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経済面の要因が幸福度に与える影響

3-1 はじめに

本章では、個々人が比較対象にしているグループの平均所得(Reference group income)

が、幸福度に対してどのような影響を及ぼすのか分析する。2-4節で示したとおり、平 均所得が幸福度に与える影響は、プラスとマイナスの両方の場合があり得るが21)、各国が どのような傾向にあるかについては未だ正確な国際比較が行われていない。

本章の特徴的な点は、1-2節で述べたように、同一のデータと同一のモデルを使用し、

世界各国を対象に回帰分析を行い、国の所得水準と価値観という観点から幸福度の傾向を 明らかにすることにある。これに加え、所得の比較対象グループ(Reference group)の定 義にあたっては、相手の属性の組み合わせごとにモデルの説明変数を変化させ、個人が自 分と誰を比較した際に最も幸福度への影響が大きいのかを明らかにする。

3-2節では、相対所得仮説の検証によく利用される回帰モデルのスペシフィケーショ ン(説明変数の選び方など)を整理し、その中で、平均所得を説明変数にするという分析 方法の意義を説明する。そして、3-3節では、実証分析に使用する回帰モデルのスペシ フィケーション及びデータセットの作成方法を述べる。また、所得の比較対象グループの 定義方法についても、モデルのスペシフィケーションと共に説明する。次に、3-4節で は、各国の回帰モデルのパラメータ推定結果について詳細な考察を行う。最後に、3-5 節では、本章から得られた結論をまとめる。

3-2 相対所得仮説に係るモデル化の方法

(1)使用されているモデル化の方法に関する整理

所得が幸福度に与える影響の検証、また、相対所得仮説の検証にあたっては、使用され ている回帰モデルに様々なスペシフィケーション(説明変数の選び方など)がある。これ らは基本的に、Ferrer-i-Carbonell(2005)が提示した以下の 4 つに大別できる。

𝐻𝑖 = 𝛼 + 𝛽1𝑌𝑖+ γX𝑖+ 𝜖𝑖 (3.1)

𝐻𝑖 = 𝛼 + 𝛽1𝑌𝑖+ 𝛽2𝑌̅𝑖+ γX𝑖+ 𝜖𝑖 (3.2)

𝐻𝑖 = 𝛼 + 𝛽1𝑌𝑖+ 𝛽3(𝑌𝑖− 𝑌̅𝑖) + γX𝑖+ 𝜖𝑖 (3.3) 𝐻𝑖 = 𝛼 + 𝛽1𝑌𝑖+ 𝛽4𝑌𝑖𝑟𝑖𝑐ℎ+ 𝛽5𝑌𝑖𝑝𝑜𝑜𝑟+ γX𝑖+ 𝜖𝑖 (3.4)

21)平均所得の影響がマイナスの場合、人々が自分の所得を他人と比較し、不公平感、嫉妬、プレッシャー などを感じると解釈できる。一方、影響がプラスの場合、人々が平均所得の上昇を社会経済状況の改善 として捉え、期待感や安心感などが得られるという解釈になる。

43 where 𝑌𝑖𝑟𝑖𝑐ℎ≡ { 𝑌𝑖− 𝑌̅𝑖 𝑖𝑓 𝑌𝑖 > 𝑌̅𝑖

0 𝑖𝑓 𝑌𝑖≤ 𝑌̅𝑖 , 𝑌𝑖𝑝𝑜𝑜𝑟

≡ {𝑌̅𝑖− 𝑌𝑖 𝑖𝑓 𝑌𝑖< 𝑌̅𝑖

0 𝑖𝑓 𝑌𝑖≥ 𝑌̅𝑖

ただし、𝑖は個人を表す添え字、𝐻𝑖は主観的幸福度、𝑌𝑖は絶対所得(所得の絶対額)、𝛽1は𝑌𝑖 のパラメータ、𝑌̅𝑖は個人が比較対象にしているグループ(同じ年齢層や教育水準の人など)

の平均所得、𝛽2は𝑌̅𝑖のパラメータ、𝛽3は相対所得(𝑌𝑖− 𝑌̅𝑖)のパラメータ、𝑌𝑖𝑟𝑖𝑐ℎは相対的 な所得の高さ、𝛽4は𝑌𝑖𝑟𝑖𝑐ℎのパラメータ、𝑌𝑖𝑝𝑜𝑜𝑟は相対的な所得の低さ、𝛽5は𝑌𝑖𝑝𝑜𝑜𝑟のパラメ ータ、X𝑖は𝑌𝑖、𝑌̅𝑖、𝑌𝑖− 𝑌̅𝑖、𝑌𝑖𝑟𝑖𝑐ℎ、𝑌𝑖𝑝𝑜𝑜𝑟以外の説明変数ベクトル、γはX𝑖のパラメータベク トル、𝛼は定数項、𝜖𝑖は誤差項である22)

まず、(3.1)式では単純に、所得(の絶対額)が幸福度に与える影響が検証される。基 本的に、どの実証研究においても𝛽1> 0という共通の推定結果が得られている。なぜなら、

現実的には、人々が自分の所得が増加したことに対して喜ぶことが多く、不幸と思わない ためである。また、(3.2)式、(3.3)式、(3.4)式においても、基本的に𝛽1> 0が推測 される。ただし、パラメータの大きさは当然、スペシフィケーションによって異なる。

他方、相対所得仮説の検証にあたっては、平均所得あるいは相対所得が説明変数として 含まれる(3.2)式以降が使用される。(3.2)式では、絶対所得の影響が排除された上で の、平均所得が幸福度に与える影響が検証される。平均所得のパラメータ(𝛽2)の符号か ら、ある個人の所得が変わらないとして、そのときの平均所得の増加がその人の幸福度に

22)本章、並びに第4章と第5章で提示する回帰モデルは、簡略的な数式表現で示している。これは、𝑌̅𝑖 𝑌𝑖𝑟𝑖𝑐ℎ𝑌𝑖𝑝𝑜𝑜𝑟など様々な説明変数を明示しやすくするためである。正確な表現としては、例えば(3.1) 式の場合、回帰式は、

H = 𝛼 + 𝛽1Y + 𝛄̂X + ϵ (1) あるいは、

𝐻1= 𝛼 + 𝛽1𝑌1+ 𝛄𝐗1+ 𝜖1

𝐻2= 𝛼 + 𝛽1𝑌2+ 𝛄𝐗2+ 𝜖2

𝐻𝑛= 𝛼 + 𝛽1𝑌𝑛+ 𝛄𝐗𝑛+ 𝜖𝑛

(2)

のように表される。ただし、𝑛はサンプル数、𝑘は𝑌𝑖のを除いた説明変数の数であり、また、

𝐇 = [ 𝐻1

𝐻𝑛

] , 𝐘 = [ 𝑌1

𝑌𝑛

] , 𝐗𝑖= [ 𝑥𝑖,1

𝑥𝑖,𝑘] , 𝐗 = [ 𝐗𝑖

𝐗𝑛

] , 𝛄 = 𝛄𝑛= [𝛾1 … 𝛾𝑘] , 𝛄̂ =

[

𝛄𝟏 𝟎

𝟎 ⋯ 𝛄𝑛

] , 𝛜 = [ 𝜖1

𝜖𝑛]

である。(3.1)式では、上記の(2)の数式表現を一行で表している。

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どのような影響をもたらすのかが判定できる23)。すなわち、𝛽2> 0の場合には、Senik(2004) が分析したロシアのケースのように、自分の所得が変化しなくても、周りの人々の所得が 増加し始めれば、自分が住んでいる地域の発展として認識し(そして、近い将来自分にも チャンスが訪れると期待)、それによって幸福度が向上すると解釈できる。一方、𝛽2< 0の 場合には、Ferrer-i-Carbonell(2005)が分析したドイツのケースのように、周りの人々の 所得が増加する際に自分の所得が変わらないと、不幸(不公平感、妬み、プレッシャーな ど)に感じるという解釈になる。平均所得のパラメータ(𝛽2)は、絶対所得のパラメータ

(𝛽1)と違い、国によって符号が異なり得る。

次に、(3.3)式では、相対所得(絶対所得と平均所得の差)が幸福度に与える影響が検 証される。相対所得は、絶対所得と同様、モデルのパラメータがプラス(𝛽3> 0)になる と推測される。なぜなら、ほとんどの人は、自分の所得が相対的に高いときに喜びを感じ るからである。

最後に、(3.4)式は、所得の相対的な比較による幸福度への影響が、低所得者と高所得 者とにどのような違いがあるかを検証するために使用されている。この場合のパラメータ 推定結果は、𝛽4> 0、𝛽5< 0、|𝛽5| > 𝛽4が推測される。つまり、平均所得が低所得者と高 所得者に与える影響は、非対称的である(Duesenberry 1949: 101)。平均所得は、低所得 者に対して大きなマイナスの影響を与えるが、高所得者に対しては小さなプラスの影響し かもたらさない。

(2)本研究が採用した平均所得のモデル化の方法

相対所得仮説を検証した先行研究では、(1)項で提示したモデル化の方法の一部、ある いは全てを使用している24)。そして、一国を対象とした事例研究の場合、(3.1)式から(3.

4)式まで回帰分析を行うとすると、4 回のパラメータ推定が必要になる。とはいうものの、

本研究の場合には、分析対象の国の数や、所得の比較対象グループを定義する際のパター ンの数(後述)などにより、(3.2)式、(3.3)式、(3.4)式から一つだけとっても、3,000 回以上のパラメータ推定が必要である。そのため、(3.2)式、(3.3)式、(3.4)式を全 て使用すると、考察が煩雑になる。そこで本章においては、(3.2)式のみを使用し、平均 所得の影響に着目して分析を進めるとする。なお、(3.1)式、(3.3)式、(3.4)式を使 用しない理由は、次のとおりである。

まず、(3.1)式は、単なる所得の影響の検証であり、相対所得仮説を検証するにあたっ て最も重要度が低い。また、所得が幸福度にプラスの影響を与えるという結論は、これま で多くの研究によって証明されている。著者も以前に、(3.1)式を用いて各国の回帰分析

23)平均所得が幸福度に与える影響とその意味の解釈については、1-2節及び2-4節を再度参照された い。

24)ただし、(3.1)式しか使用しない場合は、相対所得仮説の検証とはいわない。

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を行い、どの国においてもほぼ無条件に𝛽1が有意なプラスになるという結果を得ている(t 検定の有意水準は 10%とした)。従って、本章では(3.1)式のスペシフィケーションを使 用する必要がない。

一方、(3.3)式は、相対所得仮説の検証としてはその文字通り、「相対所得」を説明変 数として使用する方法である。しかし、(3.2)式に比べると、(3.3)式はパラメータの 解釈が困難である。つまり、パラメータ推定結果で𝛽3が有意なプラスになった場合には、

絶対所得(𝑌𝑖)と平均所得(𝑌̅𝑖)の影響が両方プラスであるという解釈と、絶対所得の影 響がプラスで平均所得の影響がその分より小さなマイナスであるという解釈が両方あり得 る。そうなれば、平均所得の影響の正負を判定できなくなる。これに対し、(3.2)式は使 用するデータが(3.3)式と同じであるが、こうした問題が起こらない。また、(3.3)式 を𝐻𝑖= 𝛼 + (𝛽1+ 𝛽3)𝑌𝑖+ 𝛽3(−𝑌̅𝑖) + γX𝑖+ 𝜖𝑖に変形すれば、結局は(3.2)式の平均所得(𝑌̅𝑖) の符号をマイナスにしたものと同じになる。従って、(3.2)式と(3.3)式を併用する必 要がない。

最後に、(3.4)式は、分析の観点としては本章の内容と異なる。(3.4)式では、平均 所得が幸福度に与える影響の正負について説明するためというよりも、平均所得が低所得 者と高所得者にもたらす影響の違いの検証である。本章では、平均所得の影響を左右する 要因を、低所得者と高所得者の意識の違いではなく、国の属性(所得水準、価値観)、及び、

個人が比較対象にしている相手の属性(年齢層、教育水準、居住地域)の違いから検討す るため、(3.4)式を使用しない。

3-3 回帰モデルのスペシフィケーションとデータ

(1)モデルのスペシフィケーション

平均所得が幸福度に与える影響を検証するため、(3.2)式のように、幸福度を被説明変 数、平均所得並びに他の個人属性を説明変数とした線形回帰モデル25)を使用する。(3.5) 式は(3.2)式と全く同じであるが、第4章と第5章の回帰式と合わせるため、記号の表記 を変更している。

𝐻𝑖 = 𝛼 + 𝛽𝐴𝑖𝑘+ γX𝑖+ 𝜖𝑖 (3.5)

ただし、𝑖は個人を表す添え字、𝑘は𝑖が比較対象にしているグループ(Reference group)

を表す添え字(𝑘 = 1,2, … ,17)、𝐻𝑖は主観的幸福度、𝐴𝑖𝑘は平均所得(Reference group income)、

25)幸福度に関する実証研究では、線形回帰(Linear regression)モデル、順序プロビット(Ordered probit)

モデルのいずれかが使用されている。被説明変数の主観的幸福度が順序尺度であることを踏まえると、

順序プロビットモデルの方が理論上適切であるとの見方もあるが、線形回帰モデルではパラメータの解 釈が容易であること、線形回帰モデルと順序プロビットモデルのパラメータ推定結果から得られる結論 には大きな違いがないこと等々から、実際には両モデルが同等な頻度で利用されている。

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𝛽は𝐴𝑖𝑘のパラメータ、X𝑖は𝐴𝑖𝑘以外の説明変数ベクトル(所得の絶対額、いわゆる絶対所得 を含む)、γはX𝑖のパラメータベクトル、𝛼は定数項、𝜖𝑖は誤差項である26)

次に、𝐴𝑖𝑘に係るモデルのスペシフィケーションについて述べる。1-2節及び2-4節 で触れたように、多くの研究では、個人が比較対象にしているグループが 1 通りのみ定義 される。例えば、McBride(2001)は同じ年齢層の人を、Persky and Tam(1990)は同じ居住地 域 の 人 を 、 Ferrer-i-Carbonell(2005) は 同 じ 年 齢 層 ・ 教 育 水 準 ・ 居 住 地 域 の 人 を 、 Senik(2004)は同じ性別・教育水準・居住地域・業種・職業・仕事経験の人を、各個人が所 得の比較で参照している相手のグループとして定義している。つまり、(3.5)式でいえば、

𝐴𝑖𝑘が𝐴𝑖と表記されるのと同じである。

しかし、平均所得が個人の幸福度にもたらす影響は、その人が自分と誰を比較している かによって異なってくる。従って、先行研究のように所得の比較対象グループを 1 通りに 限定すると、それだけで分析結果が左右される。こうした課題に対し、本章では、所得の 比較対象グループを 1 通りに限定せず、年齢層、教育水準、居住地域という属性別のグル ープ(例えば、同じ年齢層の人)、並びに、それらの属性を組み合わせた相手のグループ(例 えば、同じ年齢層かつ同じ教育水準の人)を、表3-1で示した 17 通りで定義する。よっ て、(3.5)式では 17 通りのモデルのスペシフィケーションとなる(𝑘 = 1,2, … ,17)。

表3-1 所得の比較対象グループの定義とモデルのスペシフィケーション

各被験者が比較対象に モデルのスペシフィケーション(属性の組み合わせパターン)

している相手の属性 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17

年齢(被験者年齢±2 年)a ○ ○ ○ ○

年齢(被験者年齢±5 年)b ○ ○ ○ ○

教育(8 カテゴリの分類)c

教育(3 カテゴリの分類)d

地域(各国特有の分類)e ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

a 例えば、被験者の年齢が 35 歳ならば、比較対象にしている相手が 33~37 歳の人である。

b 例えば、被験者の年齢が 35 歳ならば、比較対象にしている相手が 30~40 歳の人である。

c 国によって分類方法が多少異なるが、世界価値観調査(WVS)での集計基準に従う。

d 国によって分類方法が多少異なるが、世界価値観調査(WVS)での集計基準に従う。

e 各国における調査対象地域に基づいた分類である。

出所)著者作成

(2)モデルのデータセット作成

本研究は、調査票における質問項目の内容などの違いが分析結果にもたらす影響を回避

26)回帰モデルの正確な数式表現については、p.43 の脚注 22 を参照されたい。