第 3 部 国外拐取の特殊性
2 監護権の重要性―比較法的視座から―
( 1) 日 本 の 未成 年 者 拐取 罪 の 特 徴
・ 法 律 時 報 「 特 集 拐 取 罪 を 巡 る 比 較 法 的 ・ 沿 革 的 分 析 」
⇒ 欧 米 諸 国 に お い て 未 成 年 者 拐 取 ( 連 れ 去 り ) に 関 し て は 、 次 の 二 つ の 類 型 が そ れ ぞ れ 規 定 さ れ て い る
① 親 の 子 に 対 す る 監 護 権 な ど の 民 事 上 の 権 利 を 保 護 す る 犯 罪 類 型( 権 利 保 護 類 型 )
② 被 拐 取 者 の 自 由 な い し 安 全 を 保 護 す る 犯 罪 類 型 ( 自 由 ・ 安 全 保 護類 型 )
・ 我 が 国 に お け る 未 成 年 者 拐 取 の 規 定 は 224 条 の 一 つ し か な い 。
⇒ か つ て の 通 説 的 理 解 : 諸 外 国 に お い て 2 つ の 条 文 で 保 護 さ れ て い る も の を 、 一 つ の 条 文 で 保 護 し よ う と し て い る ( ① + ② 類 型 )
現 在 の 通 説 : ① を 排 除 し よ う と し て い る ( ② 類 型 )
( 2) 異 な る 二つ の 法 益と 被 害 者 の 承諾
・ か つ て の 通 説 : 保 護 法 益 = 被 拐 取 者 の 自 由 及 び 監 護 権 、 承 諾 権 者 = 監 護 者 の み
⇒ 一 つ の 条 文 で 二 つ の 法 益 が 保 護 さ れ て い る 場 合
a. ど ち ら か 片 方 の 法 益 侵 害 で 十 分:両 方 の 法 益 所 有 者 の 承 諾 が あ れ ば 犯 罪 不 成 立
b. ど ち ら の 法 益 侵 害 も 要 求 す る:い ず れ か の 法 益 所 有 者 の 承 諾 が あ れ ば 犯 罪 不 成 立
・ か つ て の 通 説 : ① ② の い ず れ の 法 益 も 保 護 す る ① に 関 す る 承 諾 ( 監 護 者 の 承 諾 ) だ け が 有 効
・ 未 成 年 者 は 承 諾 無 能 力 者 ?
⇔ 性 的 自 由 に 関 し て は 13 歳 以 上 が 承 諾 で き る
監 禁 罪 に 関 す る 8 歳 児 の 承 諾 が 問 題 と な っ た 事 例 が あ る
・ 一 見 納 得 が い か な い か つ て の 通 説 の 理 解 は 、 ド イ ツ の 学 説 ( と り わ け リ ス ト 、 フ ラ ン ク ) が 強 い 影 響 を 与 え て い た こ と が 原 因
⇒ 神 谷 健 夫 = 神 原 甚 造 『 刑 法 詳 論 』( 清 水 書 店 、 大 正 2 年 ) 974 頁 以 下 :「 未 成 年 者 は 父 母 後 見 人 感 化 院 主 教 育 所 主 の 如 き 監 督 者 の 監 督 の 下 に 在 る と 浮 浪 の 状 態 に 在 り て 何 人 の 監 督 を も 受 け さ る と を 問 は す 均 し く 拐 取 罪 の 客 体 た る を 得 へ し 而 し て 拐 取 罪 に よ り 未 成 年 者 は 自 ら 此 等 監 督 権 者 の 監 督 の 下 に 立 つ の 自 由 を 侵 害 せ ら る る も の な り と 雖 と も 此 等 の 監 督 権 者 の み か 法 律 に 抵 触 せ さ る 範 囲 に 於 て ( 例 へ は 次 条 以 下 の 規 定 ) 未 成 年 者 の 斯 る 法 益 を 処 分 す る を 得 へ き も の な る か 故 に 監 督 権 者 の 承 諾 を 得 た る と き は 拐 取 罪 成 立 せ す と 雖 と も 未 成 年 者 の み の 承 諾 は 拐 取 行 為 の 違 法 性 を阻 却 す るこ と と 云 は さる 可 ら す( 同 説 リス ト、フ ラ ンク )監 督 の 下 に 在 ら さ る 少 年 に 対 し て は 本 人 の 承 諾 を 得 す し て 擅 に 事 実 上 の 支 配 関 係 を 設 定 す る に 因 り て 成 立 す へ し 」。
新 保 勘 解 人 『 日 本 刑 法 要 論 各 論 ( 増 訂 再 版 )』( 敬 文 堂 書 店 、 昭 和 4 年 ) 428 頁 以 下:「 本 罪 の 客 体 は 未 成 年 者 に し て 其 行 為 は 略 取 又 は 誘 拐 な り 。然 れ と も 未 成 年 者 は 保 護 者 の 監 督 の 下 に 立 つ も の に し て 未 成 年 者 の 自 由 な る も の は 絶 対 的 の も の に 非 す し て 保 護 者 の 監 督 の 範 囲 内 に 於 て 存 す る も の な れ は 本 罪 の 行 為 は 常 に 一 面 に 於 て は 保 護 者 の 監 督 権 を 侵 害 す る の 性 質 を 有 す る も の と す 。」「 従 て 縱 令 未 成 年 者 の 承 諾 あ る も 之 か 保 護 者 の 意 思 に 反 す る と き は 本 罪 の 成 立 を 妨 け さ る へ き も 之 に 反 し 保 護 者 の 承 諾 あ る と き は 其 承 諾 に し て 適 法 な る 監 督 権 の 行 使 と 認 む へ き 範 囲 内 に 於 て は 縱令 未 成 年者 の 意 思 に 反す る 場 合と 雖 も 本 罪 成立 せ さ るへ し 。何 と な れ は 此 場 合 未 成 年 者 の 自 由 を 侵 害 し た る も の と 言 う を 得 さ れ は な り 。 但 し 其 承 諾 か 監 督 権 の 乱 用 に 出 て た る も の と 認 む へ き 場 合 に 於 て は 縱 令 保 護 者 の 承 諾 あ る も 本 罪 成 立 す へ し【 獨 逸 刑法 に 於 け る 幼者 の 略 取罪( Kinderraub)に 付[ リ ス ト ]亦 刑 法 典 の 意 味 に 於 て は 此 犯 罪 は 未 成 年 者 に 対 す る 自 由 犯 と し て 規 定 せ ら れ 監 督 権 者 の 親 族 権 に 対 す る 犯 罪 と し て 規 定 せ ら れ さ る も 未 成 年 者 の 承 諾 か 犯 罪 の 成 否 に 何 等 の 影 響 な きに 拘 ら す監 督 権 者 の 承諾 は 其 違法 性 を 阻 却 すと 解 し[フ ラ ン ク]は 本 罪 の 行 為 の 客 体 は 未 成 年 者 な れ と も 保 護 の 客 体 は 親 権 者 後 見 人 等 な る を 以 て 未 成 年 者 の 承 諾 は 其 違 法 性 を 阻 却 せ さ る も 親 権 者 後 見 人 等 の 承 諾 は 之 を 阻 却 す と 為 し
[ ア ル フ ェ ルト ] 亦 結果 に 於 て 之 と同 説 な り 】」。
※ 注 太 字 は 筆 者 。 ま た 、 原 文 の 片 仮 名 書 き を 平 仮 名 に 、 旧 字 体 を 新 字 体 に 改 め た 。
( 3) か つ て の通 説 に 影響 を 与 え た ドイ ツ の 議論
§ 235 [1912/7/5–1969/9/1]
(1)
未 成 年 者 を 策 略 、 脅 迫 又 は 暴 行 に よ り 、 そ の 両 親 、 後 見 人 又 は 世 話 人
(
Pfleger) か ら 引 離 し た 者 は 、 禁 錮 (Gefängnis) に 処 す る(2)情 状 の よ り 軽 い 事 情 が 存 在 す る 場 合 に は 、三 千 マ ル ク 以 下 の 罰 金 と す る こ と
が で き る
(3)そ の 行 為 が 、物 乞 い を さ せ る 又 は 利 欲 的 若 し く は 良 俗 に 反 す る 目 的 又 は 仕 事
を さ せ る 意 図 で 行 わ れ た と き は 、
10年 以 下 の 懲 役 に 処 す る
・ フ ラ ン ク : 保 護 法 益 = 監 護 権 、 承 諾 権 者 = 監 護 者 の み
リ ス ト : 保 護 法 益 = 未 成 年 者 の 自 由 、 承 諾 権 者 = 監 護 者 の み
・「 沿 革 的 理 由 」
⇒ コ ン ス タ ン テ ィ ヌ ス 1 世 の 時 代( 4 世 紀 ):親 族 の 意 思 に 反 し て 拐 取 が 行 わ れ る こ と
13 世 紀 の 北 ド イ ツ の 都 市 ( 例 : フ リ ー ス ラ ン ト ): Raub と Entführung の 区 別 が で き る 。 被 拐 取 者 が 拐 取 を 受 け 入 れ る = Entführung、 拐 取 を 拒 絶 す る = Raub カ ロ リ ー ナ 刑 法 典 ( 16 世 紀 ): Raub と Entführung の 区 別 が な し
⇒ プ ロ イ セ ン 一 般 ラ ン ト 法 ⇒ プ ロ イ セ ン 刑 法 典 ( 18 世 紀 末 ⇒ 19 世 紀 )
( 204 条 : 策 略 又 は 暴 行 で 人 を 拐 取 す る )
205 条 : 物 乞 い 又 は 利 欲 的 若 し く は 反 良 俗 的 な 目 的 等 に 利 用 す る た め 16 歳 未 満 の 者 を 策 略 又 は 暴 行 で 拐 取 す る
206 条 : 策 略 又 は 暴 行 で 未 成 年 者 を そ の 両 親 又 は 後 見 人 か ら 拐 取 す る 204 条 、 205 条 : ② 類 型 、 206 条 : ① 類 型
⇒ ① の 類 型 が 原 初 形 態 、 そ の 後 ② の 類 型 が 派 生 し た
② 類 型 の 未 成 年 者 拐 取 罪 が 派 生 し て も 、 ① 類 型 の 独 自 の 重 要 性 は 維 持 さ れ て い る
・「 条 文 上 の 理 由 」
§ 236 [1872/1/1–1953/10/1]
(1)わ い せ つ の 目 的 で 、婦 女 を そ の 意 思 に 反 し て 策 略 、脅 迫 又 は 暴 行 で 拐 取 し た
者 は
10年 以 下 の 懲 役 に 処 す る 、 被 拐 取 者 と 婚 姻 す る た め に 拐 取 が 行 わ れ た 場
合 に は 禁 錮 に 処 す る
(2)訴 追 は 親 告 に 基 づ い て の み 行 わ れ る
§ 237 [1896/9/7–1953/10/1]
わ い せ つ 又 は 婚 姻 の 目 的 で 、 未 成 年 、 か つ 未 婚 の 婦 女 を そ の 意 思 と 合 致 し て 、 し か し 、 そ の 両 親 、 後 見 人 又 は 世 話 人 の 同 意 な し に 拐 取 し た 者 は 禁 錮 に 処 す る ※ 注 下 線 は 筆 者
⇒ 235 条 は 「 被 拐 取 者 の 意 思 に 合 致 し て も 反 し て も 」 と 読 め る
⇒ A か ら ( B を ) 奪 う と い う 条 文 の 構 造 は ① 類 型 と し て 受 け 止 め ら れ や す い そ う で な く て も 文 言 上 、 承 諾 権 者 は 未 成 年 者 で は な く 、 監 護 者 で あ る と い う 帰 結 に 至 る
( 4) か つ て の通 説 の 理論 的 根 拠 ?
・ か つ て の 学 説 は 、 ド イ ツ の 条 文 と 我 が 国 の 条 文 が 異 な っ て い る こ と を 理 解 し な が ら も 、 こ の よ う な 理 解 を 取 り 入 れ た
⇒ 藤 波 元 雄 「 略 取 誘 拐 罪 ニ 於 ケ ル 被 害 者 ノ 承 諾 ヲ 論 ス 」 法 曹 記 事 27 巻 8 号 ( 大 正 6 年 )1 頁 以 下:「 社 会 生 活 の 実 状に 参 酌 し 且 つ 法 文 の 用 語 か 甚 た 簡 単 な る 点 は 反 て 多 少 の 斟 酌 を 加 ふ る 余 地 あ る も の と 」 し 、 監 護 権 と 自 由 の い ず れ も を 保 護 す る と の 見 解 を 「 穏 健 な る 見 解 と 認 む 」。
※ 注 太 字 は 筆 者 。 ま た 、 原 文 の 片 仮 名 書 き を 平 仮 名 に 、 旧 字 体 を 新 字 体 に 改 め た 。
⇒ 社 会 生 活 の 実 状 = 未 成 年 者 の 承 諾 を 単 独 で 有 効 と す れ ば 、 監 護 者 が 受 け さ せ た い 教 育 や 世 話 を 受 け さ せ る こ と が で き な く な る
・ 子 が 親 の 決 め た 場 所 に い る こ と に は 、 ② の 類 型 だ け で は 保 護 で き な い ① の 類 型 の 重 要 性 = 教 育 等 を 考 慮 に 入 れ た 長 期 的 な 子 の 利 益 が あ る 。
( 5) 小 括
・① 類 型 は 重 要 。仮 に ① 類 型 を 224 条 か ら 排 除 す る 場 合 に は 、② 類 型 に お け る 法 益 論 又 は 違 法 性 阻 却 論 の 中 で 、 子 の 長 期 的 利 益 を ど こ か に 取 り 込 む 工 夫 が 必 要 に な る ?
( 佐 藤 陽 子 )
3.3 つの法益の検討(その 1)―自由の実体、身体の安全の適否―
※( 1) 自 由 の 実体
① 客 体 の 場 所 的 移 動 ?
( ⅰ ) 拐 取 罪 と 逮 捕 及 び 監 禁 罪 ( 220 条 ) の 差 異
・ 学 説 ➋ ( 岡 田 庄 作 『 刑 法 原 論 ( 各 論 )〔 第 20 版 〕』( 明 治 大 学 出 版 部 、 昭 和 4 年 ) 483 頁 以 下 )
本 罪 〔 拐 取 罪 〕 は 有 形 的 自 由 剥 奪 の 一 種 な り と 雖 と も 逮 捕 監 禁 罪 と 異 な る 。逮 捕 監 禁 罪 は 被 害 者 所 在 の 場 所 を 移 転 す る を 要 せ さ る も 本 罪 は 之 れ を 必 要 と す 。
( ⅱ ) 拐 取 の 定 義
・学 説 ➌( 宮 本 英 脩『 刑 法 学 粹〔 第 5 版 〕』( 弘 文 堂 書 房 、昭 和 10 年 )572 頁 )
本 罪 〔 拐 取 罪 等 〕 は 人 の 所 在 を 移 す こ と に 因 り て 其 者 に 対 す る 自 己 又 は 第 三 者 の 支 配 を 設 定 す る 罪 な り 。等 し く 人 の 自 由 に 対 す る 罪 な れ と も 、 其 之 を 侵 害 す る 方 法 か 移 転 と 支 配 に 由 り て 被 害 者 の 帰 還 又 は 之 に 対 す る 救 援 を 困 難 な ら し む る に 在 る こ と を 特 色 と す 。
( ⅲ ) 批 判
・ 学 説 ➍ ( 木 村 亀 二 『 刑 法 各 論 〔 復 刊 版 〕』( 法 文 社 、 昭 和 32 年 ) 64 頁 ) 然 し 、若 し 通 説〔 学 説 ➌ の よ う な 見 解 〕に 従 ふ な ら ば 、 保 護 者 又 は 監 督 者 を 欺 罔 し て 立 去 ら し め る こ と に 因 り 未 成 年 者 を 自 己 の 支 配 内 に 置 く が 如 き 場 合 を 処 罰 し 得 ざ る こ と と な り 不 合 理 な る 結 果 と な る が 故 に 、 特 に 場 所 的 移 転 を 犯 罪 の 要 素 と 解 す る こ と は 妥 当 で は な い 。
② 学 説 ➋ 、 学 説 ➌ が 示 唆 す る 点
☞ 客 体 に は 、自 力 で ま た は 第 三 者 の「 救 援 」に よ っ て「 帰 還 」す べ き「 場 所 」 が あ る こ と を 想 定
☞ 客 体 が 居 る べ き 「 場 所 」 に 居 る と い う 利 益 = 自 由 の 実 体
☞ 客 体 が 「 未 成 年 者 」 の 場 合 、 非 監 護 者 と の 関 係 で は 、 居 る べ き 「 場 所 」 は 監 護 者 の 下
☞ 支 配 の 設 定 は 、 離 脱 で は な く 「 帰 還 」 す る こ と の 妨 害 ( 学 説 ➌ 参 照 )
☞ 逮 捕 及 び 監 禁 罪 の 法 益 は 、居 る べ き「 場 所 」に 居 る 利 益 ま で は 含 ま ず 、「 逮 捕 」 お よ び 「 監 禁 」 は 、「 帰 還 」 の 妨 害 と い う 要 素 ま で は 含 ま ず
※ 配 布 し た レ ジ ュ メ に 最 低 限 の 修 正 を 施 し た 。