3.1 はじめに
戦後焦土と化した日本は,世界への加工生産品の輸出国として復興し発展を遂 げてきた.現在に至る社会経済の復興,発展は社会資本整備が適宜行われてきた 成果と評価できる※.しかし現在,産業構造の空洞化,消費社会から循環社会への 転換,地球規模の環境問題の発生,財政悪化,少子高齢化社会等々の事象により パラダイムの変革,価値観の変化が著しい時代である.21世紀を迎えた現在が明 治維新による開国,戦後の焦土復興に匹敵する大改革期といわれる所以でもある.
建設産業は社会資本の基盤施設を構築することで社会の発展に寄与してきた.そ の源である建設技術は社会の要請に呼応し,基礎工学を担保に細分化、専門化さ れ高度化,高性能化してきた.その技術水準は世界的にも認知されている.しか
し近年,本研究の背景となった施工を起因とするコンクリートの早期劣化対策と グローバルな社会的要請である環境保全,蓄積資本の長寿命化は建設産業の課題 となっている.その課題に対して施工技術は今後の方向性を展望することは,自 然環境と開発のインターフェースである土木技術者の課題であり本研究の目的と
して位置付けた.
本章では,その展望を社会資本が蓄積された歴史的経緯から検証する.
建設技術,工法変遷(工法の選択理由)の考察によりその開発発展を促した社会的 要請の関係を検証する.社会的要請と建設産業やその支えとなった建設技術の変 遷を検証することから,将来の社会的価値観の動向による建設産業の役割,施工 の目的とすべき方向性を展望する.考察は,10年ごとの年代区分として,「社会的 要請である社会テーマの変遷,」「社会資本整備の推進計画となる関連法案」「産業 基盤,社会経済の動向」「自然災害」「新技術,プロジェクト」との関連に注目し て土木施工法の変遷を検証した.章末に年代表を表3.8(p59〜65)として示す.
3.2 社会的要素による土木施工法への影響
3.2.1 概要
社会的要素とは,産業基盤,経済状況,社会生活環境,自然災害,環境保全等 である.これらの要素は,各年代の「社会的要請」となり「国家プロジェクト」
※:社会資本は,昭和35年「所得倍増論」で初めて使用された.従来は,公共投資と表現
として社会資本基盤を蓄積してきた.国勢の推移による社会環境の変遷が、建 設産業の生産手段である施工法,施工技術にどんな影響を与えたのか整理すると 次の6項目に分類できる.
①社会基盤(道路,鉄道,港湾の整備)や産業基盤(生産基盤による量産,品質規格) 国勢による経済性,施工性から施設構造,材料が決められる.その結果に施工 法は追随して施工要素「人,材料,機械」の選択に大きな制約を受ける.コスト 縮減等の目的で代替工法が選択される.
②産業基盤,社会生活基盤の整備,開発計画
食料計画による干拓,産業基盤施設となる道路,鉄道,港湾,生活基盤となる 上下水道等は,施工法,施工技術の専門化,分業化を促しその発展に大きな影響 を与えた.
③自然災害と自然条件
治山,治水等の主目的に対応する防災技術(地滑り,耐震,法面工),設計法や 自然条件に合致する施工型式,資機材の開発に影響を与えた.
④生活環境,自然環境
施工目的(要求性能)には直接的関係しないが、社会的価値観による評価や都市 化による施工場所,時間等の規制が施工法選択や技術開発の要因となる.公害対 策工法(無騒音,振動:場所打ち基礎,地下連壁)や交通障害回避工法(地下利用:
シールド工法の多様化,時間規制:施工の短縮化,製品のプレキャスト化)は,軟 弱地盤上に立地する都市での施工法には不可避な要素となっている.また近年,
自然環境の修復に供する施工法や資源循環に係わるリサイクル化施工法(ゼロエ ミッション化=材料の規格化,再生材料使用)の進展は,施工法に対する社会的価 値観の影響度を示す事例である.
⑤巨大建設プロジェクト
関西国際新空港,東京湾横断道路等の洋上,水中建設技術,本州四国連絡橋の 実現は、測量,軟弱地盤に始まりの塗装,材料の開発,架設技術に至る特化され た高度な総合分野の集結化である.巨大プロジェクトは,建設産業が社会資本と 直結し,総合工学,産業の技術水準により構成された時代の象徴となる略‑7)
⑥その他
安全,省人化対策としての無人化機械化施工法,宇宙工学の利用による測量法, 構造物の維持管理に供する非破壊検査は,建設産業を取り巻く環境と要請を受け
た科学,産業の柘検する分野から建設産業に展開する施工法といえる.
建設産業,建設技術,施工法の開発,選択に影響した要因は,①項目に挙げた 社会産業構造の状況から工事構成要素の供給性,経済性を重視した構造設計例お
よび合理化,コスト縮減策と②〜⑥項目に挙げた時代の進展や社会的要請に大別 できる.
①の項目は,ダム工事の事例による考察,②〜⑥は,年代区分による時代の社会 テーマ,動向と建設産業,施工法の変遷を考察し,施工法に与えられた課題と将 来の方向性を展望する.
3・2・2 エ事構成要素の経済性,供給性による施工選択
目標対象物の構造設計,施工法を選択する場合,工事構成要素の検討は,材札 労務,機械等の施工手段の経済的,時間的(工程,経済効果)比較が一般的に行わ れる・材料,労務費,機械費といった工事を構成する要素は,その時代における 社会情勢と産業発展や社会経済の影響を受ける.
(1)ダム施工事例
基盤整備がなく産業活動が制限されていた戦後復興期は,材料生産と需要供給 に対応する輸送力不足により安価で潤沢な労働力(52年国民所得約60,000円)が 経済的に優位な時代であった.電力,水資源の確保の要請を受けた50年代から60 年代のダム施工におけるダム型式,コンクリート施工への対応は,セメント材料 の縮減を工学と施工両面で図った適例である.また対応策から多くの新技術,材 料開発が生み出された.
セメント量低減策は,AE剤(48年導入)やフライアッシュ(50年に紹介)等の材料 開発の機縁となる.表3.1は,ダム工事の単位体積当たりセメント使用量例を竣 工年で示した.1961年竣工の奥只見ダムの単位セメント量は現在の一般的配合と 同等までに至っている.
表3.1竣工年とダム単位セメント使用量14) 竣工年 ダム名 単位セメント量kg/m3
38 塚原ダム 220
43 三浦ダム 220
55 佐久間ダム 160
61 奥只見ダム 140(フライアッシュ30%42kg)
セメント材料の低減による施工法への影響は,練混ぜやワーカビリティーに対 応する工種に生じ,混合設備や締固め作業の機械的改良や施工設備開発を活発化
させた.また設計段階でのセメント容積の削減策は,人件費と材料費の経済比較 による構築物型式の選択となった.一般的重力式ダム型式に比較して10〜25%のコ
ンクリート量が減量できる中空重力式型式の採用は,その反面で型枠や足場施工 が多くなるが,材料の需要供給を人的要素が代行した例である.57年日本最初の
中空重力式により井川ダムが完成している.中空重力式は60年代前半まで採用さ れるが(62畑薙第一ダム完成)それ以降は産業基盤の整備による材料生産,供給や 施工の機械化が進み経済的,施工面での利点が少なくなり採用されなくなる.
中空式と比較して更に体積比の′トさいアーチダムがこの年代にフランスなどヨ ーロッパで建設されていたが耐震性に対する安定性の確認といった工学的理由に より日本では採用が遅れた型式もある※l.アーチ式ダムは作用する荷重を水平ア ーチ要素と鉛直の片持ちばり要素との相互作用によって周辺の岩盤に応力伝達を する三次元構造で,基礎岩盤として堅岩で勇断抵抗強度を要する自然条件が前提
となる.アーチダム施工を可能にしたのは工学を背景とする構造設計である.構 造物が年代の工学,技術水準と社会経済を象徴する所以である.
具体的な例として上椎葉ダム(1955年竣工)のコンクリート単位単価を表3.2に 示す19).人件費は200〜300円/人に対してセメント費は12,000〜13,000円/t である.
表3.2 上椎葉ダム・コンクリート単価表
項 目 打込み費 砕石,砕砂 原石採取 型枠費 セメント AE剤 合計
単価・円 1,272 1,388 2.537 330 2,771 21 8,319
百分率 15 17 30 4 33 0.2 100%
年代による人件費と材料費の格差は明確である.それ以外に単価構成比率を現 状と比較して原石採取運搬費比率が高いのは,機械,燃料費が原因と推測できる.
社会産業基盤である電力,道路,鉄道等が未整備な年代では,材料生産費や資機 材の運搬費が施工法の選択に経済的な影響を大きく与えている.その代替として 低賃金の労働力による人海戦術が当時の施工法選択要因となっている.以降の機 械化による構成単価削減と構成比率の変動は,施工法発展の方向性と選択に大き
く影響をする.
(2)コスト縮減対策による省力化,合理化工法
コスト縮減の要請による省力化,合理化による工期短縮や資機材の開発による 施工法の選択は,初期段階では,施工の機械化がその代表的要因となる.
施工の機械化は建設技術の発展上でも極めて大きな要素となる.施工の機械化 は,大規模,大量施工による迅速施工による工程短縮を可能にして経済効果を発 揮する・材料が経済成長とともに安定して生産供給されると,大規模,大量施工 は,時代の要請となり機械化を一層押し進める.工事期間の短縮は,工事単価が 同等であっても直接工事費以外の間接経費の縮減に波及効果がある※2
※1アーチダム:動水勾配比で重力式の約50%,単位セメント量は重力式の約2倍18)
※2間接費の内機械損料,役務費,現場管理費等は工程により左右される