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物体としての神

ドキュメント内 トマス・ホッブズにおける神と自然 (ページ 104-134)

 最終章となる本章では、ホッブズの唯物論的な哲学と神の関係の問題に取り組む。これまでの 各章において、彼は一方では哲学を唯物論的な仕方で進めながら、他方では様々な仕方で神につ いて言及していた。そこから読み取れる限りでは、彼が神の存在を前提とし、神に対して何らかの 敬意を払っていることは明らかだ。しかし、それにもかかわらず、生前から今日にいたるまで彼を

「無神論者atheist」や「異端heresy」と見なす声は少なくない。本章ではこれまでの考察を踏ま えた上で、ホッブズの神概念を読み解き、彼を無神論者と見なす解釈を退ける。 

 ホッブズの無神論について、先行研究は無神論的な解釈と有神論的な解釈の大きく2つに分けら れる。前者の立場は、ホッブズを偽装した無神論者と考える 。彼が表面的には神の存在を肯定1 し、それどころか、ときには神を率直に崇拝する態度を見せることは事実だ。だが、それはあく までも同時代人からの批判を回避するための偽装に過ぎず、彼は実のところ無神論者である。そ の際の重要な論拠は、何よりもホッブズが同時代人から無神論者と繰り返し非難されたことであ る。表向き有神論者として振る舞おうとも、宗教的に敏感であった同時代人に見抜かれていた以 上、彼が無神論者であることは避けられないのではないか。また、彼の有神論的に見える主張は あくまでも偽装に過ぎないのだから、それらは彼の哲学体系と最終的には矛盾をきたすことにな る。こうした立場は、彼に対する生前からの批判と足並みを揃えていると言える。他方で、後者 の立場はホッブズを誠実なキリスト者であると考える 。彼が周囲の人から無神論者として非難さ2 れていたことは事実だ。しかし、彼は実のところ一貫して誠実なキリスト教信仰を抱いており、彼 の著作の中に宗教的な背景を見出すことは不可能ではない。あるいは、ホッブズは政治に対して 宗教を持ち込まないという意味では世俗主義者ではあるが、国家において定められた範囲での宗 教と神への信仰を否定する意味での無神論者ではありえない。こうした立場は、ホッブズに対し て直接与えられた批判だけでなく、より広範な歴史的文脈の中で彼のキリスト者としての立場を検 討している場合も少なくない。もちろん、それぞれの立場の中でより詳細な議論は行われているも のの、代表的な論拠はおよそ今見た通りである。 

 ただし、こうした2つの立場は、どちらもホッブズの神についての個人的な信仰の問題に触れて しまっているようにも思われる 。彼自身が書いたことや周囲の評判から独立に、彼が内面におい3 て神をどのように考えていたのかを決定することは極めて困難であるように思われる。ホッブズ 自身は自らの信仰についての内省的な文書を残したわけではない。彼が自らの信仰について直接 的に語ったものとして知られているのは、重病で倒れた際にもイギリス国教会の信仰を捨てなかっ たという出来事に関するものであろう 。これは証人を立てているだけに、客観的であるとは思わ4

ホッブズの無神論的解釈としては以下のものが重要である。Strauss 1963; Skinner 1996; Berman 2013(1988); Jesseph 2002.

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ホッブズの有神論的解釈として、まずは彼の倫理学や宗教論に注目した一連の研究動向がある。Taylor 1938, Warrender

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1957, Hood 1964, Martinich 1992. これに加えて、主に自然哲学における神概念に論じた以下のような研究もある。Lupoli 1999; Lupoli 2016; Leijenhorst 2004; Leijenhorst 2005; Gortham 2013a.

加藤はホッブズ宗教問題についての解釈類型を整理した上で、いずれの解釈もホッブズ個人の信仰の有無をその理論的

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核心にあると考えていると指摘する(加藤 1979, pp. 51-53)。

ホッブズがパリのサンジェルマンに居たとき、彼は大病に倒れた際、友人であるカトリックの神父であるメルセンヌが

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見舞いに来てカトリックへの改宗を進めたが、彼は断った。だが、その数日後、後にイギリス国教会のダラムの主教と なるジョン・コシンズ(John Cosins)が訪れた際には、ともに国教会の様式にしたがって祈りを捧げたという(Vita, OL I:

xvi)。彼は死後1682年に公刊された『七つの哲学的問題』の国王への献辞の中でも、自らを無神論と騒ぎ立てる人々が いるが、ダラムの主教が自らの宗教については証言してくれると述べている(SPP: Ep. EW VII: 5)。

れるものの、逆にいえばいかにも偽装が疑われるような話にも思われ、判断は困難である。その ため、本稿ではホッブズの内面的な信仰については一切問題にしない。問われるべきは、彼が神 をどのように位置づけたのかを明らかにした上で、それが彼のこれまで見てきた哲学と整合する か否かである。考察の対象とするのは、ホッブズ自身のテクストはもちろん、彼を無神論者と呼 んだ同時代人の批判である。これらを分析することで、同時代人がいかなる論拠をもってホッブ ズを無神論者と判断し、それに対して彼がどのように答えようとしたのか、最終的にそうした弁 明から彼の哲学と神を整合的に理解できるのかを明らかにする。 

第1節 無神論の根 

 後半生から死後にいたるまで、ホッブズは同時代人からしばしば無神論者と呼ばれた。彼はと きに激しい罵倒や非難の対象となり、その悪評は長きに渡って語り継がれた。今日において、

ホッブズに何らかの否定的な印象を持っているとすれば、それは過去の評判に由来するものも少 なくないという 。しかし、同時代人の評判にもかかわらず、彼自身は自らの信仰の正しさを一貫5 して主張し続けた。周囲の無神論との非難と、彼自身の主張の間には明らかにねじれがあり、こ れこそが彼の神についての解釈を複雑にしている。もっとも、周囲の人々から無神論者と呼ばれて いたからといって、直ちにその人が神を否定した人物であると断定することはできない。マー ティニッチが指摘するように、とりわけ彼の時代において、無神論者という語はしばしば濫用され ていた 。彼はいくつかの例を挙げているが、最も典型的なのは、プロテスタントとカトリックが6 お互いを無神論者と呼び合っていたことだ。無神論者とは直接的に神を否定する相手を呼ぶ際の みならず、神についての考え方が異なる敵対者に対するありふれた罵倒語であった。無神論者とい う言葉が濫用されており、ホッブズ自身は自らが無神論者であることを否定したとすれば、彼を 無神論と見なすのはある種の誤解なのではないか。 

 比較的近い時代に書かれた、ピエール・ベールの『歴史批評辞典』における分析はこうした見方 を裏付けるかもしれない。ベールは同書の「ホッブズ」の項目を「十七世紀屈指の大天才」とい う言葉からはじめ、当時存在した数多くの悪評からホッブズを擁護している 。そうした中で、彼7 を無神論者と見なす評判について、ベールは次のように述べる。 

この人[ホッブズ]の長い生涯は、終始、完全な君子のそれだった。祖国を愛し、国王に忠実で、友達 甲斐があり、情深く、親切な人だった。それでもこの人は無神論者とされた。しかし、ホッブズの伝記 を書いた人たちは、神の本性についてこの人はきわめて正統的な意見の持ち主だったと主張している

(M)。  8

この記述にしたがえば、ホッブズは極めて優れた人物であり、神の本性について「きわめて正統 的な意見」を有していたにもかかわらず、無神論者と呼ばれたことになる。ベールはホッブズにつ いての評判と彼自身の見解との間にねじれがあることに気付いていたと思われる。では、なぜこ のようなねじれが生じたのか。ベールがこの箇所につけて注記にしたがえば、そうした批判は ホッブズの神学に対する態度に起因する 。ホッブズは神の存在は認めるものの、それを人間の偏9

Parkin 2010, p. 1.

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Martinich 1992, pp. 19-21.

6

ベール 1984, p. 322.

7

ベール 1984, p. 323.[ ]内引用者。

8

ベール 1984, p. 328-329.

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狭な理性の内で理解することを避け、迷信的な儀式や無意味な思弁に繋がる煩雑な神学論争を 嫌った。そうした「スコラ的学説」を退ける態度こそが周囲の不興を買ったという。その上で、

ベールは次のように付け加える。 

疑いもなく、無神論者という非難ほどひどい濫用に陥ったものはない。数限りない連中が、頭の悪さか ら、または悪意から、しっかりした形而上学の偉大で崇高な真理と聖書の一般的な教えだけを肯定する 人をおしなべて無神論者として非難している。それだけでは足りないから、民衆に何千遍となく提示す る個別的な箇条をも全部採用すべく義務づけようというのだ。そういうしきたりからあえて離れる者 は、一部の学者に言わせると不敬の徒であり自由思想家である。  10

ベールもまた、この時代には無神論者という非難が濫用されていたと指摘する。細かい信仰箇条 を民衆に義務づけるのを避け、形而上学的な真理と聖書の一般的な教えだけを認める人々は、敵 対者から無神論者と言われてしまう。ベールのこうした分析にしたがえば、ホッブズが無神論者 と呼ばれたのは誤りであり、煩雑な神学的議論を重視する偏狭な学者たちによるいわれなき中傷 であることになる。『歴史批評辞典』はホッブズを擁護する立場をとり、彼の無神論という評判 が誤解であったと結論づけている。 

 こうした見方は、同時代におけるホッブズへの執拗なまでの攻撃の一端をを説明するかもしれ ない。この後でも見るように、彼に対する攻撃の背景には当時の政治的背景があることも事実で ある。とはいえ、無神論という言葉の濫用で彼の批判者を理解するのは明らかに問題を単純化し すぎている。ホッブズのスコラ学や神学的議論への批判に反発し、ある種の党派性から彼を攻撃 した人物がいたことは事実だろう。しかし、この時代における重要な批判者たちは党派性からだ けではなく、彼の著作の内容を問題にしていた。さしあたり、批判者たちが問題にしたホッブズ の学説は大きく3つに整理できるだろう 。第一に、あらゆる言葉は人間の取り決めであるという11 唯名論的な見解は、神が定めた自然法や倫理を相対化してしまうという点。第二に、国家の権力 は教会よりも優越するというエラストゥス主義的立場。第三に、唯物論的な哲学によって霊魂の不 死のような宗教的見解を退けることである。これらはいずれも神学者や聖職者にとっては不都合 なものであることは容易に想像できる。その中でもとりわけ重大な問題は、最後に挙げた唯物論 的見解である。 

 ホッブズの哲学が唯物論的であることは、これまでの各章においても繰り返し見てきた。ここ での問題は、そうした唯物論的な見解が無神論という非難と具体的にどのように結びつくかであ る。この文脈において検討しなければならないのは、『リヴァイアサン』第4章における「無意味 な語Words insignificant」をめぐる記述である。彼はまず、適切に定義されていないスコラ学者が 使うような用語をその典型として挙げ、それに続けて次のように述べる。 

 

もうひとつは、人々がその意味が矛盾し、両立しない2つの名辞からある名辞を作る場合である。たとえ ば、「非物体的物体」あるいは(全く同じだが)「非物体的実体」といった名辞、およびその他多数の ものである。というのも、何らかの肯定命題が偽である場合には常に、それを構成する2つの名辞を組み

ベール 1984, p. 329.

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問題の整理に際してはMintz 1962の主に第2章を参考にした。ミンツはホッブズの同時代人は唯物論と道徳哲学の両方

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を問題にしたと指摘する(ibid. p. vii)。その上で、ホッブズの学説がどのようなものであり、同時代人たちがそれをど のように受けとめたのかを分析する(ibid. pp. 23-36)。ただし、ミンツはホッブズへの攻撃の底流には、同時代人たちの彼 の文体に対するルサンチマンがあったとも指摘している(pp. 37-38)。

ドキュメント内 トマス・ホッブズにおける神と自然 (ページ 104-134)

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