• 検索結果がありません。

宗 0

ドキュメント内 棲神 第八號 (ページ 67-78)

組 の 御

生 涯

)

I慎

暁 木

無始無終なる法華経の神霊が︑無始無終を岡瞳

ごせる我が園へ出現せんご地下に潜み︑時の来たるを待も居給ひしなり︒折しも如来の金言﹁不遺

言語闘詩白法隠浪﹄の世どは守れり︑鳴呼﹁言諮

問詩白法一隠浅﹄果せる哉︑国史上よb

云は

んは

一天寓乗の大君を中心ご乙︑源平二氏の争ムあり二氏漸く衰ふるや最後に北保氏典

hy

承久の大乱

に於て︑畏︿も三上皇を流し︑一帝を麿乙奉るが

如︿暴虐共の極に蓬せり︒次に偽教界上よ

b

遁ぺ

んに︑彼の博敬大師の開基謹問先れざ法華経の山

中伊

ちし

叡山

も︑

惜=

しい

かな

慈畳

︑安

然︑

恵心

等の

め︑一掬幅宗どなり︑加ふるに悶城寺奈良の枇寺問 とじ於て遂に言諮問詩の費を嬬じ︑下りて博士︑鵡異等の邪宗績φ流布し︑哀れ法華経乃ち一大白法

は隠設せられたり︒所謂法華経の神霊が世じ出現し︑邪宗邪法を掃

蕩し朝廷の神事を長へに安泰せしめん時は来れ

り︒是に於てか貞臆元年二月十六日安房の園小湊

の浦に︑奇異瑞想にほり弧々の聾を畢げし一男子こそ︑末法五濁の暗を照し本化上行の再誕︑法刊本

経の擢化たる宗組日蓮大菩薩たh30上人の困位は法華経の神霊にして︑叉出現の因

縁は是の如し︒故に弘教じ先立ち大廟を奉ザし︑弘敢に入りでは盛んじ大義名分を就き︑版活の大

遣を明かにし︑北健一一肢を諌暁し︑変古襲来を議

知し是が警備を幕府民迫る等︑徹一凶徹尾我が闘

韓を擁護し拾ひしなり

o

然る

vb其の行動及明正大なれが故︑悪鬼邪紳は

庭もに之が妨害仁着手せり︒初説法の時忽も束傑景信あり︑鎌倉弘敢に良観あり︑内管領卒の左衛

門の幕府の暴威を笠仁し法身に迫るあり︑英の他

虎の威を椴る弘共絶ねず御身に付き纏ひしは寧ろ 教の 内仁 はあ らゴ

・り しな らん

かくの如︿守れば流石の上人も弘敢に先立ち大廟を参拝乙給ひたる所以︑叉我が園さ法華経ご

両側一体守る所以を朝廷に奏聞し給ふ御限なかりき︑尤も嘗身延山仁龍らせ給へし後九ヶ年は外面

は御暇有

b

しが如く窺はれたれぜ︑此の時は蒙古

担増治に壷し給はざる可からず︑依って御暇争かりき︒按じ給ひ蒙古襲来は文永十一年十月︑宗組漸

︿嘗山の雨露を凌ャ可き御庵室に打も着かせ給ひ

し時

・争

b B

o

叉蒙古襲来の終仁弘安四年にして上人の減を示京せ給へる前年の事な

b

き︒苫れざ御

暇無しさて之を放棄

ι

給は立出現の理由行動の所

以も無意味仁終らん︒是故上人は之を以て出世の

恨事ごし︑常仁悲しみ給ひし也︒時は今や困難は掃蕩せられたれば早入滅の時は来れちo今後西上

し此の事行ひ給ふ事難し此蕗仁於て法孫経一麿

をして御遺託ざなりしな

hy o

頃は弘安五年十月十三日暁方︑六老信初め多︿ の法弟信徒に包まれ︑玲瑞たる諦経の聾の中︑従容ごして永き眠に入

b

仁 凶

H

b o

大上人の御生涯は

賓に正法を以て宗教統一を一大本領ごし︑粉骨砕身以て勤王仁壷せ

bf

﹂云 ふ可

ι

︑終りに上人の御

人格を通ぶれば︑上人は臆は頗る大にして︑

極め℃少かりき︒折伏を行乙給ふ時は獅子奮迅の v U は

勢にして執樺も諸侯も眠中じなし︑是れ頗る騰の大なる所あり︒揖受を行じ給ふ時は田夫野人も其

の徳に懐︿︑是れ心の極めて小守る所な

b

︑其 の

外に両親を慕ひ給ム事六十の齢を累ね猶ほ小児の

如︿︑師を議し給ふ事其の死後備ほ墓じ書を懸け生前を偲び給ひ︑義に勇みでは四傑島市吾に代り其

の主君を諌め給ふ︒更仁慈悲溢れ乗馬じ潤ひ︑情

意凝り

τ

敵人仁及び︑弟子を薫育する等終始一貫三十年一日の如し︒

暗宗姐大上人今や入滅し給へbご雌も︑其れ而

賓不滅度たbo嘱而賓不滅度たる宗姐哉︒

五 口 は 久 遠 の 悌 子 な り

ヰ ヒ

1

島 江

燦たる星華の荘厳を望みでは宇宙の如何仁宏大

無遁なるかに驚き︑江河の流れ洋冷どして書夜を止めぎるを刺ては︑吾等が住める此の天地には何

物か偉大宇る霊力を以て造化の技巧を弄ぷじはあら

5

るなきかを疑ひ︑更に静夜濁り机仁寄h

リて

思丘一目して乾坤の大法を思索するは︑此の天地を創造し︑此の六合を支配するものは抑も何物なる

か︑人は何慮より生じ来りて何慮仁死し行くもの

なりや︒人は何等の目的ご希望ごを以て此の人界の憂悲苦悩多き所仁一日も長

t

一瞬時も人よりは−e

・ ・

長生せんごはする︒明日をも知ら向かげろうの命

を此の砂たる蒼海の天地に寄せて︑名春

r

の︑地位以いの︑常化の︑さ騒ぎ廻るもの守りや︒又命絡

の積も五円等が霊魂は不滅ありや︑或は命終ご共に霊は減するもの・号︒ゃ︒岡山へば比の天地は不可思

議仁して︑此の人生は不可解奇るには非今や︒ 不可思議ある天地ご不可解守る人生ごに就て︑多︿の哲串者は此が解決を求めんものと︑幾多の研償考究ご幾多の星霜を費すご錐も︑末

r

是仁完金奇る解決を奥ふる能はず︑然り︑有限的人智を以て此の無限的悠久なる天地聞の森羅南象を悉知せんご欲するも亦至難の業争らずや︒晴吾等︑が煩悶慎楢は︑あぎなふ縄のそれじも似て︑日夜不断に此れが錦に悩され︑遂に﹁懐疑﹄てよ語辞の裡仁所有不可解なる天地の現象をば埋注しさらんごす︒斯る﹃懐疑﹄の念は以も宗教的意識楼動の最初にして︑人は本然の性ご乙て必然に此の

﹃懐

疑﹂

ω

永解を求め︑畏怖を股離して慌饗の妙境に到蓮せんごして︑議に絶劃無限の権威ある何

物か

Y

此の宇宙に存在して天地を支配し︑寓物を料理するものあるを−認むるに至れちO

見ょ︑天接地妖多き土地の人民は︑雷鳴︑電火︑

地災を畏催して﹁甫神﹂﹁地紳﹄令掠へ

τ

是れを崇拝し︑洪水氾躍の多き地に於ては﹃水柿﹂を祭

b

以て共が犯濫の無之を祈念し︑成は﹃火の柿﹄を拝

し︑或は日月星辰を紳化して此れを崇むる等︑其他凡百の不可思議事るものには悉︵神格を輿へ

τ

以て其が恐怖に劃する慰安の霊棄を造れり︒斯く

の如︿乙て原始時代より宗教は準歩艶展し来り︑漸究に此の劣等なる宗教的意識は︑世運の進歩に

随伴して開殺改善せられて︑稲今完全守る域に達し︑高邦の民が幽閣の巷に迷ひ︑世をあげて錯乱

に錯乱を極めたり乙一九

OO

除年の往昔︑曙光婚

に浮びなんさし

τ

︑夜気森厳たるペツν

へム

の村

仁︑紫の星を戴きて降誕したるナザ

V

めイヱスは︑

天地人類某他一切高物を創造し︑之を支配するも

のは唯一の神ごして︑五口等が信仰の蕎力仁因りて紳の在せる﹃天の柴園﹄に到bて救はる︑こどを

得ると詑き︑共他ユダヤ致︑イスラム教等績起し

τ

人心に慰安を奥へた・

90

然れざも神ご吾等凡夫

ぎは絶掛に異bて︑宇宙の外に別に天闘争るものあbて紳の存在するを設き︑紳ど人類ど仁大懸隔をなし

τ

︑神ご入どの聞には常民大江河の洗る﹀あり︒故仁吾等宮神さの間仁は何等の交渉関係も 無く︑天閑

ε

婆婆

どは

上下

慮一

を異

に︑菩等が天

ι

悶々々さ憧慢2して欣求するさ雄も︑望むず到る可

から

ゴる

宗一

業徒

勢に

はあ

らぎ

るな

き敗

人類膏

ι

︿生

︑老

︑病

.死

︑に

悩殺

せら

れ︑

世は

愁の雲に閉昌れて︑皆大なる慰安の光明智翼望し

っ︑あbし時︑印度迦毘羅城中に忽如ごして白若

相の霊売を放もっ︑悌陀は降誕したまひで﹃三界は皆是れ吾が有争り︑共中の衆生は悉︿吾が子奇

bo

我れも亦これ世の父諸の苦患を救ふものなり﹄さの鳳詔を垂れ給へ

hy

此の久還の本悌々陀の金o

口は︑弱き力なき人類に授︿る最大の党明に℃あ

hリ匙

do

事者茶毘一片の煙らざなりて三千年︑世は大争るタイムの彫刻を受けて究第民文運の恥味違をなし

ぬ︒此の間幾百年の邦家忽ごし℃起b忽ごして減

し︑世界文明の精華を褒めたる古ロ

I

?の

柴華

も︑

y u

v

ャ︑サラセシの般富も撤去一炊の夢ど争り

て︑丞し︵文明を研究するの資料ど+守れるのみ︒

ぁ︑ョれざ.吾等は悌陀三千年の往昔︑鹿苑耐特法

輸の日一より︑抜提河の上り饗林最後のタに至るまぜ︑前後五十年間の縛法輪F殊に醍醐上味の法華

経八ヶ年の説法に依りて吾等は異によみがへbた

るな

り︒

陰風

暗憶

怒議

逆指

命く

蒼ム

ザた

る荒

婦の

異唯

中に

海圏︑捧は失はれ︑羅針盤は其の用をなさずし

τ

航蕗に

3

遺ひ︑何蕗に到る業もなき急難の時︑海

上蓬かに燈肇上に微かに輝ける一導の克明を認め

て︑漸︵其の航路をたざh復活の思ひを壱せしが如く︑五口等は華経法華の偉力によりて﹁壊疑﹄の

念も氷解するに至りぬ︒我等が憧慢措︿能はざる天国も︑寂党土も眼前に展開せらる︑民主れ

h o

苦悩に痛み煩悶じせめられて︑波浪打容する岸

頭に生ふる﹁いつまで草﹄の如く︑自らは常住不易

千古麗らぎるものさ思へざも︑一波一浪に共の草の定めなきが如注入生も︑或は天地を支配するも

のは何物なるかごの疑惑も共に︑赫

AT

たる鞠陽じ

草露の消ゆるが如く︑﹁懐疑﹄てふ語辞も逐に法華

経の光明に昭仇されて英の椿影をも止めぎるじ至れ hリ︒塾経法華に頴設せられたる事の一念三千の妙観仁因る時は︑華肢の瀧壷じ令綱を設置し︑浅間阿蘇等噴火口に錨蓋を設くるの要争かる吋乙︒吾等︑が不可思議なる天地よ︒不可解なる人生ょ︒苦痛多き一生ょ︒ご厭世悲税せし此の山林河海の綾︿激し︿︑高く低︿︑焼れる天地こそ︑不枯の妙華常仁聞き︑不調の流れ永へに壷くるこごなさ常寂舟の国にてはありしなら︒上野の高長に務りて︑人民絡騨たる市街を臆て

某博士は﹃分子査勤せら﹄ご叫ぺりご︒哲患者たる冷かなる股には︑我等の流汗して活動せる仲川越

は一一分子が議勤せる如く映せしならひも︑此の藷

Aa

A a a A

a B

a

動せる我等乙そは︑久遠本沸の永世

ω

愛子にし

τ

a a a s

a A A A

4 4

常に我等が渇仰随喜の涙に堪へ

F

る偽

陀は

︑﹁

我も

4 4 4 4 4 4

・ ・

a

a a

− −

ε

亦鶏れ世の父﹄宣告し給へる慈父舎り=しどは

漂漉多年︑幾多の辛酸を響め︑冥より冥に入らむごする窮子の︑宮める長者が我が父なりごほ知

せし喜憶にも向勝れる政喜なり︒生老病死哀別離苦等の憂愁多き人界も︑天鐙地妖間断なき天地も

ドキュメント内 棲神 第八號 (ページ 67-78)

関連したドキュメント