旅行前の心理・行動過程
第
2 軍
訪問地域、旅行形態、年齢別にみた海外旅行者の観光動機*
第1節 問 題
(1 )はじめに
本研究の自的は、次の2点で、ある。まず、自本人海外旅行者の観光動機の構造を明らか にすることである。第2に、年齢層、訪照地域、旅行形態それぞれの違いにおける観光動 機の特徴を明らかにすることである。
2011年に国境を越えた旅行をした人は、全世界で9億8千万人に上り、 2012年には 10 億人の大台に到達するという(WorldTourism Organization, 2012)。世界的規模で観光旅 行者が増加を続ける背景には、交通網の発達、地域情報の普及、宿泊施設の多様化、人々 の所得水準の上昇といった社会・経済的要民が挙げられよう。では、それほどの人々を観 光行動へと導く心理的要因とは何であろうか。この間いは、観光行動を理解する上で非常 に重要であり、観光心理学の伝統的課題とされてきた。この間いに対しては、モチベーシ ョンとしづ概念を用いての説明が試みられている。モチベーションとは、動図と誘因から 成る複合的な概念、である。前者は個人を行動にかりたてて行動を起こさせる欲求や動機を 指し、後者はその行動を特定の方向へと向かわせる目標や対象のことをいう。そこで観光 旅行者のそチベーションも、 pushfactor (発動要因)と pullfactor (誘引要因)という 2つの 側面に分けて論じられる(Crompton,1979; Dann, 1977)。佐々木(2007)によれば、 push要 因とは、さまざまなタイプの生活行動や余暇活動がある中で、とくに観光旅行という行動 にかりたてるはたらきをする心理的要因である。他方、 pull要因は、観光旅行で具体的な 自的地を選ばせるようにはたらく心理的要因であり、目的地の自然条件、社会・文化的要 素、雰囲気、娯楽機会などについての知識・情報からつくられるイメージや魅力などの認 知的要因が中心になっている(佐々木,2007)。一般的には、まずpush要因が働いて観光旅
‑実験社会心理学研究第48巻1号の掲載論文(林・藤原,2008)に一部修正を加えた。
2意 訪問地域、旅行形態、年齢別にみた海外線行者の観光動機
行をするという意思決定がなされ、次にpull要因が働いて具体的な呂的地を選択させると いうプ口セスが仮定されている。
(2) 観光動機に関する既往研究
人々を観光にかりたてる心理的要因への関心の高さから、 push要因となる観光動機の 次元特性に焦点を当てた研究が行われてきた。例えば今井(969)は、東京都内の OL、 婦、サラリーマン339名を対象にした調査を実施し、観光動機 18項自の因子分析から「緊 張解除動機J
r
社会的存在動機Jr
自己拡大達成動機jの3因子構造を確認している。 Yuan&
McDonald(990)は 日本・フランス・ドイツ・イギリスの4カ国で実施された調査から、 push要因として「逃避J
r
新奇性Jr
威光Jr
親族関係の強化Jr
リラックス・趣味jの5成分を、 pull要因として「予算J
r
文化と歴史Jr
手つかずの自然jなどの 7成分を4 カ霞共通に抽出している。また、 Ryan&
Glendon(I998)はイギリス人観光旅行者を対象 としてLeisureMotivation Scale(Beard & Ragheb, 1983)を用いた調査を実施し、同行者 との関係維持や強化に関わる f社会性次元j、心身の回復に関わる「リラックス次元j、好 奇心や知識獲得に関わる「知性次元J、身体的能力や挑戦に関わる f能力・統制の次元jを 確認している。さらに、 FodnessU 994)は、観光動機の機能的次元を測定する尺度を作成 し、「知識機能Jr
功利的機能:苦痛の最小化Jr
価値表出機能:自尊Jr
価値表出機能:自我高 揚Jr
功利的機能:報酬の最大化Jという 5悶子を抽出し、尺度の信頼性と妥当性を確認し ている。観光動機の特性内容は、多次元の特性を有するがゆえに、それぞれの研究で報告される 内容は一貫していない。しかしIso公hola(982)は、数多くの観光動機は、
r
f3常的環境からの逃避ー心理的報酬への希求jと「個人的"対人的jという 2つの基本的な次元に集約 できることを提案している。他には、Maslow(1943)の欲求階層説を態論的な枠組みとして、
観光動機を体系化しようとする試みもなされている(Kim,1997;Pearce, 1988, 1993, 2005; Pearce & Caltabiano, 1983; Pearce & Lee, 2005; Ryan, 1998;佐々木,2000)。その中でも Pearce(I988, 1993, 2005)は、TravelCareer Ladderと呼ばれる観光動機の 5段階モデル を提唱している。彼によると、人々の観光動機は5段階のトラベル・キャリア(リラックス 欲求、安全叩刺激欲求、関係性欲求、自己発展の欲求、自己実現の欲求)のいずれかに位置 づけられ、その段階は個人のライブサイクノレや過去の旅行経験によって変動するという。
さらに佐々木(2000)は、 Fodness( 1994)の知見に Pearce(1988)の序列化の考えを導入した 枠組みを提唱している。彼は観光動機を逃避やリラックスに関わる「緊張解消j、レクリエ
ーションや楽しみに関わる f娯楽追求j、人間関係の拡大や強化に関わる f関係強化j、異 文化への理解や知識に関わる f知識増進j、自尊心の向上や自己成長に関わる「自己拡大j
という 5次元特性に集約できることを指摘している。そして、その5次元特性は先行研究 で見出された観光動機の各因子との対応づけが可能であることを確認している(佐々木,
2005)。 トラベル・キャリアについての実証的研究では、 Ryan(1998)がイギリス人観光旅 行者を対象とした調査から、過去の旅行経験よりも個人の年齢が観光動機に影響すること
を示している。また Gibson& Yanakis(2002)は、 15の旅行者類型と個人のライブコース との関係について検討している。そして、ライフコースの変遷に伴い、冒険的で活動的な 類型が出める割合は減少してゆき、逆に、教育的で文化的な類裂が占める割合が増加して ゆくことを明らかにしている。
(3)熊行者の新奇性欲求についての既往研究
これまでに述べた先行研究で見出された観光動機の多くは、旅行目的地での活動に対す る動機であるともいえよう。しかし、その中でも新奇性欲求(noveltyseeking)と呼ばれる 新しい刺激や変化に対しての欲求は、人々を観光行動へとかりたてる根源的な心理的要因 と考えられている(Crompton,1979; Iso・Ahola,1982; Lee & Crompton, 1992)。旅行者の 選択行動と新奇性欲求との関係、に着目した研究では、個人が新奇性を求める傾向にあるの か、それとも回避する傾向にあるのか、という個人特性の相違が目的地や旅行形態、の選択 を規定することが明らかにされてきた(Cohen,1972; Mo, Howard & Havitz, 1993; Plog, 1973)。たとえば、 Cohen(I972)は、個人が家庭環境で感じる快適さや安堵感を保持したま まで観光旅行をするのか、それとも訪問先の地域住民の生活により近し、かたちで観光旅行 をするのかという観点から観光旅行者を 4つのタイプに分類しているが、その分類基準と なるものは旅行者が求める新奇性の強さである。またPizam,Reichel & U riely(2002)は、 個人の新奇性欲求を Zuckerman(I971)の Sensation‑SeekingScale(SSS)で、測定し、 SSS 得点が高い人は、独自に計画を立てる、未知の土地に旅行することを好む、旅行先では危 倹なスポーツに挑戦する、という特徴を見出している。一方、 SSS得点が低い人は、パッ ケージ旅行に参加する、旅行中は熟知的で快適な環境を好む、文化遺産や自然のある土地 への訪問を好む、といった傾向があることを報告している。 Pizam,Jeong, Reichel, Boemmel, Lusson, Steynberg, State‑Costache, Volo, Kroesbacher, Kucerova &
Montmany(2004)も、 11カ国 1429人の学生を対象とした調査から、目的地の選好や旅行 先での活動内容がSSS得点の高低で異なることを明らかにしている。本邦では、八城・小
2章 訪問地域、旅行形態、年齢別にみた海外被行者の観光動機
口(2003)が、 888の次元と観光地選好の関連について検討しており、スリル欲求と冒険欲 求が高い人は、冒険できる場所を求め、脱抑制欲求が高い人は、娯楽性の高い場所を求め
るとしているo 888は一般生活レベルでの刺激欲求を澱定するものであるが、 Lee&
Crompton(I992)は 、 旅 行 先 の 環 境 や 活 動 に 求 め る 新 奇 性 の 強 さ を 測 定 す る Tourist Novelty 8cale(TN8)を作成している。彼らは旅行者の新奇性欲求を f日常性からの変化J fスリノレJ
r
驚きJr
退屈緩和Jという 4次元の下位概念から捉え、 21項白から成る尺度を 開発した。 TN8は、その後の研究でも用いられており、尺度の信頼性と妥当性が確認され ている(Chang,Wall&
Chu, 2006; Jeong&
Park, 1997)。(4) 既往研究の問題点
これまで概観してきたように、観光動機に関する従来の研究は、観光動機の次元特性を 明らかにしようとする試みと、特に旅行者の新奇性欲求に着目し、観光としづ範囲内での 選択行動を予測しようとする試みに大別できる。ただし、これらの研究の大部分は欧米諸 国で実施されてきたものであり、日本人旅行者を対象とした研究は少ない。しかし、次の 2つの理由から日本人旅行者に焦点を当てた研究が必要だといえる。 1つ自は、今後、本 格的な余暇社会が到来し、観光には余暇活動としての大きな役部が期待されるからである (安村, 2006)。観光旅行は、余暇活動の中でも潜在需要が最も高く(財図法人社会経済生産 性本部, 2011)、観光旅行者は今後より増加していくと考えられる。それにもかかわらず、
これまで本邦では、観光行動に関する心理学研究は十分に行われていない。そこで、人々 が観光旅行に出かける理由を把握するとともに、観光にどのような効果や効用を期待して いるのかを理解しておく必要があろう。 2つ目は、国民性や文化的な特徴が、観光動機や 旅先での行動に影響することが示されているにもかかわらず (Kozak,2002; Pizam &
8ussmann, 1995; Richardson & Crompton, 1988)、日本人旅行者の観光動機を明らかに した研究が極めて少なし、からである。日本・フランス・イタリア・アメリカという 4カ国 のツアー旅行者の行動を比較したおzam& 8ussmann(I995)は、日本人旅行者は他国の旅 行者に比べて、旅先での社会的相互作用の機会が最も少なく、特に買い物や人為的に加工 された観光対象を楽しみとすることを報告している。 Pizam& 8ussmann(I995)は、この ような日本人特有の行動を、f不確実性の回避jとf集団主義jとしづ文化的価値観(Hofstede, 1980)によるものだとしている。このように日本人旅行者の行動面での特徴を明らかにし た研究は見られるが、日本人旅行者の観光動機に焦点を当てた研究は極めて少なし¥(たとえ ばKim
&
Lee, 2000; Yamamoto&
Gill, 1999)。(5) 本研究の目的
そこで本研究では、従来の観光動機や新奇性欲求に関する尺度を参考に観光動機尺度を 作成し、日本人海外旅行者の観光動機の構造を明らかにすることを第 1の目的とする。ま た、従来の研究からは、複数の動機が見出されると考えられるが、それら動機関がどのよ うな構造を有しているのかについても多次元尺度構成法
ω
1rD S )
を用いた分析によって明 らかにする。さらに本研究では、年齢層、訪問地域、旅行形態といった各変数による観光動機の違い を明らかにすることを第2の目的とする。目的地や旅行形態が異なる旅行者の観光動機を 比較した研究は少ない。その中でも、トルコとモロッコの2カ国でイギリス人旅行者とド イツ人旅行者を対象とした調査を実施したKozak(2002)は、同国人で、あっても訪問国の相 違によって、「文化J
r
娯楽Jr
身体性jの各動機の高さが異なることを報告している。また Yamamoto & Gill( 1999)は日本人のパッケージ旅行者と非パッケージ旅行者の比較から、パ ッ ケ ー ジ 旅 行 者 は リ ラ ッ ク スjや f娯楽jに関する動機が高く、非ノミッケージ旅行者 は f知識獲得jに関する動機が高いことを報告している。これらの知見からも、訪問地域 や旅行形態の相違によって観光動機の特徴がそれぞれ異なると考えられる。
第2節 方 法
(1 )鰻査対象者
日本人梅外旅行者 1014名を調査協力者とした。性別の構成は、男性371名(33.6%)、女 性643名(63.4%)であり、平均年齢は36.58才(SD=15.07)であった。
( 2 )
調査手続き関西空港出際線出発ロビーにて、出国待ちの人々に対して調査を依頼した。筆者を含む 調査員 7名が、それぞれ個別に調査の主旨を説明し同意が得られた人々に対して調査を実 施した。具体的には、調査員が f外国旅行についてのアンケートJと題した質問紙を手渡 し、その場で調査協力者に記入してもらう方法をとった。調査協力者には、調査終了後に 謝礼としてボールベンを進呈した。なお、調査は、空港会社の承諾を得て、 2004年10月 に実施した。
2意 訪問地域、旅行形態、年齢別!こみた海外旅行者の観光動機
(3)踊査内容
1).今回の海外旅行に関する質問項話
渡航の目的(観光・知人訪問・留学・業務出張・新婚旅行・その{忠)、訪問を予定してい る国名、旅行日数、旅行形態(主催旅行、手配旅行、個人旅行)、同行者の有無とその人数。
2).観光動機に関する質問項毘
Lee & Crom予ton(I992)のTNS、Fodness(I994)、Ryan& Glendon(I998)、佐々木(2002)、 Schul & Crompton(I983)の観光動機尺度を参考に、36項目の尺疫を作成した(表2・1.参照〉。 兵体的には f生活に変化を与えるために外国へ行きたしリ f日頃の生活でたまったストレス を解消したしリ「現地の人たちの暮らしぶりにふれたしリなどの質問項目安設定した。そし て、今回の旅行を決めた際の考えについて f全く当てはまらなしリ '""'‑'fとてもよく当ては まるJの 5段階評定での回答を求めた。なお、項目の提示順序による効果を考慮して、 2 通りの提示順序の尺度を用いた。
3).デモグラフィック変数に関する質問項目 性別、年齢について尋ねた。
第3節 結 果
本研究では、観光政策審議会の定義にもとづき、余暇時間の中での旅行を分析対象とす るため、渡航R的が観光・知人訪問・新婚旅行のいずれかで、あった893名のデータを分析 に用いた。なお、分析から除外した渡航目的は、留学・業務出張・その他であった。以下 では、年齢層の違いにおける観光動機の特徴を比較し、どの観光動機が訪問地域や旅行形 態の選択に影響しているのかについて検討する。年齢層は 10代・ 20代の 413名を若年層
(M
=24.42;SD = 2 . 8 6 )
、30代・ 40代の 233名を中年層(M
=35.85;SD = 5 . 6 5 )
、50代以上 の244名を高年層(Mコ5 9 . 5 1 ;SD = 6
.40 )
として区分した。訪問地域の区分に際しては、ア メリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・ヨーロッパ諸国を欧米地域、アジ ア・アフリカ・中南米の国々をアジア・アフリカ地域とした。旅行形態は、主催旅行と個 人手配旅行として区分した。(1 )観光動機尺度の因子分析
観光動機に関する質問項目に対して、最尤法・プロマックス回転による因子分析を行っ