第 5 章 カイラルランダム行列の準位統計 70
5.2 個別固有値分布
のように与えられる.ここで,K(λi, λj)はカーネル(積分核)と呼ばれる.カーネルにおける多 項式Cn(λ)は重み関数w(λ)に対する直交多項式であるとする.すなわち,
∫ ∞
0
w(λ)Cm(λ)Cn(λ)dλ=hnδmn (5.27)
の関係が満たされるとする.このとき,カーネルは直交関係(5.27)から次式を満たす:
∫ ∞
0
K(λ1, λ2)K(λ2, λ3)dλ2=K(λ1, λ3)
∫ ∞
0
K(λ, λ)dλ=N
(5.28)
相関関数の行列式表示を得るために,私たちは次の行列式DN を定義する:
DN := det [K(λi, λj)]Ni,j=1 (5.29)
DN(a, b)が行列[K(λi, λj)]Ni,j=1から第a行と第b行を除いて作られた(N−1)×(N−1)行列で あるとして,DN の第N 列について余因子展開すると,
DN =
∑N i=1
(−1)i+NDN(i, N)K(λi, λN) (5.30)
が得られる.さらに,DN(a, b;c, d)がDN(a, b)から第c行と第d列を除いて作られた(N−2)× (N−2)行列であるとして,DN(i, N)の第N−1行について余因子展開すると,
DN =
N∑−1 i=1
N∑−1 j=1
(−1)i+j−1DN(i, N;N−1, j)K(λi, λN)K(λN, λj)
+DN(N, N)K(λN, λN) (5.31)
が得られる.(5.31)をλN について積分すると,
∫ ∞
0
DNdλN =
N∑−1 i=1
N∑−1 j=1
(−1)i+j−1DN(i, N;N−1, j)K(λi, λj) +DN(N, N)N
=−(N−1)DN−1+DN−1N =DN−1 (5.32) が得られる.ここで,1つ目の等号は(5.28)を用いた.2つ目の等号は第1項のjについての和が DN(N, N)の第i行についての展開と同じであることから,DN−1=DN(a, b)と改めて置いてい る.この関係を繰り返し用いて,順次λN−1, λN−2, . . . について積分すると,
∫ ∞
0
DNdλNλN−1· · ·λk+1= (N−k)!DN−k (5.33) が得られる.この積分をN 回繰り返すとPβ=2の規格化定数としてN!∏N−1
n=0 hn が得られるた め,k点相関関数は
Rk(λ1, . . . , λk) = det [K(λi, λj)]ki,j=1 (5.34)
で与えられる.したがって,カーネルを得ることができれば,その行列式からk点相関関数が計算 できる.具体的に行列式をk= 1,2の場合に展開すると,
R1(λ1) =K(λ1, λ1) =ρ(λ1)
R2(λ1, λ2) = det [K(λi, λj)]2i,j=1=K(λ1, λ1)K(λ2, λ2)−K2(λ1, λ2)
が得られる.R1(λ1)は固有値密度ρ(λ1)を表し,R2(λ1, λ2)は固有値準位の2点相関関数を表す.
次に,ギャップ確率Ek(I)は,区間I = (a, b)の中にk個の固有値が含まれる確率を意味し,
Ek(I) = (n
k ) ∫
I
dλ1· · ·dλk
∫
R\I
dλk+1· · ·dλNPβ(λ1, . . . , λN)
= N!
k!(N−k)!
∫
dλ1· · ·λNPβ(λ1, . . . , λN)
∏k j=1
χI(λj)
∏N l=k+1
(1−χI(λl)) (5.35) と定義される.ここで,関数χI(λ)は
χI(λ) =
{1, λ∈I, 0, λ /∈I,
(5.36) によって定義される.また,Pβ(λ1, . . . , λN)は規格化されているとする.ギャップ確率Ek(I)を用 いる利点は固有値準位の並び順を考慮した統計量を評価できる点にある.例えば,区間I = [0, s)を 考えると,E0(I)は区間Iの中に固有値が存在しない確率を表す.一方,E0([0, s))−E0([0, s+δs))
は区間dI := [s, s+δs) の中に固有値が少なくとも1個存在する確率を表す.この区間が微小
であれば,E0([0, s))−E0([0, s+δs))はO(δs1)で固有値が1個だけ含まれる確率とみなせる.
E0(s) :=E0([0, s))と置くと,δs→0の極限において,
p1(s) =−d
dsE0(s) (5.37)
と定義されるp1(s)は最小固有値の確率密度を表す.つまり,ギャップ確率E0(s)は最小固有値の 累積分布
∫ s 0
p1(s′)ds′ = 1−E0(s) (5.38)
を意味する.次に,El(s) を考える.El(s) は区間I 中にl 個の固有値が存在する確率を表し,
El(s+δs)は固有値が区間I 中にl個存在する確率と固有値が区間I 中にl−1個,微小区間dI 中に1個存在する確率の和を表す.よって,El(s)−El(s+δs)は微小区間dI中にl+ 1番目の固 有値が1個存在する確率と固有値が区間I 中にl−1個,微小区間dI中に1個存在する確率の差 を表すので,δs→0の極限において
−d
dsEl(s) =pl+1(s)−pl(s) (5.39)
となる.p0(s) = 0とし,l= 0,1, . . . , k−1について和をとることによって,k番目に小さい固有 値分布が
pk(s) =− d ds
k−1
∑
l=0
El(s) (5.40)
のように表現できる.したがって,ギャップ確率を得ることができれば,k番目の小さい固有値の 確率密度,すなわち,k番目の個別固有値分布が計算できる.
ギャップ確率Ek(I)の具体的な形は相関関数Rk(λ1, . . . , λk)を用いて,次のようなFredholm 行列式によって表現される(詳細は[84] に委ねる):
Ek(I) = 1 k!
(
− ∂
∂ξ )k
det(1−ξKˆI) ξ=1
(5.41)
ここで,KˆI は区間I 上のL2関数f(λ)に作用するカーネル演算子 ( ˆKIf)(λ) =
∫
I
K(λ, λ′)f(λ′)dλ′ (5.42)
である.各kにおけるギャップ確率Ek(I)はFredholm行列式とカーネル演算子KˆI のレゾルベ ント演算子による式
Tn(I) := 1
2tr ( ˆKI(1−KˆI)−1)n (5.43)
を用いることによって,次のように表現される[83, 85] : E0(I) = det(1−KˆI)
E1(I) =E0T1
E2(I) = E0
2!(T12−T2) E3(I) = E0
3!(T13−3T1T2+ 2T3) E4(I) = E0
4!(T14−6T12T2+ 3T22+ 8T1T3−6T4) E5(I) = E0
5!(T15−10T13T2+ 20T12T3+ 15T1T22−30T1T4−20T2T3+ 24T5) E6(I) = E0
6!
{T16−15T14T2+ 40T13T3+ 45T12T22−90T12T4−120T1T2T3
−15T23+ 144T1T5+ 90T2T4+ 40T32−120T6
}
E7(I) = E0
7!
T17−21T15T2+ 70T14T3+ 105T13T22−210T13T4−420T12T2T3
−105T1T23+ 504T12T5+ 630T1T2T4+ 280T1T32+ 210T22T3
−840T1T6−504T2T5−420T3T4+ 720T7
(5.44)
Fredholm行列式を計算するためにはカーネルを得る必要がある.カーネルは(5.26)で与えられ
るように直交多項式で表現される.このため,直交多項式を用いたカーネルの導出は直交多項
式法と呼ばれる.詳細は [82, 86] などに委ねることにして,ここでは結果のみを以下で与える.
(5.26)は直交多項式のすべての次数についての和を含んでいるが,この困難を解消する方法とし
て,Christoffel–Darboux公式 K(λi, λj) =
√
w(λi)w(λj) 1 hN−1
CN(λi)CN−1(λj)−CN−1(λi)CN(λj) λi−λj
(5.45) が知られている.β = 2の場合,重み関数w(λ) = e−λλν である直交関係から直交多項式Cn(λ) はLaguerre多項式L(ν)n (λ)の定数倍であり,
Cn(λ) = (−1)nn!L(ν)n (λ), hn= Γ(n+ 1)Γ(n+ν+ 1) (5.46) のように書くことができる.カイラルガウス型アンサンブルの原点近傍にスケールするために,微 視的スケール(2.116)として,xi=λi4N を定義する.このときLaguerre多項式のn→ ∞での 漸近公式
L(ν)n (λ)∼(n λ
)ν/2
Jν(2√
nλ) (5.47)
が成り立つ.ここで,Jν(λ)はBessel関数である.(5.47)を (5.45)に代入すると,次の Bessel カーネルが得られる:
K(λi, λj)∼
√xiJν+1(√
xi)Jν(√xj)− √xjJν+1(√xj)Jν(√ xi)
2(xi−xj) (5.48)
数学的な議論の詳細は[87] に委ねる.
Fredholm行列式の具体的な形はPainlev´e超越方程式の解によって解析的に得られることが知
られている [88] .特に本節で取り扱っているchGUEの場合はk番目の個別固有値分布の具体的 な関数形がRef. [46] において図示されている.しかし,5.3節で取り扱う遷移カイラルランダム行 列のk番目の個別固有値分布の具体的な関数形が厳密に導出された例は見られない.そのため本
論文では(5.42)のカーネル演算子に対するFredholm行列式を評価するための効率のよい精密な
数値計算方法として知られるNystr¨om型の離散化法 [89–91]を用いてFredholm行列式を評価す る.以下ではRef. [83, 90, 91] において示される結果のみを与える.この方法はFredholm行列式 におけるカーネル演算子KˆI が次のように単純に離散化される:
det(1−KˆI)≃det(1N×N − KI), KI =[
K(xi, xj)√ wiwj
]N
i,j=1 (5.49)
N×N 行列KIの行列式の評価は求積法によってなされる.求積法は実区間I = [a, b]から採取さ れるN 個の点の集合{x1, x2,· · ·, xN}および正の重みの集合{w1, w2,· · · , wN}に対して,
∑N i=1
f(xi)wi≃
∫ b a
f(x)dx (5.50)
で与えられる.a, b を複素平面における実軸上の焦点とする楕円εの長軸および短軸の長さが R, rであるとし,KI がε×ε上で有界かつ正則な関数であるとする.このときN → ∞におい
て,(5.49)の右辺は左辺に一様収束する.その誤差はρ=√
(R+r)/(R−r)が定義されるとき,
O(ρ−N)で抑制される.(5.43)も同様に,
tr ( ˆKI(1−KˆI)−1)n≃tr (KI(1N − KI)−1)n (5.51) のように離散化され,(5.51)はN → ∞において同じ誤差で左辺に収束する.本論文では具体的 な点の集合{x1, x2,· · ·, xN}としてN 次のLegendre多項式の零点を用いるGauss–Legendre求 積法を採用する.カイラルランダム行列のカーネルの場合,Legendre多項式の零点は区間 I を I = [−1,1]からI = [0, s]にリスケールした上で求められる.
Fredholm行列式のNystr¨om型の離散化法による数値計算をGauss–Legendre求積法によって 実行する場合における誤差評価はRef. [90, 91] においてなされている.例えば,GUEのスペクト ルバルクにおいて得られるサインカーネルK(x, y) = sinπ(x−y)/(π(x−y))の場合,E0(I)は,
N 次の近似における誤差がO(e−const.N)で抑えられ,非常に優れた精度で得られることが示され ている.格子ゲージ理論におけるシミュレーションによって得られるDirac固有値分布のヒスト グラムに生じる誤差と比べて,pk(s)の誤差は極めて小さい.小さいkに対するpk(s)はN を少 なくとも20以上にすれば十分な精度が得られる[44] .図5.1はFredholm行列式をNystr¨om型 の離散化法(Gauss–Legendre求積法)によって評価した場合におけるchGUEの8番目までの小 さい個別固有値分布を図示している.図5.1はカーネル(5.48)においてν = 0とした場合を図示 している.ν = 0はQCDにおいてトポロジカルチャージが0であることに対応する.本論文では ν= 0の場合のみ取り扱う.
0 2 4 6 8
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4
s Pk(s)
1st 2nd 3rd 4th
5th 6th 7th 8th
0 2 4 6 8
0.005 0.010 0.050 0.100 0.500 1
s Pk(s)
図5.1 chGUEの個別固有値分布の例(ν = 0):左図は最初の8つの個別固有値分布の線形プ ロットを示し,右図はその対数プロットを示す.これらの図はRef. [46, 53, 54, 85]における図 の再現である.