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現在のイヌイットの言語状況に関する調査と考察

本章の 1 節ではイヌイット語使用の地域差、時代差を文献、筆者の調査に基づき分析す る。2節では主に筆者の調査に基づき、イカルイトのイヌイットの言語使用状況、リテラシ ーを検証する。3節ではイヌイット語に対する意識を筆者の調査結果と文献のレビューによ り分析し、4節ではインタビューとアンケートの自由記述欄の結果を述べる。5節では参与 観察によるイカルイトの言語状況を述べ、6節では本章のまとめを行う。

4.1 イヌイット語使用の地域差、時代差

4.1.1 ヌナンガット4地域でのイヌイット語使用の現状

カナダのイヌイットの3/4はヌナンガットと呼ばれる4地域に住んでいることは前述し たが、それぞれの地域のイヌイットのイヌイット語使用に関して、モリス(Morris)は次 の図4-1を提示している。

図 4-1 年齢、地域別イヌイット語を話せる比率(%)

(Morris 2016:10を基に筆者作成)

若い世代にイヌイット語を話す能力が一番継承されているのは、ケベック州北部のヌ ナビックであり、次がヌナブト準州である。ヌナビックでは、年配者と若者にイヌイット 語を話せる能力に差がなく見事に保持されている。モリス はその原因を次のように述べて いる。

The Nunavik experience clearly shows that the language can be maintained and passed down to subsequent generations. For example, the Kativik

95%

96%

51%

43%

64%

95%

9%

11%

0% 20% 40% 60% 80% 100% 120%

ヌナブト 北ケベックのヌナビック ラブラドールのヌナツイアブット 北西準州のイヌビアルイト地方

15才~24才でのイヌイット語を話せる比率 (2012年)

55才以上のイヌイット語を話せる比率 (2012年)

100

School Board in Nunavik ensures that students are taught in Inuktitut until the third grade, at which time they choose English or French

as their language of instruction.

「ヌナビックの経験は明らかに言語が次の世代まで維持され、受け継がれる

ことを示している。例えば、ヌナビックのカティビィク学校区では、3年生 までイヌクティタットで教えられるが、その後は教育言語を英語かフラン ス語から選択できる。(筆者訳)」(Morris 2016: 10)

ヌナビックの例は言語が次の世代に継承されうることを示しているが、理由としてヌナビ ックでは、小学校3年生までイヌクティト(イヌイット語の主要な方言)で完全なバイリ ンガル教育が行われていることとイヌイット語の教員養成の充実のためであるとしている。

また、モリス(Morris 2016: 10) はヌナビックに比してヌナブト準州では、イヌイットの 教員不足などからバイリンガル教育が満足するレベルで行われていないと指摘している。

ヌナブトのバイリンガル教育に関しては後述するが、ヌナビックではマギル(McGill) 大学 と提携した教員養成プログラムでイヌイットの教員養成に力を入れているが、特にイヌイ ット語で養成課程の教育が行われたことに関して次のように述べられている。

With the help of a generous grant from the Minister de l’Education, a four step process has been developed whereby Inuit graduates of the program learn to develop and present courses in Inuktitut to their confreres without intervening translation to or from English and Inuktitut. This has had a measurable effect on both the morale and competence of unilingual (Inuktitut) trainees who can achieve full certification in their own language.

「ケベック州教育省の寛大な補助金のお蔭で、4ステップ過程を開発

できた。プログラムのイヌイットの卒業生は、英語からイヌクティタット

への翻訳を介在しないで、仲間にイヌクティタットで授業(コース)

の発表をすることができる。このことは、自分の言語で完全な資格を取る

モノリンガルな学生の意気込みと能力達成の両方にかなりの効果を

もたらしてきた。」(Westgate 2002: 96)

1978年に教員養成の最初の8人のイヌイットに資格が与えられたが、ヌナビックの教員 養成課程はイヌクティタットで行われ、成功したことがうかがえる。その後、1980年代後 半にはこの養成課程の卒業生 26 名のうち 25 名がヌナビックの教員になり(Westgate,

2002: 96)、バイリンガル教育の担い手として活躍する。また、ヌナビックのカティビック

学校区は1976年に選挙で委員を選出し、その後3年毎の選挙による改選でイヌイットによ

101

る運営が行われ、イヌイット語の保持に成功している(Westgate 2002: 90)。

南部を含めたイヌイット全体のイヌイット語を話せる能力は減少傾向にあり、2002年は

65%のイヌイットが流暢にイヌイット語を話せたが、2012年にはその数は55%に減少して

いる ( Statistics Canada, 2012)。また、図4-1明らかなように、ヌナンガットの北西準 州の一部のイヌビアルイトとラブラドールの一部のヌナツイアバットでは、若者がイヌイ ット語を話せなくなってきている。

4.1.2 ヌナブト準州内のイヌイット語の状況

ヌナブト準州は、西部のキティクミュート(Kitikmeot)、西南部のキバリック(Kivalliq), 東部のバッフィン島のキキクタルック(Qikiqtaaluk) の3つの地域に分かれている。

図 4-2 ヌナブト準州の地図

(ヌナブトの画像より)

キティミュート地方は、北西準州に近く、小学校の教育言語は英語であり、家庭でイヌイ ット語が使われている比率は 30%以下である。西南部のキバリックはコミュニティにより 言語使用に大きな差があり、ヌナブト第 3 の都市アービアット(Arviat)では殆どの家庭 でイヌイット語が使われており、家庭でのイヌイット語言語使用は、50%-90%とコミュ ニティによって差がある(Tulloch 2009: 142)。若者の50%しかイヌイット語を流暢に話せ ない準州都イカルイトを除くバッフィン島のキキクタルック地方では約 90% の家庭でイ ヌイット語が使われ、若者のイヌイットを話せる能力が高い(Tulloch 2009:142)。40代の ヌナブト北極カレッジの教員へのインタビューでは、バッフィン島のキキクタルック地方 のイカルイト以外のコミュニティでは、イヌイット語が使われ、若者にも受け継がれてい るが、彼等の英語力は弱くバイリンガル人材は少ないとのことであった。この地域の小学

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校ではイヌイット語のバイリンガルまたはイマージョンモデルを採用している。同じヌナ ブト準州でイヌイット語の使用に関して差が大きいが、家庭や地域でのイヌイット語使用 度や地域の学校が採択する教育政策などによる結果と考えられる。

4.2 イカルイトの言語状況 4.2.1 イカルイト

本節では筆者が調査を行ったヌナブト準州都イカルイトの言語状況を中心に考察する。

イカルイトの人口は7,177人(Iqaluit Visitor’s Guide 2016)で全人口にイヌイットの占め る割合は約60%とヌナブト準州の85%よりかなり少ない。1942年にアメリカの空軍基地 がおかれ、第二次大戦中に広く利用された。1987年まではフロビシャー・ベイ(Frobisher

Bay)という英語の名前であった。1950 年代の半ばには、DEW ラインの建設ために多く

の人が集まるようになり、イヌイットも徐々に住み始め、1957年現在、人口1200 人のう ち、489人がイヌイットであった(Iqaluit Visitor’s Guide 2016)。その後、カナダ政府が 医療設備、学校建設などを行い、政府のサービスを受けられる場として、イヌイットが定 住するようになった。その後、村、町として認められ、1987年にはイヌイット語で“魚の 多く住む地”を意味するイカルイトという名前に改められた。1995年には新しいヌナブト 準州の準州都に選ばれ、2001年には市となる (Iqaluit Visitor’s Guide 2016)。このような 歴史を持つイカルイトは、イギリス系、フランス系以外に移民を含むさまざまな人種の入 り混じる国際的な準州都である。現在の住民はイヌイット60%以外に、白人が34.3%、黒

人が1.1%、フィリッピン人が0.9%などの順となっている。

人口が一番多いこと、小学校からカレッジまであること、(準州)政府機関、イヌイット協 会、準州議会などがある上、競争の激しい地でのイヌイットの今後の道を考慮する為もあ り、調査対象にイカルイトを選んだ。

4.2.2 イカルイトでの調査

筆者が2016 年9月にイカルイトで行ったアンケート(questionnaire)、インタビュー、

参与観察と文献、資料に基づくトライアンギュレーションで、現在のイカルイトのイヌイ ットの言語状況をまず把握する。

・アンケート調査

アンケート(questionnaire)は次の形で行われた。

実施場所:カナダ・ヌナブト準州都イカルイト

ヌナブト北極カレッジ、イヌイット協会、ヌナブト準州政府教育省

(ヌナブト北極カレッジでは主に食堂で個別に依頼する形式であったが、

学生のみならず一般にも食堂は解放されているので、多様な職種の人 からも回答が得られた。)

実施方法:個別に依頼

103 実施対象:イヌイット 61名

回答者の男女別は男性24名、女性37名

有職者36名、大学生20名、高校生3名、無職2名

・アンケート(questionnaire)の内容

アンケートは20項目であるが、最後の20問目のみ記述式で、次の内容である。

20. If you wish to say anything about Nunavut, please write below.

(もしあなたがヌナブトに関して言いたいことがあれば、下に書いて下さい(筆者訳))

この質問は自由記述なので、質的研究として必要に応じ本論文で使われる。

残りの19問は、( )にチェックをしてもらう形であったが、その内特に本論文で使用さ れた質問は次の通りである。男女別は質問の最初にチェック欄を作った。

(1)仕事を持っているか否か。持っている場合はどういう仕事か(記述式)。持っていな い場合は将来どういう仕事に就きたいか(記述式)

(2)年齢は?(記述式)

(5)あなたの小学校の初期段階の教育言語は?(英語、イヌクティタット、その他より選 択)

(7)現在の或いは将来の仕事にイヌイット語は必要か。

(8)家庭で主に使っている言語は?(英語、イヌクティタット、その他より選択)

(9)職場、或いは学校で主に使用している言語は?

(英語、イヌクティタット、その他より選択)

(10)英語の新聞が読めるか否か。

(11)イヌクティタットで書かれた新聞が読めるか否か。

(12)あなたは自分をバイリンガルだと思うか否か。

(13)もし前問でバイリンガルでないと答えた場合は、あなたの一番得意な言語は?

(英語、イヌクティタット、その他より選択)

(14)ヌナブトの小学校のバイリンガル教育は成功しているか否か。

(15)ヌナブトの学校教育にイヌイットの文化を入れるのにはどういう内容が適切だと思 うか。(歴史、伝統技術、その他は記述式)

(16)あなたは自分の子供(或いは若者)にどの言語に堪能になってもらいたいか。

(英語、イヌクティタット、その他より複数選択可)

(17)言語に関して、イヌイットはどれが一番いいと思うか。

(英語とイヌクティタットのバイリンガル、英語により堪能、イヌクティタット語に より堪能より選択、その他は記述式)

(19)高校中退主な理由は?

(10代の妊娠、仕事不足、麻薬の使用、住宅事情の悪さ、食料不足より複数選択可 その他は自由記述)

上記質問の分析結果は第4、5,6章で考察する。上記以外の質問は分析に使用しないの

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