-centeringは大きな差異を区別するのに有効であるのに対し,auto scaling は小さな差異を区別するのに有効であること。また,Poisson scalingではNaといった特異的な分布 をもつ汚染成分の存在が示されることが分かった。そして,本PCA結果から,PEG600,PEG600以 外のPEG成分,Siウェハ,Naといった外部汚染由来の成分の4つの成分の存在が示唆された。

よって,基板および高分子成分といった大きな差異からPEG 600およびPEG 2000といった小さな 差異を含む試料の全容を把握するためには,mean-centering,auto scaling,Poisson scalingでそれ ぞれ処理したデータのPCA結果を確認することが有効だと考えられる。

53

Fig. 5.6. PCA loadings of scaled data. (a) Mean-centering, (b) auto scaling and (c) Poisson scaling.

-0.5 0.0 0.5 1.0

0 200 400 600

-0.5 0.0 0.5 1.0

0 200 400 600

-0.5 0.0 0.5 1.0

0 200 400 600

Si Si SiH

(a) PC1

(73.03 %)

PC2 (7.69 %)

C2H5O

PC3 (5.68 %)

C2H5O SiH

Loadings

Mass, u

-0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4

0 200 400 600

-0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

0 200 400 600

-0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4

0 200 400 600

(b) PC1

(0.89 %)

PC2 (0.60 %)

PC3 (0.32 %)

Si C2H5O

C3H7O

C5H9O2 C4H7O2

Molecular ions of PEG 600

SiC3H7

HN4O2

Loadings

Mass, u Si

CH3Si C2H5O

-0.5 0.0 0.5 1.0

0 200 400 600

-0.5 0.0 0.5 1.0

0 200 400 600

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

0 200 400 600

Si Na

Si C3H9Si

(c)

Molecular ions of PEG 600 C2H5O

Loadings

Mass, u C4H9O2

C2H5O CH3Si

C2H5O

PC1 (90.78 %)

PC2 (1.43 %)

PC3 (0.45 %)

54

続いて,MCRの成分の分布結果およびスペクトル結果をFigs. 5.7,5.8に示す。PCA結果から,

成分数はPEG600,PEG600以外のPEG成分,Siウェハ,Naといった外部汚染成分の4つとして

解析を実施した。

その結果,成分1および成分2のスペクトルにはともにSiウェハ由来のSiやSiH,PEG由来の C2H5Oが高強度に示され,両者は非常に類似していた。そのため,成分1と成分2は主に試料の 帯電状態の偏りで分離された成分だと考えられる。また,成分 3 には結晶状の塊や粒子状の斑点 を表す分布とともに,PEG由来のC2H5O,C4H9O2のほか,PEG600に特有の分子量分布が示され,

成分4 には粒子の輪郭を表す得点分布とともに,外部汚染由来と考えられる Na が高強度に示さ れた。

以上の結果から,MCRではSiウェハ由来の成分,PEG由来の成分,外部汚染成分を分離する ことができたものの,PEG600とPEG2000との違いを明らかにすることはできなかった。

一次イオンに Ga を用いた本測定条件では,PEG 2000 の分子量分布は検出されず,また,

PEG600 の分子量分布のピーク強度も小さかった。そのため,本測定条件で得られたデータでは,

MCRでPEG600の成分とPEG2000の成分とを分離するには各成分に特有のピーク情報が不足し

ていると考えられた。そこで次に,PEG600 と PEG2000 との違いをより明確に判断できるよう,高質 量側のピークをより高感度に検出できるBiを一次イオン源に用いて測定を行った。

55

Fig. 5.7. The component images obtained by MCR. The data was preprocessed with Poisson scaling.

Fig. 5.8. The component spectra obtained by MCR. The data was preprocessed with Poisson scaling.

Comp. 1 (27.73 %)

Comp. 2 (50.03 %)

Comp. 3 (7.84 %)

Comp. 4 (4.40 %)

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

0 200 400 600

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

0 200 400 600

Mass, u

Loadings

Mass, u

Loadings

Comp. 1 (27.73 %)

Comp. 2 (50.03 %)

Si

C2H5O

Si

C2H5O SiOH

0.0 0.5 1.0

0 200 400 600

0.0 0.5 1.0

0 200 400 600

Mass, u

Loadings

Mass, u

Loadings

Comp. 3 (7.84 %)

Comp. 4 (4.40 %)

C2H5O

C3H9Si C4H9O2

Molecular ions of PEG 600

Na

Si

56 5.3.3 TOF-SIMS結果02

Figure 5.9にBi3

+で取得したPEG600,PEG2000,PEG600・PEG2000混合試料の正二次イオ ン質量スペクトルを示す。一次イオン源にBi3

+を用いることにより,PEG600由来の分子イ オンピークがより高強度に検出されたが,PEG2000 の分子イオンピークは依然として確認 されなかった。また,PEG600およびPEG600・PEG2000混合試料のスペクトルにはPEG600 の分子量分布が明確に示されたが,PEG600 の分子量に相当する二次イオンはPEG2000 か らも高強度で検出されたため,PEG600・PEG2000混合試料からPEG600とPEG2000の成分 を分離することは困難であった。

次に,PEG600・PEG2000混合試料の全二次イオン像をFig. 5.10に示す。全二次イオン像 にはPEG由来と考えられる葉脈状の模様や粒子状の塊が確認された。なお,左上方から右 下方にかけて徐々に強度が低下しているのは,帯電の偏りの影響を受けているためだと考 えられる。

57

Fig. 5.9. Positive ion ToF-SIMS spectra of (a) PEG600, (b) PEG2000 and (c) PEG600/PEG2000 samples acquired using Bi3

+ ion source [66]. Note that the vertical axes on spectra in the mass ranges from 0 to 2100 u are logarithmic scale.

0 500 1000 1500 2000

1.0×102 1.0×107

(a)

Intensity, counts

Mass, u

18000 1850 1900 1950 2000 2050

5 10 15 20 25

(b)

0 500 1000 1500 2000

1.0×102 1.0×107

Intensity, counts

Mass, u

180005 1850 1900 1950 2000 2050

1015 2025 30

18000 1850 1900 1950 2000 2050

5 10 15 20

(c)

0 500 1000 1500 2000

1.0×102 1.0×107

Intensity, counts

Mass, u

58

Fig. 5.10. ToF-SIMS image of PEG600/PEG2000 sample [66]. This image corresponds to the total secondary ion intensities in the mass range from 0 to 1800 u of Fig. 5.9 (c).

5.3.4 PCA・MCR結果

PLS-ToolboxによるPCAの主成分数の推奨値はmean-centeringで6つ,auto scalingで6つ,

Poisson scalingで3つであった(PCA結果は省略)。ここでは,成分のスペクトルからPEG600

とそれ以外のPEG成分との違いを判断できるか確認するため,PCAで分離された成分につ いて吟味する前に,まずは成分数を 6 つとして MCR で分離された成分について調べた。

Poisson scalingにてデータの前処理をした後,MCRにより分離された成分の分布とスペクト

ル結果をFigs 5.11,5.12に示す。

各成分でそれぞれ特徴的な分布を示したが,PEG2000 を示唆する成分を見つけることは できなかった。成分1,2,6のスペクトルにはそれぞれPEG600の分布,Siのピーク,Na のピークが示された。そのため,成分1,2,6はそれぞれPEG600,Siウェハ,汚染成分由 来だと考えた。しかし,他の成分の主要なピークはPEG600とPEG2000のどちらの由来に もなりうるC2H5O のようなフラグメント化した低質量側の二次イオンであったため,一次 イオン源に Biを用いても,PEG2000 の成分を特定することはできなかった。そこで次に,

このような低質量側のフラグメントイオンや汚染成分といった高強度ピークのデータ全体 に対する分散の寄与を低減させるため,m/z 100以下のピークをピークリストから除外して,

再度PCAとMCRを実施した。

500  m

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