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ドキュメント内 『宗教研究』216号(47巻1輯) (ページ 85-98)

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(86)   86 

古代エジプトのミン 神 崇拝について 

︵㎜︶Ⅰの㌧のぎ とロ の コオヨ巴窯 ・Ⅰ・︶鼻の ︵ u ︶ レ ・ 申ヨ目 ・目のオキ 住 コ隼臼が ㏄ 毛毎コぎお 臣の ︵ &@ ロ コ年 d@@0 へ ぬおぎ 目 ・ ぎ e ︐ ︑ @@m ︵・︶ りゴ ︵︵ wpE の ‑m コ &m コ ・ お ㌍   

︵は︶﹁アメ ン ・ニム・オペ ト の教訓﹂の写本は大英 博物館所蔵のパピルス 一 四七四番に見ることがで き る ︒これは テ ぺ で  発見されたものである 英訳としては戸田内 弐汀ぢ のド ︒ ゴぎ帳 ︒ 日やヨ の コ の 三 で ユ︐ Ⅰ︒ 臣ら ︒こトつ い p. に ︑ま た ナ ン ・毛 呂  の 英訳は てユ ︵ 0 ゴ ヰ ﹁ 隼 ・ ト 乞目 づ ‑ ト の拾の・㌧・ 肚 リトに載って い   ︵ 比 ︶Ⅰのでのぎの・ ロのコ ガ日出っ︵ ︐キ ・ 1 の ト のみ め ︒の・ P トの 

︵Ⅱ︶これは 宜 こヨ づ ︒ 三 コ によって︑一八二九年に ハルファ川にある二つの神殿の南端で発見されたもの である︒現在では か ト ㏄のりに翻訳された︒ |ヴル 博物館の所蔵となっている︒碑文の翻訳はのすり ヨて 日︒ コ り白 ︒ コり e の 笘 0 のい コづ ヱぺ り の "H" ㏄ り ︵ 巧 ︶ しるい の︵の ロ︐ト沌 Ⅱ・ く 0‑. ダ日プ ︒︶ っ い い 

︵㎎︶ 巾 ﹁のいの︵の 年 ・ づ ・ 臼 ︵︐ 40‑.A ︒ い由 ︵ 辞 ︶Ⅰの つ めぎの︑ ロ 0 コ ヰ 日出 0 Ⅱ︐ 目 ・ めつヴ ︵ 毬 ︶史家臣 0&0 ﹁ 括 ︵ 前 一世紀︶は︑この建物を﹁ オ スマ ソディアス︵ の ヨぃ コ ぜお ︶の 墓 ﹂としている 0@ ‑0 名称は お 下ヨ 曲 

邑の変形であると解釈されて︑これはラメセス二世 の 第一名であったと考える︒ 

︵㎎︶Ⅰのでの ぎダロ の コオヨ凹串 au のら 幅 Ⅰ 耳 e コ岸コ Ⅰ ト ︵ 日 で @0 下 ︒Ⅱの ト の1り の ・ @@@ ︵ 鵜 ︶ 韻ヰぎ毛 Ⅱあぎ︒ づォ のの オ セ オ由而 @0 コ ぎ 馬のⅡ っ ︵・ トの いの・㌧・トド 

  

︵ 花 ︶ づ笘 ﹁ T ︒ 刃 セ主円 日ヴの oft ゴ のの ハ ︵目の降しⅡ コ接 ︵ ぽ の ︒ ト のつつ1ト・ 目 ・㌧ 巨 ・Ⅰ・ コ の・ トの︐ ト ム ︵ 恭 ︶小野旧教︑神道の基礎問題︑神社新報社︑昭和 三九年︒宮地治邦﹁大嘗祭﹂ 大百科辞典︑平凡社︑ 一九六八年︒ 

ハ b ︶ レ ・ 由 ・ ま ︒ 之 出方・ 円オめ巾 Q0 才 円いお 巨の︵毛の海 ヨ ぎの田のⅡ り 0 ヨヨ の コ侍笘 Ⅰ せ ︶ Ⅰ 二色 コ︐ Ⅱ 0 つの ㌧ ︐ いり ウ ︵ 笏 ︶ ン ・の 二の コ ・ 円オ のの コ 0 ぎ のす ヒヨロ の オ ‑ ト コ隼 ︒ ニト の Ⅱつ り ︵ 抑 ︶の コ ゑ円 ゴ ・ デパぎ ㏄の ‑ Ⅱ コ任り ⅡでⅠ o 円 ﹁・の トり子下 ‑ セ 0‑. 目 ・ トの紺 ・㌧・のめ・の二 キ ‑ 円ゴ 市毛 ずゴ乞 っ名せの曲﹁勺の降 才   

㌧・ い Ⅱ 87 ︵ 然 ︶Ⅱ ヘヨいコ 仁の母 つ ミ ‑ ミ くむ ヱ の﹁ 廿廷 オ 年 曲中Ⅱ㌧ ヱ ののす 0 コの で Ⅰ 笛ぃゴ の・ トの ㏄ 巾 ・ 虫 ︐の・のの 由 

︵ 杓 ︶㌧ 痒由の ・ 刃 ぺ巴円 ョヴタ Ⅰ ︑ ︶つ い ヨ・ メく ・︶ 寧 

︵ 印 ︶ 由 ・木の㏄の ︐ Ⅰ ヰのユいコぃ Ⅰのの曲 拍ド宮才 ︒ プの コ本ぴ田仮 

の  ︒ 

才 卜コ 臣 すり 目 ・ トの Ⅰ ド ・の・㏄い目 

︵ れ ︶㌧ 04c アレ﹁ ミ ・ ロハ のの﹁ い す年の コオ日 生色のの木ロ已めのの い 

の す隼ド 

い︑・ 目 ︒ トつ いⅡ ︐の ・ ト つり 

︵㏄︶Ⅰ・ 木倖 ダカ 俘 Ⅰ住田宮田・ 目 ︐ ト のま・ コ ・㏄ P. 曲幅 ︒ ト ㏄㏄︒の・ トの 

︵㏄︶名札コミ ニゆゴ ︵・ づア のの方セ オ土石 @o 申 @ コ Ⅱの セ笘 ︒ トの ㏄㏄ 

︵ 縫 ︶ い ﹁の り 降の ロ ・ し宅臼 ︒で ヨ の 臣 ︵ ︵ オ 匹目ざ コぃコ由 円す 口 ゆす ︵ @ 臣下臣︒げ目︵ 由帳円 Ⅰ︵ ︐トの Ⅰ ︒㌧㌧・ ト ㏄ |いミ 

︵北山︶Ⅰ 由 Ⅱ コい目 叶 市内 セつ ︵プ リコぺ ⅠⅠ︒ プヰ 00‑0% せ ・ トの Ⅰ ︒ づ ・ ト ㏄ ケ ガーディナーの論文︒ 

︵㏄︶の・ レ匡 ﹁の 年 ︒ 日 二の目㏄ ゼで ︵ ざコタ Ⅰ︒二色︒ ダ ︶のの ︒ づ ト明㏄ 

︵ 舘 ︶ ち ・ ロ ・の㏄ 巨ぎミ ・Ⅱの せ で ヱぃコ の尽日日銭︐ Ⅹ ho ︵ &. ︶の㏄〜︐ b. Ⅱ㏄ 

︵㏄︶ 田 ︵ ヨ リコ 帝のコオの ︑ 卜のセロ 臣コ岸 コ 由幅ゼつ ︵ @sc オ窃 Ⅰ︒ ヴ コ @ ヨ巨耳ひ Ⅱ円仁 ヨ ・ 円 むま コ 的の ダト ついい︐の・Ⅱ い 

︵㏄︶㌧・ 呂 コ ︵ 辣 ・申の︵ コ p‑ 山内や笘・お客・㌧・︶か め 

︵ 鶴 ︶の り ﹁ 00 ダ トコ住の コ ︵Ⅱ㏄ せ 又︑ ト つのり 

︵ 何 ︶ い Ⅱの ぃ 降の宙・ ト目 ︒ ずコ ︵刃の co ﹁巨の ︵ い ㏄トロ ︑ ︶ つゆ懐 ・ づ 0‑ ・ 串 ・ ト ㏄Ⅰ 

︵ 蛇 ︶ し ﹁ ea の︵の d, こご・ 目 ︐︶ 41 

︵㎎︶ ロギ す︐ Ⅰ ド ︒久ヨ @ 仔 ︵り目し 幅せ Ⅰ︵ 田コ由チ ﹁ ぃ ︵ ピ巾ぃ てく Ⅱ㌍㏄ 円 ︵ す 力 ③小ぬ 目 日カ ドヨ のりの 目︐ Ⅰ コ 印 目・ ト ㏄ べひ 由 ︵ ヨド Ⅰ 岸 ﹁ い Ⅱ 五  曲 ト目 コ の年のの㌧ い で せ ㍉Ⅰの 目 ㏄︵︵ オ ︵の 才 Nc コ 帳のす mlT ゴ 年 の ﹁ ヌ のコ 何 ぎすの コト オレ ヰ の ヨ目 ・隼のぺ 圭 @ ガ のの コおァ斗 ︵ ︑ ︶の っ の・ パお ︵ ・ト印ウーべ仁 

︵ 何 ︶ 目 日下﹁ 一コい 文房 りゴニ ︵︵︵ む ﹁出帆 ヒ p@ 乙ぃ 二のの 口尽 り下の ・日の㏄の・ 由 ﹁ ヨのコ ︒ NEq ⅡⅠ二曲 qE コの年毬 ㌧ ド ⅠⅡ﹁ En 下い日ユ の ︵の 目 口目㏄の ︑ヴ巾 Ⅱ ざゴヰ ︒  年の﹁ 木ぴ已軋ざア のコン オ 生り ヨオ ・ ヰの ﹁毛打のの コ おす よ ︵・︶のつい ・ⅩⅩ︵・ 肚 いの つト ︶ 

(88)@  88 

本書は親鸞のせ想をめぐる著者の尼索の跡を示す十個 0% 冊文  よりなりたっており︑その考察の対象の内容にしたが って ︑第  一部﹁現代と親鴬の思想﹂︑第二部﹁現代と浄土教﹂︑ 第三部 

﹁現代と宗教﹂の三部に分けられ︑補説として﹁宗教 思 想 研究  の方法について﹂︑﹁真宗に於ける異義︑異安心と異端 の 問題︒ 一  の二篇が 加えられている︒ところでこの書のすぐれた 独自性は  親鸞の尼想への接近を単に﹁教行信証﹂に即してのみ ならず︑ 

更に現代の宗教哲学︑神学の中心問題を介することに よって 果  そうとしているところにあり︑そしてそのことがおの っ から  一 ・親鸞の思想は現代に如何に生きるか﹂という問への 著 者の主 

体 的解答となっているということである︒ 

まず︑著者はこの書に於ける自己の研究態度に触れ︑ それを 

﹁親鸞の思想の哲手酌解明﹂であると規定している︒ そ の際二  っ のことが問われる︒一 つは哲 手酌解明とは何を意味 するかで  平 あるが︑もう一つはそれに対する更に根源的な     て ︑この哲学的解明ということが﹁﹁一文不知の愚鈍 の 身にな  して 畦 ﹁智者のふるまいをせずして﹂念仏する浮上 の 教を︑更 

書 に一層徹底させたところでひらかれた確信の立場 と 容れ得る 

石田慶和音 

﹁信楽の論理﹂法蔵 

館 

長谷正当 

か ﹂ということである︒この二つの間は冒頭に於ての みなら 

ず ︑この書の全体を貫くものであり︑殊に そ れ ば 浄土 教 の 非神  話 化の問題や ︑ 更に﹁実存論的解釈学﹂をめぐる諸問 胆 に対す  る 著者の見解の背目尻をなしている︒そしてこの間への 反省が 

﹁宗教思想研究の方法について﹂の中心をなしている︒ 

﹁哲学的﹂という研究態度が不可欠であるとされること の背  景 には︑まず著者の現在の浄土教の固定性︑閉鎖性に 対する 認  識 がある︒現在の浄土教に於て︑教義の体系化︑組織 化がなさ  れても︑それが﹁過去の訓話的︑論題的研究の整理 ﹂に終始  し ︑現在の自己の実存を介してのそれへの根源的問い   

り 離されたところでなされるものであるかぎり︑それ は 不毛な  試みに終る︒哲学的ということはまず第一には過去の 思想的遺  産を現在の自己の実存という確実な基盤を介して新し く 堀り 起  すことを意味する︒それ故︑﹁哲学的﹂ということが ︑西洋 哲  学の思考や方法の導入︑適用を直接意味するものでは   

それが既に現代の我々の思想的基盤のうちに入り亡ん で 来てい  る 以上︑それを媒介することも︑﹁哲学的﹂というこ とと一つ 

に成立する謂があると著者は考えている︒ 

しかし︑﹁哲学的﹂ということは単に﹁実存論的理解 ﹂に 尽  きるのではない︒過去の経験の理解は現在の自己の実 存を介し  ての︑自己参与的理解によってはじめて可能になると しても︑ 

宗教的領域に関するかぎり︑それは自己の実存理解が その固有 靭  佐に於て︑その固有性を越えたところを開くことによ って真に  全うされる︒﹁実存論的解釈 字 ﹂のもつ難点は︑それ   

主観性の閉鎖的体系に陥るということである︒実存が その固有 

陸 に於て︑その固有性を越えるところを開くとき︑ そ の ﹁腕白 

的 ﹂ は 場に於て︑﹁理解﹂はむしろ︑﹁応答しとならぬ ばならな 

い ︒﹁理解﹂に於ては︑その成立に関してその客観的︑ 普遍的 

な 場が問題となるが︑応答は︑その場になお残る 閉 鎖性 を破 

り ︑対象の実在性へと開かれた真に普遍的︑超越的な 場 ではじ 

めて可能になる︒実存論的地平に於て︑一旦︑稀薄化 された 対 

象の実在性は︑この﹁脱臼 的 ﹂な場に 於 いて再び回復 される︒ 

ここに著者は﹁実存論的解釈学﹂を越える地点を見 出してい 

る ︒したがって︑﹁親鸞の思想の哲学的解明﹂は ︑そ れを介し 

て 自己の実存理解へと還ることによって閉じることを もう一度 

破って︑﹁親鸞の独自な宗教思想の成立する場に於て その思索 

を 展開せしめること﹂へと開かれねばならない︒そこ では︑ 

﹁解明﹂という態度はむしろ︑﹁聴く﹂という態度とな るといえ 

よう︒哲学的解明がこのようなところでなされるかぎ り ︑それ 

は 基本的態度に於て﹁愚者の立場﹂と一つであり︑﹁ それは 単 

に唯 信の立場を再び 刊 智者のふるまい をする立場に ひきも ど 

すことにはならないだろう﹂と著者は述べる︒この 書 の 全体 を 

通して支配している著者の関心は︑かかる﹁応答しの 成立する 

﹁腕白的な場﹂を明にすることに向けられている︒ 

本書は第一部では﹁教行信証 ヒに 固有な問題に焦点が 当て @ ら 

れているが︑第二部︑第三部に於ては︑それは現代 0 % 示教 哲 

学 ︑神学の問題との連関に於てより普遍的視野から 考 察されて 

いる︒両者は相互に照らし合うことによって︑その 理 解 を探 め  一 ︑﹁信楽の論理﹂︒同教行信証 ヒは ﹁浄土真実話 巻 ﹂ と﹁ 方 

硬化身上巻しの二部門に分けられるが︑その内容と 栢 互の関係 

の 理解をめぐって宗教哲学上の重要な問題を見出し︑ この二部 

門 とへ 一 ゲルの﹁論理学﹂と﹁精神現象学﹂との対応 関係を考 

察したのは先の武内義範 著 ﹁教行信証の哲学 ヒ である ︒そして 

著者自身が語るように︑著者は問題提起に関して多く をこの 書  親鸞の﹁教行信証 ヒが 単に信仰の書であるにとどまら ず︑徹 

底 した思索によって極められた深い論理に貫かれたも のである 

ことは︑著者も述べているように︑武内義範 著 ﹁散荷 信証の晢 

学 のうちに見ることができる︒そしてそのことが 今 や 自明と 

して認められているにもかかわらず︑先覚によって 切 り 開かれ 

た 道にわけ入り︑そこに含まれた深い論理をたどろう とする 試 

みは必ずしも多 い わけではない︒著者はかかる課題を 自︐ りの 課 

題 として正面からとりくみ︑首尾一貫した仕方で追求 してい 

る ︒この 圭 白で扱われているのは著者の追求過程の一部 を 示すも 

のであって︑その更なる展開は今後も引続きなされる 筈と 思わ 

れるが︑ここでは︑本書にあらわれたその骨格ともい うべき部 

分 る章 毎にたどって見ることにしたい︒  るものであるが︑ここではその全てにわたって︑提示 された 問     題 をとりあげることは許されないので︑止むをえず︑ 第一部の 

みをとりあげることにした︒したがって︑この紹介は 本書の全納   貌 をとらえるものではなく︑不十分なものであること をお断り 

しなければならない︒ 

ドキュメント内 『宗教研究』216号(47巻1輯) (ページ 85-98)

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