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にあり︑弥勒仏を本尊とする︒先天の世は釈迦の 世 であり︑後天の世は弥勒の世だと説く︒釈迦 低の滅後はすなわち ︵ 祷 ︶ 後天の世に入ったから︑弥勒が出現して真の救 済 が得られるという︒
さて以上のようなわずかの事例をみただけでも 後天の世開聞新都建設といった新宗教運動の中に ︑ミロク信仰が 深 く コミットしていることが明らかである︒ 呪的 カリスマと目される飯山教教祖 姜一淳が ︑シャー マンとして機能する 際 ︑自からをミロク仏に擬したことが︑以後の 分派教団の中にも位置づけられてきたのであるが ︑この思考が伝統的 な 朝鮮民族の信仰の中で浮き上った性格でないこ とはほぼ断定できる︒
五口 ‑ 吉 ‑ Ⅰ 4 ハ︑結
さて以上のように︑朝鮮半島に展開したミロク 信仰の性格を知る上で︑第一類から豆類まで︑お およその実態を整 理してみた︒もちろん個々の間額はそれぞれ深く 究明しなければならないものであるが︑一応 小 論の目的にかなうよ ぅ 概略的にまとめた次第である︒時間性︒空間 性を超越した観点から把握した 場 ムロ︑ほぼ次のよ う なことがいえるだ ろう︒朝鮮民族の場合︑Ⅲミロクは仏教の手を離 れ シャーマンとしての ん| ダン︑古代新羅にお いては花郎の管理下 に 置かれる面が強かったこと︒㈲国家危難あるい は 社会不安の高揚した時点に︑ミロクは下生し て 救済する機能が強 遺構調されたこと︒㈲その際生身の人間に 糠破 す る 例が多く︑これがミロクの再生信仰として 具 体性を持ったこと︒㈲ 先
朝鮮半島
ミロクの世 原初の世
先 シ
界 末世世
後天世一ミロク
昇 一の 世
表 て も を 性 時 ぬ現 来れ 到さ の識 世意 のに︒ ク罹 る ロ明い ミ はて
日 本
現代
現代 て も を 性 時現 共表 来意 歪力︒ 阻 しい
のとな ク 然れ ロ 漢キ ミ く は 識 ないかという点思いあたる節がなくはない︒ た しかに獣類の世 ︑ うじ が しの 世 といった現代の末 世 的なとらえ方は認
められるにしても︑二つの世界の交替を尺度の 長い見方で把握する点においては︑日本と朝鮮 と 0 差があると思う︒
なおこの点は別 稿 にまとめる予定であるので 省
以上のことを図式化すると次表のようになるだ ろう︒ 世 であり理想的世である︒ところがここに対比 すべきシャカの 世 ︑先天の世︑末世の世︑汚濁に 満ちた現代という 観
念 が成立している︒後者の世界は末世とともに 終末があって︑ミロクの世に変革するという通時 性 をもった認識のさ
れ 方がある︒しかし日本の新宗教で︑大本教や 天理教︑丸山教などにミロクの世がこのように 認 識 されているのでは 日本の場合︑ミロクの世が豊年の世と飢謹の世の 対立概念から成り︑典侍 性 をもって認識されて いることか 二り ︑ミロ ク 0 世そのものと対決する世界が別に存在せず︑ そのため終末観の意識も生じていないことを 指 摘し ︑そうした構造 く典 ) をもつのが日本型の﹁ミロクの 世 ﹂に想定され るのではないかと考えた︒
今 これと比較すべきモデルを朝鮮民族の事例に 求めるならば︑朝鮮の場合︑ミロクの世は後天の 位 であるが始源の
ミロクの 世 」の構造
註 ︵ 1 ︶宮田 登著フ ︑ヘロク信仰の研究1日本における 伝 統的 メシア 壊 1 ﹂未来社︑昭和四五年
︵ 2 ︶三品形 英 ﹁新羅花郎の源流とその発展﹂㍉史学 雑 誌 ヒ四五 |一 0 ︑昭和一一年︒また金庫 基 ﹁花郎 耳 % 勒 信仰 輔可 科目﹂
司 幸弘 植 博士回申記念︑韓国史学論叢 L 新正文化社︑一 九六八年︒
︵ 3 ︶前掲 三 ︒ m 論文三二四ぺージ︒
︵ 4 ︶国吉三五 ぺ|リコ ︵ 5 ︶ 同 右四七1ハパージ︒
︵ 6 ︶ 張 等根︑玄呑酸︑ 金泰坤 ︑ 崔 占城の諸氏の多く の 業績が目立つ︒日本文で発表されているものに︑ 張 等根 コ 韓国の民間 信仰 歌 L 金花台︑昭和四八年︒ 金泰坤 ﹁韓国弘におけ る 降神現象﹂㍉春秋 b 一四一・二号︑昭和四七年︒ 玄 呑酸﹁済州島の巫
俗 ﹂﹁民族学研究 ヒ 三六1匹︑昭和四セ 年 ︒
︵ 8 ︶ 金泰坤 ﹁ぜ子 神 Ⅱ本郷 考 ﹂ コ 史学研究 L 三一号︑ 一九六九年︒
︵ 9 ︶同友四三六 ぺ一ジ ㍉
︵ 印 ︶柳塘善司 嶺南目 伝説 ヒ 壁書出版社︑一九七一号
︵Ⅱ︶森川清人㍉朝鮮野 談 ・随筆・伝説 L 京城ローカ ル杵ド 一九四四年︒二七六 |セ ペ l ジ︒
︵は︶村山智 順コ 朝鮮の占卜 と予 @@ Ⅰ b 朝鮮総督府︑昭 和 八年︑五五一 ぺ一ジ ︒
︵ 鳴 ︶筆者調査ノート︒昭和四七年︒
︵ M ︶前掲︵Ⅱ︶二セ 九ぺ V ジ ︒
︵Ⅱ︶秋葉陰﹁朝鮮の民俗 L 六三書院︑昭和二九年︑ 四六 | 七ぺ l ジ︒
︵Ⅱ︶ 孫言泰 日朝鮮民譚 集 b 郷土研究社︑昭和五年︒
,つ 。
の型の比較にとどめたが︑この外に他の信仰要素 を 有機的に関連づけた上での比較が望ましいこ とは自明の理であろ なうのには不十分のままでの資料提示にもとづ いたものである︒なお小論では﹁ミロクの 世 ﹂ の 観念の仕方において 小論はミロク信仰の日本型の一面を明確にさせ るために行なった作業仮説であり︑もちろん日本 と 韓国の比較を行
49@ (@)
︵Ⅸ︶前掲︵は︶三五八 | 九ぺージ︒ 50 ︵㎎︶ 金 孝敬﹁朝鮮民間信仰に於ける弥勒﹂㍉東京人類 学会・日本民族学会連合大会第三回記事し昭和一二一 任 Ⅰ五九 | 六三 ぺ|
︵㎎︶ 孫首泰 コ朝鮮神歌遺 意 L 郷土研究社︑昭和五年 一| 一五ぺージ︑また︑ 任東権 ﹁民謡 釧叫ヰせ 仏教 ﹂㍉ ソラ プル文学 b
二号一九六六年︒
︵ 祁 ︶前掲︵は︶・ 一 三七ぺージ︒
︵ れ ︶今北大学則教授孝廉 王 氏の著作は︑同大学新興 宗教問題研究所よりすでに六冊刊行されている︒小論 の 素材はこのうちの
﹁韓国外新興宗教資料第一部 ヒ 一九六七年によっている
︵ れ ︶韓国文化公報部日韓国民俗 総 ムロ調査報告書 ヒ全 羅 北道篇︑一九セ一年︑一五三1元 べ|ジ ︒村山智 順 日朝鮮の類似宗教 ヒ
朝鮮総督府︵国書刊行ム き 昭和四七年︑三四 0 |一べ | Ⅰ @ ア ︒
︵㌶︶ @ 掲︵右︶
︵㏄︶前掲︵は︶ @0 セ ー 一五ぺージ︒
︵ れ ︶何何六五 0 ぺージ︒
︵ 恭 ︶前掲︵ れ ︶村山著︑九四四 べ|ジ ︒
︵ 溢 ︶ 同右 ︑二一四 べ|ジ ︒
︵㌘︶宮田 登 ﹁大本教と巳の年﹂︵未刊︶
︵ 付 記 ‑ ︶小論をまとめるにあたっては︑韓国の任 東権 ︑孝廉正︑金 泰坤 ︑ 崔 七 % ︑ 杵 海国の諸先生に一万な らぬ ご指導をたま ね
古 のであり︑従って︑かなりイスラエル人の間 に 流布されていた観念であったと思われる︒︵ 4 ︶
レ そうとされるのか︒同じく︑三三・六の ︑ わたしもまた土から取︵ 3 ︶って造られた者だ︒ 等々それ
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⁝⁝︒また︑ ヨ ブ記 一 0. 九の︑あなた は土 くれをもってわたしを作られた事を︒とこ ろが︑わたしをちりに 返 ︶
ル 人における生死 観
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米吉 り の 々上 土 で 創