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板橋累層
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是松累層
IX.地史
本研究では,三次地域と高山市地域の備北層群から浮遊性微化石帯を認定すること ができた.そこで,従来の研究とあわせて地史について考察した.
高山市地域の古環境の変遷
高山市地域の備北層群は主に砂岩よりなる下部層と主に泥岩よりなる上部層に区分
される.下部層からは底生有孔虫化石群集(Miogypsina kotoi一(>perc ulina complanata
/aponfca群集〉や軟体動物化石群集(Turbo−Chlamys群集〉が認められる.これは,
暖かい外洋水の影響のある開いた浅海の環境である(糸魚川・西川,1976).上部
層下部からは,底生有孔虫化石群集(Hanza waia taga ensis−Heterolepa pra ecincta ge集),
珪藻化石(().ka朋アae帯上部〜D. pra ela uta帯下部),放散虫化石(C. costa・ta帯)
が認められる.上部層下部の底生有孔虫化石群集は,中部大陸棚の水深を示すとさ れているが(野村,1992),この推定は最も浅い見積もりを行っており(Nomura,
1992),さらに水深が深い可能性が高い.珪藻化石帯と放散虫化石帯からは,約
16.3Maの時代であること,外洋性の浮遊性微化石を多産する(例えば,
Thalassionema nftzschioidesの割合が77−88%)ことから,外洋水の影響を受ける海 が広がっていたことが推定できる.備北層群の上位に重なる玄武岩の放射年代は,
9.5Ma−7.4Maである(宇都,1995).この玄武岩は,枕状溶岩などの海底に噴出し た証拠がなく,陸上で噴出したものと思われる.上部層が堆積した後,10Maごろま でに隆起・陸化して侵食され,吉備高原一帯に噴出した玄武岩に覆われた.その後 この地域は現在の標高まで隆起し,侵食が進んで現在の地形が形成された(図45).
三次地域の古環境の変遷
三次地域の備北層群は陸成層の塩町累層,主に砂岩よりなり浅海性の環境を示す是 松累層,主に泥岩よりなり外洋性の環境を示す板橋累層に区分される.塩町累層は
主に礫岩,砂岩,泥岩よりなり,湖沼生の植物化石を産出するため陸上で堆積した ものである(今村ほか,1953).また,塩町累層中の三良坂礫岩部層のインプリケー ションは,南から北の流れを示す.畠中には三次地域の南に存在する吉舎安山岩類 の安山岩が存在する.そのため,塩町累層の堆積時には現在の日本海魚に向かって 河川が流れていたと考えられる.
豊松累層は主に砂岩よりなり,GeloiflaやVicaryaなどの熱帯性軟体動物化石や Oρerc ulfnaなどの熱帯性有孔虫化石を産出する.したがって,暖かく浅い海でありマ
ングローブ沼の存在するような環境であったと考えられる(上田,1989).
板橋累層下部は泥岩からなり,底生有孔虫化石群集(Uvigerina segundoensis(s⊥)
群集),珪藻化石帯(C.kanayae K}上部〜1λpraelaH亡a帯下部),石灰質ナンノ化石 帯(NN4〜NN5)が認められる. Nomura(1992)は底生有孔虫化石群集から大陸棚
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外縁部〜斜面上部の水深を示すとしているが,さらに深い可能性もある.珪藻化石
帯からは,約16.3Maの時代であること,外洋性の珪藻化石を多産する
(丁加1ass加艘a疏zsc血f o∫desの割合が24−77%)ことから外洋水の影響を受ける海 が広がっていたことがわかる.このことは底生有孔虫化石の示す海の深度とも調和
的である.
板橋累層上部は砂岩優勢スランプ層やタービダイト層からなり,化石はほとんど産 出しない.スランプのすべり方向が南東→北西を示す(山崎ほか,1985)ことより,
現在の瀬戸内側に陸があったものと推定できる.この是松累層から板橋累層までの 堆積は,三次地域が高山市地域と同時に陸から海になり,さらに海が広がっていく 過程を示すものである.備北層群の上位に重なる玄武岩の放射年代は,12Ma
−7.7Maである(宇都,1995).この玄武岩は,枕状溶岩などの海底に噴:出した証 拠がなく,陸上で噴出したものと思われる.板橋累層の堆積後,12Maごろまでに隆 起・陸化して侵食:され,現在の世羅台地一帯に玄武岩が噴出した(図45).
中国:地方中央部の地史
中国地方は三次地域の備北層群塩町累層や津山地域の勝田層群植月層の堆積時には 陸であり,湖や川にこれらの地層が堆積した.その後,中新世前期末にこの地域に 海が進入し,三次地域の備北層群是松累層や勝田層群吉野層などの浅海性の地層が 堆積した.これらの地層は熱帯から亜熱帯の環境を示すことから,汎世界的な海水 準上昇によるものかもしれない.その後さらに海が広がり,三次地域の備北層群板 橋累層や上部層,勝田層群高倉層が堆積するより深い海の環境になった.この時代 は,産出する珪藻化石より約16.3Maであることがわかる.また,外洋性の珪藻化石 の割合が多いことから多井(1975)の主張するように,中国地方全体に海が広がっ ていたと考えられる.この一一連の堆積過程の問には,少なくとも200m以上の海水準 上昇が必要であり,その原因としては気候変動は考えにくいため,中国地方一円に 急激な沈降が起こったものと思われる.その後,12Maごろまでに隆起・陸化して侵 食され玄武岩が噴出した.また,さらにその後山ノ内衝上(今村ほか,1953>など 中国地方一帯で認められる断層運動により中国山地や世羅台地・吉備高原などの隆 起帯が形成された.隆起の進んだところは,侵食により備北層群の上位の地層が削 剥され備北層群の下位の層準のものしか残らなかった.三次地域は,凹地にあたり 比較的上位の層準のものまで残ったと考えられる.
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7.7Ma
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世羅台地 玄武岩噴出
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吉備高原 玄武岩噴出
9.5Ma
陸化