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社会面の要因が幸福度に与える影響

4-1 はじめに

本章では、社会関係資本(Social capital)が、幸福度に対してどのような影響を及ぼ すのか分析する。2-4節で示したとおり、社会関係資本は幸福度に対してプラスの影響 を与えるか、影響がないという場合が多いが、その影響は社会関係資本(の代理指標)の 種類によって違う。そして、各国がどのような傾向にあるかについては未だ正確な国際比 較が行われていない。

本章の特徴的な点は、1-2節で述べたように、同一のデータと同一のモデルを使用し、

世界各国を対象に回帰分析を行い、国の所得水準と価値観という観点から幸福度の傾向を 明らかにすることにある。また、実証分析にあたっては、信頼感、社会との繋がり、社会 的ネットワークに係る様々な指標を使用する。

4-2節では、社会関係資本の測定方法、つまり、社会関係資本の代理指標(Proxy)と してどのようなデータが利用されているかを検討する。また、4-3節では、実証分析に 使用する回帰モデルのスペシフィケーション及びデータセットの作成方法を述べる。デー タセットの作成方法に関しては、第3章の回帰モデルと共通する部分は省略し、社会関係 資本の代理指標について詳細な説明を行う。次に、4-4節では、社会関係資本の種類ご とに国際比較の結果を述べる。最後に、4-5節では、本章から得られた結論をまとめる。

4-2 社会関係資本の測定方法と代理指標

2-4節で説明したように、社会関係資本は、信頼感、社会との繋がり、社会的ネット ワークなど、それが意味するものが様々である(OECD 2001: 41; OECD 2011: 171; Putnam 1993: 167)。そのため、社会関係資本を一つの指数として測定することは難しい(OECD 2001:

43-45)。この理由から、社会関係資本に関する実証研究では、一つの指数で社会関係資本 全体を表すことは少なく、むしろ、いくつかの社会関係資本の代理指標を使用して分析す ることが一般的なやり方である。そして、各々の代理指標は、社会関係資本の一部の側面 を示す。

代理指標の例として、Helliwell and Putnam(2004)は、近所への信頼感、人や社会に対 する一般的な信頼感、家族・友人・近所の人と一緒に時間を過ごす頻度、所属している自 発的な組織や団体(8 種類)の数を39)、Yip et al.(2007)は、信頼感(互恵や相互扶助な どを含めた 12 指標から成る合成指標)、所属している組織や団体(2 種類)の有無を、Calvo

39)厳密には、Helliwell and Putnam(2004)が配偶関係を家族レベルの社会関係資本の代理指標として扱っ ているが、これは特殊なやり方である。

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et al.(2012)は、人や社会に対する一般的な信頼感、頼れる親戚・友人の有無、前月にお ける自発的な組織や団体への参加の有無を、Bruni and Stanca(2008)は、家族・友人・仕 事関係の人や同業者・教会や寺院の仲間・スポーツクラブやボランティアの仲間と一緒に 時間を過ごす頻度、所属している自発的な組織や団体(8 種類)の数、実際に活動してい る自発的な組織や団体(8 種類)の有無を、Powdthavee(2008)は、親戚・友人と会う頻度、

近所の人と話す頻度を、Becchetti et al.(2008)は、自発的な組織や団体(5 種類)での 活動頻度を使用している。

先行研究を見る限り、社会関係資本の代理指標として用いられているのは、信頼感(特 定の相手や社会全体に対するもの)、他者と一緒に時間を過ごす頻度(会う頻度や話す頻度 を含む)、頼れる人(あるいは社会における互恵や相互扶助)の有無、社会活動参加の度合 い(所属している自発的な組織や団体の数やそこでの活動頻度など)である。本研究では、

世界価値観調査(WVS)に調査項目がない、頼れる人の有無を除き、先行研究と同様な代理 指標を利用する(具体的な項目は4-3節を参照)。

なお、社会関係資本の代理指標を用いる際には、それがあくまで代理指標であることに 留意する必要がある。すなわち、社会関係資本の代理指標は、社会関係資本の水準を示す 指標であるが、指標の種類によっては、それ自体が幸福要因を指す場合がある。例えば、

他者と一緒に時間を過ごす頻度は、社会との繋がりという社会関係資本の水準を示す指標 である。一方で、他者と一緒に時間を過ごすという行動自体が、幸福度の決定要因である。

従って、この指標では、社会関係資本そのものによる幸福度への影響と、社会関係資本の 形成過程(他者と一緒に時間を過ごすこと)によって生じる幸福度への影響という 2 つの 意味で解釈できる。これについては、4-4節の分析結果で改めて説明する。

4-3 回帰モデルのスペシフィケーションとデータ

(1)モデルのスペシフィケーション

社会関係資本が幸福度に与える影響を検証するため、(4.1)式のように、幸福度を被説 明変数、社会関係資本(代理指標の種類別)並びに他の個人属性を説明変数とした線形回 帰モデル40)を使用する。

𝐻𝑖 = 𝛼 + 𝛽𝑆𝑖𝑘+ γX𝑖+ 𝜖𝑖 (4.1)

ただし、𝑖は個人を表す添え字、𝑘は社会関係資本の(代理指標の)種類を表す添え字(𝑘 =

1,2, … ,16)、𝐻𝑖は主観的幸福度、𝑆𝑖𝑘は社会関係資本、𝛽は𝑆𝑖𝑘のパラメータ、X𝑖は𝑆𝑖𝑘以外の 説明変数ベクトル、γはX𝑖のパラメータベクトル、𝛼は定数項、𝜖𝑖は誤差項である41)

(4.1)式では、多重共線性の問題を回避するため、16 種類の社会関係資本をスペシフ

40)線形回帰モデルを用いる理由については、p.45 の脚注 25 を参照されたい。

41)回帰モデルの正確な数式表現については、p.43 の脚注 22 を参照されたい。

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ィケーションごとに分けている。分析対象とする社会関係資本は、2-4節で説明したと おり、信頼感(Trust)、社会との繋がり(Social connections)、社会的ネットワーク(Social network)である。具体的には、信頼感を表す指標として、𝑆𝑖1, 𝑆𝑖2, 𝑆𝑖3はそれぞれ「家族・

近所・知人への信頼感(家族、近所、知人という 3 つのカテゴリによる合成指標)」、「初対 面・他宗教・他国籍の人への信頼感(初対面の人、他宗教の人、他国籍の人という 3 つの カテゴリによる合成指標)」、「人や社会に対する一般的な信頼感」、社会との繋がりを表す 指標として、𝑆𝑖4, 𝑆𝑖5, 𝑆𝑖6はそれぞれ「家族と一緒に時間を過ごす頻度」、「友人と一緒に時間 を過ごす頻度」、「家族・友人と一緒に時間を過ごす頻度(𝑆𝑖4, 𝑆𝑖5の合成指標)」、社会的ネ ットワークを表す指標として、𝑆𝑖7, 𝑆𝑖8, … , 𝑆𝑖16はそれぞれ、「教会、宗教団体への参加度合 い」、「慈善団体への参加度合い」、「スポーツ・レクリエーション団体への参加度合い」、「芸 術、音楽、教育団体への参加度合い」、「環境保護団体への参加度合い」、「同業者団体、職 業団体への参加度合い」、「政党への参加度合い」、「労働組合への参加度合い」、「消費者団 体への参加度合い」、「全体的な社会活動参加の度合い(𝑆𝑖7, … , 𝑆𝑖15の合成指標)」である。

なお、個別指標を合成指標にまとめる際には、世界全体のサンプルによる主成分分析の結 果を参考情報としている(本節の(2)項を参照)。

な お 、 社 会 関 係 資 本 は 平 均 所 得 と 違 い 、 Becchetti et al.(2008) 、 Helliwell and Putnam(2004)、Powdthavee(2008)、Yip et al.(2007)などの先行研究の実証結果を踏まえ ると、一般的には、幸福度にプラスの影響を与えるか(有意に𝛽 > 0)、幸福度に影響がな いか(𝛽が非有意)のいずれかのケースが推測される。ただし、社会関係資本の代理指標 の種類によっては、僅かな可能性であるが𝛽 < 0もあり得る。これについて分析結果への影 響が大きい場合は、その都度説明を行う。

(2)モデルのデータセット作成

本研究では、利用するデータを世界価値観調査(WVS)に統一している。従って、被説明 変数(𝐻𝑖)及び、社会関係資本以外の説明変数(X𝑖)は、第3章と同一のものが利用され る。WVS データから新たに作成する指標は𝑆𝑖𝑘のみである。

まず、データの利用可能性について説明する。人や社会に対する一般的な信頼感は、第 1 回~第 5 回の WVS に質問項目が設けられている。これに対し、特定の相手(家族、近所、

知人、初対面の人、他宗教の人、他国籍の人)への信頼感は、第 5 回の WVS でしか調査さ れていない。また、家族・友人と一緒に時間を過ごす頻度(社会との繋がりの代理指標)

は、ほとんど第 4 回の WVS でしか調査されていない。一方、社会活動参加の度合い(社会 的ネットワークの代理指標)は、第 3 回と第 5 回の WVS で調査されている。このような状 況を踏まえ、本章の分析では最もデータが入手できる第 5 回の WVS をベースに行う。ただ し、家族・友人と一緒に時間を過ごす頻度については、利用可能なデータが多い第 4 回の WVS を利用する(第 4 回の調査データがない 3 ヶ国は、第 5 回の WVS を代用)。最終的には、

人や社会に対する一般的な信頼感では 70 ヶ国、特定の相手に対する信頼感では 47 ヶ国、

60

家族・友人と一緒に時間を過ごす頻度では 38 ヶ国、社会活動参加の度合いでは 49 ヶ国が 分析対象となる。

次に、調査データの指標化の方法について述べる。「家族・近所・知人への信頼感」は、

「家族」、「近所」、「個人的な知り合い」、「初対面の人」、「他宗教の人」、「他国籍の人」と いう 6 つのカテゴリについて「あなたは、それぞれどの程度信頼していますか」という質 問項目から、4 つの選択肢のうちの「完全に信頼している」を 3、「やや信頼している」を 2、「あまり信頼していない」を 1、「全く信頼していない」を 0 とした上で42)、「家族」、「近 所」、「個人的な知り合い」への評価点数を一つの合成指標43)として集計したものである。

同様に、「初対面・他宗教・他国籍の人への信頼感」は、「初対面の人」、「他宗教の人」、「他 国籍の人」の評価点数を集計したものである。一方、「人や社会に対する一般的な信頼感」

は、「一般的にいって、人はだいたいにおいて信用できると思いますか、それとも人と付き 合うには用心するにこしたことはないと思いますか」という質問項目において、2 つの選 択肢のうち「だいたい信用できる」を 1、「用心するにこしたことはない」を 0 とする44)

「家族と一緒に時間を過ごす頻度」は、「親や親族と一緒に過ごす」、「友達と一緒に過ご す」、「仕事関係の人や同業者と一緒に過ごす」、「教会や寺院など宗教上の仲間と一緒に過 ごす」、「スポーツクラブやボランティアの仲間と一緒に過ごす」という 5 つのカテゴリに ついてそれぞれ「あなたはどのような頻度でおつきあいされていますか」という質問項目 から、4 つの選択肢のうちの「毎週/ほぼ毎週」を 3、「月に 1~2 回」を 2、「年に数回程 度」を 1、「全くやらない」を 0 とした上で、「親や親族と一緒に過ごす」への評価点数を

42)特定の相手への信頼感に関する質問項目は日本語版調査票に設けられていないため、著者による和訳で ある。英文では、質問項目が「We’d like to ask you how much you trust people from various groups」 分類カテゴリが「Your family」、「Your neighborhood」、「People you know personally」、「People you meet for the first time」、「People of another religion」、「People of another nationality」、選 択肢が「Trust completely」「Trust somewhat」「Do not trust very much」「Do not trust at all」

である。

43)これは、「家族への信頼感」、「近所への信頼感」、「知人(個人的な知り合い)への信頼感」それぞれの 個別指標に対して同じ 1/3 のウェイトを与えていることを意味する。幸福度に関する先行研究では、個 別指標のウェイトを決定できるだけの情報がないなどという理由から、合成指標を作成する際には、基 本的に同じウェイトで個別指標を集計する。本章ではこれに従い、同じウェイトを使用した合成指標に よるパラメータ推定結果をベースに考察を行う。また、「家族・近所・知人への信頼感」及び「初対面・

他宗教・他国籍の人への信頼感」という合成指標については、元の個別指標に関するパラメータ推定結 果を提示していないので、付録A-2の(1)項にてウェイトを変更した場合の感度分析を行う。これ により、個別指標に対するウェイトが変わっても、本章の結論にはほとんど影響しないことが分かった。

44)信頼感に関する質問で、日本語版調査票では「信用(Confidence)」と訳されているが、英語版では「信 頼(Trust)」と表記している。