本章ではホッブズの幾何学と自然学を扱う。これらの領域は先行研究においては長きに渡って 注目されてこなかった 。既に本稿の序論で述べたように、従来の研究の多くは彼の政治や道徳に1 ついての論考に集中してきた。また、彼の自然哲学が扱われる場合にも、物体や運動についての一 般的な原理が取り上げられることが多く、幾何学や自然学の内実に踏み込むことは稀であった 。2 そうした中で、20世紀後半になるとこれらの分野についての2つの重要な研究が登場した。自然学 については、1985年に初版が公刊されたシェイピンとシャッファーによる『リヴァイアサンと空 気ポンプ』であり、幾何学についてはジェシフによる1999年の『円の正方化』である 。前者がロ3 バート・ボイルとの自然学論争、後者がジョン・ウォリスとの幾何学論争を扱っており、両者は ホッブズと同時代の知識人との論争に注目したという点では共通点がある。さらに、どちらの研 究も、従来は彼の一方的な敗北と考えられてきたこれらの論争を改めて分析し、その主張の中に 興味深い論点が数多く含まれていることを明らかにした。本稿もまた、このような幾何学や自然 学の再評価から多くの恩恵を受けている。とはいえ、こうした研究はあくまでも論争の分析を主 眼に置いているため、そもそもホッブズ自身が幾何学や自然学において何を目指していたのかを 必ずしも明らかにしているわけではない。果たして彼は幾何学や自然学においてどのような問題に 挑み、それによって最終的にどのような世界観を構築しようとしたのだろうか。本章ではこれら の論争が本格化する以前に書かれた『物体論』の記述を中心に追うことで、彼が幾何学や自然学 をどのように位置付け、そこでどのような議論が展開されたのかを読み解くことにしたい。
もちろん、論争に注目すること自体は、ホッブズの幾何学や自然学に関する評判を考える上で は決して無視されるべきものではない。彼は1640年代から1650年代前半にかけて、主に光学の分 野において優れた名声を誇っており、周囲の人々はその数学についての能力を称賛した 。こうし4 た評判を裏付けるものとして、彼は後にチャールズ2世となる王子の数学教師を務めたことが挙げ られるだろう。ただし、ホッブズはこの時点では、たとえばデカルトの『屈折光学』への批判な ど、草稿や書簡などの形で考察を発表しており、それらを書物の形で公刊したわけではなかっ た 。そのため、周囲の人々は自然哲学に関するホッブズの体系的な書物の完成を待ち望んでい5
ホッブズの自然哲学に関する研究状況については以下を見よ。Shapin/Shaffer 2011, pp. 7-12, 邦訳39-42頁。
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ホッブズの自然哲学研究の古典として重要なブラントの研究(Brandt 1927)も、彼の1640年代の自然哲学の分析に重点が
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置かれ、『物体論』以降の具体的な幾何学や自然学の分析には十分な分量が割かれていない。
Shapin / Schaffer 2011(1985); Jesseph 1999.
3
Malcolm 2002, pp. 323-326; Grandt 1996, pp. 109. 1650年にデカルトが死亡した際、ホッブズの友人であるソルビエールは、
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彼の数学における業績を「ロベルヴァル、ボンネル、ホッブズ、フェルマー」に比するものだと称賛している(Jesseph 1999, p. 6)。
1640年頃、ホッブズはデカルトの『屈折光学』への56ページにわたる批判論文をメルセンヌに送り、これをきっかけ
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として両者の光学についての論争がはじまる。この論争の経緯はデカルトの書簡集において確認できる(DEp. 296, 300, 302, 303, 304, 306, 308)。ただし、最初に書かれたホッブズの批判論文については現在は失われている。この事情につい てはホッブズの書簡集におけるマルコムの解説を見よ(L. pp. lii-liii)。また、20世紀中頃には1642-1643年に書かれたとさ れる、今日では「トマス・ホワイト批判」と呼ばれる大部の草稿がある。これに加えて、1646年頃にキャヴェンディッ シュに献呈された「光学についての第一草稿もしくは覚書」と呼ばれる自筆草稿が残されている(Harley MS 3360)。いず れも複数の人物に回覧されたと思われるが、正式な形での公刊はされていない。
た 。1655年の『物体論』の公刊は、そうした声に応えるものであっただろう。ところが、同書に6 よってホッブズが自らの幾何学や自然学の全体像を示したことは、結果として上述の論争を引き 起こす原因になった。ウォリスは同書が出版された直後から幾何学に対する批判を展開した。そ の少し後ではじまったボイルとの論争においても、『物体論』は繰り返し批判の対象となった。
こうした論争の中で、ホッブズの幾何学や自然学についての評価は徐々に失われていった。この意 味では、彼と同時代人の論争を分析することは、その名声の浮き沈みを理解する上では重要であ る。
幾何学や自然学をめぐる論争において、ホッブズが誤りを犯したと見なされてきたことは事実 だ。幾何学をめぐるウォリスとの論争における最大の問題は、ホッブズが古代からの難問である
「円積問題」の解法を得たと主張したことである 。ホッブズはこの問題について繰り返し様々な7 証明を試みたが、ウォリスはそうした証明の失敗を指摘した。今日では、この問題はそもそも ホッブズが試みた手法では証明不可能なことが明らかになっている 。また、ボイルとの自然学を8 めぐる論争においては、空気ポンプを用いた実験によって真空もしくは「空虚vacuum」が発生し たかが争点になった。その中で、ホッブズは実験の成果を受けとめるのではなく、哲学的に空虚 が存在しうるか否かに固執した 。何よりも、ホッブズがこうした論争の中で代数学や実験科学を9 無用なものとして繰り返し批判したことは、いかにも時代遅れに見える。もちろん、彼は古い世 界観に囚われていたわけではなく、後に科学革命と称される同時代の自然学の進歩を積極的に評 価していた。にもかかわらず、彼はこの時代の変化を正しく受けとめることができていないように 思われる。論争相手が証明の誤りを指摘しても、彼は自らの根本的な意見を換えず、独断的にも見 える主張を繰り返し続けた。ホッブズが晩年に書いた自伝を見る限り、彼は自らの学説が周囲の 人々に評価されていないことは認識していたものの、自説の正しさは最後まで信じていた 。 10 このような経緯を見る限り、ホッブズの自然哲学の意義は論争の勝敗とは別な形で考察されな ければならない。というのも、同時代人との論争は、彼の名声には大きな影響を与えたものの、
彼自身の見解を大きく変えることはなかったからだ。実際、彼は批判に応えるために論争的な小 著の中で自らの議論を技術的に調整は加えたものの、その主張の根幹部に関しては、『物体論』
から大きな変化はない。だとすれば、論争の経緯や背景とは別に、ホッブズが自らの自然哲学に おいて何を目指してたのかを検討する必要があるだろう。
このことは論争の中で双方の見解がしばしば初歩的な次元で異なっていることからも明らか だ。論争相手が主に技術的な観点からホッブズを攻撃したのに対し、彼自身はそもそも幾何学や 自然学をどのように位置付けるかを問題にしている。彼は幾何学を物体の大きさや運動についての
ソルビエールは1646年5月の書簡で、ホッブズに光学と「自然一般Vniuersa natura」に関する書物の完成を熱望している
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(Ep. 41)。これに対して、ホッブズは反論の余地がないように議論を仕上げるのに時間がかかっていると弁解しつつ、
この年の終わりまでには完成するだろうと答えている(Ep. 42)。
円積問題とそれにともなう両者の論争については、ジェシフの研究が最も詳しい(Jesseph 1999)。これに先立つ先駆的研
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究として、Bird 1996がある。こうした研究の成果を敷衍して論じたものとして、佐々木 2010, pp. 439-443; Alexander 2014 がある。
Alexander 2014, pp. 227-229.
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たとえば次の箇所を見よ。DiP: Ep. OL IV: 235-237.
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2つの自伝の記述に基づく。第一に、韻文の自伝においては、代数学を支持するウォリスとの間に論争が始まり、彼に
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対して「幾何学者への6つの講義」を書き反論したが、権威たちにウォリスの誤謬が支持されたとされる(OL I: xcv)。第 二に、散文の自伝では、自らの業績を振り返った上で、幾何学については特に7つの大きな発見があると述べ、円積問題 はその一番目に挙げられている(OL I: xix)。
学問であると考える。だからこそ、そこで用いられる点や線、それが描き出す図形は物体とその 運動の軌跡として理解されなければならないという。こうした主張が、特定の問題に対する証明 の成否とは異なる次元にあることは明らかだろう。同様に、自然学においても、ある実験で示さ れたことの意義を考察するために、そもそも空虚は自然の内に存在しうるのかということを彼は 問題にしている。このように見てみると、論争相手があくまでも幾何学や自然学の専門的な枠組 みの中で論じようとするのに対して、ホッブズはより広い観点からこれらの領域に取り組んでいた ことになる 。そのため、専門領域の閉じた問題系の中で考察しても彼自身の思考は必ずしも見え11 てこないし、彼の自然哲学についての基本的な見解が『物体論』以降で変化していない以上、論 争相手との関係を考察してもやはり同様である。重要なのは、ホッブズが幾何学や自然学の考察 を通じて、いかなる世界観を確立しようとしていたかである。
そのため、本章ではホッブズにおける幾何学と自然学をそれぞれの論争の中で考察するのでは なく、『物体論』における彼自身の記述の順序に基づいて考察する。それは単に彼が幾何学を自 然学の基礎として位置付けたからだけではない。論争の中でも問題になった幾何学における点や 自然学における空虚をめぐる議論は、実のところ「無限分割可能性」という類似した発想が支え ている。我々はこうした点に目を配りながら、最終的にホッブズが幾何学と自然学の背後にどの ような世界観を想定していたのかを明らかにする。こうした考察によって、彼の幾何学と自然学の 意義を、同時代人との論争に注目するのとは異なる仕方で明らかにすると同時に、本稿の最終的 な課題である神の問題への道を開く。
第1節 分割可能な点
ホッブズが幾何学について本格的に論じるのは『物体論』第3部においてである。その冒頭にお いて、彼は自らの幾何学の構想と読者への注意を次のように示している。
次に、物体の最も共通した偶有性である運動と大きさについて論じる番である。そのため、この箇所の 多くの部分は幾何学の諸原理に割かれることになる。しかし、哲学におけるこの部分は、あらゆる時代 の最も優れた天才たちによって入念に取り組まれてきたため、我々の著作の限られた紙幅の内に詰め込 むことができるものよりも、非常に豊かな実りをもたらしている。このため、この箇所に進もうとする 読者には、エウクレイデス、アルキメデス、アポロニウス、その他の古代から近年に至るまでの[幾何 学の]著作も手にとっていただきたいと思う。既に為されたことを繰り返すのには意味がないからだ。
むしろ、私が取り組むのは、幾何学的な事柄については少しだけ、それも新しく、自然学に役立つこと だけを、この後のいくつかの章で述べることにする。 12
ここには幾何学の伝統に対する彼の相反する態度を読みとることができるように思われる。一方 で、彼は古代から近年に至るまでの幾何学者の伝統を尊重した上で、自然学に役立つことをわず かに付け加えるだけと述べる。しかし、他方では、彼の幾何学は物体の最も共通した偶有性であ る「運動と大きさMotus et Magnitudo」について述べる学問であると説明されている。幾何学が 物体の偶有性について扱うという見方は伝統から大きく逸脱しているように思われる。というの
佐々木はこの幾何学的論争について、ホッブズが「数学基礎論的洞見」を有してこの問題に取り組んだという点にお
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いてのみ、彼はウォリスを凌駕していたと指摘する(佐々木 1992, p. 204)。
“Proxima ordine tractatio est de Motu et Magnitudine, corporum accidentibus maxime communibus. Itaque locum hunc sibi
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vindicant magna ex parte proprium sibi Elementa Geometriae. Quolniam autem pars ista Philosophiae ab excellentissimis omnium temporum ingeniis exculta uberiorem tulit segetem, quam ut in angustiaspropositi operis nostri contrudi possit, Lectorem ad hunc locum accedentem admonendum esse censui, ut Euclidis, Archimedis, Apollonii, aliorumque tum antiquorum tum recentiorum scripta in manus sumat. Quorsum enim actum agere? Ego vero de rebusgeometrieis pauca tantum et nova et ea praesertim, quae Physieaeinserviunt, proximis aliquot Capitibus dieturus sum.” DCo: XV-1, OL I: 175-176.