6.1 はじめに
土木施工の定義,体系化を考える中で,建設産業の生産システムが生産工学の 理想とする連続作業システムの評価,位置付けと異なることを指摘した.建設産 業の場合,生産システムを構成する施工システム(土木施工法)の各基本基本作 業は,生産の理想とする合理化,効率化以前に工学的要求性能が作業の目的とし
てある.しかし合理化,経済性,迅速性等の社会的要請を安易に迎合しその目的 が希薄になった年代の施工が,後年に社会資本基盤の事故,不具合要因となった.
結果として、建設産業の信頼性を損なうこととになった.不具合いが発生した 経緯】要因を多くの事故事例,調査結果および施工法の変遷等を前章にて考察し た.施工を原因とする不具合の発生を今後なくするためには,作業目的の明確化 が不可欠である.明確化するためには,作業と工学的根拠との関連性が具体的指 数等により表現されることが望ましいが,現在それは,定性的な表現手法が一般 的となっている.多くの要素が関連する作業組合せの中で作業目的を明確にする には,選択され実施される施工システムを構成する基本作業が工学的評価により 定量的認識される必要がある.定量化,指標化された上で選択された施工法は, 一方で要求性能に対する具体的リスクも容易に把握できる.したがい施工実施段 階での作業目的が要求性能との関連で捉えられることで,作業条件によるリスク マネージメントが可能となる.
社会資本整備に求められる要求性能は、社会的価値観による評価を受ける.施 工法を評価し,その方向を展望するにはその動向を考察することが必要となる.
本章では,6.2社会資本整備と価値観の変遷,6.3日本固有の価値観、6.4価値 観の動向を取り上げる.また6.5では、主観的価値観の変遷から建設産業に注目 する.最終節6.6ではISM法による意識の階層化を行い「望まれる社会」に対応
する「建設産業の目標」とするキーワードを展望する.
6.2 社会資本整備と価値観の変遷4,5・6・7・8・9)
社会資本の基盤施設構造物を構築してきた建設技術の変遷は,社会的要請の影 響を大きく受けて改良,開発されてきたことは,戦後の近代社会資本の構成変遷 や対象構造物の施工軌専門工法およびその施工主体である建設機械の変遷等々,
多岐の側面からも考察された・また社会的要請は,時代の社会経済,社会生活に おける国民の価値観による評価の優位性を反映することも明らかになった.
社会的要請を展望するためには価値観の動向を知ることが前提になる.価値観 は事象の評価内容や基準に影響して施工法にも波及する.
この価値観の動向による建設産業や建設技術,施工法に求められる将来的要請 を時代変遷から類推し考察する.
人間の要求と社会資本の関係を図6.1に示す.
図6.1人間の要求と社会資本整備
社会資本整備の変化は人間の生活変化である.「生命の維持」に始まる単一目的 から「自然との共生,利便性,心的余裕性格」を併せ持つ複合目的となる要請, いわば発展的な目的の積み上げとも言える.
社会基盤施設に対して,人間の欲望は生活の物理的,量的満足がなされると質 的向上の要求に変化する.その結果、人間の要求は,大量生産と消費時代による 地球環境の劣悪化に対する危機感から質的要求に転換する.自然と共生による持 続可能な発展を求めて環境保全を図る時代となったことは,多くの事象からも明 白である10).資源の有効利用の認識は,再利札再使用の技術開発を活発化させ, 消費から循環社会への転換を多面的に推進しつつある.図6.2は「創造の円環的 展開」として約30年前に社会の発展過程と科学の発展過程を示したものである11) 人間の思考と生活変化を含めた科学,技術の変化との関連を的確に予測している.
東洋的思考
心中心.集団中心 心と物・集団と個人 物と個人
東洋的思考
図6.2 創造の円環的展開
円環的展蘭
この予測によると心による主観的,感性が問われる集団(地域特性)の時代を, 最適化社会として表現している.まさに五全総による国土観に的中した表現であ
る.
時代の転換は,科学の進歩と技術の進歩展開による社会の変化でもある一方で 思考変化による価値観の転換でもあることが示されている.当然,科学,技術に
由来する土木工学,建設技術の転機も同様に起きている.
人間の要望,要求の積み上げとして社会資本整備を見た場合,その心理変化に
注目する.人間の心理変化の進歩と生活水準=社会資本整備の関係を表6.1に示
す・心理学者マズローの人間の欲求五段階と土木事業の四段階説を対比したもの である.この表によれば,社会資本の整備は,時代と共に人間の心理的欲求を重 ね合わせて進展してきたとも言える.第一段階の欲求は,生理的欲求,生命を支えるために不可欠なもの.
第二段階は,安全の欲求である.この段階までが,社会資本の産業,社会の基礎 資本となる.第三段階は,自己(地域=自分の生活環境)を社会の一員として集 団に帰属させたいという欲求である.ある意味では,ミニマム思想(普遍的利便 性の拡大)である.この段階でほぼ地域的にも最低限の土木事業による社会基盤 が整備される.この段階でほぼ地域的にも最低限の土木事業による社会基盤が整 備される・第四段階は,質的充実の欲求となる.なれる可能性のある最高の存在
=自己実現の欲求は,社会資本でいえば地域の歴史・文化・自然環境を活かした
物心・個人と集団
新しい日本文化と生活様式の創造を目指した国土,つまり気候、風土等の自然的、
地理的条件及び文化的条件等において共有性を有する地域の創造である.この心 理変化は,図6.1に示した社会変化と整合する.
表6・1マズローの欲求五段階説と土木事業の4段階説(部分)12)
マズローの欲求五段階 マローズの5段階 土木事業の4段階
①生理的欲求 ファキング・性欲
①人類の生存と生活を支えるための地域社 会基盤施設形成を目指す土木
②地域の社会経済活動を支えるための量的 性欲,食欲,睡眠欲,体温調整等 フィーデング・食欲
②安全の欲求 フリーイング・逃走
③所属と愛の欲求 フロツキング
・群れる 充足を目指す土木
④承認の欲求 ファイティング ③地域の社会経済活動を支えるためのより
自尊心を満足させたい欲求 ・攻撃・征服 質的充足を目指す土木
④地域の個性を発揮した発展を祈願する, 地域の誇りとなる建設を目指す土木
⑤自己実現の欲求
心理変化による社会資本の整備事業の展開には,土木工学に求められる範囲も 当然広がっている・竹村による「土木工学の展開」として土木工学の追求真理が 機能追求「用=用途と強=強度」の工学から「美」が加わった展開であるとして 風土工学序説に述べられている.図6.3はその変遷を示したものである.
追求
真理 六大 把握方法 その内容 土木工学の分野 土木工学の展開
強と用 地圏
気圏 水圏
土質 土質地質等を基礎と 基礎設計 I▲▲
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地質調査 しての性状調査 地盤工学 材料調査 土石盛立材料
コンクリーl‥鉄等
材料設計
材料工学 構
造 エ 学
河 海
エ 学 大気調査 風力評価
波力評価
構造設計
形状設計 地形測量
地形起伏量の測定 へ○‑ハ○一口トション
強と用
水圏 水門調査
水文現象の把握
評価 水文評価
水理調査 水理現象の把握
評価設計 水理設計
用
活力源圏 需要調査
地域社会 経済調査
交通量・水需要量等の
推定、計画フレーム 土木計画学
美
生活圏
地水気圏 環境調査
環境調査対象 自然との共生 環境創造
環境工学
社会文化圏 地・水・気圏 生物圏
風土文化 調査
地域風土分析 地域風土に馴じむ 地域風土文化を形成 する
風土工学
図6.3 価値観と土木工学の変遷13)
図6.3に示される理念から将来的「価値観」は,工学的評価=客観的評価と異 なり主観的評価によるものに変化する14)
初期の土木工学は,構造物設計に必要な地盤,材料,構造,水理工学にべース を置き,その対象は空間=自然環境は地,水、気圏である.機能性追求の工学が 中心であった.
その後社会構造の複雑化,大規模化する中で長期計画の必要性に呼応して土木 計画学が導入された.さらに現在では,安定した社会基盤の中で「人間性,質的 要望」による環境との調和が見直されることになり環境工学が重要な部門に位置 づけられた.今後の土木事業の対象空間は生物圏=生態学を加え,「自然との共生」
を評価することが最重要課題とされている.
その課題の枠組み構築の要求は主観である「美」の領域となる.その「美」の 基本理念として,社会経済の成熟期における社会資本整備は,地域の風土に馴染 む,地域の個性を発揮する風土文化を形成することになる.自然に整合する工学 と文化の融合が必要となる.
価値観の変化は人間,文化、地域,自然を基調に変遷し量的,機能的な評価か ら「美」に代表される質的,主観的評価に変化していることが明らかである.土 木工学に変遷も合致するものとなっている.
6.3 価値観の比較15・16,17)
6.3.1 はじめに
戦後の近代日本の社会資本は,先進国へのキャッチアップ方式で進められてき た.先進国となった日本において五全総に示される理想の国土は,前述の地域の 特性を活かした美しい地域の連帯社会である.価値観の根底に日本文化,日本国 土がなければならない.当節では日本固有の価値観について考察する.
6.3.2 欧州との比較
表6.2に西による日本と欧州の地下空間の利用に関する比較を示す17) 表は宗教,国土(風土,水),交通,都市景観の実現手法を比較したものである.
国土,風土の違いによる使用材料の特性は,建設技術の開発,評価の方向性に 大きな影響を及ぼしている.歴史,文化の違いによる国民性は価値観となり,建 設事業の計画,実施方法に至る手法の決定に大きく影響していることが明らかで
ある.国民の感性として,個人の庭園や盆栽という部分に目が向く日本人に対し てヨーロッパの国民は「構造物は地域の景観を酷悪にしたり,被壊したりしない ように」という都市景観保全に価値観を見いだす感性が国民的背景にあると西は