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(1) 森林生態系の評価

1) 評価結果

 森林生態系の状態は、

1950

年代後半から現在において損なわれており、長期的 には悪化する傾向で推移している。

 森林面積は国土の

67%を占めており、全体の規模に大きな変化はみられないが、

人工林への転換等によって天然林の面積は

1960

年代から

2010

年代にかけて約

15%減少した。森林の連続性も低下している(第1の危機)

 自然性の高い森林の減少速度は低下したものの、二次林の生態系の質が低下す る傾向にある(第2の危機)。

 近年、シカの個体数の増加、分布の拡大による樹木や下層植生に対する被害が 拡大・深刻化している。また、気候変動によると思われる高山植生への影響等 が報告されている(第2の危機、第4の危機)。

 現在、社会経済状況の変化によって、森林における開発や改変の圧力は低下し ているが、継続的な影響が懸念される。

表 II-11 森林生態系における生物多様性の損失の状態を示す小項目と評価

評価項目

評価 長期的推移

現在の損 失と傾向 過去 50 年~

20 年の間

過去 20 年~

現在の間 森林生態系の規模・質

森林生態系の連続性 森林生態系に生息・生育する種の個

体数・分布 人工林の利用と管理

(i) 自然性の高い森林の改変

わが国の森林面積は約

25

km

2 で、国土の

67%を占めている。しかし、戦中・戦

後から

1980

年代にかけて森林面積に占める自然性の高い森林(自然林・二次林)の面

積は減少する傾向がみられた(図 II-30)。この背景の一つとして第二次世界大戦直後 からの木材需要の高まりによる大規模な伐採とそれにともなってのスギ・ヒノキ等単 一樹種による大規模な拡大造林が行われたことが挙げられる(図 II-31)。また、

1980

54

代後半のバブル経済期には森林から農地、宅地、工場、レジャー施設への転用が進み、

森林が減少した。歴史的に改変の進んだ西日本では自然林(常緑広葉樹林)の面積は わずかしか残っておらず、こうした変化による平野部の二次林等に依存する一部の希 少種への影響が示唆されている1)

また、二次林における人間活動の縮小は、薪炭林等として使われてきた明るい林床 を有した二次林の多くを、高齢化した樹木やタケ・ササ類が密生する暗い雑木林へ変 化させてきた。二次林の適切な管理の縮小による、森林生態系の一部を構成する生物 の生息・生育環境の変化が示唆されている2)

出典)林野庁, 森林資源現況調査.

図 II-30 森林面積(天然林・人工林)の推移

出典)林野庁, 森林・林業統計要覧.

図 II-31 人工造林面積の推移 0

500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000

1966 1971 1976 1981 1986 1990 1995 2002 2007 2012 森林面積km2

(年)

その他 人工林 天然林

0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500

1920 1925 1930 1935 1940 1945 1950 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010

人工造林面積(km2

(年)

55

(ii) シカ及び森林病害虫による被害等

シカの1978年と2009年の分布を比較すると、1978年に分布していた地域を中心に シカの分布は大きく拡大している。(図 II-32)。シカの分布の拡大や過密化は、土壌の 流出や斜面の崩壊3), 4)、森林樹木の更新や再生の阻害等の二次的な破壊や森林生態系の 撹乱の要因となることが指摘されるなど5), 6)、全国的に大きな損失を引き起こすおそれ がある。また、イノシシについても積雪の少ない東日本の太平洋側等を中心に分布が 拡大していく可能性が高いため、分布が拡大し生息密度が高くなる前に早急な対策を 取っていくことが求められる(図 II-33)。

利用・管理の縮小による二次林の高齢化や枯死木の放置は、カシノナガキクイムシ によって媒介されるナラ菌によるナラ枯れ、マツノザイセンチュウによる松枯れの被 害を拡大させることが指摘されている7)。松くい虫被害量については、1979年にピー クとなり、その後は減少傾向にあるが、高緯度・高標高地域では被害が増加している 箇所もある。松枯れの被害量は

1950

年以降、特に

1980

年頃に急激に増加した。

1980

年代後半以降は再び減少傾向にある(図 II-34)。

出典)環境省, 2012: 平成23 年度生物多様性評価の地図化に関する検討調査業務報告書.

図 II-32 シカの分布とその拡大予測

分布拡大の予測

56

出典)環境省, 2012: 平成23 年度生物多様性評価の地図化に関する検討調査業務報告書.

図 II-33 イノシシの分布とその拡大予測

出典)林野庁, 2015: 全国の松くい虫被害量(被害材積)の推移.

図 II-34 全国の松くい虫被害量の推移

(iii) 気候変動

森林の中でも山地の生態系については、気候変動の影響が懸念されている。特に、

低標高に生息していた生物の高山帯への分布拡大、ブナ林等の冷温帯自然林や標高の 低い山地もしくは低緯度地方の高山植生の縮小・衰退、また高山に特徴的な種等に対 する影響が懸念されている8), 9)

0 50 100 150 200 250 300

1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013

被害材積量(万m3

(年)

分布拡大の予測

57

(iv) 森林生態系の連続性

森林の分断化・孤立化にともない、そこに生息する個体群も分断化・孤立化される と、動物の個体群の存続に大きな影響を与えると考えられている。植林地は適切な管 理がされない場合には、自然林等と比較して生息・生育する生物の種類や数が少ない と言われているが、生物や管理状況によって植林地の生物多様性保全上の役割は異な るため、植林地の有無を考慮して「なるべく広い森林が隣接している地域」を抽出し たところ、植林地を含む場合は脊梁山脈に沿って森林率80%以上の地域が概ね連続的 に分布しており、関東平野等の平野部が大部分の連続性が低い(図 II-35)。一方、植 林地を除いた場合、森林率80%以上の地域は、北海道や東北・本州中部の山地沿いに 広く分布している(図 II-35)。しかし、北海道の高山性の群集、本州中部山岳地帯の 山地性の群集は比較的大規模に広がっているが、その他の生態系については、比較的 小規模なものが点在している(図 I-1)。こうした地域は、わが国を代表する自然的特 性を知る上で重要であるとともに、生物多様性保全上の核となる地域といえることか ら、将来にわたって保全していく必要がある。

自然性の高い森林(自然林・二次林)の減少、質の変化や分断化は森林性の動物等 の種の組成、分布、個体数に変化をもたらす要因となっている10), 11)。例えば高度経済 成長期において自然性の高い森林(自然林・二次林)の伐採にともなう大径木の減少 や樹種の単純化は、自然の樹洞等を利用する森林性の生物や1)、自然林に生育する着 生・林床性コケ植物等の植物を減少させた要因として指摘されている12)。生息のために 広い森林を必要とするヒグマ・ツキノワグマでは、

1980

年代以降北海道や東北地方で の分布が拡大している一方で、紀伊半島・四国等では個体群が孤立し、存続が危ぶま れている13

58

出典)環境省, 2012: 平成23 年度生物多様性評価の地図化に関する検討調査業務報告書.

図 II-35 森林が連続している地域

(v) 観賞目的の生物の乱獲・盗掘の影響

高度経済成長期以降、国民の生活が豊かになったことでペットや園芸の需要が急速 に増加し、希少種等一部の森林性動植物(昆虫類、ラン科植物等)の観賞目的の乱獲・

盗掘が問題となっている。

(vi) 山岳地域への影響

登山の対象となる一部の山岳において登山道周辺の裸地化の進行や、個体数が増加 したシカによる高山の植生への影響が指摘される一方で14), 15)、気候変動による気温の 上昇や降水量、降雪量の変化、雪解けの速度の変化など複合的な影響にともない、高 山植生への影響も懸念されており、ハイマツの年枝伸長量の変化が観察されている例 もあるほか、ササの侵入による高山植生の消失、ハイマツの分布拡大、高標高地への 木本類の分布の移動が確認されている。また、登山道の荒廃やシカによる植生への影 響は、気候変動に伴う極端な気象現象の増加やニホンジカ分布の制限要因となる積雪 の減少により、更に悪化することも考えられる。

(vii) 林業生産活動の停滞

森林蓄積(森林資源量)は、1960 年代の約

19

m

3 から現在の約

49

m

3 に倍 増した16。1950 年代後半には、高度経済成長にともなって建材等の需要が高まり、国 内の針葉樹林・広葉樹林が大規模に伐採され、木材自給率は約

90%に達していた

17。し かし、1960 年代の林産物貿易の自由化を境に木材輸入量は急増し、1990 年代後半以 降はそれぞれ約

20%に落ち込んだ

17)。他方で、わが国の木材の輸入先国では森林の減

植林地を含めた場合 植林地を除いた場合

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少が問題として指摘されており18)、日本が安価な違法伐採材の混入した外国産木材の格 好の市場となっていると海外や環境NGO の批判を浴びている19)

2) 損失への対策

森林においては、保護地域の指定と管理による保護対策の強化、森林の連続性の確 保のための生態系ネットワークの構築に関する取組、野生生物の生息地・生育地とし ての森林に着目した森林施業や保護増殖等が進められ、一定の効果をあげてきた。そ の一方で低下した森林の管理水準を回復させるための施策を、引き続き強化していく ことが必要と考えられる。

(i) 森林における保護地域等

わが国の森林生態系は、例えば脊梁山地を中心に分布するような特に自然性の高い 森林については、保護地域によるの保護が

1960

年代から進められてきた。秋田県の森 吉山麓高原、紀伊半島の大台ヶ原等における森林の自然再生事業や、森林の連続性の 確保にも力を注いでおり、国有林における「緑の回廊」の設定など、分断化された森 林をつなぐ生態系ネットワークの構築等の対策が実施されており、2010年にCOP10 が開催された愛知県でも、地域の多様な主体が協働で生態系ネットワーク形成を進め る「あいち方式」の取組が実施されている。