1. 中国物流の発展の回顧と評価分析(2004 年以前)
(1) 改革開放以前の中国物流(1978 年以前)
中華人民共和国建国後から改革開放政策開始前(1949‐1978 年)にかけて、中国は集中度の 高い計画経済管理体制をしいており、国家全体の経済運営は厳格な計画管理の下に置かれて いた。 物流 の概念はまだ中国には導入されておらず、現代物流の概念はなおさらのこと存在し ていなかった。
この時期、国家はさまざまな商品、特に生産財と主な消費財に対し、指令による計画生産・割り 当て・供給を実行してきた。商品流通企業の主な職務は指令的な割り当て計画の実現を保証す ることにあった。流通分野の費用を削減するため、政府はそれぞれの輸送方式を総合的に発展さ せ、物資の倉庫保管・輸送拠点を無駄なく配置している。また、合理的な在庫体制を構築し、主 要物資の合理的な流通の図を編成するとともに絶えずこれを修正し、各輸送方式の総合的な利 用や一貫輸送の発展などを提唱している。しかしながら、全体的には計画生産・在庫及び輸送に のっとり、計画的な分配と供給を実現しているのが現状である。
1963 年に物資部門は供給・販売中継倉庫を一括して管理することを実現した。全国の商品の 物流活動は基本的に各レベルの物資倉庫保管・輸送公司と商業倉庫保管・輸送公司が担って おり、計画経済の下で物資流通モデルを作り上げた。物資倉庫保管・輸送公司は「収入をもって 支出に充て、収支を均衡させる」という原則を遵守し、何回中継ぎをしようとも、国家が規定した費 用基準にのっとり、貨物のユーザー機関から該当回の輸送に限定した管理費を徴収した。物資シ ステム内部の物資調達では管理費を徴収していない。国家は物資企業に貯水池の役割を果たす ことで、社会の物資在庫量をたゆまず増加させ、物資の回転速度をゆるめることを求めていた。工 業消費財の在庫と輸送は3レベルの卸売りよる供給・販売体制で運用していた。すなわち、1級・2 級・3級の商品卸売り供給ステーションそれぞれに対応する商業倉庫保管・輸送公司を設立し、3 レベルの卸売り過程の倉庫保管・輸送業務をそれぞれ請け負っていた。当時の商品小売業は主 に国営の百貨店・穀物店・副食店ならびに各種物資供給ステーションで構成されていた。こうした 店舗などが物流の最終拠点をなしており、しかもそのほとんどの規模は大きくなく、内部の物流活 動は主に在庫の倉庫保管であった。これに対応して、企業の生産は計画にのっとって行われ、物 資の供給は計画に従って割り当てられ、製品の販売は計画にのっとって分配され、輸送は計画に 沿って行われた。あらゆる生産資材及び消費資材はほぼすべて各レベルの政府が部門・行政地 域にのっとり計画された方法で割り当て供給していた。物資の調達・輸送・倉庫での保管・梱包・
-157/297-
加工・配送など「物流」の各段階については、計画された方法で完全に管理とコントロールを行っ ており、企業は自主経営の余地がなかった。
計画経済体制の下で構築された物流管理方式は社会のニーズに合わず、経済の発展を制約し た。生産規模が小さく、産業構造が簡単で、インフラ設備が整備されておらず、物資の供給が欠 乏状態にある経済発展段階にあっては、政府が当時の社会物資の供給状況を比較的簡単に把 握でき、一定の範囲に於いて過不足を調整し、社会の供給を相対的に安定した状態に保つこと ができた。しかしその反面、縦割りで、それぞれに体制を作っているがために、組織が重複してい る状態を招いていた。生産・流通・販売などの各プロセスが互いに連係がなく、社会で抱えている 在庫量が多く、物資の回転速度がゆっくりで、必要資金も比較的多かった。
この時期の中国はまだ「物流」の概念がなかったといえよう。資源の割り当てと供給体制の構築 は行政区画にのっとって行われており、物流活動の主要目標は国家の指令による計画割り当て 指標の確実な実行であり、物流の経済効果目標は二の次に追いやられていた。物流活動は商品 の倉庫保管と輸送に限られていた。物流のプロセスは相互の連係がなく、システム化には程遠く、
全体的な経済効果は低下した。
(2) 物流概念の導入と経済体制の軌道修正期の中国物流(1978 年―1998 年)
1979 年6月、中国物資経済学会は代表団を派遣、日本で行われた第3回国際物流会議に出席 し、帰国後この代表団が初めて物流という概念を中国に紹介した。1987 年 7 月 11 日、安徽省蚌 埠で中国物流研究会第一回年次総会が開催された。この会では、中国物流学の基本理論、物 流の発展戦略・物流技術など関連する理論と実践について突っ込んだ討議が行われ、中国の物 流業発展のさきがけを切り開いた。この段階に於いて、中国の社会制度・経済発展に適応し、中 国の物流は計画性のある商品経済の下での物流と、社会主義市場経済の下での物流 の二つ のプロセスに分けることができた。
1) 計画性のある商品経済の条件下での物流は、1980 年代初めから 1990 年代初めま でこの時期、中国経済は計画経済からだんだんと市場経済への移行を始める。
製品とサービスの商業化及び市場化に伴い、市場競争が日増しに激しくなり、各種企業が 現在物流の役割の重要性を意識するようになった。流通部門が物流管理体制を強化しただ けではなく、生産部門も物流問題を重視し始めた。国営物流企業の構築が強化されただけで はなく、集団経営ならびに個人経営の物流企業の一部も発展した。物流業は部門・地区の境 界を打ち破り始め、社会化・専門家の方向へと発展し始めた。しかしながらこの時点ではまだ 本当の意味での現代物流運営もなく、現代物流企業も存在しなかった。
中国は内部を活性化し、対外開放を進める政策を実行することにより、マクロ経済環境に
-158/297-
大きな変化が生まれた。企業経営の自主権が増加し、さまざまな種類の経済要素が市場に 入り込み、国民経済は高スピードの成長期に入った。これと同時に、中国の物資割り当て(分 配)体制・商品流通体制・交通輸送体制にも大きな変化が生まれた。政府は企業に対する生 産・物資・価格の管理を徐々に緩め、工業分野の企業は原材料の調達・購入、製品の生産 ならびに販売を自主的に決定するようになった。商業・貿易分野の企業は劉津体制改革と供 給方法の調整・変化に基づき、商品物流配送センターのモデル拠点を設け、業務を展開した。
交通・輸送分野の企業は伝統的な観念を打ち破り、業務範囲を輸送業務の前後両方に拡張 した。貨物輸送代理企業は、荷送人(託送委託者)と輸送請負者の間の橋渡しと結びつけの 役割を果たし、貨物の託送・荷送りと荷受の接受・輸送手段の予約ならびに積載・一貫輸送 サービスなど、多岐にわたる業務を創設した。海外の先進的な物流概念と物流管理方式は、
外資系の投資企業とともに中国にはいってきた。
経済活動が商品経済へと変革を始めていたため、物流業は経済効果を重要視し始めた。
物流活動もすでに受動的な倉庫管理と輸送だけに限られるのではなく、システム運営に力を 入れ始めた。すなわち、輸送・倉庫保管・梱包・荷積み・荷卸し・流通加工を含めた物流シス テムの全体的な効果を考え始めたということである。システム化構想にもとづき、倉庫の一括 作業・コンテナユニット化技術・自動化された立体倉庫・各種輸送手段の総合的な利用・一貫 輸送などシステム応用形式を打ち出し、システム構想により物流の全工程の質を高め、物流 にかかる総費用を最安値に抑えた。この時期、物流の経済効果と社会効果に増加がみられ た。
2) 社会主義市場経済体制構築開始時期の物流、すなわち 1990 年代中・後期
1993 年、党の 14 期三中全会で《社会主義市場経済体制構築の若干の問題に関する決 定》が採択された。中国は経済体制改革の歩調を速め、経済体制の構築は新しい歴史的な 発展段階に入った。科学技術の急速な発展と情報技術の普及ならびに応用、消費ニーズの 個別化の傾向の強まり、競争メカニズムの確立により、中国の工業・商業分野の企業、特に中 国資本と外資による合弁企業が競争力を高めるため、新しい物流ニーズを提示した。また、
中国の経済界は物流の発展を議題に挙げ始めた。国家は古い倉庫・輸送企業に対する改 革・改造及び再構築に徐々に力を入れ、こうした企業にたえず新しい物流サービスを提供さ せた。これと同時に、市場経済発展の需要に見合った現代物流企業が複数出現した。
国内市場に出現したさまざまな形式の物流サービス企業には、大まかに以下 4 種がある。
第一種は商業・物資倉庫保管・輸送分野の企業で、既存の倉庫保管設備を利用し、商品物 流配送センターを設立、ユーザーに物流配送サービスを提供している。第二種は交通輸送 企業と貨物輸送代理企業(一貫輸送・コンテナ業も含む)で、業務経営範囲を拡大することに より、ドア・トゥー・ドア輸送を展開し、さらにユーザーに物流サービスの一部を提供する方向転 換を図っている。第三種は工業生産企業で、自ら相対的に独立した物流組織あるいは物流 実体を作り上げ、原材料と製品・完成品のロジスティクス保証サービスを自ら全て担っている。