この節では,極限集合のものさしとも言うべき理想境界S∞上の共形測度の導入を行う. s >0 とする.
定義 3.13 (理想境界S∞上の共形測度).
理想境界S∞上の測度の族{σx}x∈Bが,任意のx,x0 ∈Bに対してσxとσx0 が互いに絶対連続 であり, Radon–Nikodym微分が
dσx dσx0(ξ) =
p(x, ξ) p(x0, ξ)
s
をみたすとき,{σx}x∈Bをs次元共形測度という.
s次元共形測度{σx}x∈Bは単位球モデルB上の関数とも思える. それは, Borel集合E ∈ B(S∞) に対して以下で定義される関数σとみなすことである.
σ(x) :=σx(E) = Z
E
[p(x, ξ)]sdσ0(ξ) (x∈B)
この見方は単位球モデルBとの繋がりを見る上で大変重要であり, 詳しく次節で見ていく. 次に,
Klein群Γに対する不変性を導入する.
定義 3.14 (理想境界S∞上のΓ-不変測度).
Klein 群 Γ に対して理想境界上の測度の族 {σx}x∈B が, 任意の x ∈ B と γ ∈ Γ に対し, γ∗σx =σγ−1(x)をみたすとき,{σx}x∈BはΓ-不変であるという.
Γ-不変性は引き戻しの定義より, Borel集合E ∈ B(S∞)に対して “xからγ(E)を測ることと γ−1(x)からE を測ることが同じである” ということを主張している. 以後, Γ-不変な共形測度を 考察していく. それに伴い, Klein群の3つ目の指数を導入する.
定義 3.15 (理想境界S∞上のs次元Γ-不変共形測度と臨界次元).
Klein群Γに対し,台が極限集合に含まれるΓ-不変なs次元共形測度{σx}x∈Bをs次元Γ-不変 共形測度という. また,臨界次元α(Γ)を
α(Γ) :={s >0 |理想境界S∞上の0でないs次元 Γ-不変共形測度が存在する} で定める.
理想境界S∞上の0でないs次元Γ不変共形測度が存在するかどうかが,この章における今後の 焦点となる.
以下, s次元Γ-不変共形測度{σx}x∈B のΓ-不変性を考察する. まずはM¨obius変換の拡大率を 用いた考察を行う. Γ-不変と共形性を用いると,γ∈Γと理想境界S∞上のBorel集合Eに対して
γ∗σ0(E) = Z
E
[p(γ−1(0), ξ)]sdσ0(ξ) = Z
E
|γ0(ξ)|sdσ0(ξ)
が成り立つ. これは,γ ∈Γによる変換則が“拡大率のs乗になる” という主張であり,sが “次元” と呼ばれる理由である. もっと詳しく,s次元Γ-不変共形測度を “微分”の視点から考察する. それ に伴い,共形写像のRiemann計量による微分を導入する.
定義 3.16 (共形写像のRiemann計量による微分).
(M, g)をRiemann多様体とし,f をM 上の自己C1-級写像でgと共形なもの, 即ち,あるM 上の正値連続関数hでf∗g=hgをみたすものが取れるとする. このとき,fのRiemann計量gに よる微分|f0|gを
|f0|g :=
s f∗g
g :=√ h で定める.
f のRiemann計量gによる微分|f0|g の各点p∈M での値はgから導かれるM 上の距離dを 用いて
|f0(p)|g = lim
x→p
d(f(x), f(p))
d(x, p) := lim
d(x,p)&0
d(f(x), f(p)) d(x, p)
と書けることが,定義から分かる. また,これは写像の合成に関する連鎖律をみたす. 実際にfとϕ をgと共形なM上の自己C1-級写像とすると,あるM 上の正値連続関数hとehで各点p∈M に 対して(f∗g)p =h(p)gpと(ϕ∗g)p=eh(p)gpをみたすものが取れて
((ϕ◦f)∗g)p= (f∗(ϕ∗g))p=h(p)(ϕ∗g)f(p) =h(p)eh(f(p))g(ϕ◦f)(p) (p∈M) となるから
|(ϕ◦f)0(p)|g =|ϕ0(f(p))|g|f0(p)|g (p∈M) が成り立つ. Riemann計量による微分の例を見ていく.
例 3.17 (M¨obius変換のEuclid計量による微分).
M¨obius変換γのEuclid計量gR による微分|γ0(p)|gR は拡大率|γ0(p)|に一致する. 例 3.18 (理想境界S∞上の球面計量による微分).
球面計量g0 := gR|S∞ から導かれる距離をd0と書くと, 2点ξ, η ∈ S∞ の距離 d0(ξ, η)は2 点ξ, η ∈ S∞を結ぶ弧の長さcos−1(∠(ξ, η))となる. これは, 2ベクトルξ, ηのなす角度でもあ る. これに対して, M¨obius変換γ ∈M¨ob(Rbd+1)の球面計量g0による微分|γ00(ξ)|:= |γ0(ξ)|g0は 拡大率|γ0(ξ)|に一致する. 更に,x ∈B に対して新しい球面計量gx を, xを0に写すM¨obius変 換Txを用いてgx := Tx∗g0で定め, これから導かれる距離をdx とすると, 2点ξ,η ∈S∞ の距離 dx(ξ, η)はdx(ξ, η) =d0(Tx(ξ), Tx(η))と書け, M¨obius変換γ ∈M¨ob(Rbd+1)の球面計量gx によ る微分|γx0(ξ)|:=|γ0(ξ)|gx は
|γ0x(ξ)|= lim
η→ξ
d0(Tx(ξ), Tx(η))
d0(ξ, η) = p(γ−1(x), ξ) p(x, ξ) と表される.
証明. まず,|γ00(ξ)|=|γ0(ξ)|は球面計量の定義から従う. 2つ目の主張を示すために,|γx0(ξ)|を計 算する. これはRiemann計量gxが各点ξ ∈S∞ で(gx)ξ =|Tx0(ξ)|2(g0)ξ = [p(x, ξ)]2(g0)ξ とな
ることと,各γ ∈M¨ob(Rbd+1),x∈B,ξ ∈S∞に対してp(γ−1(x), ξ) =p(x, γ(ξ))|γ0(x)|が成り立 つことに注意すると,
|γx0(ξ)|= s
(γ∗gx)ξ
(gx)ξ = s
[p(x, γ(ξ))]2(γ∗g0)ξ
[p(x, ξ)]2(g0)ξ
= p(x, γ(ξ)) p(x, ξ)
s
(γ∗g0)ξ
(g0)ξ = p(x, γ(ξ)) p(x, ξ) |γ0(ξ)|
= p(γ−1(x), ξ) p(x, ξ) と計算でき,主張を得る.
この微分を用いると,理想境界S∞上のs次元Γ-不変共形測度は次の変換則を持つことが分かる. 命題 3.19.
理想境界S∞上のs次元Γ-不変共形測度{σx}x∈BとBorel集合Eに対して γ∗σx(E) =
Z
E
p(γ−1(x), ξ) p(x, ξ)
s
dσx(ξ) = Z
E
|γx0(ξ)|sdσx(ξ) が成り立つ.
一般に, 第7.1節において導入されるS∞上の共形力学系F に対して,S∞上の有限Borel測度 νが任意のf ∈ F とf をEに制限したときに単射になるようなBorel集合E ⊂S∞に対して変 換則
f∗ν(E) =ν[f(E)] = Z
E
|f0(ξ)|sτdν(ξ)
をみたすものをs次元 F-不変測度という. 但し, τ は標準的なS∞ 上の球面計量 g0と共形な
Riemann計量である. 理想境界S∞上のs次元Γ-不変共形測度はこの典型例となっている.