前章において、「ニーズを考慮していない高校」として、普通科高校、専門学科高校、定 時制高校の現状を、「ニーズを考慮している高校」として、総合学科高校、通信制高校の現 状を概観した。この背景として、わが国における少子化や完全雇用制の撤廃等の問題、生 徒やその保護者の学校に対する考え方や多様な進路、生活様式の変化等の様々な変化によ り、以前とは異なる進路指導を行わなければならない。
そこで、この章では、これらの変化による生徒とその保護者のニーズに対応可能な経営 学的手法であるマーケティング、バランス・スコアカード、シックス・シグマに関して概 観する。
第一節 マーケティングとは
マーケティングは、19世紀後半に米国の新興産業部門メーカーを中心に行われ、これに よりメーカーは、卸売業者、小売業者といった流通の取引とは別に消費者に積極的なアプ ローチを試みるようになった。マーケターは、消費者の需要を喚起する販売管理の徹底を 図り、消費者への積極的なアプローチを展開する場合には消費行為を展開する消費主体の 生存態様の基礎知識を知らなければならない 1(上原1999)。
また、玉村(2005)は、マーケティングという言葉の意味は「市場(いちば)づくり(=
Market+ing)」であり、組織の外部に広がる「市場」をつくり、機能させようとするプロ
セスを総称する言葉であるとし、実際のところ、「マーケティング」という言葉は大変幅広 い意味で使われていると述べ 2ており、時代とともにマーケティングの領域が拡大してい る。
第一項 マーケティングの定義
1上原(1999)25~26ページ.
消費財のマーケターは、消費者の生活パターンがどの方向に個性化・多様化しているか、どのように変 化しつつあるか、あるいは、消費者はどのような生活パターンを採用すべきか等を的確に把握できなけ ればならないと述べている。上原(1999)27ページ.
このことは、学校教育の場においても同様であると考えられる。
2玉村(2005)3ページ.
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上で述べたように、マーケティング領域拡大のため、それを的確に定義することは難し い。マーケティングの定義は数多く存在するが、その中で利用頻度が高いのは、アメリカ ン・マーケティング協会(American Marketing Association:以下 AMA)の定義である。
この定義はマーケティングを取り巻く環境・社会の変化や、学会等を反映して、現在まで 4回の改訂が行なわれている。
1935年におけるAMAの最初の定義は、「マーケティングとは、生産地点から消費地点 に至る商品及びサービスの流れに含まれるビジネスの諸活動である。」であった 3。
この定義に関して原田(1992)は、地点間移動といった流通の概念がかなり強く意識さ れたマクロ視角に基づく定義と言えるが、「ビジネス活動」といった言葉があえて用いられ ているように、全てがマクロ視角ではなく、ミクロ視角が補足された折衷型の定義となっ ていると述べている 4。このように、1935年の段階では、マーケティングの定義は、現在 の「流通」の概念に近いかたちで定義されたことが理解できる。
その後、1960年に定義変更が行われ、「マーケティングとは、生産者から消費者ないし 使用者にいたる財及びサービスの流れを管理する経営諸活動の遂行である。」と定義された
5。「財及びサービスの流れを管理する」と示されるように、ミクロ的視角からのものであ り、その主体としては、民間企業一般と考えて良いであろう。
1985年にも定義変更が行われ、「マーケティングとは、個人及び組織の目標を満たす取 引を創出するためにアイデア、財及びサービスの概念形成、価格設定、プロモーション、
流通を企画し実行するプロセスである」と定義した 6。
この定義変更は、これまでのマーケティングの主体を大きく変更したものであり、この 改訂に関して、原田(1992)は、第一に、マーケティングの主体を「個人及び組織」と明 記されたことで、マーケティングの主体に非営利組織も含まれたことを意味していること、
第二に、「概念形成」と明記したことで、ブランド・イメージ戦略等への適合性を組み入れ
3 AMAの前身National Association of Marketing Teachersによる American Marketing Society(ア メリカン・マーケティング学会)とNational Association of Marketing Teachers(全国マーケティン グ教職者学会)の合併により1937年にアメリカン・マーケティング協会が設立された。
“Marketing includes those business activities involved in the flow of goods and services from production to consumption”
4原田(1992)8ページ.
5AMAのDictionary of Marketing Terms1960に収録。
“Marketing is the performance of business activities that direct the flow of goods and services from producer to consumer or user”
6 AMAのDictionary of Marketing Terms1985に収録。
“Marketing is the process of planning and executing the conception, pricing, promotion and distribution of ideas, goods, and services to create exchanges that satisfy individual and organizational objectives.”
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ることが可能となったこと、第三に、マーケティングを「企画し実行するプロセス」と明 記したことで、従来の経営諸活動の遂行よりもさらに具体的であり、企画とそのプロセス づくりが、マーケティング活動の中心になること、の3つの変更点を指摘している 7。
また、佐野(1995)は、非営利組織の活動や、製品だけにはとどまらず、アイデアやサ ービスに至るまでマーケティングの適用領域を拡大したことで、コトラーの主張している マーケティング概念がこの時期広く是認されるに至ったと述べ 8、この当時の市場問題を 特定してマーケティングの適用論の展開と普及が図られたとしている 9。
その後、しばらく定義変更はなされなかったが、2004年に、AMAは、「マーケティン グとは、組織やそのステークホルダーに有益になるように、顧客に対して価値を創造し、
伝達、提供し、顧客との関係を管理するための、一つの組織的活動であり、一連の過程で ある。」と変更した10。この変更からわずか3年後の2007年に、「マーケティングとは、
顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値の有する提供物を創造、伝達、配達、
交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである。」と定義変更し、現在 に至っている 11。
「組織やステークホルダー」から「顧客、依頼人、パートナー、社会全体」と対象が拡 大したことから、本論文の公立高校の学校教育を考えた場合に、非営利組織で社会全体に とって価値を有する提供物としての教育サービスも含まれると考えられる。
次に、日本におけるマーケティングに関して概観する。1990年(平成2年)に日本マ ーケティング協会の定義委員会は、「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバ ルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のため の総合的活動である。」との定義を発表した 12。
7原田(1992)9ページ.
8佐野(1995)77ページ.
9佐野(1995)77ページ.
10AMAのDictionary of Marketing Terms2004に収録。
“Marketing is an organizational function and a set of processes for creating, communicating, and delivering value to customers and for managing customer relationships in ways that benefit the organization and its stakeholders.”
11AMAのDictionary of Marketing Terms2007に収録。
“Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating,
delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.”
12ここで使用されている用語の概念に関して、それぞれ、「「企業および他の組織」に つ い て は、「 教 育 ・ 医療・行政等の機関、団体を含む」、「グローバルな視野に立ち」については、「国内外の社会、文化、
自然環境の重視」、「顧客との相互理解を行いながら」については、「一般消費者、取引先、関係する機 関・個人および地域住民を含む」、「公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である」につ いては、「組織の内外に向けての統合・調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション・流通およ
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「マーケティング」という言葉が示す具体的な内容に関して、玉村(2005)は、時代や 社会環境の変化に対応して、「組織外部(市場)との関係をどのように考えるのか」によっ て変化をしてきたとし、コトラーがその変化を、「生産志向」、「販売志向」、「マーケティン グ志向」、「社会志向」の四段階で整理していると述べている 13。
消費者が購入しやすい価格や、手頃な製品が好まれるという前提のもと、「生産志向」の コンセプトであったが、顧客の欲求を明確にし、顧客が望むものを競争相手よりも効果的 かつ効率的に財・サービスを提供することで、目標を達成できるという前提で「顧客志向」
のコンセプトへの時代による変化が見られるようになった。また、今日では、企業の社会 責任や社会貢献を含め、マーケティングとして捉えることが一般的となっている。
以上のように、AMAと日本マーケティング協会のマーケティングの定義に関して年代 を追って概観してきたが、現在の学校教育は単なる教育サービスの提供ではなく、生徒や その保護者が望む様々な教育サービスを提供し、学校は企業と同様に社会的責任を有し、
社会貢献も行うことから、AMAと日本マーケティング協会のマーケティングの定義にお いても、学校教育においてマーケティングの導入は可能であり、すべきものである。
第二項 民間企業におけるマーケティング
民間企業におけるマーケティングは、当然ながら営利を目的とする。営利行為として展 開されるマーケティングに関して、上原(1999)は、マーケティングが質的な需給マッチ ングの達成を目標とし 14、マーケティングは買い手の行動論理を把握しつつ、その論理 に そって買い手を操作することを目的として、そのためにも買い手よりも多くの情報を保有 して情報格差を大きくすることで売り手の提案力や操作力を高めることが可能となると述 べている 15。このことは、マーケティングの目標と情報の大切さ、その情報による提案 力・
操作力の向上が企業経営には必要であることを示している。
び顧客・環境などに係わる諸活動をいう。」と、註を入れて説明している。
このようにマーケティング・コンセプトは時代とともに変遷を遂げている。
(社)日本マーケティング協会『マーケティング定義委員会』に非営利活動を考慮して定義がなされ たことが記載されている。
13玉村(2005)3ページ.
14上原(1999)3ページ.
なお、上原(1999)は、「マーケティング研究は、組織とか人間は不完全な情報しか持ち合わせてい ない、という現実を強く認識し、かつ、これを強調することから出発しており、この点が精緻化され た経済学とは大きく異なる」と述べている。上原(1999)7ページ。
15上原(1999)43ページ.