第 4 章 総合考察
最後の 6 節では,ここまで情報が整理されたドジョウにおいて分類学的提言 を行う.
6節 ドジョウの分類学的提言
ドジョウMisgurnus anguillicaudatusはCantor (1842)による記載,Kottelat (2012) による分類学的整理を経て,日本国内を含む東アジアに分布する 1 種として長 い間まとめられてきた.しかし,中島・内山(2017)はキタドジョウMisgurnus sp. (Clade A),ヒョウモンドジョウMisgurnus sp. OK,シノビドジョウMisgurnus sp.
IR の新たに3種の標準和名を提唱し,日本国内には 4種が存在することを主張 している.これらをそれぞれ独立種としている根拠はmtDNA分析による遺伝子 型の違いのみである.本稿では,ドジョウと中島・内山(2017)によってキタ
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ドジョウと定義されているものを扱ってきており,沖縄県および南西諸島に生 息しているヒョウモンドジョウとシノビドジョウにおいては研究対象にしてい ない.そこで,ドジョウとキタドジョウのみを対象に,本研究で得られた研究 成果から改めて分類学的提言を行いたい.
キタドジョウとは,Morishima et al. (2008)によってAクレード(本稿ではType I系統)とされた集団を指している(中島・内山,2017).即ち,mtDNAの遺伝 子型のみで種を決定しており,生殖的隔離などについては一切言及されていな
い.種を定義する上で生殖的隔離がいかに重要であるかは 1 章および 2 章の冒 頭で述べた通りである.mtDNAは種そのものではなくミトコンドリア細胞が持 つDNA情報であり(小池・松井,2003),種を表す核DNAとmtDNAの情報に 不一致が起きることがしばしば報告されている(向井,2001).そもそもドジョ
ウの2系統(Type I系統およびType II系統)において核DNAとmtDNAの結果
に不一致が生じており (Šlechtová et al., 2008),mtDNA情報のみで種を定義する のは非常に危険と言える.また,キタドジョウを表す Type I 系統は一括りにで きない複雑な集団が多数存在することは本稿で散々述べてきた.即ち,両性生
殖を行う共存集団,2 系統の交雑による雑種によって形成されている融合集団,
これらを同一の種とするのは余りに短絡的と思われる.加えて,キタドジョウ の基準となる登録産地は北海道網走市の濤沸湖とされているが,北海道産ドジ ョウの在来性について疑問が生じることも本稿で論じてきた.また,他の研究
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において網走市産のドジョウでは異なる遺伝子型が同所的に検出されているこ とが報告されており(Morishima et al., 2008; Yamada et al., 2015),単系統性が支 持されていない.以上のことから,キタドジョウの定義には不備があると思わ れるので,本稿において改めてドジョウMisgurnus anguillicaudatusとは異なる独 立した種について論じていきたい.
本稿で述べてきたように,中池見湿地に生息するType I系統とType II系統に は生殖的隔離が起きていることが確認された.一方で,融合集団のように交雑 によって雑種を形成している集団や在来性が疑われている集団も存在している.
そのため,新たな種とするのは中池見湿地に生息する Type I 種のみとし,その 他引き続き議論の余地のある集団については現時点では除外とすることを提案
する.今後,Type I系統の中で生殖的隔離や在来性について明らかにできた集団 については,中池見湿地の Type I 種と同様の種に含まれる可能性や,あるいは 別タクソンとして扱う可能性も考えられる.
議論の余地のある集団の中でも,融合集団は明らかに交雑によって生じてい る集団であり生殖的隔離のある種とは定義することができない.しかし,融合 集団のみで繁殖を行っている場合はその限りでなく,例えば,シマドジョウ属 のヤマトシマドジョウ Cobitis matsubarai やオオガタスジシマドジョウ Cobitis magnostriata などは雑種起源であることが報告されており (Sezaki et al., 1994;
Saitoh et al., 2000),これらはそれぞれの集団内で繁殖生態が形成されている.
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以上より,ドジョウの分類学的提言として,「ドジョウ Type I 種中池見集団 Misgurnus sp. NK」と和名キタドジョウの破棄について提唱する.現在のところ,
ドジョウType I種中池見集団とドジョウのType II種において総脊椎骨数の差異
と,骨質盤の大きさに差異がある傾向の2つが2-2で明示されているが,ドジョ ウの模式標本との分類学的研究に則った識別形質の探索は行われていない.ま た,外部形態による識別形質も曖昧であり,今後精査する必要がある.
生物種において正確に分類することは重要であり,学名が決定されることで
保全へと繋げることができる.Type I系統は分布域が狭く,生息地においても個 体数は非常に少ないため,絶滅危惧種としてレッドリスト等に掲載される対象
と思われる.実際,福島県が発行している「ふくしまレッドリスト(2017年版)」 では中島・内山(2017)によって提唱されたキタドジョウが「情報不足」とし て掲載されている.福島県に生息するドジョウ Type I 系統の種の実態について の研究は不十分であり,キタドジョウとして一括りにまとめられたことについ ても疑問が残るが,名前が付くことで保全対象として認知されることが重要で ある.
新たに提唱したドジョウType I種中池見集団Misgurnus sp. NKの生息地である 中池見湿地では,本種の個体数が極めて少ないことが本研究で明らかになって きている.また,遺伝的多様性の保持についても懸念があり,十分な個体群が 維持できていない可能性もあり,域外系統保存や生息環境の情報収集も必要と
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なってくる.このような研究は研究者だけでなく,行政や地元住民の協力が大 きな手助けとなるため,種として認知してもらうためにも分類学的整理,つま り和名や学名の決定は必須であり,今後の重要な課題である.
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