この節では, Klein群Γに対する単位接束T1MΓの体積有限性にまつわることを紹介する. ここ でいう体積有限性とは,通常の体積有限性ではなくmeµ(T1MΓ)<∞のことである. この性質を持 つ群からは大量の情報が得られる. その情報について, Nicholls [10]に書かれていることを以下に まとめた.
6.3.1 体積有限性にまつわるKlein群の持つ性質
ここでは, meµ(T1MΓ)<∞をみたすKlein群Γの持つ性質を紹介する. Nicholls [10, Chapter 8]において, この性質が詳細にわたって記述されている. 但し, 所々誤植があるのできちんとした 証明がついているわけではない. しかしその後,様々な論文によってその証明の穴が修復され,以下 に述べる定理は全て正しいことが分かっている.
まずは,meµ(T1MΓ)<∞をみたすKlein群Γの持つ性質を列挙する. 以下に述べる性質は全て 同値であり,後でmeµ(T1MΓ)<∞をみたすKlein群Γが実際にこれらの性質を持つことを見る. 定理 6.8 (Nicholls [10, Theorem 8.3.7]).
Klein群Γに対して,以下は同値である. (i) µ[Λc(Γ)] =µ(S∞)が成り立つ.
(ii) ϕeはT1MΓにmeµに関して保存的に作用する. (iii) ϕeはT1MΓにmeµに関してエルゴード的に作用する. (iv) ΓはS∞×S∞にµ×µに関してエルゴード的に作用する.
(v) Pδ(Γ)Peδ(Γ) =∞が成り立つ. 従って, Γは発散型である.
少し言葉の説明が必要な部分もあるので, 以下で補う. まず, (ii)について補足する. 定義より e
mに関してほとんど至るところ[x, ξ]に対してあるコンパクトK ⊂T1MΓが,ϕ([x, ξ])e が未来方 向に無限回通過するように取れる. このとき,xを基点としξ を初期速度とするようなMΓ 上の双
曲測地線[x, ξ]はコンパクト集合π(K)上を未来方向に無限回通過することが分かる(図25). 但
し,π はT1MΓからMΓへの基点を対応させる自然な射影である. 次に, (iv)について補足する.
π(F) [x, ξ]
MΓ
図25 測地流の持つ保存性
S∞×S∞へのΓの作用はγ ∈Γに対してγ(ξ, η) := (γ(ξ), γ(η))で定める. この作用は,T1Bへ Γの作用と対応しており,S∞×S∞を考えることはB上の双曲測地線の端点を考えることにつな がる.
さて,meµ(T1MΓ)<∞をみたすKlein群Γが上の性質を持つことを実際にを見る.
定理 6.9 (Nicholls [10, Theorem 8.3.7]).
e
mµ(T1MΓ)<∞をみたすKlein群Γに対して以下が成り立つ. (i) 非自明なΓ-不変共形測度の次元はδ(Γ)に限られる.
(ii) 非自明な δ(Γ)次元 Γ-不変共形測度は定数倍を除き一意的に定まり, それはPatterson–
Sullivan測度{µx}x∈B の定数倍である. (iii) µ[Λc(Γ)] =µ(S∞)が成り立つ.
(iv) ϕeはT1MΓにmeµに関してエルゴード的に作用する.
証明. meµ(T1MΓ) <∞であり, meµ はϕet-不変であることから, 定理6.4よりϕeはT1MΓにmeµ に関して保存的に作用することが分かる. 従って,定理6.8の性質を全てみたす. これで(iii), (iv) は示された. また特に, ΓはS∞×S∞にµ×µに関してエルゴード的に作用することから, Γは S∞にµに関してエルゴード的に作用することも分かる. 故に,定理3.39より(ii)が導かれる. (i) は第5章(p.61)で用いた議論によって分かる.
6.3.2 幾何的有限Klein群の体積有限性
ここでは,幾何的有限Klein群Γが体積有限性を持つことを示す. これは, Sullivanによって行 われた. そのために,いくつかの準備を行う. µをΓに対するPatterson–Sullivan測度とし, 収束 指数をδ:=δ(Γ)とおく. これに対してBd+1上の関数ϕを,
ϕµ:=µx(Sd∞) = Z
Sd∞
[p(x, ξ)]δdµ(ξ)
で定める. このϕµは,Bd+1上の双曲的Laplace–Beltrami作用素∆hに対する固有値δ(δ−d)の 固有関数である. また,ϕµは双曲的体積要素に対する次のような可積分性を持つ.
定理 6.10 (Nicholls [10, Theorem 5.3.3]).
Γを幾何的有限Klein群とする. また, DをB に対するΓの基本領域とし, K > 0に対して D(K) :=D∩[ch(Λ)]K とおく. このとき,
Z
D(K)
[ϕµ(x)]2dVh(x)<∞ (6.1)
が成り立つ. 但し, [ch(Λ)]K はNielsen凸領域ch(Λ)の双曲距離に関するK-近傍である. のちのために,この積分領域D(K)を双曲測地線を用いて書き換えておく.
D(K) = [
ξ,η∈Λ(Γ)
Dξη(K), Dξη(K) :=D∩ ξη
K
また,被積分関数ϕ2µも書き換えておく.
公式 6.11 (Nicholls [10, Lemma 5.3.2]). x∈Bd+1に対して[ϕµ(x)]2は, [ϕµ(x)]2= 4δ
Z
S∞×S∞
|ξ−η|−2δ[coshLξη(x)]−2δdµ(ξ)dµ(η) (6.2)
と書ける. 但し,Lξη(x)はxと双曲測地線ξηの双曲距離である.
この公式は, Fubiniの定理とLξη(x)を書き下した式(2.6)を用いた初等的な計算で確かめられ る. 準備の最後に, 1つ補題を用意する.
補題 6.12.
双曲測地線を芯とする円柱領域Dξη(K)の双曲的な体積Vh[Dξη(K)]は,Kのみによるある定数 C0(K)と双曲測地線分Dξη(0)の双曲的な長さの積として表される.
証明. 円柱領域Dξη(K)の双曲的な体積は,双曲測地線分Dξη(0)に沿って切り口の双曲的な面積 を積分することによって計算できることによる. その切り口の双曲的な面積は一定値C0(K)であ る.
さて,本論に戻る. Sullivanによって示されたのは,次の定理である. 定理 6.13 (Sullivan [11]).
Γを幾何的有限Klein群とする. このとき,meµ(T1MΓ)<∞が成り立つ. 証明. 仮定より式(6.1)が成り立つので,
C(Γ, K)meµ(T1MΓ)<
Z
D(K)
[ϕµ(x)]2dVh(x)
を示せばよい. 但し,C(Γ, K)はΓとK にしかよらない定数である. 上式左辺を式(6.2)評価して いくと,
Z
D(K)
[ϕµ(x)]2dVh(x) = 4δ Z
D(K)
"Z
S∞×S∞
[coshLξη(x)]−2δ
|ξ−η|2δ dµ(ξ)dµ(η)
#
dVh(x) (6.3)
= 4δ Z
S∞×S∞
1
|ξ−η|2δ
"Z
Dξη(K)
dVh(x) [coshLξη(x)]2δ
#
dµ(ξ)dµ(η) (6.4)
> 4δ [cosh(K)]2δ
Z
S∞×S∞
Vh[Dξη(K)]
|ξ−η|2δ dµ(ξ)dµ(η) (6.5)
= 4δC0(K) [cosh(K)]2δ
Z
S∞×S∞
"Z
Dξη(0)
ds
# 1
|ξ−η|2δ dµ(ξ)dµ(η) (6.6)
=C(Γ, K)meµ(T1MΓ)
C(Γ, K) := 4δC0(K) [cosh(K)]2δ
(6.7) となる. 但し, 式(6.3)から式(6.4)へはFubiniの定理を,式(6.4)から式(6.5)へはLξη(x) < K であることを,式(6.6)から式(6.7)へはµの台がΛ(Γ)に含まれることとµeの定義を用いた. な お,式(6.5)から式(6.6)へは補題6.12を用いた. 以上により,meµ(T1MΓ)<∞が示された.
従って,幾何的有限Klein群は定理6.8や定理6.9の結論にある性質を持つことが分かった.