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癒着胎盤に対する処置②(子宮摘出)

ドキュメント内 福島県立大野病院事件 (ページ 77-106)

(1)医学的文献

ア 臨床的癒着胎盤例に対する処置

癒着胎盤例における止血法としては、後述のとおり、圧迫止血、動脈結紮・塞栓等 いくつかの方法があるが、このうち子宮摘出が最も有効であることは、多くの文献で 述べられており、争いがないようである(後記97頁第4、4参照)。

しかし、摘出の要否を判断する基準や移行するタイミングについては、論者によっ て異なり、大きく分けて、大量出血が生じて止血困難となった場合に子宮摘出へ移行 すべきとする立場(止血措置としての子宮摘出)と、大量出血がおこる前に予防的に 子宮摘出へ移行すべきとする立場(大出血予防としての子宮摘出)があるように思わ れた。

ただし、予防的に子宮摘出すべきとする論者は、止血困難な場合について触れてい なかったり、その場合にも摘出すべきと併記するものもある。おそらく、これらは、

胎盤部分から出血が始まると止血は難しいため、できるだけ早く子宮摘出すべきとい う趣旨であって、止血困難な場合に摘出することを否定するものではないと考えられ る。

また、止血措置としての子宮摘出のみ論じて、大出血予防としての子宮摘出につい て記載を欠くものは、後者についてどのような立場をとるか明らかでないが、否定的 ともとれる文献もあった(イ(ア) 2004 年 12 月以前の文献ⅰ)②)。

なお、子宮摘出(全摘)の術式としては、一期的手術(分娩時に子宮摘出も行う)

と二期的手術(分娩後に子宮切開創を一旦縫合し、後日再度開腹して、胎盤除去・子 宮摘出の要否を検討する)があるが、本件では一期的手術に絞って検討する。

イ 止血措置としての子宮摘出

(ア) 大量出血が生じて止血困難となった場合に子宮摘出へ移行すべきとする立場(止 血措置としての子宮摘出)

<文献>

【本件事故(2004 年 12 月)以前の文献】

ⅰ)成書

① 『産科出血の臨床』石原楷輔「前置胎盤」1998 年(文献 59p81)

「術前に癒着胎盤かどうかの診断は難しく、したがって、手術時には不測の事態に備え 十分な血液の準備をする必要がある。術中、出血状況から止血困難と判断した場合は、子 宮摘出を躊躇してはならない。」

②『新女性医学大系 異常妊娠』武谷雄二編 1998 年(弁5p132)

前置胎盤例についての記述であるが、「通常の止血操作や収縮薬の投与では止血が図れ ない場合は、①両側子宮動脈結紮法、②両側内腸骨動脈結紮法、③子宮腔内ガーゼ充填法

(この場合は、12 時間後に経腟的にガーゼを除去する)などがあるが、どうしても止血 困難であり、母体の生命に危険が及ぶ可能性があると診断された場合には子宮摘出も考慮 する。」としている。

③『今日の産婦人科治療指針』可世木久幸「癒着胎盤」(文献 65p287、1999 年)

用手剥離開始後、止血操作を行っても出血量が多いときは、単純子宮全摘術を施行す る。

④『新女性医学大系 産科手術と処置』武谷雄二 2000 年(検甲 58p114)

癒着胎盤に伴う出血への対応について、子宮マッサージ、薬物療法(プロスタグランジ ン F2α、バソプレシンの内膜下投与)、剥離部位の縫合でも止血しないときは、速やか に子宮摘出に移行するとしている。

⑤『産科臨床ベストプラクティス』竹内正人ほか 2004 年(文献 61p285)

癒着胎盤の場合、「まずは、部分的にでも胎盤組織と思われる部分を、剥がれやすい部 位からできるだけていねいに剥離していく。」その上で、「胎盤剥離後に癒着胎盤がわかっ た場合、そして先に示した様々な方法で止血を試みても剥離面からの出血が持続し母体血 圧の維持が困難な場合、または 2000ml 以上の出血をみてなお出血が強く続いているとき には、子宮摘出術を選択する。」なお、開腹時に嵌入胎盤が強く疑われる場合には、胎盤 を残してそのまま子宮摘出を施行するとしている。

【2005 年以降の文献】

ⅰ)成書

①『産科診療トラブルシューティング』遠藤尚江「前置胎盤」2005 年(文献 60p118)

「癒着胎盤が疑われた場合には時期を失せず子宮摘出を考慮しなければならない。ま ず、(…止血法について略…)などが行われれるが、止血操作を行っても止血困難、癒着 胎盤が強度な場合は子宮摘出の時期を失してはいけない。」

②『産科臨床ベストプラクティス上級編』亀井良政 2006 年(文献 73p243)

「子宮筋を胎盤付着部と離れて切開することができた場合には、胎盤の自然剥離を待 つ。」「胎盤が自然剥離しなかった場合には、用手剥離を試みるが、剥離が困難で剥離した 面からの出血が非常に多いと判断されたならば、出血点をまず確認する。……出血点が数 個に限定されているならば、縫合止血が有効な場合も多い。出血点が広範囲であれば圧迫 止血を試みる。……これらの方法を用いてもなお出血のコントロールができない場合に は、躊躇せず子宮摘出に踏み切る。」

③『ここが聞きたい産婦人科手術・処置とトラブル対処法』該当部分執筆者室雅巳ほか 20 08 年(文献 74p286)

「妊孕性温存が必須である症例を除くと、母体の救命のためには子宮摘出が癒着胎盤の 最も標準的な治療であり、特に止血困難例では躊躇すべきではない。」「癒着胎盤の存在が 強く疑われ、なおかつ多量の出血が持続して止血が困難な場合は、早急に子宮摘出術に踏 み切ることが肝要である。」

ⅱ)論文

①長橋ことみほか 2007 年(文献 70p404)

(癒着胎盤、前置胎盤、子宮破裂、弛緩出血、常位胎盤早期剥離などにより子宮摘出と なった症例検討をふまえて)「輸血は血型ごと常時2~3単位は確保しているが、不測時 には浜松市内の血液センターからの到着を待つことになり、搬送と同じ時間を要する。以

上を踏まえた上で、我々が実際に産後出血をみた場合、可能な限りの止血を試みると同時 に輸血の準備を行っていく。出血量 2,000ml を目安にその時点での出血状態から子宮摘出 を選択するか否かを判断している。」

(イ) 「止血困難」の判断基準

「止血困難」であるとして子宮摘出に移行する際の判断基準について、具体的に 論じた文献はそれほど多くないが、今回の調査では、癒着胎盤例において出血量 2, 000ml を目安として、その時点の出血状態から子宮摘出の要否を判断するというも のがあった(本件事故以前の文献③、2005 年以降の文献①)。

また、弛緩出血に関する文献でも「2,000ml 以上の出血は極めて危険である」と されており(本件事故以前の文献①)、出血性ショックの重症度においても、出血量 1,500~2,500ml の場合には中等症と診断されるとのことである(同②)。

以上からすれば、出血量が 2,000ml にまで至ることは、母体の生命の危険性を判 断するひとつの目安になると思われる。

【本件事故(2004 年 12 月)以前の文献】

ⅰ)成書

①『最新産科学 異常編』(改訂第 19 版)荒木勤 1993 年(文献 117p297)

弛緩出血について、「個人差はあるが、2,000ml 以上の出血は極めて危険である。出 血速度、出血量による」

②『周産期全身管理マニュアル』竹村喬ほか 1994 年(文献 94p155)

出血性ショックの重症度として、出血量 30~45%(1,500~2,500ml)、脈拍 120 以上、

収縮期血圧 60~80mmHg のとき「中等症」、出血量 45%(2,500ml)、脈拍は触れない、

収縮期血圧 60mlHg 以下のとき「重症」とされている。

③『産科臨床ベストプラクティス』竹内正人ほか 2004 年(文献 61p285、検甲9と同じ文 献の別頁)

「胎盤剥離後に癒着胎盤がわかった場合、そして先に示した様々な方法で止血を試み ても剥離面からの出血が持続し母体血圧の維持が困難な場合、または 2000ml 以上の出 血をみてなお出血が強く続いているときには、子宮摘出術を選択する。」

【2005 年以降の文献】

ⅰ)論文

①長橋ことみほか 2007 年(文献 70p404)前出

(癒着胎盤、前置胎盤、子宮破裂、弛緩出血、常位胎盤早期剥離などにより子宮摘出 となった症例検討をふまえて)「我々が実際に産後出血をみた場合、可能な限りの止血 を試みると同時に輸血の準備を行っていく。出血量 2,000ml を目安にその時点での出血 状態から子宮摘出を選択するか否かを判断している。」

ウ 大出血予防のための子宮摘出

大量出血がおこる前に、予防的に子宮摘出へ移行すべきとする立場の中においても、

具体的な子宮摘出の要否判断基準や移行のタイミングについては、以下のとおり論者 によって異なる。

① 癒着胎盤の可能性が高い場合、あるいはその疑いがある場合に、子宮摘出す べきとするもの

② 臨床的に癒着胎盤の診断がついた場合に、子宮摘出すべきとするもの

③ 胎盤の剥離が困難な場合に、子宮摘出すべきとするもの

これらは、子宮温存(妊孕性の保持)に配慮しながらも、大量出血の危険性がどの 程度高まった段階で子宮摘出に移行すべきかについての見解の違いによるものである と考えられる。ただし、臨床的癒着胎盤の診断基準が一義的に明確でないこともあり

(詳細は、前記69頁第4、2参照)、③に分類したものの中には、②に近いものもある。

なお

、『産婦人科診療ガイドライン-産科編 2008』(文献 32)では、「癒着胎盤が予

(ア) 癒着胎盤の可能性が高い場合、疑いがある場合に、子宮摘出すべきとするもの(上

<文献>

故(2004 年 12 月)以前の文献】

性医学大系 産科手術と処置』武谷雄二編 2000 年(検甲 58 p113 p114)

の可 能

② (文献 61p285、2004 年、検甲9と同じ文

子宮壁が暗紫色ならびに蒼白色へと変色していて、静脈血管の怒張が顕著で あ

③『周産期救急のコツと落とし穴』竹田省「帝王切開時の大量出血の処置」2004 年(文献 想される場合、胎盤を避けて子宮切開し児娩出後、胎盤用手剥離を試みずに切開創を 閉じ、一期的または二期的に子宮摘出を行う試みがなされている。しかし癒着胎盤の 術前確定診断法が確立していない現在、術式の事前選択には困難を伴う。」とされてお り、上記①については消極的ともとれる内容となっている。

記①)。

【本件事

ⅰ)成書

①『新女

「開腹時に子宮壁の紫色への変色あるいは胎盤が透けて見える場合には癒着胎盤 性がきわめて高く、児娩出には胎盤付着部を避けた切開で子宮摘出を優先することが出 血を最小限に抑えられるため推奨される。」

『産科臨床ベストプラクティス』竹内正人ほか 献の別頁)

「開腹時に

ったり、子宮壁から胎盤が透過される場合は、癒着胎盤でも嵌入胎盤が強く疑われるた め、子宮全摘術の適応となる。」「出血が少ない場合は、胎盤を残し切開創部を縫合し、そ のまま子宮摘出を施行する。」なお、胎盤剥離後に癒着胎盤がわかった場合で、止血困難 なときも、子宮摘出術を選択するとしている。

13p185)

ドキュメント内 福島県立大野病院事件 (ページ 77-106)

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