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イヌイットに関する法と条約

本章では、カナダの法やカナダ連邦政府との条約を特にイヌイットとの関連で検証する。

1節では、カナダの1982年憲法、2節では多文化主義法、3節ではヌナブト協定をイヌイ ットとの関連で検証する。4節以降は、ヌナブト準州の法律の中で、イヌイットの言語や文 化などの規定を4節の公用語法、5節のイヌイット語保護法、6節の教育法から検証する。

7節では本章のまとめを述べる。

3.1 1982年憲法 (The Constitution Act 1982)

1867年のイギリス領北アメリカ法(BNA法)以来、カナダ憲法の改廃権はイギリス議会 にあったが、イギリス議会によって制定された1982年憲法では、カナダ憲法の改廃権がカ ナダに移管されたことが同法第5章に述べられている。1982年憲法の基本的原理として 1)連邦主義、2)民主主義、3)立憲主義と法の支配、4)少数者の保護、が挙げられる

(松井 2012:26)。また、初めて人権規定が導入されたが、第1章は特に「権利および自

由に関する憲章」 (Canadian Charter of Rights and Freedom) と呼ばれている。同法1 章では、様々な権利が保障されているが、第1条の“権利および自由の保障”、第2条“基 本的自由”を以下に示す。

Guarantee of Rights and Freedom

1. The Canadian Charter of Rights and Freedom guarantees the rights and freedoms set out in it subject only to such reasonable limits prescribed by law as can be demonstrably justified in a free and democratic society.

権利及び自由の保障

第1条 権利及び自由に関するカナダ憲章は、自由かつ民主的な社会において明白に正当 化できるものとして法律が定める合理的な制限に服する場合を除き、ここに掲げる権利及 び自由を保障する。(日本語訳:「資料が語るカナダ」1997: 299)

Fundamental Freedoms

2. Everyone has the following fundamental freedoms:

(a) freedom of conscience and religion

(b) freedom of thought, belief, opinion, and expression, including freedom of the press and other means of communication

(c) freedom of peaceful assembly; and (d) freedom of association.

基本的自由

第2条 何人も、次の各号に掲げる基本的自由を有する。

(a) 良心及び信教の自由

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(b) 出版その他の媒体による情報伝達の自由を含む思想、信条、意見及び表現の自由 (c) 平穏に集会する自由

(d) 結社の自由

(日本語訳:「資料が語るカナダ」1997:299)

第1条では、権利および自由の保障、第2条では、宗教、思想、表現、集会、結社の自由 が謳われている。第15条の平等権を以下に示す。

Equality Rights

15. (1) Every individual is equal before the and under the law and has the right to the equal protection and equal benefit of the law without discrimination and, in particular, without discrimination based on race, national or ethnic origin, colour, religion, sex, age, or mental or physical disability.

平等権

第15条 (1) すべて個人は、法の下に平等であり、一切の差別、特に人種、出身国籍もし くは出身民族、体色、宗教、性別、年齢又は精神的もしくは身体的障害を理由として差別 を受けることなく、法の平等な保護と利益を享受する権利を有する。

(日本語訳:「資料が語るカナダ」1997: 301)

全ての個人は、人種、出自、肌の色、宗教、性別、年齢、障害などを理由に差別を受ける ことなく、法の平等な保護と利益を享受する権利を有することが述べられている。イヌイ ットもこれらの条文にあるとおり、カナダ国民として自由と平等の権利を有している。

次に言語に関しては、第16条で英語とフランス語がカナダの公用語であることが述べ れている。

Official Languages of Canada

16. (1) English and French are the official languages of Canada and have equal rights and privileges as to their use in all instructions of the Parliament and government of Canada.

カナダの公用語

第16条 (1) 英語及びフランス語は、カナダの公用語であり、連邦議会及び連邦政府のすべ ての機関における使用言語として、対等な地位と権利及び特権が認められる。

(日本語訳:「資料が語るカナダ」1997:302)

英語とフランス語がカナダの公用語であり、議会や連邦政府で使用される言語として、対 等の権利と特権を持つと書かれている。第22条では英仏以外の言語権に関して次のように 述べられている。

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22. Nothing in sections 16 to 20 abrogates or derogates from any legal or customary right or privilege acquired or enjoyed either before or after the coming into force of this Charter with respect to any language that is not English or French.

第22条 第16条から第20条までの各規定は、本章の施行前又は施行後に、英語及びフラ ンス語を除く言語について認められもしくは享受されている権利又は特権を廃止又は 制限するものではない。(日本語訳:「資料が語るカナダ」1997:303)

憲法16条から20 条までの諸規定(英仏公用語に関する規定)は、英語でもフランス語で もない言語に関し、この憲法が効力を発する以前もしくは以降取得された或いは享受して いる法的ないし慣習的権利ないし特権を縮減もしくは否定するものではない…とあり、英 語、フランス語以外の言語も認めている。第23条の少数言語教育権では、英仏2公用語の どちらかが少数言語である場合の教育の権利が述べられているが、それ以外の言語につい ては言及されていない。

従来は先住民の権利の法的根拠は定かではなく、ようやく1973年になって、カナダの裁 判所は、「先住民の権利は、歴史的にヨーロッパからの移民の前に先住民がカナダに居住し ていたという歴史的事実に導かれ、そしてそれを保障した文書はなくても、コモン・ロー 上認められる法的権利である」ことを認めた(松井2012: 299)。1982年憲法の基本的原理 の一つに「少数者の保護」が挙げられるが、1982 年憲法第 35 条では、カナダの先住民の 権利と先住民の規定を行っている。

PART II RIGHTS OF THE ABORIGINAL PEOPLES OF CANADA

35. (1) The existing aboriginal and treaty rights of the aboriginal peoples of Canada are hereby recognized and affirmed.

(2) In this Act, “aboriginal peoples of Canada” includes the Indian, Inuit, and Metis Peoples of Canada.

第2部 カナダの先住民の権利

第35条 (1)カナダの先住民が現に保有する先住民固有の権利及び条約に基づく権利は、こ こに承認し、確認する。

(2) 本法において「カナダの先住民」という場合には、カナダ人たるインディアン、イヌイ ット及びメティスを含むものとする。

(日本語訳:「資料が語るカナダ」1997:395)

カナダの先住民としての権利および条約上の権利が憲法で承認、確認されること、カナダ の先住民はインディアン、イヌイットおよびメティスを含むものとすること…と書かれて いる。35 条で認められている権利は、先住民の個人の権利が主であるが、先住民族の自治 権、土地利用権などの集団としての権利も含まれる(松井2012:304)。ヌナブト準州のイ

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ヌイットには、1982年憲法によるカナダ国民としての自由と平等の権利と、ヌナブト協定 に基づくイヌイット独自の権利の両方が保障されている。

3.2 多文化主義法 (Canadian Multiculturalism Act)

1971年に当時のトルドー首相は、二言語・二文化政府調停委員会の勧告を受け入れて、

二言語主義の枠内における多文化主義政策の声明を行い、「カナダの文化発展に対する他の 民族集団の貢献とその貢献を保証するためにとるべき措置」であると述べた(日本カナダ

学会1997: 257)。1960年にフランス系の多いケベック州で自由党政権が誕生し、近代化に

向けての諸改革(静かなる革命)がなされたことに恐れを抱いた連邦政府が、カナダの建 国のイギリス系とフランス系の関係を正常化するために1963年に二言語・二文化政府調停 委員会を任命した。この時期は、一方では英仏以外の民族がカナダ社会での貢献を訴え、

ウクライナ系、ドイツ系を中心に多文化主義運動が盛り上がった。同委員会は、1969年に 当初の枠を超える「英仏以外の他の民族集団の文化的貢献」という内容を盛り込んだ報告 書を政府に提出した (日本カナダ学会1997: 256)。この報告書に従い、トルドー首相は多文 化主義宣言を行った。初期の多文化主義は英仏以外のヨーロッパ系の移民を念頭においた ものであり、主に各民族集団の文化に対する経済支援という色彩が濃かった。また、個人 の文化選択の自由を尊重した自由主義的な多文化主義といえる。しかしながら、1962年~

1967年にかけての移民法改正で人種差別的な規制がほぼ撤廃され、ヴィズイブル・マイノ リティ (visible minority) といわれる有色人種の移民が半数以上を占めるようになり(長谷

川 2002: 168)、多文化主義の意味合いも変化せざるをえなかった。カナダ入国後の有色人

種の移民に対する人種・社会的な偏見を取り除くために、人種的差別撤廃、社会的不平等 の是正という意味合いが強くなってくる(日本カナダ学会1997: 256)。さらに、1970年代 から盛んになった先住民運動も視野に入れ、様々な出自の移民、先住民を含むすべてのカ ナダ人の平等達成と多文化的遺産の維持、向上を謳った「多文化主義法(Canadian Multiculturalism Act)」が、1988年に制定された。

多文化主義法の前文(preamble)には、先住民権について次のように書かれている。

An Act for the preservation and enhancement of multiculturalism…

WHEREAS the Constitution of Canada recognizes rights of the aboriginal peoples of Canada.

多文化主義の維持と強化のための法律…

カナダ憲法は、カナダの先住民の権利を認めている。(筆者 訳)

ここで先住民権が改めて確認されている。前文の最後に多文化主義の維持と促進に関して 次のように述べられている。

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AND WHEREAS the Government of Canada recognizes the diversity of Canadians as regards race, national or ethnic origin, colour and religion as a fundamental charac- teristic of Canadian society and is committed to a policy of multiculturalism designed

to preserve and enhance the multicultural heritage of Canadians while working to achieve the equality of all Canadians in the economic, social, cultural and political life of Canada;

そして、カナダ政府は、人種、民族的出自、皮膚の色そして宗教に関するカナダ人の多様 性をカナダ社会の基本的な特徴とみなし、カナダの経済的、社会的、文化的そして政治的 生活領域におけるすべてのカナダ人の平等達成に努力するとともに、カナダ人の多文化的 な遺産を維持し、向上させるための多文化主義政策を推進することを約束する。

(日本語訳:「資料が語るカナダ」1997: 258)

ここに、カナダ人の多様性をカナダの特徴と位置づけ、すべてのカナダ人の様々な領域に おける平等達成と多文化主義の推進が約束されている。続いて、同法の 3 条に多文化主義 政策が述べられている。一部のみ引用する。

3 (1) It is hereby declared to be the policy of the Government of Canada to

(a) recognize and promote the understanding that multiculturalism reflects the cultural and racial diversity of Canadian society and acknowledges the freedom of all members of Canadian society to preserve, enhance and share their cultural heritage;

第3条 (1) カナダ政府の政策として、その目的を以下に宣言する。

(a) 多文化主義が、カナダ社会の文化的および人種的多様性の現実を反映するもので あり、カナダ社会のすべての成員の文化的遺産を維持し発展させ分かち合う自由 を承認するものであることを深く認識し、その理解を促進すること。

(日本語訳:「資料が語るカナダ」1997: 258)

ここに、多文化主義がカナダ社会の文化的、人種的多様性を反映するものであり、カナダ 社会のすべての成員の文化遺産を維持、促進することが述べられている。さらに、次のよ うに述べられている。

3 (1) (b) recognize and promote the understanding that multiculturalism is a fundamental characteristic of the Canadian heritage and identity and that it provides an invaluable resource in the shaping of Canada’s future.

第3条 (1) (b) 多文化主義が、カナダ人の伝統的遺産とアイデンティティの基本的特徴であ り、カナダの将来を形成する際の貴重な資源となりうることを認め、その理解を促進する こと。 (日本語訳:「資料が語るカナダ」1997: 258)

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