(1)保健所の行った疫学調査等における課題を検討するための事前調査
加藤 千鈴
(福岡県京築保健所)Ⅰ 目的及び背景
新型インフルエンザ発生時に、的確な対策を行うために必要な疫学情報の収集、発信を行うととも に、関係機関や住民との情報の共有を図ることは、保健所の果たすべき役割の一つである。また、感 染症に対する公衆衛生的対応の中でも、疫学調査は基本的なものである。全国の保健所は精力的に調 査を実施し、今回の新型インフルエンザ発生においては、疫学調査は新型インフルエンザの感染拡大 防止に一定の役割を果たしたと評価されている。しかし、極めて多くの事例に迅速に対応する必要が あったことによる課題や個人のプライバシーに関する課題等、幾つかの課題も指摘されている。
今回、保健所が行う疫学調査等における課題について検討し、今後の体制見直しに資することを目 的として、本調査を実施した。なお、本調査は事前調査として全国の7所の保健所に対して行った事 前調査であるため、この調査結果は今後の検討の基礎資料としたい。
Ⅱ 調査の方法
本事業の研究協力者が所属する7保健所(県型保健所6か所、特別区保健所1か所)を対象に調査
票をE-mailで送付した。記名式による自己記入式調査票調査とし、回収はE-mail又は郵送とした。2009
年12月25日送付、2010年1月12日回収期限とした。回答は単純集計により解析した。回収した質 問紙は7施設(100%)であった。
Ⅲ 結果
1 積極的疫学調査における濃厚接触者の定義に係る課題
(1)平成21年5月1日付積極的疫学調査実施要綱の課題
積極的疫学調査実施要綱(5月1日付)の課題としては、「現場の負担を考慮していなかった」が
23%で最も多く、次いで「調査される側の理解や負担を考慮していなかった」が 17%、「解釈上の
幅があり明確でなかった」、「『蔓延地域滞在者』は外したほうが良かった」、「『接触時間は問わな い』のは適当でなかった」が12%と多かった。
12%
6%
6%
6%
12%
12%
23%
17%
6% 0% 1. 理解困難であった
2.解釈上の幅があり明確でなかった 3.もっと細かい方が良かった 4.もっと概念的な方が良かった
5.各自治体の判断で運用可能な方が良かった 6.「オ.蔓延地域滞在者」は外したほうが良かった 7.「接触時間は問わない。」のは適当ではなかった 8.現場の負担を考慮していなかった
9.調査される側の理解や負担を考慮していなかった 10.課題はない
1:
2 3
8
7 6
5 4 9
10
図1 濃厚接触者の定義に係る課題:積極的疫学調査実施要綱(5月1日付)について
(2)平成21年7月22日付積極的疫学調査実施要綱の課題
積極的疫学調査実施要綱は7月22日に改正され、濃厚接触者の定義が変更された。主な変更点は、
直接対面接触者の定義に「2m以内、10分以上」という具体的な目安が入れ込まれたことであった。
本実施要綱における課題としては、「現場の負担を考慮していなかった」が 32%で最も多く、次い で「調査される側の理解や負担を考慮していなかった」が20%、「『2m以内』、『10分以上』という 定義は適当ではなかった」が13%と多かった。
7%
7%
7%
7%
13%
32%
20%
7% 0% 1.理解困難であった
2.解釈上の幅があり明確でなかった 3.もっと細かい方が良かった 4.もっと概念的な方が良かった
5.各自治体の判断で運用可能な方が良かった
6.「2m以内」、「10分以上」という定義は適当ではなかった 7.現場の負担を考慮していなかった
8.調査される側の理解や負担を考慮していなかった 9.課題はない
1:
2 3 8
7 6
5 4 9
図2 濃厚接触者の定義に係る課題:積極的疫学調査実施要綱(7月22日付)について
(3)その他、積極的疫学調査における定義に関する意見
平成 21 年7月 22 日付の新型インフルエンザ積極的疫学調査実施要綱は、もう少し早め(6 月後半~7 月始め)に出して欲しかった。
「医療関係者(感染防御なし)」は幅があり明確でない。「感染防御なしの状態で直接患者と接触した医 療従事者」等の表現が適切であったと考える。
積極的疫学調査については大変大きな負担であり、あまり効果もなかったように思う。封じ込めはできな いという情報がありながら実施していたことに大変矛盾を感じており、定点で把握できるレベルでも継続 されていたことに矛盾を感じた。何の為に調査を行うのか不明のまま実施していたことが大変大きな問 題と思う。
定義では濃厚接触者と軽度接触者との区分けがあったが、タミフル予防投与の線引きがなくなってから は実際の指導、助言の場面では何ら違いはなかったように思う。クラスター時は患者調査が多くなり、保
健所の患者調査後は、ほとんどの施設で健康観察の必要性に理解を示し、責任者が慎重かつ丁寧に 接触者の対応をしていた。
修学旅行帰りの高校生で集団発生したため、調査票(添付 3)は使用せず、一覧表で対応した。
封じ込め目的(感染を広げないため)の積極的疫学調査は無理である。濃厚接触者の決定も氷山の一 角で、漏れは沢山あったはず。初発の何例かは疫学調査をできるだろう。マスコミ対応も問題である。
2 積極的疫学調査実施時の課題
(1)調査実施時の課題
調査実施時の課題としては、「疫学調査票様式の調査項目が多すぎてかなりの時間と人員が必要 であった」が31%で最も多く、次いで「患者の体調が悪く、詳しい聴き取りが難しかった」が21%、
「患者又は保護者に連絡がなかなか取れなかった」が 16%、「患者又は保護者に、プライバシーを 理由に接触者をなかなか教えてもらえなかった」が16%と多かった。
21%
16%
16% 11%
5%
31%
0% 1.患者の体調が悪く、詳しい聴き取りが難しかった 2.患者又は保護者に連絡がなかなか取れなかった 3.患者又は保護者に必要性を理解してもらえなかった
4.患者又は保護者に、プライバシーを理由に接触者をなかなか教え てもらえなかった
5.患者又は保護者に、風評被害をおそれて接触者をなかなか教え てもらえなかった
6.疫学調査票様式の調査項目が多すぎてかなりの時間と人員が必 要であった
7.課題は特にない 1
4 3 5
6 7
2
図3 積極的疫学調査実施時の課題
(2)その他、積極的疫学調査の実施に関する意見
積極的疫学調査実施時の課題としては、負担の大きさを指摘する意見が多い中で、特に問題がなか ったとの回答も見られた。
・7月中旬より患者及び接触者が急増したため、積極的疫学調査が大変になり(特に記録)夜中まで残 業の日々であった。
・調査票添付 1~添付 3 の記載に多大な時間を要した。重複しても何度も同じことを記入することもあり 改善して欲しい。
聞き取らなければならない情報が沢山あり、体調不良者(特に高齢者)は辛そうな様子だった。様式が 沢山あった。
特に問題なくスムースに行われた。
独居で体温計を持っていない人もおり、体温測定の報告が難しい人もいた。国民全員に体温計を。
3 住民に対する情報提供とリスクコミュニケーションについて
(1)保健所による住民に対する啓発の実施
住民に対する啓発については、ほとんどの保健所が実施していた。なお、保健所によっては、保 健所が行わず本庁が一括して啓発や周知を実施していた。
86%
14%
1.はい 2.いいえ
図4 保健所による住民に対する啓発や周知の実施の有無
(2)住民に対する情報提供の内容
住民に対する情報提供の内容としては、特に偏りがみられず、保健所が把握している情報につい て、まんべんなく情報提供を行っていた。その他として、「患者の看病の仕方」や「食料の備蓄につ いて」が挙げられた。
7%
5%
5%
10%
10%
10%
7% 7%
3%
5%
10%
10% 3%
8%
1.管内の患者発生の状況 2.管内の学級閉鎖の状況 3.管内の学校閉鎖の状況
4.新型インフルエンザの基本的情報 5.新型インフルエンザの感染予防方法
6.新型インフルエンザにかかった場合の対応方法 7.重症化の徴候についての注意喚起
8.管内の医療機関情報 9.リスクの高い人への注意喚起 10. ワクチンに関する情報 11.国又は自治体の通知 12.相談窓口
13.新型インフルエンザに係る国や各自治体等のホームページ 14.その他
1 3
4
5 6 7
2
9 8 10 11 12
13 14
図5 保健所による住民に対する啓発内容
(3)住民に対する啓発の方法
住民に対する啓発の方法としては、保健所が持つ手段を利用して、まんべんなく啓発が行われて いた。その他としては研修会やケーブルテレビなどが挙げられていた。
17%
3%
17%
17%
11%
9%
9%
17%
1.市町村への広報依頼
2.自治会組織に情報提供を依頼 3.チラシ作製、配布
4.保健所ホームページでの周知
5.医療機関を通して広報患者等に情報提供 6.学校を通して生徒や保護者に情報提供 7.福祉施設を通して利用者や関係者に情報提供 8.その他
1
3 5 4
6 7
2 8
図6 保健所による住民に対する啓発の方法