小 竹 聡
目 次 はじめに 1 1971年春まで 2 1971年秋まで 3 1972年春まで 4 1972年春 5 1972年冬まで おわりに
して,合衆国における妊娠中絶の合法化の過程を考察することとしたい。
1971年以降の情況を概観する前に,初めに,1970年までの,全米各州で達成された立法ない し訴訟を通じた19世紀反中絶法の改革の成果を振り返ることとしよう。まず,立法改革につい ては,アメリカ法律協会(ALI)型の改正を行った州が,1967年に3州(コロラド,ノース・カ ロライナ,カリフォルニア),1968年に2州(ジョージア,メリーランド),1969年に5州(ニュー・
メキシコ,アーカンソー,カンザス,オレゴン,デラウェア),そして,1970年に2州(サウス・
カロライナ,ヴァージニア)の,合わせて12州で見られた 4。また,中絶法の廃止と呼ばれる,
治療的中絶の例外を範疇的に設けるのではなく,一定の時期までのすべての中絶を許容する中絶 法の改革を行った州は,いずれも1970年の4州(ハワイ,ニュー・ヨーク,アラスカ,ワシン トン)で見られた 5。他方,中絶訴訟の展開について見ると,1970年12月末までに出された連邦 裁判所の判決のうち,合衆国地方裁判所の三名合議法廷において,当該州法の合憲性について判 断が下されたものは,全部で6件あり,そのうち,違憲判決が下されたのが,1970年3月の
Babbitz(ウィスコンシン州法),6月のRoe(テキサス州法),7月のDoe(ジョージア州法)の
3判決 6,合憲判決が下されたのが, 同年8月のRosen(ルイジアナ州法),9月のRogers(ミズー リ州法),12月のSteinberg(オハイオ州法)の3判決 7であった。このほか,1969年9月には,
カリフォルニア州最高裁判所の全員法廷による1967年改正法以前の州法に対する違憲判決が出 4 なお,ミシシッピ州は,1966年に州法を改正し,女性の生命を救うために必要な場合に加えて,強姦 被害者のために治療的中絶の例外を認めたが,各州がそれぞれの最終的な州法に付け加えたALIの規 準は厳密には異なっており,それ故,ミシシッピ州法をALI型の改正に含めることは必ずしも不合理 ではないとしても,同州法はわずかに一つの新しい許容できる理由づけを認めたに過ぎず,本稿では,
この部分的な改正をもって,より包括的なALIの模範刑法典に倣ったものと見ることはできないとの 見 解 に 従 う。 See Gene Burns, The Moral Veto:Framing Contraception, Abortion, and Cultural Pluralism in the United States 187 (2005). もっとも,合衆国最高裁判所は,Roe判決において,1972 年にALI型の改正を行った13番目の州となったフロリダ州とともに,ミシシッピ州を含む「14州が何 らかの形態のALI法を採用している」と記している。 See Roe v. Wade, 410 U.S. 113, 140 n. 37 (1973). なお,関連して,1969年のオレゴン州法については,模範刑法典の規準の提案を超え,社会経済的理 由づけを付け加えており,より正確には,1967年イギリス中絶法の規定にならったものだとの指摘が ある。しかしながら,通常,同法は,ALI型に算入されている。See Raymond Tatalovich and Byron W.
Daynes, The Politics of Abortion:A Study of Community Conflict in Public Policy Making 25 (1981); but see Special Project:Survey of Abortion Law, 1980 Ariz. St. L. J. 67, 109-10 n. 231.
5 中絶が認められる期間に着目すると,ハワイ州とアラスカ州は母体外生存可能時より前まで,ニュー・
ヨーク州は24週まで,ワシントン州は「胎動初覚前で,受胎後4太陰月まで(not quick with child and not more than four lunar months after conception)」となっている。See Paul Benjamin Linton, Enforcement of State Abortion Statutes after Roe:A State-by-State Analysis, 67 Univ. of Det. L. Rev.
157, 161 n. 10, 258 (1990);Paul Benjamin Linton, Abortion under State Constitutions:A State-by-State Analysis 45, 140, 369, 548 (2008).
6 See Babbitz v. McCann, 310 F. Supp. 293 (E.D. Wis. 1970);Roe v. Wade, 314 F. Supp. 1217 (N.D. Tex.
1970);Doe v. Bolton, 319 F. Supp. 1048 (N.D. Ga. 1970).
7 See Rosen v. Louisiana State Board of Medical Examiners, 318 F. Supp. 1217 (E.D. La. 1970);Rogers v.
Danforth (W.D. Mo., September 10, 1970);Steinberg v. Brown, 321 F. Supp. 741 (N.D. Ohio 1970). な お,同年5月と7月のミネソタ州法に関わるDoe v. Randall, 314 F. Supp. 32 (D. Minn. 1970);Doe v.
Randall, 314 F. Supp. 36 (D. Minn. 1970)では,前稿(注3),419頁で述べたように,州中絶法の合憲 性の判断に立ち入ることなく,訴えが斥けられた。この点で,前稿,425頁3行目の本文を4件から3 件に訂正する。
された 8が,1970年2月に,合衆国最高裁判所は州側の裁量上訴を斥け 9,また,1969年11月には,
コロンビア特別区の合衆国地方裁判所で連邦法が違憲と判示され 10,1970年12月末の時点で,そ の上訴の行方に注目が集まっていた。このように,反中絶法の合憲性を争う訴訟においては,連 邦下級審の判断が分かれていたが,この傾向は,1971年に入ってからも続いた。以下では,こ うした妊娠中絶をめぐる法と政治の動向について,時の経過に従って,見てゆくこととしよう。
1
1971
年春までま ず,1971年1月29日 に,「 女 性 の 生 命 の 維 持 の た め に 必 要 な(necessary for the preservation of the womenʼs life)」場合を除いて,医師が中絶を行うことを禁止するイリノイ州 法をめぐる訴訟において,合衆国地方裁判所の三名合議法廷の判決が下された。判決は,2対1 の多数で,同法を「許容できないほど漠然不明確であり,かつ,免許を受けた病院その他の免許 を受けた医療施設における免許を受けた医師による,妊娠の第1トライメスター期間中の中絶の 実施を制限または禁止する限りにおいて,女性のプライバシーに対する権利を過度に侵害する 11」 と判示するとともに,先行する他の合衆国地方裁判所の一審判決とは異なり,同法の執行差止を 認めた 12。多数意見は,「女性の生命の維持のために必要な」という文言の意味については,これ らの文言やそれらと実質的に同一の文言について正確な解釈はできないとしたRoe,Vuitch,
Belousと,できるとしたBabbitz,Rosen,Steinbergとを挙げながら 13,「何が『女性の生命の維 持のために必要な』や同様の文言の本質的な意味であるかについて裁判所の間で意見が一致する ことができないときに,同法の禁止に服しうる者がどのようにして当該州法が禁止するものを知 ることができるのか,我々にはわからない 14」と述べて,漠然性の争点に関してはBelousとRoe の理由づけに従うとし,それらの事件の判示が正しいと結論づけるために,「必要な」や「維持
8 See People v. Belous, 458 P. 2d 194 (1969).
9 See California v. Belous, 397 U.S. 915 (1970), denying cert. to People v. Belous, 458 P. 2d 194 (1969). 10 See United States v. Vuitch, 305 F. Supp. 1032 (D. D.C. 1969).
11 Doe v. Scott, 321 F. Supp. 1385, 1391 (N.D. Ill. 1971)(Memorandum Opinion).
12 See id. なお,本判決に先立つ1970年3月27日に,本判決の多数意見を構成した1名の裁判官によって,
強姦の結果妊娠した女性の本件への訴訟参加が認められたが,彼女の医師に対して同法の執行差止を求 める一方的緊急差止命令については,当該州法を違憲と判断する三名合議法廷だけがその発給をなしう る も の と さ れ, そ の 申 立 て が 斥 け ら れ た。See Doe v. Scott, 310 F. Supp. 688 (N.D. Ill. 1970)
(Memorandum and Order on Motions for Leave to Intervene and for a Temporary Restraining
Order). その後,同年3月30日に,第7巡回区控訴裁判所は,当該女性が求めていた一方的緊急差止
命令を認めた。See Doe v. Scott, 321 F. Supp. at 1387 n. 3.
13 See id. at 1388 n. 12 (citing Roe v. Wade, 314 F. Supp. 1217, 1223 (N.D. Tex. 1970);United States v.
Vuitch, 305 F. Supp. 1032, 1034 (D. D.C. 1969);People v. Belous, 458 P. 2d 194, 197 (1969), cert.
denied, 397 U.S. 915 (1970));id. at 1388 n. 13 (citing Babbitz v. McCann, 310 F. Supp. 293, 298 (E.D.
Wis. 1970);Rosen v. Louisiana State Board of Medical Examiners, 318 F. Supp. 1217 (E.D. La. 1970);
Steinberg v. Brown, 321 F. Supp. 741 (N.D. Ohio 1970)). 14 Id. at 1388.
する」のような文言の意味について,非常に詳細に検討する必要はないとする 15。次いで,多数意 見は,合衆国最高裁のGriswold判決 16に言及しながら,「我々は,本件の原告によって主張され ている利益とGriswoldにおいて主張された利益とを区別することができない 17」とし,「女性のプ ライバシーの利益と自己の身体をコントロールする利益は,避妊具の使用を禁止する法律による のと全く同じ程度に,中絶を禁止する法律によって相当に妨げられる 18」とした上で,「決定的に 重要な問題は,女性が死ぬことが合理的に確実である場合を除いて,妊娠の初期の段階における 中絶を防止するために,当該州がやむにやまれぬ利益を持つかどうかである 19」とし,「死には至 らない身体や感情における害悪の危険を女性にさらすことを求める制定法は,治療的中絶がその 危険を除去するときには,女性のための健康の手段としては審査に耐えない 20」し,「どんなに障 害があり,または将来の両親によって熱心には求められていなくともあらゆる胎児の出生を強制 する制定法は,とりわけ妊婦の対抗する権利への配慮の目から見ると,胎児の生命に対するどん な正当なやむにやまれぬ州の利益も示さない 21」から,「望まない子を産むことを女性に強制する ことに関わっている女性のプライバシーへの重大な侵害を正当化するような,すべての胎児の生 命を維持するやむにやまれぬ利益を当該州が持つとは我々は信じない 22」として,「妊娠初期の段 階,少なくとも第1トライメスターの間では,州は,免許を受けた施設において行われる免許を 受けた医師によって施される中絶の処置に対する女性のアクセスを禁止し,制限し,その他制約 することをなしえない 23」と結論づける。これに対して,反対意見は,本件州法の文言は,通常の 意味において受け取られるときには,禁止される行為について明確な警告を十分に伝えている 24 とした上で,「本件では,人間生命の保護または少なくとも胎児における潜在的な人間生命の保 護という有効で,許容できる州の利益が存在する 25」とし,「問題の制定法は,この有効で許容で きる州の利益を達成するために必要である以上に広くはない 26」と述べるとともに,とりわけ,「避 妊は新しい生命の創造を防止する。中絶は既存の生命を破壊する。避妊と中絶が区別できるのは,
期待または夢が現実と区別できるのと同様である 27」として,多数意見が本件とGriswoldを区別 できないとしたことを厳しく批判する。本判決の後,合衆国最高裁判所に対して,判決および差
15 See id (citing People v. Belous, 458 P. 2d 194 (1969), cert. denied, 397 U.S. 915 (1970);Roe v. Wade, 314 F. Supp. 1217 (N.D. Tex. 1970)).
16 See Griswold v. Connecticut, 381 U.S. 479 (1965). 17 Doe v. Scott, 321 F. Supp. at 1389.
18 Id. at 1390.
19 Id.
20 Id. at 1390-91.
21 Id. at 1391.
22 Id.
23 Id.
24 See id. at 1393 (Campbell, J., dissenting). 25 Id. at 1396 (Campbell, J., dissenting). 26 Id. (Campbell, J., dissenting). 27 Id. (Campbell, J., dissenting).