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Smiles Samuel著・竹内均訳 (1997)『 自助論』 三笠書房.

高橋秀治 (2003)「特集 自立と社会参加のためのパートナーシップ 倉J立

80年

の光を掲 げる日本ライトハウス」『視覚障害』(184),1‑10。

高橋哲雄 (2004)『スコットランド 歴史を歩く』 岩波書店. 田代三千稔 (1954)『概観イギリス文学史』 南雲堂.

Uden Grant著

・堀越孝一監訳 (2002)『西洋騎士道事典』 原書房.

山田勝 (1992)『決闘の社会文化史 ヨーロッパ貴族とノブレス・オブリージュ』

Jヒ

星書店. 山口正 (1939)『社会事業研究』 日本評論社。

吉田久一 (1990)『吉田久一著作集

3改

定増補版 現代社会事業史研究』 り

│1島

書店. 吉田久一 (1993)『吉田久一著作集

2改

訂版 日本貧困史』 り

│1島

書店.

第2章 職 業 リハ ビリテーションの黎 明としての早 川分 工場

前 章で見てきたように,近 代 に入 り迫ってきた盲人 の職 業 的 自立の危機 を背 景 に,岩 橋武 夫 は,1935(昭 和 10)年,大 阪ライトハウスを設 立した.これ は岩 橋 が英 国留 学 等 を通 じて構 想 した,「 日本 型 盲 人社 会 事 業 」の理 念 を具 現化 したものであった.やがて 日中戦争 が勃発 す る。大 阪ライトハ ウスは,戦争 により生 まれ た失 明 軍 人 の職 業 訓練 と再 起 奉 公 の場 として

「早川分 工場」を設 立し,1944(昭 和 19)年 1月 より工場 を稼 動 させ た.同 工場 は,増 改築され た大 阪ライトハ ウスの社屋 内 に,同 館 の一事業 として,早 川 電機 工業株 式会社(後のシャープ 株 式 会社 ,以 下「早川 電機 工業」と略記)の協 力を得 て設 立されたものである.そ の後 同工場 は終戦 による閉鎖 等の曲折を経 て,現在 のシャープ特選 工業株 式会社 へ と繋 がつてお り,同 社 は現在,「障害者 の雇 用 の促 進 等 に関す る法律 」に基 づく特例 子会社 となつている.

本 章では,大阪ライトハ ウスが取 り組 んだ,盲 人 の職 業 的 自立 に向けた事 業の1例 として早 川 分 工場 を取 り上 げ,同 工場 がどのような背 景 のもと,どのような経過 をたどつて大 阪ライトハ ウス内 に設 立 され,大 阪ライトハウスが行 おうとしていた 日本型 盲人社 会事業 の実践 に,同 工 場 での取 り組 みがどのように位 置 づ けられていたかを見ていく.

第 1節 大 阪ライトハ ウスによる失 明軍 人施 策 の始まり

大 阪ライトハ ウスを設 立 した岩 橋 にとつて,最大 の関心事 は,立ち上 げた事 業 を失 速 させ ず,い か にして巡 航 速度までもつていくかである.この点 ,岩 橋 は,1933(昭 和 8)年に大 阪 盲 人 協 会 の会長 に就 任 して以来 ,資 金 作 りのための米 国公 演旅 行 ,大 阪ライトハ ウスの会館 建 設 ,マ ザー夫 妻 およびヘ レン・ケラー(HeЮn Kdler)の 招 聘 ,そ れ によつて大阪ライトハ ウスの 知名 度 を上 げ広 く寄付 金 を得 て経 営 を安 定化 させ る,といつた流 れで計 画 的 に事 に臨んだ であろう.しかし,時として計 画 は狂うものである.以 下本節 では,大阪ライトハ ウスを設 立した 岩 橋武 夫 が,ヘレン0ケラーを 日本 に招き,何を得ようとしたか,そ してその後 大 阪ライトハ ウス がどのような方 向へ 向かつていつたかについて見ていく.

1.ヘレン・ケラーの招聘 とその背景

岩 橋武 夫 が,1934(昭 和 9)年に大 阪ライトハウス建 設 資金 を得 ることを一つ の 目的 にアメリ カ講 演旅行 を行 い,そ の際 に,ヘ レン0ケラーの 自宅 を訪 問し,女 史から来 日の約 束を取 り付 けたことは前 章 第 5節 第 2項 でも触 れた通 りである.そ の後,女史 の恩 師 ,ア ン0サリバ ンが他

界す るという不 幸 があつたことで遅れ はしたものの,1937(昭 和 12)年 4月 には女史の来 日が 実現 する.そ して

,4ヶ

月 に渡 る国 内および満州 国での講 演旅 行 を通 じ,一 般 社 会 に対 して

「盲人教 育ならび にその社 会 問題 に対する啓蒙」(ライト・ハ ウス大阪盲人協 会 1938:1)を図 ろうとした.

前 章 第4節の2で は岩 橋 が構 築 した盲人 問題 解 決 のためのグランド0デザインにつ いて触 れた.これ は盲 人 の教 育 問題 の解 決,盲人 の社 会 問題 の解 決,およびこれ ら目的遂行 のた めの手段からなっており,ヘレン・ケラーの招聘 は,このグランド・デザインを基盤 にした活 動 の二環 である.特に同グランド・デザイン中の「盲 人 に対する一般 社 会 の理解 と同情 を革新 するためのプロパガンダ」は,ヘレン0ケラー招聘 の 目的そのものだったと言 えよう.す なわち, 岩 橋 は女 史 を 日本 に紹 介 す ることで盲 人 問題 へ の世 間 の関心 を高 め,特に盲 人 の教 育 問 題 を解 決 す るための起爆剤 にしようとした.またあわよくば,盲人 自身 の奮 起を促 す とともに,

盲 人 達 の力 の結集 を図 り,盲 人 の社 会 問題 解 決 の端 緒 を得 ようとした.加 えて,そ の余勢 を 駆 つて,生 まれたばかりの大 阪ライトハ ウスの経 営 に弾みをつ けたいとの思 いもあつたであろ う.

このような様 々な期待 が交錯 する中,フランクリン0ルーズベル ト大 統領 の親 書 を携 え,平 和 の使 者 としてヘ レン・ケラー は来 日した.そ して満州 ,朝 鮮 を含 む

40都

市を巡 り,行 つた講 演 は

97回

,集 まつた聴 衆 は約 196,700人 にのぼった.女 史 は,行く先 々で熱 狂 的 に迎 えら れた.女 史も日本 と日本 人 に好意を寄せ た.しかし,女 史の平和 の願 いも空しく,同 年 7月 に は 日中戦争 が勃発 した.このため,女 史は当初

6か

月であつた滞 在 計 画 を打ち切 つて帰 国 せ ざるをえなくなる。女史来 日に合 わせて朝 日新 聞社 が事務 局 となり

,50万

円を 目標 に募 金 活 動 を行 うことになっていたが,これも流 れ てしまった。日本 ライトハ ウスに残 されている当時 の決 算 書 によると,この年 の女 史来 日では女 史の講演料等 により20,776円 60銭の収入 があ つたものの,支 出は合計 20,978円 80銭となり,202円 20銭の赤字 となっている.この赤字 は 岩 橋 が埋 めた.米 10kgの 値段 が 2円 76銭

1の

時代 のことである.こうして 日本 国民の女 史ヘ の喝 采 は銃 声 によりかき消 され ,ケ ラー来 日の果 実 は実 らなかつた.上記岩 橋 の企 てもまた 冷水 を浴 びせ られたが,そ の一方で女 史の来 日を契機 に同年 10月 ,財 界を中心として「ヘ レ ン・ケラー女 史来 朝記 念ライトハ ウス後援 会 」が結成 され ,以 後 同会 は大 阪ライトハ ウスの財 政 を支 える重 要な存在 となる.また,女史 に伴 い通 訳 として全 国を回つた岩 橋 の知 名 度 は, いや がうえにも高まった.

l『

食糧管理統計年報 昭和三四年版』(食糧庁 1949:236)による.

2.失明軍 人と岩橋 武 夫の戦 略

ヘ レン0ケラー の平和 のイメージはともかく,また岩橋 自身,平和 を標 榜 するクエーカーであ る一方 で,岩 橋 は「戦争 は悲劇 の父であるとともに,革新 の母 である」(岩 1937:1)と表 現 し, 日中戦争 を盲人 問題解 決 の最 大の好機 としてとらえていた.これ について,以 下,『黎 明』2創 刊 号 に掲載 された「失 明軍人 とその社 会 問題 」と題 す る岩 橋 の論 文から引用する.

第 一次 世 界 大戦 後 の欧米 では,失明 軍人 の急 増 に伴 い,そ の対 策も急激 な盛 り上 がりを 見せ た.しかし,やがて世 間の関心が薄れていくにつれ ,盲 人 問題解 決 へ の熱 意もさめてい つた.岩 橋 は,英 国留学および米 国講演旅行 で接 した欧米 にお ける失 明軍人対策 のこうした 実情 を述 べた後,「 日支 事変 」による失 明軍人 の社会 的対策 については,欧米 にお ける長 所 を取 り入 れその失敗 から学 ぶべきと前 置きした上で,失明軍人 対 策 の最 終 日標 を「その教 育 が完成 し,そ の職 業 的訓練 が終 了したとき,彼 らを元 の家庭 に帰 し,そ の属 する社 会 に返還 することにある」(岩橋 1938:12‑4)と した.この最 終 日標 は,今 風 に言 えば「ソーシャル・イン クル ージョン」ということであろう.この最 終 日標 を達 成 す るには,まず 失 明 とは「若 干 の負 担

(ハンディキャップ

)」

に過 ぎないこと,自 立 自衛 が可能 なことを失 明軍人 に教 育 し信 じさせ るこ とが重 要であり,さらにこれを具体 的な事 実で証 明す ることが必 要であるとした。また,そ のた めには,失明 軍人 に対 して「闇 に光を発 見せ しめ,一 個 の人格 としての尊厳 と自立性 を確認 せ しむ る」こと

,「

失 明 を肯 定 す ることにより,新たなる人 生 へ の躍 進 をなさしめる」(岩橋 1938:23)ことが必 要であるとした.特 に失 明の肯定 は最 重要事項 であり,そ のためには「個 人 のうちにおける人 生 問題 的失 明観 ,な いし運命観 の解 決を,宗教 的信 念 の世 界 に求 め」なが ら「彼 らをして一般 晴 眼者 と伍 し,な んら遜 色なきまでに教養 や 資格 を持たしうるため,盲 人 と して可能なるべき心身 の再 教 育が,極めて必 要となる」ことを強調 した.そ してこれ と平行 して,

「彼 らの個性 に応 じてその技 能・能力 に応 じて,これ に妥 当なる職 業 的 再 訓練 を施 し,第 原 則 としては,これを一般 職 業 戦線 に送 り出すこと,しかしてよろずや むを得 ざるにおいては, 第 二原 則 としてこれを適 当なる場所 と方 法 において,集団的 作 業もしくは職 業 に従 事せ しめ ることである

.」

(岩1938:25)との基本理念 を示 した.

そして,英 国セント・ダンスタン失 明軍人 訓練所や欧米各 国のライトハウス設 立の経緯 とそ の成 果 を挙 げ,「数 多い失 明軍 人 という特殊 な盲人 の発 生 に基 づき,国 家 が,社会 が,全国 民 が是 が非 でもその救 済 の保 護 を成 さね ばならぬという共 同作業 によつて,か かる成 果 を納

2『黎明』については後述する.

め得 た」(岩橋 1938:27‑8)と して,欧米 では第 一 次 世界 大戦 後 の失 明軍 人 対 策 が盲 人 間 題 解 決 の進 展 に大きくつながったことを示 した.さらに「対 盲 人社 会 立 法,施設 の進 歩 が,失 明軍人 に対す る銃 後 的保護 作業 を完 全 円満 に遂行せ しめる条件 であるとともに,是 が非 でも 可及 的 に実現 しなけれ ばならぬ」(岩1938:28)として,立 法措 置と社 会事 業の促進策 への 速や かな取 り組 みを我 が国の為 政者 に促 している.そ してもし失 明軍 人対策 が近視 眼的なも のに終わつたならば,将来 に大きな禍 根 を残 す であろう.「なんとなれ ば失 明軍 人 を迎 うべ き 我 が国盲 人会 それ 自体 の問題 が,教育・社 会・職 業等 ,あ らゆる方 面から未 開拓 のまま看 過 され来 たつているからである.ゆ えにこの我 が国盲人 会それ 自体 の根 本 問題 を解 決 すること なくして,い かで失 明軍人 の特殊 問題 を解 決 し得 るであろうかというのが,私の基礎 的な論拠 を成 すものである」(岩1938:30)と結 んでいる.つ まり,日 中戦争 の継 続 により漸 増す るで あろう失 明軍人 の対 策 を考 えるには,まず は現状 において何 らの措 置も講 じられていない一 般 盲 人 の問題 を解 決 する必 要がある.そ してその上で,そ の延長線 上 にある,失明軍人 問題 の解 決 に当たるべきと主張したのである.

次 に岩 橋 は,盲 人 問題 の現状認識 を示す .当 時の盲人 が置かれた状 況 がよくわかるので, 長 くなるが次 に引用 する.

今 心 に考 えてみよう.我らは失 明軍 人 に対 していかなる職 業 の再 訓練 を成 そうとしてい るのであろうか.按摩 か鍼 灸 かマッサージか,そ れ とも琴 三弦 によろうとするのか.しかも 世 人 は,これら盲人 の独 占的と思われ来たつた職 業が,い まいか に晴 眼者 によつて蚕食 され,現状 のまま放 任 す れ ばここ数 十年もいれ ざるうちに(ママ),盲 人 は完 全 にその職 業 戦線 より追放 され,まったく急 迫せ る状態 に陥 らんとしつつある事 実を果 たして認識 し ているであろうか.欧米 のことはさてお き,わ が国 においては前記 のごとききわめて限ら れたる職 業 の種別 しかなく,しかもなんら新 しき職 業戦線 の開拓も示 されず,またそれ に 対 す る適 確 な研 究や 統 計 の企 てられることも乏 しくして,一般 ぶ 人ノうんの進 歩 とは逆 比 例 に,盲 人 大衆 は激 烈なる社 会 生活 の 自由競争 条 理より漸 落 の兆候 を著 しく表 わしつ つあることは,強 き者 は強くなり,明 るき者 が明るくなるに反 して,弱 き者 が弱くなり,暗 き 者 は一層 暗からんとす る悲劇 的な対象 を見いださず にはおれない。職 業 問題 の他 に,

点字 図書館 の貧 弱な現 状 をいか にせ んとす るか.点字 印刷 物 事 業 の無 統 制 により,我 が国盲 人 は経 済 的 において普 通 墨字 印刷 所 に対す る十数倍 の市価 を余儀 なくされて いることは,何を物語 つているであろうか.義 務 教育 ひとつす らいまだ実施 を見ない現状 においては,あ まりに当然 と言 えばそれまでながら,盲 人 に対する高等 教 育 の門戸 開放

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