4.1 はじめに
本章では,施工法を①目的対象物‑ダム,②専門工種(分業,専門化工種)‑③ 法面防護工事,④施工主体である建設機械,⑤工事構成材料である骨材、および 施工法の最終工程で要求性能を確保する基本作業である⑥コンクリート工の5項
目の変遷について検証する.施工法の工学的体系への位置付け,施工法の方向性 に対する課題,施工法の工学的評価等の視点で検証する.
4.2 目的対象物施工法の変遷(ダム施工法】〜10))
4.2.1 ダムの変遷
ダムは,人間の生活,食糧生産に不可欠な水の供給源として有史以来築かれて きた.ダムは,その建設件数,型式および堤高の推移が時代の社会経済状況と土 木技術の変遷を示すといっても過言ではない程多くの工種を含み大規模な土木事 業である.ダムは,その構成材料による大きくロックフィルダムとコンクリート ダムに分類される.本節では,コンクリートダムに関して考察する.
ダムの歴史は,古代エジプト王朝時代B.C.300年頃に堤高15m,堤長450mの Kosheishメンソリーダムの築造にまで遡る.最古のアーチダム,Keber(テヘラン 近郊,堤高26m)はA.D1290年前後に完成している.これらの多くのダム技術は経 験的な積み上げにより施工されたもので近代のダム技術とは異なる.
ダムの設計理念である,静水圧による転倒モーメントは,1750年に B.F.de Belidorにより初めて計算された.さらに1758年M.De.Sazillyにより単位幅の片
持ち梁の曲げ理論が重力式ダムに取り入れられた.その後現在のいわゆるミドル サード条件の適用がDelocxreにより提唱され現在の設計基礎となる.
4.2.2 日本のコンクリートダム施工法の変遷検証 (1)1940年以前
日本における最初のコンクリートダムは,神戸市が上水道用として建設した「布 引五本松ダム(1900年完成,堤高33m,堤長110m)」である.このダムは,粗石に モルタルを充填し上下流面を石材で被覆したメンソリー構造である.明治末期か
ら大正(1910年以降)にかけて水力発電の発展と共にダム建設が始まるまでは本格 的なダムはない.本格的なコンクリートダムは,1924年木曽川に発電用に造られ
た大井ダム(堤高53m,堤長276m,関西電力)である.設計外力は,水圧,土庄, 揚圧力であり,収縮目地は21〜27m間隔,排水孔が設けられている.
1920年代に施工された草創期のダムは,単目的の水道用、発電用ダムにより始 まった.社会資本基盤における生活,産業基盤の第一段階である.この時代のダ ム規模は,高さ15〜35m程度のものが大半で地震力と動水圧を考慮してないため 上下流勾配が各ダムで異なるのが特徴でもある.ダム型式は重力式が多く,産業, 流通事情から安価な人力により所要資材を少なくするバットレスタイプが採用さ れている.その後,揚圧力,内部温度の研究,漏水対策グラウト等の設計技術は 急速に進歩する.
1930年完成の小牧ダム(堤高79恥 庄川)では,等値水平震度による設計法の 導入や基礎排水孔,横継目の施工が行われた.初めて温度計が埋設され,堤体内
部温度上昇が注目された.このことにより単位水量を低減した硬練りコンクリー トの施工技術に関する研究が始まった.1938年完成の塚原ダム(耳川,堤高87m) は,骨材生産からコンクリート打設(ケーブルクレーン)まで一貫した機械化によ る施工が行われた.締固め作業での圧縮空気式バイブレータの採用や中庸熱ボル
トランドセメントの使用とダム施工技術が多くの面で集大成された工事となった.
コンクリート工に着目すると,コンクリートの中に玉石,割栗を入れた施工が 1925年(大正年代まで)頃まで行われていた.コンクリート骨材のほとんどが天然 産材であったが,1920年代に完成した宇治川,大井ダムでは掘削岩石をクラシャ 一機械により粗骨材の製造が行われている.
1920代までのコンクリート配合は,セメント:砂:砂利が内部コンクリートで 1:3:6,外部コンクリートでは,1:2:4とされた.コンクリート打設は,2列
の鉄製トレッスルよりの傾斜シュート打設により施工された.シュート方式の施 工では,水セメント比60〜80%,スランプ10cm以上の軟練りコンクリートが採用
されている.傾斜シュートから立シュートの採用によりスランプ5〜6cmの打設が 可能となり,さらにケーブルクレーンによるバケット打設方式によりスランプ3cm 以下の硬練りコンクリート打設が可能になっている.まさにこの間の打設方式の 改善は,施工技術(機械開発)によるコンクリート品質の向上(硬練りコンクリート の施工技術)といえる.練混ぜ設備機械は,スミス式ミキサ(0.8m3)が使用されてい た.同ミキサ4基で日最大700m3程度の打設(二交替制)が可能であった.
この年代における材料のセメント,砂の供給は,鉄道輸送が主であり山間地へ の供給は,事業規模を拡大する大きな要因であった.
(2)1940年代後半〜1950年代
戦争による山林の荒廃、大型台風による洪水災害が戦後多発し,治水の重要度 が一段と高まると同時に国土復興のための電力、水資源開発を目的とした大規模
ダム(堤高100m以上)が,外国からの施工技術や建設機械の導入の活発化により 相次いで建設された年代である.表4.1に示す1950年代の重力式コンクリートハ イダムは,現代においても日本を代表するものである.
表4.11950年代に完成した重力式ハイダム
ダム名および河川名 完成年 ダム高 所管
五十里ダム.利根川 1956 112m 建設省
佐久間ダム.天竜川 1956 156m 電源開発
小河内ダム.多摩川 1957 149m 東京都
施工に注目すると,100mを越す重力式ダムは,堤敷幅が80m以上となり,従来の 層状工法では打設が困難となり,柱状工法による打設が本格化する.柱状打設に
よる生じる継目を開口してグラウ卜するために人工冷却が必要となり五十軋 佐 久間,小河内ではパイプクーリングが採用される.中でも佐久間ダムは,堤高150m
以上となり従来の工法では建設が不可能とされ,アメリカから大型施工機械が導 入された.20tのセメントトレーラ,ワンマンコントロールミキシングプラント
(112切×4基),主打設設備25tケーブルクレーン,トランスファーカー方式によ るバケット運搬,650t/h骨材プラント等々である.これらの一連の施工機械の組 合せ,機械運用は,以降のダム施工フローに反映されている.
品質面でもコンクリート温度は,粗骨材,セメント,砂のプレクーリング,パ イプクーリングにより最高温度38度(中庸熱ボルトランドセメント,河床砂礫骨 材,AE剤使用)に抑えた施工を行っている.平均日打設3000m3,日最高5180m3の 施工を記録し3年の工期で完成させた佐久間ダムの機械化は,国産大型機械の製 造や性能向上の大きな刺激となった.佐久間ダムでの機械化施工は,コンクリー トの要求性能を発揮させるための施工設備,機械化であり,施工能力向上,省人 化は二次的効果として生じている.
材料の安定供給,経済性という命題に対応して骨材生産設備が目覚ましい進歩 を遂げている.上椎葉アーチ式ダムは,初めてロッドミル(70t/h)により製砂に 成功し,全数量を人工砂でまかなっている.練混ぜ設備は,操作の自動化と計量 精度の向上により品質の安定したコンクリート供給が可能となった.
柱状打設のコンクリート主運搬は,ケーブルクレーンが主流となり4.5,9.0, 13.5,25tと次第に大型化,高性能化している.1960年代までに柱状打設に関す る施工の基本形はほぼ完成している.
またこの年代は,産業基盤,輸送手段の未整備によるセメント材料の量産,供 給が不安定で人件費より材料費が高い時代であった.堤体積の削減による経済性 が可能なアーチダムの建設技術に関する研究が始まり,1955年に塚原ダムと同水 系耳川に最初のアーチダム上椎葉ダム(堤高110m)が完成する.続いて1958年に鳴
子ダム(堤高95m,北上川)が完成する.同様な経済性の追求を図った中空重力ダ ムが1957年井川ダム(堤高104m,大井川)が完成している.
(3)1960〜1970年代前半
この年代は,1959年に起こったフランスのMalpassetダム(堤高67m・アーチ ダム)の決壊事故による基礎岩盤の重要性認識による原位置岩盤の試験法の開発 および放物線アーチダム(1970年完成矢作ダム,堤高100m,矢作川)の開発,重 力式ダムにおけるフィレットの設計法の開発(1977年完成早明浦ダム,堤高106m・
吉野川)等設計における研究開発成果がある.
これらの研究,技術開発によって設計技術の体系化が図られる.1969年に日本
大ダム会議から「改訂ダム設計基準」が策定されさらに柑76年に r河川管理施設 等構造例」が策定される.
次に施工技術面を見る.前年代には,打設設備の開発による硬練りコンクリー トの実現があった.さらに減水剤,AE剤,フライアッシュの活用により単位水量を 減じた硬練りコンクリートの安定した施工が締固め機械の性能向上≪振動数 8000rpm以上)により迅速に可能となっている.この手法は、大型棒状振動機数6 本を一組にして機械的操作により完全な蘇固めを行うことで実施された.1962年 完成の坂本ダム,1964年完成の黒部ダムの単位水量89kg/mBの硬練りコンクリー
ト施工を可能にした.コンクリートの永セメント比低減という工学的目的を材料 改良と機械化が可能にした.施工法技術の目的背景(要求性能,物性の確保)を明 確にする事例である.
(4)1970年代後半以降11・12)
1960年代後半から1970年の高度成長期になると人件費の高騰がダム建設費に
重大な課題となり,ダムの合理化が研究課題となる.をの結果 ■「RCD‑R¢皿且甜 Compacted Dam Concrete」の開発がなされた.
1981年完成の島地川ダム(堤高89恥 佐波川)に1978年初めて採用され,引き続 き1990年完成の玉川ダム(堤高100恥雄物川)に採用され技術的に体系化された.
その成果を基に1981年「RCD工法技術基準」が策定された.
施工の合理化は,既存の技術を組み合わせて施工システムの改良によるものと 施工設備機械の開発によるものがある.
コンクリートダムの長所(水密性,耐久性が高い,解析の信頼性が高い,維持管 理が容易)を生かしフィルダムの短所(堤頂越流に弱く,安全性を高くする必要が ある,堤体内に洪水吐設置ができない,大規模開発)を補うためコンクリートダ