私たちの暮らしの安全・安心は、災害を防止するための人工構造物のみならず、自 然生態系による防災・減災等の機能によって守られている。
森林では、樹木の成長・発達とともに、表層崩壊防止機能が向上しており、特に
1960
年代に2000
名近くであった土砂災害による被害者数は、90
年代は50
名程度に減少 している。土壌侵食制御や洪水調整機能は、森林の成熟とともに増加が見込まれる が、市街地の拡大といった要因もあり、横ばいの変化を示している。 流域スケールでは、森林や農地の面積の縮小に伴い、下流における洪水制御機能は ほぼ横ばいで約
7000m
3/s
である。また湿原面積の減少による、湿地の遊水地として のサービスを減少させている恐れがあり、開発や都市域の拡大による生態系サービ スの低下が懸念されている。 一方で、山間地域の集落の衰退や担い手不足により、人工林での手入れ不足や耕作 放棄地が増加するなど管理不足によって、土壌流出防止機能が十分に発揮されない 可能性がある。また里地里山での人間の活動の衰退により、野生動物との軋轢が生 じ、クマ類によって負傷する人が最近
30
年間で約10
倍となるなどディスサービス が増加している。 気候変動による局所的な豪雨の増加等に対しても生態系の防災・減災機能は期待さ れており、地域の特性に応じた対策を講じる必要がある。また、近年注目を集めて いる海岸防災林は、災害時に人工構造物とあわせて私たちの生活を守ってくれる自 然の一つであり、海岸林の再生等が望まれる。
健全な生態系の保全・回復と適切な管理を行い、上流から下流まで地域の生態系サ ービスを活用して安全・安心な社会を構築していく取組が各地で進められている。
表 III-5 暮らしの安全・安心に関係の強い生態系サービスの評価
評価項目
評価結果 備考
過去 50 年間 過去 20 年間
調 整サ ー ビ ス
土壌の調節 -
土壌流出防止機能は横ばい。
アンケートではいずれの期 間もやや減少~減少が多数。
災害の緩和
洪水緩和はやや減少、表層崩 壊防止は増加傾向にある。ア ンケートではいずれの期間 もやや減少~減少が多数。
デ ィ ス サ ー ビス
鳥獣被害 -
中山間地域における活動の 衰退とともに野生生物との 軋轢が増加傾向にある。
※いずれの評価についても、データに基づく評価の他、有識者アンケートの結果を踏まえ て評価を行った。(但し、ディスサービスを除く)
125
(1) 生態系による災害の緩和
日本は、急峻な地形、脆弱な地質といった自然条件により、災害の多い国である。
このような環境のもと、私たちの暮らしは自然の驚異にさらされている一方で、生態 系が持つ防災・減災機能によって守られている。これらの機能は、森林など植生の発 達とともに向上し、健全な生態系によって維持される。
国土の約7割を占める森林では、樹木の生長とともに根系が発達し、表層崩壊を防 止・軽減する働きがある。斜面崩壊が発生しやすいとされる
25°以上の急勾配
1)の地域 では、森林があることによって崩壊からの安全率が維持される。1985
年頃と1995
年頃で比較すると、この期間中、表層崩壊防止機能は、ほぼ横ば いである(図 III-33)2)。一方で、過去50
年間の土砂災害による被害者数は、1950年 代をピークに大幅に減少傾向にあるという報告もあり(図 III-34)、森林、特に人工林 の成熟に伴い表層崩壊防止機が向上しているとする指摘もある。総合的にみると表層 崩壊防止のサービスは、横ばいから増加の傾向にあるといえる。さらに、森林や農地にある植生は、降雨時に土壌侵食を防ぎ、土壌の流出を防ぐ働 きがある。これらは一見、わたしたちの暮らしと直接関係ないようにも思えるが、実 は様々な場面で結びついている。土壌の浸食を防ぐことで、森林や農作物の生育の基 盤を維持するとともに、土砂が河川に流れ込むことによる土石流等の災害を抑制して いる。
1985
年頃から1995
年頃にかけての森林や農地が存在することによる年間土壌流出 防止量は、全国的に大きな変化はみられなかった(図 III-35)3)。特に市街地と農地あ るいは林地の境界部に着目すると、都市域が拡大したことで、土壌流出防止機能は低 下している地域もあった。また、保安林における土砂流出・土砂崩壊防備保安林は、昭和
29
年の約900
千ha
から平成26
年は約3倍の約2,600
千ha
(図 III-36)。指定された保安林が局所的に解 除されることもあるが、生態系の機能を活用した国土管理が行われている。但し、これらの機能は森林では根の発達やリターの堆積、林床植生の発達によるた め、植生やその管理の状況により異なる4)。例えば、ヒノキ人工林は間伐や枝打ちをせ ず、放置すると林内が暗くなり、林床植生が発達しないため、他の針葉樹林に比べて 土壌流出しやすく、ヒノキ人工林にアカマツやササが混入した場合、年間土壌侵食量
は
1/4~1/8
になるという研究事例もある5)。また、間伐したヒノキ林は無間伐のヒノキ林に比べ、土壌侵食量が
0.1~0.15
倍ときわめて少なく、人工林を適切に管理により、土壌侵食防止機能が向上するといえる6)7)。
洪水調整機能は、流域の上流と下流の地域全体で利用しているサービスの一つであ る。森林や農地は、土壌の表層が植生やリターによって被覆されていることで、降水 時には雨水の浸透能を高め、降った雨を地下へと浸透させる。森林や農地で土壌中に 浸みこんだ雨水は緩やかに流下して河川に流れ込むことから、河川のピーク流量を緩 和する。このサービスは、山間地域や農村地域だけでなく、下流域での洪水防止・緩 和にも貢献している。
森林や農地のもつ洪水流量調整機能は、1985年頃も
1995
年頃も平均的には約6900m
3/s
と概ね横ばいであり(図 III-37)、特に流域に森林が多い地域や、標高差が大きい地域で洪水調整量が大きいという傾向がみられている8)。
森林や農地の洪水調整機能は、「緑のダム」として広く認識されている一方で、流域 単位のさまざまな要素を考慮するため、全国一律の定量的な評価が難しい。しかし、
適切な間伐が行われたスギ林や、ブナ林等の落葉広葉樹林では、ピーク流出を遅らせ る効果が高い9など、上流域で多様な森林を適切に維持することが重要といえる。
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また、湿原や河川の氾濫原も洪水時に遊水地として流量を受け止め、洪水の防止・
軽減に貢献している。これらの機能が、河川計画に取り入れられている事例もある。
例えば、釧路川では日本一の広さを誇る釧路湿原(約2万ヘクタール)の下流側に横 堤を設けることで洪水時の遊水地の機能をさらに高めて活用している(参照)。湿地は 遊水地として洪水時のピークカットの機能があるが、湿地面積は
1900
年前後の1772km
2から1990
年代の709km
2へと大幅に減少傾向にあり、国全体での湿地の洪水調整機能は減少傾向にあると考えられている。
防災という面で最近着目されている海岸林の機能は、東日本大震災以降見直されつ つある。海岸林やサンゴ礁は、津波エネルギーの減衰効果(流速や浸水深の低減)や 到達時間の遅延効果、漂流物の捕捉効果等がある。海岸の防災に資する保安林の面積 は最近
20
年間ほぼ横ばいだが(図 III-38)、これらの機能は、地形やその土地の特徴、海岸林の樹種や林齢、幅によって異なるため、地域レベルの研究や取組が進められて いる(BOX III-4参照)。また、樹木の折損を考慮した津波浸水シミュレーションによ り、高さ7mの津波が林帯
200m
の樹林帯に到達した場合、最大浸水深は約8%、最 大流速は約 20%低減する一方で、最大クラスの津波が到達した場合は、全ての樹木を 倒しながら津波が進むことから、津波エネルギーを減衰する効果はないという報告も ある10)。BOX III-4 海岸林による流速緩和、浸水深の低減に関する研究事例 津波減衰効果は、樹種や密度、林齢や林帯幅
等様々な要因によって決まるが、現状でこれ らの全国データ(複数年代)の入手は困難で ある。例えば、入射波高3m、樹林密度 30 本/100m2の時の浸水深と流速について、低 減率γを検討したところ、防潮林幅の増加に 伴い浸水深の低減率は大きく変わる。防潮林
幅50mの時の低減率γ=1から林帯幅400m
になると低減率γ=0.24 と約4分の1にな る。一方で流速については林帯幅が大きくな っても低減率の増加は小さい傾向にあった。
出典)原田賢治, 今村文彦, 2003: 防潮林による津波減衰効果の評価と減災のための利用の可能性, 海岸工学論文 集, 50, 341-345.
BOX III-3 遊水地としての釧路湿原~釧路川河川整備計画への活用
北海道東部の釧路湿原では、釧路湿原を 遊水地として活用することを前提に河川整 備計画を立てている。釧路湿原を河川区域 に指定し、洪水時には釧路湿原に流量として1380m3/s湛水させることで河川流量を
低減するという計画である。
出典)北海道開発局, 2008, 釧路川水系河川整備計 画(国管理区間).