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村 義
明
人誰か心霊の慰安を楽しま司ざるものあらん︒而
してをが要求仁膳じ
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︑吾人に安心主得せしむるもの︑是通泡言ふ所の宗教なり︒凡そ山市敢に内外
の二 道あ り︒ 外道 どは 婆羅 門︑ 基督
︑紳 道︑ 儒致
︑道 数等 偽数 以外 の一 一切 教宗 を総 務し
︑内 山地 ごは 悌敢
に名︿るなり o今外道は之を措ノ\備敬は︑梓寧
一一 怖の 所設 なる 仁︑ 然る じ古 来数 多の 宗を 作し
︑
宗叉各今数振を分つに至れ・り︒ニは︑之れ偽激々義の寛容慶大守る時に臆じ闘に臆じて機根に優
劣差異あるが故に悌設も随って大小樺賞等栂々の
致経を設かれたるに由る︒此れ山市致は必ず致判を立て︑宗旨を定め︑依経立宗するの必要ある所以
也︒而乙て諸宗の一冗組︑或は数仁よ
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て時を忘れ歳は機によちて闘土を省宇︑或は時を見
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機を詮 め手等︑しかも自見を本とせるが故仁︑其撰捧せし教義も悌意に叶は子︑終には人世を盆する乙ど能はまるもの多B
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然る仁吾宗の致判は︑本化大士三設超過の接華経じ基き︑数機時園序の五
義を立
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︑︑一切数法界を批判し玉へば︑内外諾致の樺賞︑異偽︑宛も掌中仁見るが如し︒かく乙て撰出せられたる宗旨は︑末法唯一の大法たる本
問の三大秘法じして︑寒仁五網仁非ずんば本化別
顕の敬相を判ずるに由無︿︑三秘仁非ず比ば︑本化別顧の宗旨を定むるに由無し︒かるが故じ古来
本宗にては︑三秘を宗致と名り︑五綱を宗教と稿
し︑合せて入倒の大事どして珍重せ
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きれば今
言ふ所の宗教は︑通途の謂じあら十︒究下少し︿宗致︵五網︶ご宗致三秘どに就いて吾人の管見を述
べん ご欲 す︒
一︑明敬一切教法の異同を分別して︑依経を
定め︑蹄宗を明むる所以品︒而して本宗の数制は静曾出世の本懐たる法花鰹に根捜し︑一往天台の
五時入敷仁依るご離も︑再往は本化調歩の妙判を
創乙給へり︒則も佐前は暫く台判仁附順せるも︑佐後の時は︑更に一重立入
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たる別頭数判を設げ玉へり︒蓋し吾組の判敬を用ゐ玉ふや︑共規一ならず︑其重まるも@は五時入致︑三種敢相︑四重
典慶︑四種三段︑五重相劃︑.栴股割判等争り
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此等につき一々其梗概を遮ぺんは紙数の許詰
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ごニろ︑且繁を避けて之を略す︒要するに之等の諸判は︑諸敬語口市の同異を分別し︑以て妙法蓮華
経の宗旨を選定する仁仮す︒誠仁妙法蓮華経は内
外︑大小︑擢賞︑本語等一切教示の肝心に乙て︑本化濁歩の三大秘法の依って立つ所の唯一宗旨争りさ
す ︒
二︑鑑機一切衆生の根性︑特に致法を信受す
るもの︑機根を親る争り︒如何に前敬綱に敬艇の選揮を明にすとも︑衆生の様性を鑑今んば何かせ
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末法今時の衆生は唯法事本門の機根なれば︑除数
憐宗は全く無盆争与さ決揮し玉へhリ ︒
悌滅後の機に二種あり︒本巳有善ご本未有善之争
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前者は悌在世に開法下種せし輩︑重ねて蕗法し︑習熟し︑或は解脱するの機なり︑共習熟の
機を熟盆の機といひ︑其解股の機を股盆の機ごいふ︒後者は本未だ備穂あらぎるが故仁︑新民悌椋
を心回に下す︑之を下組結縁の機ごいふ︒而して如来の滅後正保二千年間は︑多分は本己有善の棋
にして︑就中正法は心病最も轄きが故仁︑爾前小
樺の凡薬によりて股篠の者多く︑像怯は心病和重
きが故に︑法華述門の薬味によりて熟盆の者多言
なり︒末法五濁の今時は︑心病尤も重き本末有善者事るが故に︑法華本門の仙薬を要すぺ︿︑之に
依って下種結縁の機根多し︒末法の中に於ても︑本化関口市以後の機を細判せば︑順逆の二機あち︒
宗姐の所謂﹃於ニ末法一者大小構賓頴密共有v数
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きれば機根樟々ありご錐も︑今時議誇の徒は︑妙法蓮華経の主字に非AY
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盆﹄どは是・晶︑故に宗組は不軽菩薩の践を継ぎ︑強いて妙法を設さ聞かせて︑下析結縁し五へり︑此れ本宗が
四個格言を獅子枕して︑折伏を正意ごする所以品
一二︑察時一切の時代を察乙︑特仁働数流停の
時を如りて︑世に膝十る所以品︒教
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撰び機を視るご雄も︑時を知らずんば衆生を盆するこど能は
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﹃三 者時 者弘 一一 働敬 一人 必所
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乙言ひ て︑ 一二 時五 組の 高判 を以
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︑末法臆時の宗数は︑只我妙宗なりご断じ玉へり︒
︵一
︶に 三時 説ご は︑ 大悲 粧仁 一出 づ︒ 正保 末之 也︒
初仁正法時ごは︑如来減秩の翌けより一手年間を
指す︑此時は人心淳善仁して︑敢行証の三盆を具
足
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︑備法正L
︿慌侍するの時奇h J O
究仁像法時
さは︑究の一千年聞にして︑法時は悌減未だ甚だ
遠からず︑人心術淳善の風を失はず︑証盆を錬︿
も敢行のこを具す︑即も悌散の精神衰へて形式を止むる時争り︒三に末法時ごは︑正像の後未来際
を悉す︑此時に入らば︑社曾人心倶に淳善の集を 失ひ︑一向濁悪仁赴き︑悌法は教のみあ・りて行証のニ盆を得るものなし︑即も偽教の精紳形骸倶仁藤顔するの時代争りごす︒
︵二︶に五舵設とは︑大集経に出づ︒五個の五百
歳是 品︒
第一の五百年ぞ解股堅固の時中﹂なす︑三皐中専
ら戒律を賛行して解脱するの時畠︒第二の五百年を騨定堅固の時左中かす︑持戒漸︿衰へ︑代ふる仁
耀定を以て証するの時也︒第三の五百年を護請多
開堅同の時どなす︑締律既に頭れ︑議諦皐聞の智解によりて得盆の時也︒第四の五百年を多造塔寺
堅固の時ごなす︑戒定恵の三皐漸︿腰額し︑但堂塔
伽藍の造立を以て功徳に擬するの時品︒第五の五
百年を闘詩堅固白法隠設の時ご争す︑此時は則も末法の初にして︑大小樺賓の法雑乱し℃白法全︿
隠設するが故仁︑其化境たる世間亦大仁濁乱して︑
関誇言誇の燥なる時畠ごす︒
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皐くる所の三時五杷の二設の如︿んば︑稗骨骨
の入減を歴る乙と二千年︑末法の世に入らば︑既
じ弘まり乙一代悌殺の異積金︿共憤値を巳ひ
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︑暮れ行︿人世の閣は︑終仁滅するに由争げんのみ︒
之れ果して三界慈父の本意守るか?担架経じは
﹁嘗へは七子の如︿︑父母卒等争らぎるにあらぎれざも然れざも病者仁於ては心則も偏じ重し﹄
ハ法
一挙
取市
貫一
抄︶
さ設
かせ
玉ひ
しに
非今
や︒
煩悩
少争
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像を給して︑心病最も篤き末法愛子を捨て玉ふこご決してあるまじきなり︒ハ一
ニ︶
仁後
五百
議妙
法庚
布設
さは
︑法
華経
仁出
づ︒
薬王菩薩本事品に云︿︑﹃我減度後後五百歳中庚宜
洗布
於二
関浮
提一
無
VAT
−一
断絶
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普賢
菩薩
勘稜
品に
云
く︑
﹃守
ニ護
是経
一於
ニ如
来滅
後一
関浮
提内
庭令
ニ流
布目
使1 不ニ断絶一﹄ご︒然り両品の文赫やた
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法華経
の末法の大白法たる乙ごや︒此を以て大集経の白
法隠設を考ふれば︑白法とは黒法即も外進仁謝す
るの謂じし
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︑則も正保流布の法問︑並に爾前穫小の敬経を指すもの申かるや明けし︒斯︿の如︿︑
末法の初期は正し︿出世の本意たる一乗妙法蓮華
将の流布すぺき時なるが故仁︑末代本化の悌子は 忍難弘法︑不惜身命︑以て三毒の重痴を治し︑執構誘賓の遺衆を醒悟せしめ
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るぺからず︒今を去るこさ既仁六百除年︑正しc
悌識に揺じて本化大士日本国仁出現し玉ひ︑巌に業洪範を垂示せ3
せ玉へ
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而して末法は未来際に一貝る︑吾人後継者は︑宜乙く共大任の双肩に懸れるを如って準まずんば非ぎる也︒
歌 B
詑 よ 日
亮
遠
あすはごてりふも暮しぬ人の世の
ふた︑ひ来へきごきあら争ぐにた乙たLリをそのよひ乙ごに悔ひなから
け誌もわすれしわれや何なる
年 じ 新
た乙たhy
の去
年は
どか
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︿ひのこ﹀ろじいきんごたもへは
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