その他
56 都薬雑誌 Vol 30 No.12(2008)
スプーン1杯の薬の話
■通販では世界に先駆けた江戸の業者 通信販売,いわゆる通販が全盛である。イ ンターネットやテレビショッピング,新聞の 広告,折り込みチラシなどには情報があふれ ていて,はまってしまうと気軽にパソコンや 電話・郵便で注文してしまうのだろう。根が 疑り深いわたしには,実物を見ないで宣伝文 句だけではとても買えない。
しかし,この販売スタイルは19世紀末には じまり,100年以上の歴史がある。有名なの はアメリカのリチャード・シアーズである。
彼はアメリカ中西部ミネソタ州の鉄道駅長 だったが,受取拒否になった商品が駅留めに なることがあり,都会の悪質業者の横行や悪 質ではなくとも買う側の顧客農民との行き違 いに直接かかわることが多かった。
シアーズは鉄道会社を辞めると,大量に売 れ残った時計を買い取り, 通信販売で安く 売った。アメリカの農民の多くはまだ時計の ない暮らしをしていたのである。1893年には ローバックとともにシアーズ・ローバック社 を創立, カタログによる通信販売をはじめ た。
広大なアメリカの開拓地で農業を営んでい た農民は,町の小さな雑貨店や馬車で巡回し てくる商人から,あまり上等でない商品を高 い値段で買わされていたが,新規のカタログ 通信販売は都会に出かけて買うのと同じ衣 服・家具・工具・農機具,さらには農作物の 種子を買うことができた。
なにしろ「ご満足いただけなければ返金い たします」という宣伝が,アメリカ中の人々 の購買力をひきだした。20世紀半ばには,同 社は世界最大の小売業者となった。通販に不 可欠なのは信用と安心感で,これは今も変わ らないが,現実にはトラブルが絶えない。
ところで,だいぶ前に NHK のクイズ番組 で,「日本で最初に通信販売で売られたもの は何でしょう」という問題が出されていた。
そのときの答えは明治 9 年(1876)に農学者 津田仙が雑誌を通じて売り出したアメリカ産 トウモロコシの種子ということだった。
これは百科事典などに書かれていること で,NHKもそれをそっくりいただいたのだ ろうが,じつは通信販売は江戸時代から手広 くおこなわれており,くわしく見ればもっと 古い時代にさかのぼると思われる。売られた ものは薬および医療に深くかかわるもので あった。
たとえば江戸両国の有名な薬屋四ツ目屋は 文政ごろ(1820年代),こんな引き札(チラ シ)を配っている。
「日本一元祖,鼈べっ甲こう水すいぎゅう牛蘭法妙薬,女小間物 細工所。江戸両国薬や研げん堀ぼり,四ツ目屋忠兵衛。
諸国御文通にて御註文の節は箱入封付きにい たし差上げ申すべく候そうろ。飛脚便りにても早速 御届け申上ぐべく候」
商品は鼈甲や水牛の角で作った張
はり
形
かた
やオラ ンダ由来の媚び薬やくで,とくに女性は店頭で買い にくいものである。郵便で注文すれば,中身 スプーン1杯の薬の話
丹野 顯
たん の あきら
都薬雑誌 Vol 30 No.12(2008)57
は何かわからないように厳重に梱包して送っ てくれる。
江戸市中には便り屋という近場の郵便配達 網ができており,ほかにもいくらでも配送の 手立てはあった。遠方ならば全国どこでも飛ひ 脚
きゃく
が配送した。 しかし飛脚代は驚くほど高 い。それでも手に入れたいという真摯な思い を賞賛したい。
■薬は旅人の最良のみやげ
通販があれば,どれほど多くの人の救いに なったかと思える薬がある。古いところでは 鎌倉時代に奈良・西
さい
大
だい
寺
じ
で創製されていた丸 薬〈豊ほう心しん丹たん〉で,腹薬・心身の不調・小児薬 として頼りにされた。
じつはこの豊心丹は通信販売されていたと 思っていたが,今その史料が見つからない。
ともかく奈良の大寺にお参りした人は,西大 寺に立ち寄って手に入れたが,江戸時代にな ると旅にでた人のみやげとしていちばん感謝 されたのは薬だった。伊勢参りならば〈万金 丹〉,高こう野や山さんなら〈陀だ羅ら尼に助すけ〉,成田詣もうでなら
〈一粒丸〉,また東海道の旅なら終着に近い小 田原か石
いし
部
べ
(滋賀県)でそれぞれ〈外
うい
郎
ろう
(透
とう
頂
ちん
香
こう
)〉か〈和わちゅうさん中散〉をたくさん買ってみや げにした。
江戸時代に通販に代わる役割をはたしたの は,諸国の薬売りである。大や ま と和(奈良県)・
富山・近江(滋賀県)の薬売りが江戸をはじ め全国に配置薬を置いてまわった。通販同様 に家にいながらにして商品を入手できた。し かも使った分だけ買うという画期的な販売法 であった。別の機会にとりあげたい。
■悩まされる明治の新聞広告
薬の通販は郵便制度がととのった明治時代 に盛んになるが,当時は薬自体も薬の販売人 もなかなか信用ならなかった。たとえば明治 30年代に〈美白薬〉のこんな広告がある。
「世の色黒き不幸なる人々へ,世にも稀
まれ
なる 皮膚を美白ならしむる確実な一種の薬物を教 えてあげますから, 二銭の郵券を送りなさ い。 東京神田猿楽町 宮口 浅」
「上から目線」 の不思議な力を感じる文 である。 日本橋三越に開業した食堂のコー ヒー・紅茶が 5 銭だったから, 2 銭の美白薬 は高くはない。この新聞広告にみられるよう な横柄な態度は,今でも通販業者の広告によ くみられる。とくに宗教教団がからんだ商法 に顕著である。買うほうに頭を下げさせる。
宮口浅さんは通販業より別の業界に向いてい る。
「私嫁
とつ
ぎてより七年間,子宮病,血の道の難 病を患わずらい,色々と療養を尽つくせしも効なく,一 家悲嘆の折柄,不ふ図と試みたる療法は,忽たちまち全 快妊娠の身となり,今や安々と健児を挙げた れば,嬉しさの余り,この療法を同病の方に 伝え度
たく
,望みの人は病状と返信郵券三銭を添 え遠慮なく問合せあれ。
奈良県宇陀郡榛はいばらちょう原町 笹岡りん」
笹岡さんには薬を売りつける魂胆はないよ うだが,身銭を切って新聞広告をだすには,
何か思惑があるのではないか……そんなふう に,たんに親切心豊かな善意の人かもしれな い笹岡さんをつい疑ってしまう。通販は疑り 深い人間をますます疑り深くする。
東海道石部宿の和中散本舗でみやげの薬を買う旅人 が茶をふるまわれている。『絵本加賀御伽』
会員
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『都薬雑誌』30年のあゆみ
年 次 都薬雑誌 歴代委員会役員・委員長・副委員長 号 「都薬雑誌」トピックス 西暦2006年
平成18年
第28巻 副 会 長 桑原 辰嘉 常務理事主担当 谷古宇 秀 常務理事副担当 野中 明人 理事副担当 石垣 栄一 理事副担当 大木 一正 理事副担当 手塚 幹子 委 員 長 入野 理 副 委 員 長 南條 正季
1 月
3 月 4 月 5 月 6 月 7 月 8 月 9 月 10月 12月
「専門外来」シリーズ開始
「乳幼児をもつ保護者の為の応急手当てメモ/浅井利夫」
連載開始
座談会「薬局現場が求める MR と MS の役割」
「保健機能食品についてご存知ですか?/小澤康子」連 載開始
特集「結核 DOTS」
「もえ☆ポカ/椿タカヒロ」連載開始 特集「後発医薬品」
特集「薬物乱用防止」
くすりおもしろ写真/鶴見みどり 共用試験 OSCE トライアル/木津純子
「中国的薬剤師事情/米 鴻斌」連載開始
メタボリック・シンドローム/中野博司・大庭建三
「骨の世界/上原里美」連載開始 特集「緑内障」
「薬剤師からみた化粧品成分/手塚幹子」連載開始
「抗加齢ドッグ」について/内田智信
台北市藥師公會と東京都薬剤師会との姉妹会の締結/谷 古宇秀
西暦2007年 平成19年
第29巻 副 会 長 桑原 辰嘉 常務理事主担当 谷古宇 秀 常務理事副担当 野中 明人 理事副担当 石垣 栄一 理事副担当 大木 一正 理事副担当 手塚 幹子 委 員 長 入野 理 副 委 員 長 南條 正季
1 月 2 月 3 月 4 月 5 月 6 月 7 月
8 月 9 月 10月
11月
「薬科大学紹介」シリーズ開始
「薬物汚染/鈴木 昶」連載開始 特集「災害医療」
FAPA2006(第21回アジア薬剤師会連合学術大会)
参加記/浅見直己
「遺伝のお話/逸見仁道」連載開始 街の薬剤師から見た後発医薬品/榎本 剛 あなたの食習慣を見直しませんか!/渡邊智子 特集「薬物乱用防止」
「これからの時代の情報の活かし方/田村祐輔」連載開始
「目指せコミュニケーションの達人薬剤師/後藤惠子」
連載開始
「病院のそこが知りたい」シリーズ開始 環境中の化学物質を制御する/皆川武人
「すぐに役立つ薬局アイデア」シリーズ開始
「家庭血圧による高血圧の診断と管理/桑島 巌」連載 開始
「薬剤師のための世界のお酒/茂木 毅」連載開始
「薬剤師三都ものがたり/五十嵐真希」連載開始
「都薬雑誌30年のあゆみ」を振り返ってみて,会員の皆さんは何を思い出されたで しょうか? 今後とも「都薬雑誌」は会員の皆さまとともに歩んでまいりたいと存じ ます。よろしくご愛読の程,お願い申し上げます。 (都薬出版委員会)