3.1 緒言
前章までに,巻取理論モデルに基づいた巻取条件の最適化機能を構築 88)-90)した.本章 では,実測された内部応力と解析結果を比較することにより,対策に基づいて得られた理 論モデルの妥当性を確認し,その有用性を検証する.ただし,巻取試験による検証には多 額のコストが掛かること,また重量物や回転機械を扱うことからも安全性の観点において定 量的な測定データを得ることが困難である.そこで,本研究では,一般に良く用いられてい る PET フィルム91)-93)を対象とし,重量も軽くウェブの扱いが簡単な仕様(ウェブ幅 280mm) において具体的な巻取条件により最適化機能の効果を確認した 94),95).さらに,PET フィル ムのヤング率の温度依存性を考慮した上で,巻取ロールの内部応力に及ぼす影響を検討 した.ヤング率の温度依存性を把握しておくことは,実機の操作者に物性値の測定方法を 提供する上でも重要である.
3.2 内部応力の解析に用いる物性値の測定
3.2.1 ウェブのヤング率について
前章までにおいて,巻取り直後から環境温度の経時変化までを考慮した上でロール内部 の熱応力を求め,巻取条件を最適設計理論に基づいて決定する手法を示した.ロール内 部の応力を理論的に予測する場合には,計算に用いられる物性値を精度良く見積もって おくことが重要である.とりわけ,巻取ロールの接線方向および半径方向におけるヤング率 が内部応力に大きく影響することから,いわゆるウェブの異方性を考慮した取り扱いが必要 である.なお,一般にウェブは製膜時における延伸率と結晶構造の違いに起因して,ヤン グ率は異方性を有し,かつ,環境温度によってヤング率が変化する 96).しかしながら,巻取 ロールの内部応力に対するヤング率の温度依存性の影響は明らかにされておらず,それ を考慮した実験的検証も見当たらない.そのため,内部応力を理論的に求める上で,物性 値の温度依存性の影響を把握しておくことは重要である.そこで,まず内部応力の計算に 用いるウェブのヤング率について検証を実施しておく.ヤング率の温度依存性を考慮した 場合と考慮しない場合において計測を実施し,それら両者の物性値を用いて内部応力へ の影響を検証する.なお,本研究では包装やタッチパネルなどで広く用いられている PET を対象とした.
3.2.2 接線方向ヤング率の測定
接線方向のヤング率は図 3-1 に示す万能材料試験機(Instorn 製 3360 および 5965)を 用いて測定を実施した.試験方法は JISK712797)および JISK716198)に規定された方法に従
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い,試験片の寸法は幅15mm,標点距離100mm,厚さ50umの短冊状の形状とし,引張速
度は0.2mm/sとした.また,環境温度は 25~65℃の範囲において 10℃毎に設定した上で
個別に計測を実施した.なお,測定部の環境温度は恒温槽により,設定値に対して偏差
±2℃以内に保つことができる構造となっている.図 3-2 は引張試験で得た応力ひずみ線 図の勾配から算出したヤング率を測定温度に対してプロットした結果である.同図からわか るように,接線方向ヤング率は環境温度の上昇に伴い減少する傾向を示している.なお,
同図において実線は実測したそれぞれの環境温度に対するヤング率を式(3.1)に示す一 次関数で近似した結果である.
] [ 66 . 4 0135 .
0 T GPa
Eθ =− f + (3.1)
また,同図において破線は環境温度 25℃において実測したヤング率を一定値として示し
た結果(Eθ=4.3Gpa)である.これは,後述する内部応力の計算において,ヤング率の温度
依存性を考慮しないものとして扱うことによる処理である.なお,実際の計測作業において 設定する環境温度は室温に近いほうが便利である.そのため,温度依存性を考慮しない 場合には一般的な室温に近い環境温度 25℃における計測値(Eθ=4.3Gpa)を用いることに した.
Fig. 3-1 Intensity testing device
(a)Pulling examination device (b)Thermostat inspection chamber
Thermostat inspection chamberPET
- 52 - 3.2.3 半径方向ヤング率の測定
巻取ロールは薄いウェブを積み重ねるために半径方向のヤング率は層間圧力に大きく依 存し,非線形性を示すことが知られている55).そのため,非線形性を考慮した上で,半径方 向ヤング率を見積もることが重要であり,このような問題に対して Pfeiffer55),99)は薄いウェブ
Fig. 3-3 Compressive strength testing device Table
Specimen
(a)Compression examination device (b)Specimen of PET
Fig. 3-2 Temperature dependence of Young’s modulusTemperature T
f,
℃ Young’s modulus Eθ , GPa20 30 40 50 60 70
0 1 2 3 4 5 6
Eθ=-0.0135Te+4.66[GPa]
Eθ=4.3[GPa]
Approximation formula
Treating Young’s modulus at 25℃ as a constant value
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を積み重ねた場合の半径方向ヤング率を実験的に導出する手法として圧縮試験法を推奨 している.しかしながら,Pfeiffer による手法は一定温度の環境下において半径方向ヤング 率を測定するものであり,巻取ロールの温度が変化するような場合には,ヤング率が常に一 致するとは限らない.そこで,半径方向ヤング率の温度依存性について検討しておく.
圧縮方向の計測には前述の万能材料試験機を使用しており,図 3-3 に示す装置構成で
Strain ε
Radial stress σ
r,MPa
Young’s modulus Er, MPa0.02 0.04 0.06 0.08 0.5
1.0 1.5
0
0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 100
200
0
Tf=25[℃] Tf=45[℃] Tf=60[℃]
Fig. 3-4 Young’s modulus at various temperatures Compressive stress σrc, MPa
(a) Strain curve
(b) Young’s modulus curve
Tf=25[℃] Tf=45[℃] Tf=60[℃]
●
■
▲
Er=1.35×104σr0.71
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PET の圧縮試験を実施している.試験片は,100mm四方で切り取ったウェブを 200 枚積層 したものであり,同図に示すように,積層させたウェブを 1 つの試験片として扱う.なお,試 験片を作成する作業性を鑑みて積層枚数を 200 枚とし,200 枚以上ではヤング率が変化し ないことを確認している.また,試験時における環境温度はそれぞれ 25℃,45℃,および 60℃で実施しており,恒温槽を用いて設定した.図 3-4(a)に圧縮試験を行った応力ひずみ 線図を,図 3-4(b)にその応力ひずみ線図から導出した各温度における半径方向ヤング率 を示す.同図(a)にみられるように,応力ひずみ線図は非線形となり,応力の増加に伴い,
応力ひずみ線図の傾き,すなわちヤング率が大きくなることがわかる.そこで,それぞれの 温度で測定した応力ひずみ線図に対して,式(3.2)に示す実験公式に基づいて係数(A1 お よびB1)を同定することにより,半径方向ヤング率を表すことにした.
Er = A1σrB1 (3.2)
同図(b)において,各線種は測定時の環境温度を示しており,実線は環境温度 25℃を,
破線は環境温度 45℃を,一点鎖線は環境温度 60℃をそれぞれ示している.なお,同図よ り,半径方向応力が増加するにしたがって,各温度における半径方向ヤング率の違いが見 られるものの大きな差が生じていないことがわかる.したがって,内部応力の計算に際して は,一般的な室温に近い環境温度 25℃の計測から得られた式(3.3)を採用した.なお,この ような扱いが妥当であることは後述の実験結果により検証している.
Er =1.35×104σr0.71 (3.3)
3.2.4 ウェブのクリープ特性
ウェブは高分子化合物であることから機械的特性が変化する粘弾性を有している.その ため,時間の経過とともにヤング率が変化し,巻取ロールの内部応力に影響を及ぼす可能 性がある.とりわけ,環境温度を考慮する場合には,巻取ロールが長時間保管されることか ら,その特性を把握しておくことは重要である.そこで,引張クリープ試験を実施して,ウェ ブの粘弾性特性について検証した.試験装置は接線方向ヤング率の測定で用いたものと 同様,図 3-1 に示す万能材料試験機を使用した.なお,クリープ試験による試験片のひず みは引張荷重によるひずみに比較して小さいため,測定精度を考慮して長さ 500mm の試 験片を使用した.図 3-5 は環境温度が 25℃の場合におけるクリープ変位の計測結果であり,
引張応力 2MPa,4MPa,6MPa,および 8MPa に相当する一定荷重をそれぞれ与えている.
同図に見られるように PET の場合においては,いずれの時間においても試験開始直後 (t=0)における初期変位からの変化は見受けられない.さらに,環境温度が 60℃の場合に おいてもクリープ変位は同様の結果であった.これは,PET のガラス転移温度が約 70℃付 近であることから温度による影響が少ないことが考えられる.したがって,ロールの内部応力
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に対するクリープ特性の影響は少ないことが予想され,粘弾性の影響は考慮しないこととし た.
3.3 巻取試験による内部応力理論モデルの実験的検証
3.3.1 実験装置と方法
前章で述べたヤング率の温度依存性について,熱応力に対する巻取理論への適用性を 判定するために,図 3-6 に示す方法で温度と半径方向応力を測定し,理論結果との比較 を行った.ロール内部の温度と半径方向応力を測定するため,巻取り中のフィルム層間に 温度センサならびに圧力センサを挿入する.この圧力センサは感圧部の圧力の増加に伴 い回路の抵抗値が減少する特性を有しており,抵抗値を計測することで感圧部に作用する 圧力を測定することができる.また,温度測定には小型のサーミスタを用いた.なお,実験 に使用したウェブの物性値および実験条件を表 3-1 に示しておく.実験においては環境温 度 Tfを任意に調整可能な図 3-7 に示す温調保管庫を使用した.この保管庫内部はヒータ と冷凍機,ファンから構成されており,巻取ロールをこの中に設置することでロールの加熱と 冷却を行うことができる.なお,保管庫内はファンで攪拌することで温度分布を一様に保つ ことができ,指令値に対し±1℃の偏差で制御できることを確認している.また,熱伝達率 hs の測定には熱流束センサと温度センサを用い,評価対象面に設置した熱流束センサで熱 流束qとセンサ表面温度Tsを計測し,これらの値を用いて式(3.4)により求めている.
s f
s T T
h q
= − (3.4)
Fig. 3-5 Results of tensile creep testing
Time t,hr
Displacement θ , mm
0 2 4 6 8 10 12
0 0.5 1 1.5 2
8.0MPa
6.0MPa
4.0MPa
2.0MPa