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はじめに

本稿を含む一連の論稿の目的は,これまでに拙稿において構築した国際秩序の分析枠組をもと に,現在の国際政治学における国際秩序論を再検討することである。その分析枠組とは,社会シ ステム論の視点から国際社会を把握しようとするものであり,国際社会システムにおける機能的 要件の維持と変更,およびシステム構造の安定と変動に重点を置いた分析枠組である。

現在の国際政治学における国際秩序論は,現実主義,自由主義,新マルクス主義などの学派に よって視点が大きく異なっており,その結果,それぞれの議論は異なった独自の秩序要因に重点 を置いた一面的な見方になっている。さらに,学派の内部において,同じ秩序要因にもとづいた 議論でさえ,国際秩序が安定か不安定かの結論が異なっている。それゆえ,本論稿では,国際社 会における秩序を一つの視点から捉えるのではなく,社会学的な分析アプローチであり,かつ複 合的な分析を得意とする社会システム論的な視点を取り入れることによって,国際秩序をより多 面的にかつ総合的に考察することを目的とする。

これまで,機能主義的社会システム論の国際社会への適用を試み,国際社会システムにおける 機能的要件がどのように充足されているかを,またそれらが国際社会システムの構造の安定性を

維持する上でどのように機能しているのかを考察した(1)。そして,国際社会システムにおいてシ ステム構造の変動を引き起こす要因,機能的要件が確定(変更また維持)される条件,システム 維持構造が果たす機能,およびそのシステム構造の変動のメカニズムについて分析した(2)

すなわち,前々稿(3)においては,これまで構築した国際秩序の分析枠組を提示し,そしてこ れらの分析枠組にもとづいて,国際社会システムにおける戦争,平和,および国際秩序の概念や その要因を考察し,それぞれの状態における機能的要件とシステム構造の態様や変動過程を明確 にすることによって機能主義的システム論における国際秩序の意味内容を確定していった。

本稿を含む一連の論稿においては,こうした分析概念や分析枠組を踏まえて,国際政治学にお ける現実主義パラダイム,自由主義パラダイム,新マルクス主義パラダイム,さらにグローバル 社会パラダイムにおける様々な国際秩序論の有効性や妥当性を再検討し,そしてそれらをもとに,

国際秩序の複合的な諸条件を明らかにしていく予定である。

そして,前稿(4)および本稿において,現実主義的国際秩序論の再検討をおこなっている。まず,

前稿においては,現実主義的国際秩序論の再検討の前段階として,この国際秩序論の基盤となっ ている現実主義パラダイムの特徴を明確にして,このパラダイムがグローバル化と国際的相互依 存が進展する現在の国際社会において理論的妥当性を持つか否か社会システム論的に検討した。

その結果,現実主義パラダイム自体は現実の国際社会を次第に反映しないものになりつつあるが,

現実主義国際秩序論を再検討する上で問題がないという結論を得た。

さらに,本稿では,こうした結論をもとに現実主義的国際秩序論の再検討をおこなう。

はじめに,これまでの現実主義的国際秩序論を整理して,その特徴を明らかにする。その後,

それらの国際秩序論について,社会システム論的な視点から,より統合的にまた複合的に再検討 をおこなう。

Ⅲ.現実主義的国際秩序論の再検討

3.現実主義パラダイムにおける国際秩序論

本節においては,現実主義的国際秩序論の有効性を社会システム論的に再検討するための準備 として,従来の現実主義的国際秩序論の分類・整理し,それらの特徴や問題点を明かにしていく。

現実主義の多くの国際秩序論は,当然のごとく,現実主義パラダイムの特徴を強く反映してい る(5)。すなわち,現実主義的国際秩序論は,国家間関係および国際システムを認識するに際して パワー関係(パワー分布)にもとづいて認識し,また国際秩序を実現する手段としてパワーを重 視するなど,パワー重視の立場で論じられている。そして,この国際秩序論の多くは,実現すべ き国際秩序の内容についても,国家の安全保障や生存を重視する「安全保障重視」の立場で論じ られている。

一般的に,国際政治学や国際関係論を分析する際に使用される分析モデルは,分析の対象を二 国間(二者間)関係にするか,また国際社会システム(国際システム)全体にするかによって「二 国間モデル(dyad model)」と「システム・モデル(system model)」とに区分できる。しかし,

国際秩序論を論じるためには国際社会システム(国際システム)全体を論じる必要があり,二国 間モデルでは不十分であるので,本稿においては「システム・モデル」を中心に議論する。

また,こうした分析モデルは,国際関係や国際政治を分析するに際して,国際社会システムの 時間的な変化を考慮するかしないかによって「静態モデル(static model)」と「動態モデル

(dynamic model)」とに区分できる。現実主義パラダイムの国際秩序論においては,静態モデル の国際秩序論として,勢力均衡論,単極安定論,双極安定論,多極安定論,双極・多極安定論,

および覇権安定論などの秩序論がある。次に,動態モデルの国際秩序論として,パワー移行論,

覇権循環論,覇権変動論,および動態的差異論などの秩序論がある。

このような現実主義パラダイムの国際秩序論を分析する前段階として,以下においてこれらの 秩序論を概説するわけであるが,勢力均衡論は最も古くから存在する国際秩序論であり,非常に 多義的で複雑な概念なので,一つの項を設けて詳細に解説をおこなう。また,単極安定論,双極 安定論,多極安定論,双極・多極安定論は,国際システム内におけるパワーの分布状況である極 に焦点を当てた国際秩序論であり,極システム安定論として一括できる。さらに,覇権安定論の 多くは動態モデルであるパワー移行論,覇権循環論,覇権変動論のなかでこれらの一部として議 論されているので,覇権安定論は動態モデルの国際秩序論のなかで解説する。

したがって,以下では,現実主義的国際秩序論を,勢力均衡論,極システム安定論,および動 態モデルの三つに分けて解説する。

(1)勢力均衡論

現在,勢力均衡論(balance of power theory)の発展形としてウォルト(Stephen M. Walt)

の「脅威の均衡論(balance of threat theory)」(6),またシュウェラー(Randoll Schweller)の「利 益の均衡論(balance of interests theory)」などがあるが(7),本稿においては伝統的な勢力均衡 論について論じる(8)

勢力均衡という言葉は,国際政治や外交において多用されてきた言葉であり,また学問的な研 究や分析の上でも重要な概念の一つである。しかし,同時に,この言葉は,非常に多義的な概念 であり,様々な状況において様々な意味で使われてきたため,学問上でも多くの混乱をもたらし ている。

ハース(Ernst B. Haas)は,これまで様々に使用されてきた勢力均衡という言葉の意味を,

以下のように八通りに分類している(9)

(ⅰ)単なる「パワーの分布(distribution of power)」

(ⅱ)競合する二つまたは三つの集団の間の正確なパワーの平衡(equilibrium)」

(ⅲ)自国に有利な幾分かのパワーの「優越(hegemony)」

(ⅳ)実現が望まれる牧歌的な世界としての「安定(stability)と平和(peace)」

(ⅴ)忌み嫌う世界の状況としての「不安定(instability)と戦争(war)」

(ⅵ)パワーの行使およびパワーを求めての闘争としての「パワー・ポリティクス」

(ⅶ) 国家間のパワーの競合よって自然にパワーの均衡が生じるという「歴史の普遍的法則

(universal law of history)」

(ⅷ) 他の国のパワーの拡大を阻止すべきという意識的で慎重な「政策形成の指針(guide to policy-making)」,および各国がこの指針を共有して行動した場合に生まれる「覇権に対抗 する同盟(opposing alliance)としてのシステム」

また,ワイト(Martin Wight)も,勢力均衡について以下のような七つの意味で使用されて きたことを指摘している(10)

(ⅰ) いかなる国も他の国を危険に晒すほど優越していない状態(state of affairs)としての「パワー の均等な分布(an even distribution of power)」

(ⅱ)「パワーは均等に分布すべき」という規範的な「原則(principle)」

(ⅲ) 不均等に分布しているパワーの危険性を回避するために,「自分の側は力の余裕(margin of strength)をもつべき」という政策的な「原則」

(ⅳ) 均 等 な 分 布 と は 限 ら な い 単 な る「 現 在 の パ ワ ー の 分 布(the existing distribution of power)」

(ⅴ) 特定の(均等なもしくは幾分か優越した)パワーの分布を維持しようとするある国の「特 別な役割(special role)」

(ⅵ) 「自動的に(automatically)」パワーの均等な分布を生み出すような国際政治の「内在的な 傾向(inherent tendency)」,または「国際政治の法則(law of international politics)」

(ⅶ) 休止することなく絶えず揺れ動いている秤のような「パワーの終わりなき変動と再編

(endless shiftings and regroupings of power)」,またそのような「国際システムそれ自体」

上述したように,勢力均衡という言葉は非常に多義的な概念である。しかし,その内容の分類 についてハースとワイトはかなり類似したものとなっている。それゆえ,彼らの分類をさらに整 理すれば,勢力均衡という概念の内容は,次の五つに大きく分類できる。

(a) 国際システムにおける特定の(均等なもしくは幾分か優越した)パワー分布という「状態」

を表すもの

(b) 国際システムにおける単なる「パワー分布」,「パワー・ポリティクス」,また「国際システム」

を言い換えただけのもの

(c) 特定のパワー分布の実現を目指すべきだという対外政策における「指針や原則」を表すもの