4.1.1 定義
狭義の糖尿病性腎症は,長期間の高血糖状態により引き 起こされる細小血管障害の一つであり,糸球体係蹄を中心 とする血管の障害によりアルブミン尿(尿蛋白)をきたし,
やがて腎機能低下,高血圧,浮腫を合併する病態と定義さ れる321).腎生検で確定診断されることが少ないため,糖尿 病患者に微量アルブミン尿がみられた場合,糖尿病性腎症 とし,以後腎代替療法が必要な状態までの幅広い範囲をさ すことが多い322).一方,糖尿病に合併する腎障害を糖尿病
4 .
腎疾患と心疾患との関わり:
病態と治療
合併腎症(
diabetic kidney disease
)とすることもあり,こ の場合には糖尿病性腎症だけでなく動脈硬化病変や虚血 性腎症も含まれることとなる323).実際,糖尿病患者に尿蛋 白が認められた場合に行われた腎生検で病理学的に糖尿 病性腎症と診断されるのは3
分の2
にすぎず,原発性糸球 体腎炎,腎硬化症などが尿蛋白の原因であることもある.日本糖尿病学会と日本腎臓学会の糖尿病性腎症合同委 員会によって作成された新しい糖尿病性腎症の病期分類 を表20に示す321).
4.1.2 診断
糖尿病患者に蛋白尿,微量アルブミン尿が認められても 糖尿病性腎症とは確定できない324).確定診断は腎生検で ある.糖尿病性腎症にみられる滲出性病変や結節性病変が 腎生検標本に認められれば,確定診断がつけられる.この 糸球体病変に加えて,細動脈の増殖や硝子様変性は一つの 大きな特徴である.しかし,すべてのアルブミン尿を有す る糖尿病患者に腎生検をすることはできない.
実臨床では糖尿病発症
5
年以上経過しており,微量アルブミン尿が持続することが診断のポイントとなる(表 21)325).網膜症が先行もしくは並行して出現している症例 では,糖尿病性腎症を発症している可能性が高くなる.
4.1.3
微量アルブミン尿
糖尿病性腎症において微量アルブミン尿が出現してく ることは腎臓の組織所見からみれば,すでにメサンギウ ム基質の増加が広汎に認められ,細動脈硬化症もみられ る状態である.しかし,臨床上は微量アルブミン尿(
30
~299 mg/g
・Cr
)の存在により,早期腎症と診断される(表 21)325).微量アルブミン尿はCVD
と密接に連関し326),CVD
の危険因子である.治療による微量アルブミン尿の 減少は心血管系病変のリスク減少につながる327).4.1.4
GFR decliner
正常アルブミン尿,あるいは微量アルブミン尿のレベル で
GFR
が低下し,アルブミン尿の増加をみないまま腎不 全に至る症例がある.これをGFR decliner
という328).eGFR4%/
年以上の低下と定義すると,日本人の2
型糖尿 病患者の約30%
がGFR decliner
であるとされる329).4.1.5 治療
a.血糖コントロール
糖尿病の治療は,血糖コントロールが重要である.
HbA1c
(hemoglobin A1c
:ヘモグロビンA1c
)7.0%
未 満(NGSP: National Glycohemoglobin Standardization
Program
)を目標として治療する.糖尿病性腎症は病期が進むと経口糖尿病薬は禁忌になるものが多いため,注意を 要する.腎機能に応じた経口糖尿病薬の使用制限について 表22にまとめた.
早期腎症では,必要に応じてインスリン治療を含めた,
厳格な血糖コントロールが腎症の進展を抑制する( MindsエビデンスレベルII
表21 糖尿病腎症早期診断基準:「微量アルブミン尿」の 基準
1 測定対象 尿蛋白陰性か陽性(+1程度)
の糖尿病患者 2 必須事項
尿中アルブミン値 30〜299 mg / g·Cr 3回測定 中2回以上
3 参考事項
尿中アルブミン排出率 30〜299 mg / 24 hr または 20〜199 μg / min
尿中IV型コラーゲン値 7〜8μg / g·Cr以上
腎サイズ 腎肥大
Cr:クレアチニン
(科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013325)より)
表20 糖尿病性腎症病期分類(改訂)注1 病期 尿アルブミン値(mg/g·Cr)
あるいは 尿蛋白値(g/g·Cr)
GFR(eGFR)
(mL /min/1.73m2) 第1期
(腎症前期) 正常アルブミン尿(30 未満) 30以上注2 第2期
(早期腎症期)
微量アルブミン尿
(30〜299) 注3 30以上 第3期
(顕性腎症期)
顕性アルブミン尿(300 以上)
あるいは
持続性蛋白尿(0.5以上) 30以上注4 第4期
(腎不全期) 問わない注5 30未満 第5期
(透析療法期) 透析療法中
注1:糖尿病腎症は必ずしも第1期から順次第5期まで進行する ものではない.本分類は,厚生労働省研究班の成績に基づき予後
(腎,心血管,総死亡)を勘案した分類である.
注2:GFR 60 mL/min/1.73 m2未満の症例はCKD(慢性腎臓病)
に該当し,糖尿病腎症以外の原因が存在しうるため,他の腎臓病 との鑑別診断が必要である.
注3:微量アルブミン尿を認めた症例では,糖尿病腎症早期診断基 準に従って鑑別診断を行ったうえで,早期腎症と診断する.
注4:顕性アルブミン尿の症例では,GFR 60 mL/min/1.73 m2未 満からGFRの低下に伴い腎イベント(eGFRの半減,透析導入)
が増加するため,注意が必要である.
注5:GFR 30 mL/min/1.73 m2未満の症例は,尿アルブミン値あ るいは尿蛋白値にかかわらず,腎不全期に分類される.しかし,
とくに正常アルブミン尿・微量アルブミン尿の場合は,糖尿病腎 症以外の腎臓病との鑑別診断が必要である.
Cr:クレアチニン,(e)GFR:(推定)糸球体濾過量
(糖尿病治療ガイド2014–2015321)より)
MindsエビデンスレベルII
/
推奨グレードB )330,331).HbA1c
,空腹時血糖,必要に応じて食後
2
時間の血糖あるいは1
日のうち3
回 食前食後に血糖を測定する.CKD
重症度分類ステージG3b
以上の進行した状態では,厳格な血糖コントロール による腎症の進行抑制のエビデンスがないため,より緩や かな血糖管理を行い,とくに低血糖に注意する.ビグアナ イドは乳酸アシドーシスのリスクが高くなるため,ステー ジG3b
では減量が必要であり,G4
以上は禁忌である.b.血圧コントロール
糖尿病患者の降圧目標は
2007
年のESH/ESC
(European Society of Hypertension
:欧州高血圧学会/ European Society of Cardiology
:欧州心臓病学会)ガイドライン や2009
年の日本高血圧学会の高血圧治療ガイドラインで は130/80 mmHg
未満であり,糖尿病性腎症においても降 圧目標は一般の糖尿病を有しない高血圧と異なり,より低 い降圧目標130/80 mmHg
未満とされてきた332,333).しかし,2010
年に発表されたACCORD-BP
(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes blood pressure trial
)の 結果,収縮期血圧120 mmHg
未満を目指した強化治療群と
140 mmHg
未満を目指した通常治療群において,心血管複合エンドポイントに差がなかったこと334),および糖 尿病患者のメタ解析の結果においても
130/80 mmHg
未満 に降圧することの根拠が見いだせないこと335)から,ADA
(
American Diabetes Association
:米国糖尿病学会)のガイ ドラインでは,糖尿病患者の降圧目標は140/80 mmHg
336),ESH/ESC
のガイドラインでも140/85 mmHg
に緩和され た337).しかし,ACCORD-BP
において脳卒中の発症は強 化治療群で有意に減少したことが示されている334).また,糖尿病患者のメタ解析においても,収縮期血圧
130 mmHg
に厳格に治療することが135 mmHg
未満に治療するより も脳卒中発症を抑制することが示されている335).さらに,わが国の研究で家庭血圧を
125/75 mmHg
未満に厳格に治 療することにより,臓器障害発症を抑制することが示され た338).これらの結果および,わが国においては心疾患に 比較して脳卒中の発症頻度が高いことから,2014
年の高 血圧治療ガイドラインでは,糖尿病患者および糖尿病性腎 症患者の降圧目標は130/80 mmHg
未満と決定された187).しかし,
50
歳以上の高血圧患者を対象としたINVEST
(
INternational VErapamil SR Trandolapril STudy
)の糖尿 病コホートの成績では,130
~140 mmHg
の標準管理群は表22 糖尿病薬と腎機能低下による禁忌
糖尿病薬 一般名 GFR 59〜45 GFR 44〜30 GFR 29〜15 GFR <15
SU グリメピリド 慎重投与 禁忌
グリクラジド 慎重投与 禁忌
グリニド
レパグリニド 通常量 慎重投与
ナテグリニド 慎重投与 禁忌
ミチグリニド 通常量 慎重投与
ビグアナイド メトホルミン 慎重投与 禁忌
チアゾリジン系 ピオグリタゾン 慎重投与 禁忌
DPP-4阻害薬
シタグリプチン GFR 50未満は
25 mgに減量,最大50 mg 12.5 mgに減量,
最大25 mg
ビルダグリプチン 50 mgに減量
アログリプチン 12.5 mgに減量 6.25 mgに減量
リナグリプチン 通常量
テネリグリプチン 通常量
アナグリプチン 通常量 100 mgに減量
サキサグリプチン GFR 50未満は2.5 mgに減量
GLP-1アナログ リラグルチド 通常量
エキセナチド 通常量 禁忌
αグルコシダーゼ阻害薬
アカルボース 通常量
ボグリボース 通常量
ミグリトール 通常量 慎重投与
SGLT-2阻害薬
イプラグリフロジン ダパグリフロジン ルセオグリフロジン トホグリフロジン カナグリフロジン
通常量
ただし高度腎機能低下患者では効果が低いため使用しない
インスリン 通常量 適宜減量
GFR:糸球体濾過量,SU:スルホニル尿素,DPP:ジペプチジルペプチダーゼ,GLP:ヒトグルカゴン様ペプチド,SGLT:ナトリウ ム依存性グルコース共輸送体
140 mmHg
以上の管理不良群より心血管イベントは少な いが,130 mmHg
未満まで降圧した厳格管理群と差を認め なかった339).また,厳格管理群で標準治療群と比較して死 亡率が上昇する傾向を示した.すなわち,高齢者において は腎症を抑制する降圧値が,必ずしも虚血性心疾患に対し て適切な降圧目標ではないこともあり,患者個々により臓 器虚血に至らないように注意深く診ながら降圧すること が重要である.c.RA系阻害薬
RA
系阻害薬は糖尿病患者の腎症発症を抑制する340,341). また,微量アルブミン尿,尿蛋白を減少させ,ひいては腎障害 の進行を防ぐ( MindsエビデンスレベルI/
推奨グレードA )342–344). しかしRA
系阻害薬を用いたとしても降圧が十分になさ れなければ,アルブミン尿や蛋白尿を十分には減少させる ことができない345,346).糖尿病性腎症の治療にACE
阻害 薬とARB
のいずれがよいかは結論がつけられていない347,348).使用法は少量から開始し,アルブミン尿,ある
いは蛋白尿の減少効果をみる.この際,血清
Cr
値が30%
以下の上昇の範囲にあることを確認しながら,
RA
系阻害 薬の用量を調節してアルブミン尿または蛋白尿をできる だけ減少させる327,349).ACE
阻害薬とARB
350,351),アリス キレンとARB
の併用352)など,2
剤めのRA
系阻害薬の 追加は,プラセボ追加に比較してCVD
の発症や糖尿病性 腎症を改善することは示されなかった.すなわち,RA
系 阻害薬2
種類の併用により降圧を強化することはでき ても,腎症進展抑制やCVD
抑制には有効性がないこ とが示された.また高カリウム血症(血清カリウム値で5.5 mEq/L
以上)の出現にも注意が必要である.d.脂質のコントロール
脂質のコントロールも重要であり,血糖,血圧とともに コントロールすることで微小血管障害,大血管障害をとも に減少させることができる353,354).糖尿病性腎症における 到達目標値は大規模研究で示されていないが,
LDL
コレ ステロールは100 mg/dL
以下,中性脂肪は150 mg/dL
以 下と考えられる355).一方,最近出版されたKDIGO
ガイド ラインでは,スタチンのCVD
発症抑制については確立し ているとし,透析を受けていないすべてのCKD
患者にス タチンを投与することを推奨している356).しかし,LDL
の到達目標を設定する必要はなく,LDL
を測定すること は推奨していない356).e.蛋白質摂取制限
どの程度蛋白質摂取制限をするのかについては十分な 検討は少ないが,日本糖尿病学会・日本腎臓学会・日本 透析医学会による糖尿病性腎症合同委員会では,
CKD
ス テージG3a
は0.8
~1.0 g/kg
標準体重/
日,GFR
<30 mL/
min/1.73 m
2のステージG3b
~G5
は,0.6
~0.8 g/kg
標 準体重/
日の蛋白質摂取制限を推奨している357). f.糖尿病性腎症患者の冠動脈病変の治療糖尿病性腎症の
CVD
は多岐にわたる.糖尿病性腎症は 粥状動脈硬化症を伴うことも多く,また高血圧も合併する ことが多い.したがって,心筋梗塞,脳梗塞,心不全,脳出 血,さらに末梢動脈疾患などあらゆるかたちのCVD
が認 められる.さらに,心筋梗塞の既往歴がある場合には心筋 梗塞や脳梗塞などの二次疾患を起こすこともあり,十分な 注意が必要である.冠動脈疾患においては現在,薬物治療のほか,
PCI
,CABG
があげられている.糖尿病性腎症では病期によっ てどの治療が適切かは異なる.「3.2
造影剤腎症」の項(
41
㌻を参照)でも述べられているが,糖尿病や腎機能障 害は造影剤腎症の発症要因として重要視されている254).PCI
では造影剤が使用されること,またCABG
では麻酔 や手術による侵襲が腎機能障害を引き起こすことなどが あり358),進行したCKD
患者では両者ともにそれぞれ問題 点を有している.また糖尿病性腎症では,一般に顕性アル ブミン尿が出現してから透析導入までの期間が5
年前後 とされていること,また透析導入前にしばしば心血管事 故を起こしやすいとされていることから322,359),どの治 療法がどの病期に最も適しているかは決定しがたい.糖尿 病性腎症患者のPCI
後2
年間の総死亡を顕性蛋白尿の有 無により比較検討すると,蛋白尿なし群での9.1%
に対し,蛋白尿あり群では
20.3%
,さらにネフローゼ症候群を呈 した状態では43.1%
になると報告されている360).透析を 行っている糖尿病性腎症患者でPCI
とCABG
を比較した 成績では3
年間での死亡率に差異はないが(PCI: 18.8% vs.
CABG: 19.2%
),副作用でPCI
がCABG
を大きく上回る こと(47.9% vs. 21.2%
),再狭窄率が多いこと(12.5% vs.
1.9%
)が報告されている361).また糖尿病性腎症と非糖尿 病性腎症とを分けていないが,前者を50%
以上含む患者 での薬物治療とPCI
のRCT
では,5
年生存率はPCI
の48.4%
に対して薬物治療では19.3%
であったとの報告が,わが国から出されている362).多枝病変の糖尿病患者では,
メタ解析の結果,