コレステロール 塞 栓 症は 英 語 でも―
atheromatous, embolization, cholesterol crystal embolization, athero-embolism
―など,いくつかの表現がある.しかしarterio-arterial thromboembolism
(大動脈もしくは大きな動脈の 動脈硬化性プラークによるthrombus
の欠片が末梢に運ば れ,比較的中等度の動脈を閉塞するもの)とは異なっている.図8 造影剤による腎症および透析となる危険因子からの予測スコア IABP:大動脈内バルーンパンピング,eGFR:推定糸球体濾過量
(Mehran R, et al. 2004254)より)
危険因子 高血圧
IABP
心不全
75歳以上
貧血
糖尿病 造影剤使用量
スコア
計算
血清クレアチニン>1.5 mg/dL あるいは
eGFR<60 mL/min /1.73 m2
5 5 5 4 3 3 100 cc ごとに1
リスクスコア 造影剤腎症予測率 透析予測率
40〜60 :2 20〜40 :4
<20 :6
≦5 7.5% 0.04%
6 〜 10 14.0% 0.12%
11〜 16 26.1% 1.09%
≧16 57.3% 12.6%
4
本症は
1862
年にオランダのPanum
によりatheroembolism
として初めて記載された.このとき剖検で冠動脈に破裂し たアテロームが確認された.最初の報告は,1926
年のBenson
による冠動脈の塞栓症3
例の報告である278).1945
年にFlory
は,大動脈のアテローム性プラークが コレステロール結晶塞栓の元であることを報告した279). その後40
年経ってFine
らが221
例のコレステロール結 晶塞栓の症例を報告した280).3.3.1 疫学
わが国での明確な疫学データは報告されていないが,一 般には
60
歳以上の男性に多いとされている.しかし頻度 がどの程度かについては報告によって差がある281–-284).3.3.2 病態生理
病態生理として以下にあげる
6
つの項目が重要であ る278,285).1. 大きな動脈(大動脈,内頸動脈,総腸骨動脈)にプラー クがある.
2. プラークが破裂する(自然に,外傷で,医療行為によ り).
3. プラークの破片が塞栓となる(コレステロール結晶,
血小板,フィブリン,石灰化).
4. 径が100〜200μmの中小動脈に塞栓が詰まる.
5. コレステロール塞栓に対する異物反応あり.
6. 塞栓の機械的閉塞と炎症による臓器障害がみられる.
以上が一つの流れとして起こることが重要である.
まず大動脈の動脈硬化性プラークが形成される.プラー クは,細胞の壊れたもの,胞状細胞(マクロファージ),さ まざまな脂質を含んだコレステロール結晶,さらには酸化
LDL
などで作られている.この部分がマクロファージの 死とともにコレステロールを大量に含んだ物質となって 細胞外へと放出されていく.この放出されたものがコレス テロール結晶である.プラークが形成されやすい部位とし ては,①腹部大動脈,②総腸骨動脈,③大腿動脈があげら れ,これらの部位がコレステロール塞栓症の主たる供給源 となっている.一方,鎖骨下動脈にはほとんどプラークは 形成されず,これが上肢にはあまり塞栓症がみられない原 因となっている278).3.3.3
コレステロール結晶を起こしやすい条件
病態生理の項で述べたように何がプラークの破綻を起 こすのか,これも報告によってかなりまちまちであるが,
①自然に起こることは比較的まれとされており数
%
,②心臓および血管のカテーテル
5%
前後,③心臓および大血 管手術10%
前後とされている286).動脈硬化性コレステロー ル塞栓症を起こしやすい条件を表18に示す287).3.3.4
コレステロール塞栓症による臨床症状(表19)287)
コレステロール塞栓症による臨床症状は全身の臓器に さまざまな障害をもたらしてくる288).
a.皮膚病変289)
コレステロール塞栓症が最初に疑われる症状は皮膚の 病変であるといっても過言ではない.そのなかで最も多い のが
livedo reticularis
といわれるもので,紫色に変色した 皮膚がみられる.これは皮膚に達している動脈が細くなっ た結果起こり,壊疽や潰瘍病変を形成する.これに次いで 有名なのがblue toe
といわれるもので290),コレステロー ル塞栓症以外にもみられる.血管炎,抗リン脂質抗体症候 群,心内膜炎,真性多血症でも同様な病変がみられ,通常 は非対称であることが多い.b.病変286)
コレステロール塞栓によって引き起こされる腎病変は アテローム塞栓性腎ともいわれており,弓状および葉間動 脈にコレステロール塞栓が認められることが多い.腎臓に 表18 動脈硬化性コレステロール塞栓症を
起こしやすい条件
• 男性
• 60歳以上
• 高血圧
• 喫煙
• 糖尿病
• CRP高値
• 動脈硬化性血管疾患 虚血性心疾患 脳血管障害 腹部動脈瘤 末梢血管疾患 虚血性腎症 CRP:C反応性蛋白
(Liew YP, et al. 2005287)より)
表19 コレステロール塞栓症の臨床症状
腎臓 急性,亜急性,慢性腎不全 抵抗性高血圧, 腎梗塞
皮膚 Livedo reticularis, blue toe,潰瘍と壊疽,紫斑 消化管 腹痛,消化管出血,虚血,梗塞,閉塞
膵炎,胆嚢炎,肝機能異常,膵梗塞 心臓 心筋虚血,心筋梗塞
中枢神経 一過性脳虚血,眼前暗黒,精神症状 脳梗塞,脊髄梗塞
眼 網膜動脈塞栓,hollenhorst plaque 全身症状 発熱,体重減少,筋肉痛,脱力,食欲不振
(Liew YP, et al. 2005287)より)
コレステロール塞栓が起こると血清
Cr
値の上昇(GFR
の 低下)と1 g
前後の蛋白尿が認められる.血清Cr
値が急 上昇し急性腎障害となる症例や,血清Cr
値上昇は緩徐で も血液浄化療法が必要とされるような症例では,一般に生 命予後が悪いとされている.c.消化管291)
消化管に分布する血管にコレステロール塞栓が詰まる と一般に消化管の粘膜表面に潰瘍が形成されるが,しばし ば病変が軽微であるために内視鏡検査でも,時に見落とさ れることがあるとされている.時には偽ポリープが形成さ れ,大量出血や穿孔も引き起こされることがある.
d.膵臓・胆嚢292)
膵臓や胆嚢に分布している血管にコレステロール塞栓 が詰まると,急性膵炎や胆嚢炎という形の臨床症状が認め られる.
e.中枢神経系293)
コレステロール塞栓がシャワーのように飛び散り脳全 体にびまん性の障害を引き起こすことが多く,特定の神経 機能障害よりも錯乱や記憶喪失といった症状がみられる ことが多い.
f.眼症状
網膜動脈にコレステロール塞栓が生じると眼前暗黒が みられることがある.これは眼底所見上
Hollenhorst
プラー ク(コレステロール塞栓)として知られている.g.異常検査所見
特異的な所見はないが,貧血,白血球増多,血小板減少,
炎症マーカー[
C
反応性蛋白(C-reactive protein; CRP
),赤沈]の上昇がみられる.
好酸球増多症はしばしば急性期にみられる294,295).通常,
慢性期においてはあまりみられない.血清アミラーゼの上 昇がみられる場合には膵炎を,アルカリフォスファターゼ の上昇がみられる場合には胆嚢炎を,クレアチンフォス フォキナーゼの上昇がみられる場合には筋肉炎などをそ れぞれ疑う必要がある.
h.診断
本症の場合には,診断はまず本症を疑うことからスター トするといっても過言ではない.動脈硬化病変を有してい る
60
歳以上の男性が心血管系の手術や造影剤検査を受け た後に,腎障害の出現,皮膚の症状(blue toe
やlivedo reticularis
)が認められたときには,本症を強く疑うこと が必要である289,290).皮膚生検は腎生検と比較して安全であり,得られる情報 も腎生検に匹敵するとされている( MindsエビデンスレベルII
/
推奨グレードB )286,289).
急性期には全身症状も比較的多くみられるが,慢性期に
入るとほとんど症状が消失し,腎機能障害のみが進行する ことがある.このような場合に腎生検は有用な検査であ る.腎機能障害を主たる症状として発症している場合に は,鑑別診断としては造影剤腎症,血管炎,薬剤性間質性 腎炎,心内膜炎があげられる.造影剤腎症では血清
Cr
値 は造影剤検査終了後ただちに上昇し,数日間でピークに達 し,その後下降し始める.血管炎では変形赤血球や顆粒円 柱などの糸球体腎炎の所見が認められる.薬剤性間質性腎 炎では薬剤の既往が重要なポイントとなる.また,低補体 血症がある場合は心内膜炎を除外診断することが重要で あり,心エコー検査を行い心病変の有無を確認することが 大切である.i.治療296–299)
現時点では決定的な治療はないといっても過言ではな い.治療法としては予防的あるいは支持療法にとど まっている300).
1.
虚血の範囲を拡大しない.2.
コレステロール塞栓の再発を防ぐ.1
,2
の目的で現実的にできることは,i.
抗凝固薬を中止する( MindsエビデンスレベルII/
推奨グレードC1推奨グレードC1)300).
ii.
高血圧および心不全をできる限り改善する.iii.
副腎皮質ステロイドホルモンの効果はない( MindsエビデンスレベルIIIMindsエビデンスレベルIII
/
推奨グレードC2)286).iv.
スタチンはコレステロール塞栓症による腎機能低下を抑制するとの報告がある( Mindsエビデンスレベル III
MindsエビデンスレベルIII
/
推奨グレードC1)286).v.
体液過剰や尿毒症の症状がある場合には,積極的に 透析療法を行う.しかし,どの時点で透析療法を導 入すればよいのかについては十分な検討は行われ ていない.いくつかの試みとして報告されているもの
① 副腎皮質ステロイドホルモン( MindsエビデンスレベルIVa
/
推奨グレードC2)301)
少量(
0.3 mg/kg
)のステロイドの投与により再発した コレステロール塞栓症の患者では,症状が改善し栄養状態 もよくなったとする報告がある301).逆に,ほとんどステロ イドは効果がないとする報告もある280).前向きの検討で も,ステロイドはほとんど患者の予後を変えないとする報 告がなされている286).②スタチン(MindsエビデンスレベルIVa
/
推奨グレードC1)286,302)前向きの検討で,スタチンの投与は透析導入のリスクを 回避する傾向にあるとの報告がある282,302).さらに比較的 大規模の前向き試験でも,同様な報告がされている286). スタチンの効果としては,プラークの安定化と脂質が下降