第1項 習得の要因として画数と使用率を取り上げる理由
(1)画数
この調査では、画数を、漢字の図形的な複雑さの指標として取り上げる。しかし、これまでに、画 数以外に、その指標として提案されているものがいくつかある。例えば、次のようなものがある。
・線数1
漢字を構成する点と線の数。例えば、「由」は3画だが、線数では4である。
・河井芳文による物理的複雑性2
「独立した線分、支点または接点によって分けられる線分、および点などの数によって規定3」
される値である。例えば、「二」の物理的複雑性の値は2であり、「人」は3である。
・賀集寛らによる視覚的複雑性4
iつ1つの漢字について、「非常に簡単jから「非常に複雑」までの7段階の尺度を用意して、
複数の被験者に評定させて、1つ1つの漢字について求めたその平均値。
漢字の図形的な複雑さの指標として、これらを使わないで画数を使う理由は、次の3つある。
・これらの値は、現在のところ、常用漢字1945字のすべてについて求められていない。
・これらが、漢字の下形的な複雑さの指標として、画数よりもまさっている、という根拠はあまり ない。
・線数以外の物理的複雑性と視覚的複雑性についてであるが、漢字の図形的な複雑さということに 関して、画数ほどの単純さがない5。
(2>使用率
国語研でこれまで行われてきた漢字調査のうち、比較的規模の大きいものは、次の2つである6。
・現代雑誌90誌調査(以下、雑誌調査と略す。)
昭鵜31年に発行された月刊雑誌90誌を対象にした調査。母集団から用語調査のために抽畠した
第5節 画数とイ吏用率 61
標本の約3分の2の部分について調査した。母集団の約34e分の1にあたる。総延べ漢字数は、
28G,094字である。結果は、国語研報告22「現代雑誌九十種1の用語用字く2)一漢;字表一」(秀英出版、
昭和38年)に報告されている。
・現代新聞3紙調査(以下、新聞調査と略す。)
昭和41年の1年間に発行された朝日・毎日・読売3紙を紺象にした調査。母集団から60分の1 の比率で抽出した語彙調査の標本から、広皆(案内広告)と表(番組欄・株式栢場表など)を除 いた部分を調査した。総延べ漢字数は、991,375字である。結,果は、国語研報告56「現代叡聞の 漢字」(昭和51年、秀英出版)に報告されている。
この2つの調査とも、1つ1つの漢字の使用率は、次の式で計算されている。
その漢字の使用度数 ある漢字の使用率蔦
× loeo 総延べ漢字数
常用漢字1945字について、雑誌調査の使用率と薪聞調査の使用率との相関係数を計算すると、
0.903であった。調査時期で10年ほどの違いがあり、また、雑誌と新聞という調査対象の違いがあるが、
きわめて高い値である7。
新聞調査の後、当用漢字音訓表の改定(昭和48年6月18日)、常用漢字表の皆示(昭和56年10月1日)
という蟹語施策の変更があった。そのため、雑誌や薪聞を現在再び調査したら、大きく使用率が変わ る漢字があるかもしれない。しかし、全体的には、雑誌調査と薪聞調査の結果とあまり変わらないよ うに思われる。成人の公的な書きことばにおける1つ1つの漢字の使われ方は、安定していると考え られる。そこで、この調査では、成人の公的な書きことばにおける1つ1つの漢字の使用率を、その 漢字の属性として取り上げることにした。1つ1つの漢字の使用率が、児童・生徒の漢字の読み書き
とどのように関連づけられるか、ということについては、調査結果の分析のところで述べる。
〔注〕 1.渡辺 茂「漢字と図形」日本放送出版協会、昭和51年
2.河井芳文「漢字の物理的複雑性と読みの学習」教育心理学研究、第14巻3号、昭和41年 3.同上、130ページ
4.賀集寛・石原岩太郎・井上通雄・斎藤洋典・前田泰宏「漢字の視覚的複雑性」人文論究、第29
巻1号、昭和54年
5.点線は、基本的には、漢字の運筆上の単位である。そして、視覚的な構成単位と言えるかどう か分からないが、それに近い単位でもある。そのため、その数が多くなれば、図形的な複雑性 も増す、ということについて、直観的な理解が得やすい。
一般に、漢字の図形的な複雑性とは、いったいどのようなことなのか、ということが、あま りはつきりしていない。この点に関して、河井は興味深い意見を述べている。個字問題では、
漢字の字形の複雑性が中心的課題のひとつとして扱われてきた。そのとき、複雑性を論じるのに、
画によって複雑性を代用するか、あるいは、ただ漠然と複雑ということばを用いながら、一一切 その性質や定義に触れないのが、これまでの多くの、漢字の複雑性の扱い方の実際の姿であっ た。」(河井芳文「漢字の画の分布と複雑性」東京学芸大学紀要(第1部門)、昭和46年、68ペー ジ。)
62第3章 調査の方法
6.次の記述は、「国立国語研究所の歩み・8現代の漢字」(雷語生活、昭和49年2月号。野村雅昭 執筆。)によるところが多い。
7.音訓の使薦率も、同様に、次の式で計算して、常用漢字4087音訓について、雑誌調査の使用率 と新聞調査の使用率との相関係数を求めると、O.876であった。
その音訓の使用度数 ある音訓の使用率==
×1000 総延べ漢字数
なお、函数・使用度数とも、雷語計量研究部第2研究室で作成した磁気テープ・ファイルを 利用した・ただし・功臣については・第2項で説明するように、この調査のために一部修正し て使った。
第2項画数・使用率と他の要因
く1)画数
漢和辞典によって、画数に違いのある漢字がある。そこで、この調査では、当用漢字別表の漢字 881字については、文部時報の別選として発行された文部省調査局編集「当用漢字・送りがな・筆順」
(帝国地方行政学会、昭和35年)の付録「『教育漢字の筆順選索引」に従った1。当用漢字別表の漢 字以外の漢字については、鎌田正・米山寅太郎編「漢語林」(大修館、昭和62年)に従った。この辞 書が最近出版されたため、常用漢字表に追煽された漢字の字体変更に応じていることと、当用漢字別 表の漢字についても、上の文部時報の別冊の付録とあまり違わない画数の数え方をしているからであ
る。
いちばん画数の少ない漢字は、一(1画)であり、いちばん画数の多い漢字は、鑑(23画)である。
表3−IOは、3画ずつ8つの区聞に分けて、常用漢字1945字の度数分布を示したものである。この表の それぞれの区間を水準と呼ぶことにする。習得率との関係について検討するときは、この水準を使う ことにする。
表3−10 常用漢字1945字の画数の度数分布
水準 画 数 小学校配当漢字 それ以外の漢字 全 体
1 1− 3 35 3,5% 9 0.9脇 44 2.3%
2 4− 6 193 19,4飴 76 8,0鴨 269 13.8%
3 7− 9 292 29.3% 214 22.6% 506 26.0%
4
10−12
289 29.0% 306 32.2% 595 30.6艶5
13−15
139 14.0覧 217 22.9騰 356 18.3%6
16−18
40 4,0覧 95 10,0% 135 6.9%7
19−21
8 0.8% 29 3.1% 37 L9騰8
22−23
0 0.0% 3 0.3% 3 0.2覧ムロ
言十 996 100.0鴨 949 100.0% 1945 100.0%
第5節 薩i数と{吏用率 63
表3−11は、音訓の数による重みを加えて集討したものである。音訓を単位にして、画数の度数分布 を示したものと考えることができる3。
表3一・H 常用漢字4087音訓の画数の度数分布
水準 画 数 小学校配当漢字 それ以外の漢字 全 体
1 1− 3 104 5.2% 32 1.5% 136 3.3%
2 4− 6 429 21.4% 201 9.7% 630 15,4%
3 7− 9 590 29,5騰 491 23.6% 1081 26,6鴨
4
10−12
570 28.4覧 666 31,9% 1236 30.2騰5
13−15
233 11,6鴇 442 21,2鴨 675 16.5騰6
16−18
68 3.4% 195 9.4鴨 263 6。4乾7
19−21
11 0.5% 49 2,4覧 60 1.5%8
22−23
0 0.0% 6 0.3鴨 6 0.1%合 計 2005 100.0% 2082 100.0覧 4087 100.0%
(2)使用率
この調査では、雑誌調査と薪聞調査の結果を総合するために、1つ1つの漢字について、次の式で 使用率を計算した。
ある漢字の使用率
雑誌調査でのその漢字の使用度数 十 組曲調査でのその漢字の使用度数
×1000一一一く1)
雑誌調査の総延べ漢字数 十 新聞調査の総延べ漢字数
この値は、昭和31年に発行された雑誌90誌と昭和41年に発行された薪聞3紙を母集団とする漢字の 使用率と考えることができる。ちなみに、常用漢字1945字について、(1)式で求めた使用率と、雑誌調 査の使用率との相関係数を計算すると、0.938であった。そして、新聞調査の使用率とは0.996であっ た。どちらも、第1項で見た雑誌調査と薪聞調査との相関係数よりも大きい。
同じように、1つ1つの音訓について、次の(2)式で使用率を計算した。常用漢;字4087音訓について、
この式で求めた使用率と、雑誌調査の使用率との相関係数を計算すると、O.916であり、薪聞調査の 使用率とは0.996であった。漢字の使用率の場合と同じく、どちらも、第1項で見た雑誌調査と新聞 調査との相関係数よりも大きい。以後、この調査で使用率と言う場合、(1)式と(2)式によって求められ た値を幸うことにする。
ある音訓の使用率
雑誌調査でのその音訓の使用度数 + 薪聞調査でのその音訓の使用度数
×loee一一一(2)
雑誌調査の総延べ漢字数 十 新聞調査の総延べ漢字数
使用率の大きさによって度数分布表を作ると、いちばん小さい区問に漢字や音訓が集中してしまう。
そこで、この調査では、順位によって、使用率の違いを見ることにした。常用漢字1945字について、
全体を10の水準に分けたものが、表3−12である。音訓についても、同じように、8つの水準に分けた ものが、表3−13である4。
64第3章調査の方法
表3−12常用漢掌1945字の使用率の度数分布表
水準 順 位 (使用率) 小学校配当漢字 それ
1 1−200 (1.229 一/5.239) 200 20.!% 0 2 20!−400 (0.647 一 1.228) 194 19.5騰 7 3 401−600 (0.392 鼎 0.646) 178 !7.9覧 22 4 601−800 (0.242 備 0.391) 152 !5.3覧 47 5 801−1000 (0.157 一 0,241) 121 !2.1% 82 6 1001一玉200 (0.101 一 0.156) 80 8.0鴨 118 7 120!−!400 (0.061 一 0.100) 41 4.1% 171 8 140!−1600 (0.034 一 0.060) 20 2.0% 169 9 1601−/800 (0.014 轡 0.033) 7 0.7% 197 1
Ol
1801−1945 (0.000桝 0.013) 3 0.3% 136
ムロ 計
996
!唾
949そ糊嚇 k㌔竺
O,0961 200 !0,3%
O.7951 201 10,3%
!0.3%
!0.2%
10.4%
10.2%
II.O%
9.7%
!0.5%
7.!%
IOO.O%
蓑3−13 常用漢字4087音訓の使用率の度数分布表
水準
12345678
.
順 位 (四三四) 小学校醗嶺漢字
Eum
それ以外の漢字 全 体
1一 500 (O.427 一12.140)
501−!000 (O.171 一 O.426)
1001−1500 (O.086 一 O.170)
合
490 437 320
24.4覧 2!.8%
!6.0%
10 66 183
O.5% i 500 !2,2%
3.2%i 503 !2,3%
8.8% 1 503 !2.3%
.043 皿 0.085) 241 12.0% 258 !2.4% 499 !2.2
。021 牌 0.042) 186 9.3% 330 15.9% 516 !2.6
.009 一 0.020) 124 6.2% 366 17.6弘 490 !2.0
003 } 0.009) 110 5.5% 417 20.0臆 527 12.9
000 } 0.002) 97 4.8覧 452 21.6騰 549 13.5
計 2005 100.0覧 2D82
1100.0鮪
4087 10G.0
(3)他の要因
これまで、熟知度(性)・有意味度・具体性・象形性などの心理的な測定値が報告されている5。
この調査で、これらを要因として取り上げない理由は、熟知度以外、いずれも、常絹漢字1945字、ま たは小学校配当漢字996字のすべてについて求められていないということがいちばん大きい。しかし、
そのほかに、次の理由がある。
・これらは、漢字の属性とされているが、実際は、ある集団を対象とした心理的な灘定値である。
この調査の野糞対象である児童・生徒の場合、それらの値が異なる可能性が大きい。
・これらの値は、心理的な測定値である以上、現在の漢字の学習段階配当に依存している。したがっ て、現在の漢字の学習段階配当が異なれば、これらの値も異なる可能性がひじょうにある。
画数と使用率は、これらの心理的測定領とは違って、児童・生徒から独立した漢字の属性と見るこ
第5節 画数とイ曲用率 65